エロゲで見たことあるアレ
ふと「ゲーム内で酒でも呑むか」と思い立ち、リアルで夕食を食べた後にログインする。
オズには、あまりゲーム内で飲酒する習慣は無い。当然だが、VRで酒を呑んでも本当に酔っ払う訳ではなく、精々が『ちょっと良い気持ち』になる程度でそこまで面白い訳でもないからだ。それでいて酩酊のバッドステータスは入るので、ゲーム内での飲酒には正直デメリットしか無いと言っていい。
それなのに酒を呑もうと思ったのは、先程のゴーレム戦の敗北――戦闘結果がどうあれ、オズにとっては敗北である――が面白くないのと、明日は仕事だという社会人的思考との妥協点がそこだったからだ。狩りに行こうにも、デスペナルティのバッドステータスは継続しており、それはそれで面白くない。
それに、ゲーム内での金がそこそこあるので、少しくらいは使っとこうという思いもある。もしかしたら数週間後には回復アイテム代でヒィヒィ言ってる可能性はあるが、その時はその時だ。ゲーム内での金策というのは、大抵の場合必要になってからした方が結果的に時間効率が良くなるように出来ている。
と言う訳で、成人向けエリアに足を踏み入れたのは良いのだが。
初めて入るエリアなので、どこに何があるのかサッパリ分からない。掲示板を見れば良いのだろうが、今まで掲示板抜きでやって来たのにここで止めるというのも、それはそれで負けた気がする。まあ、変な店に入っても精々ゲーム内でぼったくられるだけなので、そこまで気にすることもあるまいとそのまま進む。
幸いにして、居酒屋と思しき店はそこかしこに散見される。どの店も中から酔っ払いの楽しそうな笑い声が聞こえてくるので、まあそこまで酷いことにはなるまい。色々と目移りしている内に、段々と立ち並ぶ店の雰囲気が変わってきた。
どうやら、風俗街の方に来てしまったらしい。ファンタジーだけあってあからさまなネオンの看板等は無いため、気付くのが遅れた。オズとて健全な成人男性ではあるので、そういうのに興味が無いと言えば嘘になる。ただ、今の気分はおねーちゃんより酒だ。引き返そうかと思った所で、喧噪が耳に入ってきた。
「アレは、どう考えても、ぼったくり、だろう、が!!」
「そう言われても、説明をろくすっぽ聞かなかったのはアナタの責任でしょう」
なにやら、ライオン頭の男が女性に向かって怒鳴り散らしていた。ライオン頭はモーションサポート丸出しの動きで怒鳴り散らすという非常に恥ずかしい真似をしているので、間違いなくプレイヤーだろう。一方のお姉さんは、大まかなパーツこそ普通の人間だが頭の角にコウモリっぽい翼とハートの付いた尻尾いういかにも悪魔っぽい外見で、選択可能な種族にそんなのが居た覚えは無いので、NPCと思われる。
現地人と異邦人の諍いというのは、大抵の場合碌な事にならない。もしこれが原因で現地人の間に「異邦人はアカン」という認識が広まったりすれば、割を食うのは当事者でないその他大勢のプレイヤー達で、オズとしても見過ごす訳にも行かない。気は進まないが、仲裁に入る事にした。
「はいはい、そこまでにしとこうか」
「何だ、お前、は!?」
「オタクと同じ、異邦人だよ。お兄さん」
ライオン頭とお姉さんの間に体を割り込ませる。お姉さんの方がスッと引いてくれたお陰で、非常にスムーズに行った。竜裔の方がライオンよりもガタイが良いので、双方を覆い隠すような形になる。なんとも良く出来たアバターである。
ライオン頭はゲーム内で気が大きくなるタイプらしく、そのままオズにも怒鳴り散らしてきた。
「関係も、ないのに、しゃしゃり出て、来る、な!!」
「あのなあ、アンタも大人なんだから、「関係ない奴がしゃしゃり出る様な状況だ」って事に気付こうか。それとも、衛兵呼んでさっさとしょっ引かれる方が好みだったか?」
「どう考えても、悪いのは、アッチ、だ!!」
「OK、それを本気で言ってるんだったら、今から俺と二人で衛兵の詰め所に行って洗いざらいぶちまけようじゃないか。
ちなみに、プレイヤーへの刑罰で重いのになると、アビリティ全封印の上に街から出禁食らうんだそうだ。今なら、転生待ったなしだな?」
「ぐっ……!!」
ライオン頭が言葉に詰まる。街の衛兵は、もれなく高レベルNPCだ。最初の街に留まっている様なレベルのプレイヤーが相手に出来る存在ではない。
まあ、口喧嘩程度で即重罪になるような事は無いだろうが、一晩留置されるだけでも面白くないのは事実で、それが分からないほど激昂していた訳でも無いらしい。それでも完全に怒りが収まった訳では無いようで、尚も何かをブツブツ言っていたが、オズが「じゃ、詰め所行くか」と言って腕を掴む振りをすると、慌てて飛び退いてそのまま逃げていった。
オズとしても本当に詰め所に行くのは面倒だったので、ありがたい限りである。
とりあえず、周囲にそこまで野次馬が集まっても居なかったので、そのまま何も無かった事にして立ち去ろうと思った矢先、お姉さんに腕を掴まれた。
