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誰にでも得手不得手はある

 「見るとやるとじゃ大違い」という言葉の意味を、マルガレーテはかみしめていた。

 大抵のファンタジーゲームでは「少し強い雑魚」として扱われるオークであるが、実はVRゲームでは初心者の壁として有名である。

 大抵の現代人にとって、戦闘はおろか殴り合いの喧嘩すら日常からはかけ離れた行為だ。それだけに、「身長3m越えの棍棒持った大男が殴りかかってくる」というのは、体験してみると想像以上の恐怖をプレイヤーにもたらす。

 マルガレーテとてこの手のファンタジーに全く触れたことが無かった訳ではないし、AR映画などでオークを見たこともあったのだが、VRゲームとはいえソレが実際に自分に殴りかかってくるとなるとまた別の話だ。レイドメンバーの大型種族に対して恐怖を抱かなかったのは、彼等が意図して紳士的に振る舞っていたからだというのを、今になって思い知っている。


「はーい、相手をよく見て武器持った手の方へ回って回って回って回ってー」

「攻撃するときは、なるべく手首か手の甲を狙って下さい。狙うのが難しいようであれば、無理して攻撃せずに移動だけを心がけて」


 横からオズとスーホのアドバイスが飛んでくる。彼等は彼等で、自分達の分のオークやイノシシを片付けながらマルガレーテの様子をチェックしている訳で、分かってはいたが経験の違いを認識させられる。

 「人型をしている以上、関節の可動範囲や肉の付き方等も人間に近くなる」と言うのは事前に説明されており、武器を持った手の方に回るのは「関節の都合上、背中側への攻撃方法が限られるから」だし、手首や手の甲を狙うのは「その部分には肉が薄く筋が多いので、上手く傷付ければ武器を保持できなくなるから」と言うのも、頭では分かっているつもりなのだが。


「ガァッ!!」

「ひっ!」


 情けない話だが、少し吼えられただけで身がすくむ。今になって、初日に娘がどんな気持ちだったのかを思い知る。あの時は、我が娘ながら可愛い所があるものだと微笑ましく思っていたのだが。

 縮こまったまま無理に動こうとして、足がもつれて転んでしまう。只でさえ戦闘で緊張していたので、不意の転倒に衝撃を受けて起き上がることさえままならない。「ヤバイ」と思って顔を上げたときにはもう遅く、すぐ近くに迫ったオークが棍棒を振り上げて――


「はい、調子に乗らない」

「ゴベァ!?」


 オズに手首を掴まれ、そのままアッサリと仰向けにひっくり返された。そのまま、首を踏み砕かれて息絶える。自分の苦戦は何だったのかと思うような、呆気ない決着だった。


「お母さん、大丈夫?」

「ええ、大丈夫よ。ありがとう。

……まあ、思った以上に自分が動けないのはショックだけど」


 心配して駆け寄ってきた娘の手を借りて、なんとか立ち上がる。実際に受けたのは転倒によるダメージのみなのだが、それよりも精神的なものが大きい。

 実際、他のレイドメンバーはアドバイスを受けながらもなんとかオークを倒している。低身長のゾフィーや、今日が初ログインのカブータスですらどうにかなっているので、大人としてはプライドが傷ついているのだった。


「ま、オオカミ、オーク、オオガラスは初心者の壁として名高いからなぁ。ここでその二つを投入してくるってのは、運営も意地が良いやら悪いやら」


 オズがこちらを慰めるように言ってくる。噛み付いてくる狼や目を狙って攻撃してくるカラスが怖いだろうと言うのは、マルガレーテも何となく予想していたのだが、単純に殴りかかってくるだけの人型がここまで怖いというのは予想外だった。オズなどは多少弄り倒しても怒らないので、変に慣れてしまった所為もあるだろうが。

 実のところ、ここら辺の恐怖の感じ方は個人差が大きく、例えば幼少期に犬に噛まれたりしてトラウマがある人間は狼の恐怖が克服できずにVRゲームを諦める例もあったりするので、マルガレーテの反応も決しておかしな物では無いのだが。周囲がゲーム慣れしているために、少々浮いてしまっているのは事実だ。