「ありがとう、お兄さん。助かっちゃったわ」
「その台詞は、あっちのライオン頭から聞きたかったな」
「あら、つれないお返事」
先程の一歩引く時の動きといい、今の腕を掴む所作といい、かなり鍛えられた物に違いない。NPCの動きの良さはレベルと比例するから、このお姉さんはオズだって歯が立たないだろうと予測できる。あのライオン頭がどうこう出来たとは思えない。
今も、身長170cm程度のお姉さんにやんわりと腕を絡められているだけなのだが、抜け出せる気はしない。あと、腕におっばい当たって微妙に心地良い。胸より尻派のオズだが、だからと言っておっぱいが嫌いな訳ではない。
お姉さんは、大して気にした風も無く言葉を続ける。
「助けて貰ったお礼をしたいから、是非、私の店に来て欲しいのだけど」
「大した事はしてないし、美味い飲み屋でも教えてくれればそれで良いんだけどな」
「安心して、もっと良いモノだから」
「気分は酒なんだよなぁ」とも言えずにオズが黙っていると、お姉さんはさっさと歩き出した。自分の半分くらいの身長しかない相手に引きずられるのは嫌なので、歩調を合わせて追従する。
店は、そこそこ歩いた先にあった。オズの記憶が確かなら、成人向けエリアでもほぼ最奥の辺りだ。周囲もそうだが、案内された店も明らかに立派な建物で、オズでも一目見て分かる程度に外装も高級感がある――
「ようこそ、淫魔華楼『レベルドレイン』へ」
エロゲによくあるアレだった。
お姉さんに腕を引かれたまま、店のドアをくぐる。
ドアからしてかなり立派で、オズどころか今日戦ったタコナイトゴーレムでも直立のまま入れるような大きさだ。内部も高級ホテルのロビーのような造りになっており、言われなければ娼館だとは思うまい。香が焚かれているらしく、ほのかに良い香りがする。
ぶっちゃけ、レベル17の全裸のトカゲが入って良い場所とは思えない。中身も小市民のオズとしては、かなり気後れしている。
二人が入ってきたことに気付いたらしく、受付に居た子が小走りに駆け寄ってきた。
「店長、お帰りなさい」
「店長さんだったんだ?」
「あら、言ったでしょう「私の店」って」
まあ、明かな格上NPCが下っ端Aでないのは、オズからしてみれば朗報だった。「レベル50以上の店員しかいません」なんていう娼館は、今のオズからしてみれば恐怖の対象でしか無い。
「ただいま、デシレちゃん。でも、私より先にお客様にご挨拶しないと駄目よ?」
「あ、すっすいません。ようこそ、『レベルドレイン』へ」
慌てて頭を下げるデシレと呼ばれた店員は、店長よりも大分小さく恐らくは身長150cm程度と思われる。店長さんよりはかなり小ぶりな羽と角、それからハート型の尻尾が付いて居るのだが、この差異がレベル差によるものなのかは分からない。
清潔感のあるシャツに蝶ネクタイ、足元までしっかり隠すズボンに革靴といった装いで、「バーテンダーの修行中です」と言われたら信じたかも知れない。店の雰囲気に気圧されているオズとしては、失敗して縮こまる姿は癒やしでしかない。
「ま、分不相応なのは承知してるんで、あんま気にすんな」
「あら、かつて天地海の全てを制覇せんとした竜の子孫にしては、随分と慎ましやかなのね?」
「こっちの奴等がどういう考えかは知らんけど、俺としちゃ誇って良いのはテメェの爪と牙で手に入れた分までって決めてるんでな」
キャラエディットで種族を選んだだけのオズが、「俺の先祖はスゲーんだぞ」なんて言ってもちゃんちゃらおかしいだけだ。ロールプレイを否定する気は無いが、オズとしては『ゲーム内での強さ』の方が遥かに指標としては分かりやすい。
ゴーレムに勝てない奴は、ゴーレムに勝てない程度の扱いをされる方が気楽で良いのだ。
「でもお客さん、レベル30間近でしょう?」
「いや、まだ17なんで、道半ばどころか3割行ってるかも怪しいが」
「あら、ごめんなさい。動きが良いから、てっきりクラスチェンジ間近なのかと」
店長さんは割と本気で驚いているようだった。もっとも、仮に演技だったとしてオズに見破れるとも思えないが。とりあえず、「異邦人は動きとレベルが一致しないのも居る」とだけ伝えておく。
少なくとも公式サイトで見た覚えは無いのだが、どうやらこの世界ではレベル30くらいでクラスチェンジらしい。思わぬ所で重要情報を拾ってしまった気がする。もしかしたら、掲示板辺りでは既にリークされているのかも知れないが。
いずれにせよ、経験値テーブル的にレベル30は大分先なので、実際より上に見られたことを喜ぶべきか、はたまた分不相応な所に連れ込まれたことを改めて戦慄すべきか微妙な所である。
「ま、それならそれで丁度良いわ。デシレちゃん、貴方このお客様のお相手をして差し上げなさいな」
「え、ボクがですか!?」
「はいブブー。お客様からは御代とレベルを戴くのだから、そんなに慌てた所を見せちゃ駄目。初めてでも「はい、お任せ下さい」ってスマートに言えるように練習したでしょう?