「かく言う俺だって、未だにゾンビとか怖いしな。どうしても駄目そうなら、飛び道具使うとか魔法覚えるとかも一つの手ではある」

「そういやオズさん、前に目ぇ閉じたままゾンビゲーのRTAしてはりましたな」

「ゾンビ見ると怖くて動けなくなるからな。そしたら、目を瞑るしかあるまい」


 オズと様子を見にやって来たカブータスが、漫才のような会話を繰り広げている。そもそも何でそんな状態でゾンビゲーに手を出したんだと突っ込めば、「罰ゲーム」という単純明快な答えが返ってきた。それはそれで、いい歳して何やってんだという気もするが。

 下らない会話で、ようやく肩の力が抜ける。辛いなら戦闘は切り上げて先に進もうかと提案されるが、マルガレーテとて人の親で、娘の前で情けない姿のまま終わりたくない程度の見栄はある。再戦の意を伝えれば、「Aye, Ma'am」と威勢良く返事したゾフィーが新しいオークを釣り出す為に駆けていった。



 結局、マルガレーテが一人でオークを処理できる様になるまで、一時間弱の時間が掛かった。

 そもそも当人の戦闘用アビリティのレベルが低いので、安全優先でチマチマ攻撃していると時間が掛かる。時間が掛かればその間に事故る可能性も高くなると言う話で、仕方の無い部分も大きい。その間にも他の面々は戦闘を続けていたので、レベル上げとしてはむしろ大成功の部類とも言える。オズのレベルもいつの間にか16に上がっていた。

 その他にも、「そろそろオズから降りての立ち回りも覚えた方が良い」と言うことで釣り出しの練習をしていたゾフィーの動きは大分良くなっている。まあ、調子に乗って周囲に居るのを片っ端から連れてくるのは問題だが、オズとプロ二人が瞬殺しているので事故には至っていない。今後、加減を覚えさせる必要はあるだろうが。


「さて、そろそろボスに挑もうと思うが、まだ狩りを続けたい奴とか居るか?」

「そろそろアイテムが持てなくなるんで、異議無し」

「我々のレベルも大分上がったし、切り上げるとしても丁度良いのではないか」


 念のためレイドメンバーに確認すれば、ゲッコーとジョージからも賛成の意が返ってきた。来夢一家の目的はボス戦の情報なので当然異議は出ないし、その他の面子もオーク狩りイノシシ狩りは一通り堪能したと言うことで特に反対意見は出なかった。

 ちなみに、山の難敵の一つとして数えられるカラスは、結局一羽も姿を見せていない。本格的に、雨天休日を決め込むらしい。もし出てきた場合は、戦闘に不慣れな面子を守りながらオーク狩りをするのがかなり難しくなったと思われるので、ありがたい話ではあるが。


「それにしても、蟻共よりオークの方が経験値効率が良いというのは、何となく納得が行かんな」

「ステータスは高いんだろうが、数がそこまで多くない上に単純物理のブンブン丸だからな。そら、余程の物好き以外は森に行かん訳だわ」


 スーホとオズでレイドを先導しながら、愚痴りあう。流石にこの場所で四人乗りのような真似を行うほど恐れ知らずでもないので、騎手はいつも通りオズ側がゾフィーとラインハルト、スーホ側が来夢眠兎とキリカマーである。

 初心者には壁として立ちはだかる事もあるオークだが、慣れてしまえば「多少強いだけの雑魚」でしかない。ゲームではオークより大きな人型モンスターも珍しくないし、ケロツグのようなAIを搭載している訳でもないのでゲーム慣れしている人間にとってはむしろカモである。

 第一段階ですら消耗戦を強いられる蟻と比べれば、ぶっちゃけ弱いと断言して差し支えない。その上で蟻より経験値効率は良いのだから、そりゃ誰も森に行きたがらない訳である。どうにも、鉄鉱石だけが山に人が集中していた原因では無いらしい。とは言え、それも今となっては過去の話だが。

 やいのやいのと話していると、横から来夢月が割って入った。


「実を言うと、攻略組が山に殺到していた理由はまた別にあるんだけどね。ま、それはボス戦になれば嫌でも分かるから、ここでは言わないで置くけど」

「そう言や、ボスの情報とかって聞いて良いか?」

「構わないよ。ただ、攻略組は未討伐のボスに関して情報を出したがらないから、ウチが持ってるのはあくまでカミさん達が持ってきた物だけどね」


 それによると、山のボスは「タコナイトゴーレム」というストーンゴーレムの一種だそうだ。ちなみに、タコナイトというのは純度の低い鉄鉱石の呼び名とのこと。

 その名の通り石を寄せ集めて出来たゴーレムなのだが、その手のモンスターのお約束として物理攻撃に強く、また純度が低いとは言え鉄が混じっている関係か魔法も通りにくいらしい。来夢翠のパーティも何度か挑んではみたが、有効なダメージソースを用意できなかったため、結局は討伐を諦めたそうだ。


「一応、斬打突の攻撃は一通り試しましたし、属性魔法も揃えてはみたんですが、結局は大したダメージも与えられませんで。情報を持ち帰ろうにも、現状では時間の浪費にしかならないので、諦めました」

「それだけ聞くと、俺達に出来ることもあまり無さそうだが」

「ウチのメンバーで大型種族はタンク一人なんで、大型種族が揃っているこちらならもう少し違うんじゃないかという期待はあるんですけどね」


 来夢翠の説明を聞いて、少し考える。

 大前提として、MMORPGのボスというのは適正レベルで挑めば大抵のパーティ構成で討伐可能な様に設計されている。「大型種族の火力が居ないと攻略できません」なんていうのは、駄目なボスの見本のような物だ。流石に、運営がそこまで無能だとは思いたくない。

 であれば、当然ながらタコナイトゴーレムも大抵のパーティ構成で討伐できるような仕掛けがある筈だが、現時点ではそれを推測するのも難しい。


「お約束で考えられるのは、防御無視系のスキルか、もしくは攻略のためのキーアイテムがあるかって所か?」

「ゴーレムだと、一部で有名なEMETHの刻印とかもあるけどな」

「流石に、攻略組が雁首揃えて刻印見逃してましたってのも、あんまり無さそうではあるが」


 ゴーレムの額にEMETHの刻印があり、それのEを削るとゴーレムが動かなくなると言うネタは、VRゲームではよく用いられる。刻印自体は英語だったりヘブライ語だったりするが、いずれにせよゲームをやっている人間からすれば珍しい設定でもないので、それを攻略組が試していないというのは考え難い。

 実のところ、オズとしてはキーアイテム説が一番有力じゃないかと思っている。それがどの様なアイテムか想像は付かないが、本稼働直後で物資不足のスータットでは通常のアイテム入手すら容易ではない。ジョージ夫妻によれば物資不足も徐々に緩和されてきており、通常アイテムであればもう一週間もすれば手に入るようになるのではないかとの事だが、逆に言えばそれまではアイテムが手に入りづらい状態だということだ。

 運営が森にイベントを用意していたことも合わせて鑑みれば、それを見越してこちらに流れてきた攻略組を足止めさせたかったのではないかと邪推しているのだが、それが事実だったとしてオズ達に打てる手は無いので、別の可能性を模索するしかないのだが。


「とりあえず、防御無視系のスキル覚えてる奴って居る?」

「ハイハイ、アタシ《アーマーピアース》覚えた!」

「お、ゾフィーお主やりおるな。で、どんなスキルよ」


 元気よく手を上げたゾフィーの説明によれば、《アーマーピアース》は【弓技】アビリティのレベル18スキルで、防御力一定無視の貫通矢を放つスキルだそうだ。ちなみに、スリングショットでも問題無く使用できるとのこと。

 利点としては、防御力が高い相手に対してもダメージが見込めることと、貫通するので上手くやれば複数の敵を射抜けること。逆に欠点としては、MP消費が重いこととリキャストタイムが60秒と少々長いことだ。MP消費に関しては《騎手回復》で緩和できるとしても、リキャストタイムは少々問題だ。一分毎にしか有効打を与えられないとなれば、どれだけボス戦に時間が掛かるのか分からなくなる。


「他に、防御無視のスキル覚えてる人ー?」

「なし」

「知ってるだろうが、無い」

「俺も無しだ。ま、覚えてたとして使えるかどうかはまた別だが」


 キリカマー、ゲッコー、スーホから答えが返ってくる。クマゴローは後方を警戒しているので会話に参加してないが、アビリティ構成はオズと似通っているので、期待薄だろう。

 スーホも言ったとおり、スキルを覚えているかどうかとは別に、それが果たして使えるかという問題もある。物理攻撃系のスキルには大抵の場合モーションサポートが入るので、下手に隙の多いスキルなど使った日には事故率が跳ね上がる。騎手であるゾフィーに関してはオズが注意すればまだ何とかなるが、乗騎であるスーホはそうも行かない。

 あーだこーだと言いながらも、結局有効な手立ては思い浮かばないまま、ボスフィールドへと入ったのだった。

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