あと、一人称は「ボク」じゃなくて「私」ね」
どうやら、思ったよりも低レベルだったオズは新人向けの教材として使われることになったようだ。まあ、それはそれで気楽で良い。百戦錬磨のベテランを宛がわれたら、それこそ腕を自切してでも逃げ出そうとしたかも知れない。
あんまり怒られるのも可哀想なので、やんわりと止めに入る。
「あー、店の教育方針に文句を付ける訳じゃないんだが。さっきも言ったとおり、俺はついこの間卵の殻が取れたような身分なんでな。そんなに畏まってくれなくて良い。
あと、ボクっ娘も嫌いじゃないんで、無理して矯正せんでも俺は気にしない」
「あら、良かったわね、デシレちゃん。貴方、気に入られたみたいよ?」
流石は店長と言うべきか、店員と客の逃げ道を的確に潰してくる。恐らくは、わざわざ客の前で店員を叱責したのも、半分くらいはこれを狙ってのことだろう。オズはもう逃走を諦めた。正に、役者が違うとしか言い様がない。
諦めたら諦めたで、気になる所が出てくる。主に、経済的な面で。持ち合わせが足りなくて牢屋直行とか笑えないので、店長に確認する。
「そういや、料金ってどうなってるんだ?」
「あら、今回は助けて貰ったお礼としてサービスしておきますので、気にしないで下さい。あまり料金を気にしても楽しめないでしょうから、次回以降も来て頂けるようなら料金表は帰りにご覧に入れます。
それと先に言っておきますが、ウチの店では常連さん以外は本番無し、常連さんであっても料金表以外のサービスや店員の嫌がる行為は一切禁止ですわ」
「まあ、肝に銘じておく」
見たところ、デシレの背格好は中学生くらいにしか見えない。ゲームだから、「悪魔なので128歳です」とかいう言い訳は用意されているのだろうが。
所作からして恐らくレベルも低いので、流石にそんな相手に無理矢理何かをするような趣味は、オズには無い。殴って楽しいのは、殴り合って楽しめるような性能を持ってるか、もしくは殴りたくなるような性格をしている奴だけだ。
そうこうしている内にデシレの方も覚悟が決まったらしく、深呼吸を一つしてこちらに向き直った。
「申し訳ありません。お見苦しい所をお見せしました。お部屋に案内させて頂きますので、こちらへどうぞ」
慣れないながらも頑張ってる感があって、非常によろしい。案内されるままに、部屋へと向かった。
結論から言えば、デシレのテクは凄かった。「あ、これリアルに戻ったときに後悔する奴だ」と賢者モードの頭でボンヤリと考える。VRポッド用の電極服はそういうのを一切外に漏らさない構造になっている上、洗濯機での丸洗いも可能な優れものだが、だからと言って精神的な虚しさを全て消し去ってくれる訳では無い。
オズの虚脱状態を不安に思ったのか、デシレが恐る恐るといった感じで訪ねてくる。
「ええと、その。如何でしたでしょうか?」
「思ったよりレベル高くて驚いた。流石に高級店だけあるな」
「ゴメンなさい。ボクまだレベル1…… じゃなくて、お客様から戴いたのでレベル2です」
「マジかよ!? 凄ぇな、淫魔」
「あの、ボクまだ淫魔じゃなくて小悪魔です……」
「マジか!?」
脳裏に「チート種族」という言葉が浮かんで消える。運営が聞けば「そういうゲームじゃねえからなこれ!」と言いそうだが。
デシレの才能の芽を潰さない為にも、大変満足した旨だけは申し伝えておく。デシレも、オズが不満だった訳ではないと知って安心したようだった。安心したついでに自分の仕事を思い出したようで、彼女の口調が事務的なモノに変わる。
「では、改めて当店のシステムを説明させて頂きます」
デシレの説明と質疑応答をいくつか重ねた結果、判明したのは以下の通りである。
1.店でレベルドレインを受けた場合、客の種族レベルは必ず1になる。これは店の中のみの仕様で、仮に街の外でモンスター等にドレインされた場合は、モンスターのアビリティレベルや被害者の抵抗力に応じて徐々に経験値が吸われていく。
2.レベルドレインを受けてレベルが下がると、元のレベルに戻るまでに必要な経験値が95%に減少する。これはレベルドレインを受ける度に累積する。
3.レベルドレイン後にレベルアップすると、それ以前にそのレベルに到達する際に得たAPから1引いたAPを受けられる。例えば、オズの場合はレベル17までは毎回1APずつ得られ、レベル18からはまた2APずつ取得できる。もう一度レベルドレインを受けると、レベル17までの取得APは0で、レベル18から元のレベルまでの取得APは1となる。
4.アビリティは種族レベルでキャップを受ける為、レベルドレイン後は全アビリティのレベルが1になる。ただし、アビリティ経験値が失われる訳ではないため、種族レベルが上がればアビリティレベルも元のレベルまでは何もしなくても回復する。
5.店でレベルドレインを受けるには、規定の料金と店員のレベル+1レベルが必要。
6.当店の利用は1日1回まで。これは、常連になっても変わらない。
「なんつーか、思ったよりメリットが大きいな」
「そうですか? 普通、レベル1に戻るだけで多大なデメリットだと思いますが」
メニュー画面を開けば、説明通りオズの種族レベルは1になっていた。そう言えばレベルが10程度まではモーションサポート頼りだったわけで、それをやり直せると考えればむしろこの状況は悪くない。むしろ、かなり良い。
また、AP取得が増えるというのもかなり大きい。再レベルアップの手間は掛かるものの、レベル毎の取得APが1.5倍になる訳でトレードオフとしては上々の部類である。先に進めば進むほど取得経験値は多くなるので、再レベルアップにはそこまで時間が掛かる訳でもない。今なら、山に行ってオークと戯れていればレベル15程度までならすぐ上がるだろう。
NPCならレベルが下がるというのはそれこそ命に関わる一大事だろうが、死んでも生き返るプレイヤー側からすればメリットの方が遥かに大きい。
「あと、今ならカードがお作りになれまひゅっ!?」
「あー、うん。それも説明して?」
「あうぅ、えと、次回以降も対応する店員がボクになる代わり、料金がちょっとだけ差し引かれます。あと、ボクが一定レベルに到達する度に、ちょっとした景品が付きます」
「……普通、指名料って割り増しされるんじゃねーの?」
「その、言ってしまえば、低レベルのボクをお客様に『育てて頂く』形になるので、その分のお礼になります。
ただし、あくまで『お客様にボクを育てて頂く』為のシステムなので、最低でも週に2回は来店して頂かないと、失効になりますが」
少し、考える。
ドレインを受けるには、店員より1レベル高い状態になる必要がある。忍者の修行で成長の早い麻の木を毎日飛び越えると言うのがあるが、アレと一緒だ。最低でも週に2回、レベル1からデシレより高いレベルに上げる必要があるというのは、後半になれば成る程キツくなってくるだろう。
それに、未だ開示されていない料金も不安要素だ。達成条件の難易度を考えるに、このシステムはある程度お大尽遊びが出来る人間向けのクエストであろう。料金テーブルもお大尽向けだった場合、下手すれば初回で躓きかねない。
見栄を張っても仕方が無いので、情報開示を求めることにする。
「あー、財布と相談する必要があるんで、料金表見せて貰えるか?
あと、出来ればお前さんのレベルアップシステムに関しても教えて欲しい。アビリティレベルが上がればグングン急成長するって話になると、いずれは追いつかなくなるからな」
「え、作るんですか!? あ、えと、割引後の料金表はこちらになります。あと、ボクはアビリティレベルとかに関係なく、1回の来店で1レベル上がることになってます」
料金は、かなりギリギリだった。今のオズの稼ぎだと、頑張れば最低料金のコースで週2回分を稼ぎ出せなくもない。山や森の先での素材を卸す様になればもう少し金策効率も上がるだろうから、恐らく稼げないことはないだろうが、それでも稼ぎの大部分を持って行かれることは間違いない。
冷静に考えれば、カードを作るメリットはほぼ無い。まあ、駄目ならカードが失効するだけなので、デメリットも殆どないが。ただ、『ちょっとした景品』が気になる。メッチャ気になる。
しばし悩んだ末、結局は欲望に負けてカードを作る事にしたのだった。




