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プランBを考えない訳にもいかない

 ハニーキャリアーの羽音が聞こえなくなったのは、森フィールドを出てしばらくした後だった。

 事前情報だと蜂の行動範囲は森の奥限定で、森の手前側に来た時点で引き返していくとの事だったが、どうやら正式稼働で仕様が変わったらしい。


「どうも、危ない所を助けていただきまして。ありがとうございます」

「いやまあ、偶然だし、大した事もしてないけどな」


 ウサギの女性が頭を下げるのに対し、オズの方は曖昧な返事を返す。何も言わずに去られればムッとするが、かと言ってあまり丁寧なお礼をされてもそれはそれで困る。細かい仕草まで伝わるVRゲームの、面倒な部分ではある。

 幸い、森を出るまで他のプレイヤーに出会うこともなく、今は街に帰る途中だ。ウサギの女性も、今の状態で再び森に踏み入る蛮勇は持ち合わせていないとのことで、二人で歩きがてら事情を聞いている。


「とまあ、範囲魔法の使用感をゴブリン相手に確認していた所、木陰から飛び出てきたハニーキャリアーを巻き添えにしてしまいまして……」

「MMOあるあるではあるんだが、なぁ」


 話を聞く限りでは、オズとそう離れていない浅い場所でゴブリンを狩っていた所、正式稼働で縄張りを拡大した蜂相手に事故を起こしたらしい。実際問題、VRゲームではプレイヤーの主観でしか周囲の状況を察知できないので、こういった誤爆やフレンドリーファイア等の事故は多い。

 敵の存在を察知するアビリティもあるが、開始したばかりの状況では持ち合わせているプレイヤーはそう多くはないし、仮にアビリティがあっても他のことに気を取られていれば見逃すことも多々ある訳で。結局、「事故は起こるさ」の精神が大事になってくる。

 ウサギの足の遅さから鑑みるに、蜂に追いつかれずに長距離を移動できるとも思えないので、蜂の生息域に関しては信用しても良いかと思う。となれば、オズがゴブリン狩りの間に蜂と出会わなかったのは偶々だったと言う事だ。従姉一家を案内する前に判明して良かったと思わねばなるまい。

 さて、こうして情報を仕入れた上で無事生還出来たのは良かったのだが、オズとしてはこの後を考えると少々頭が痛い。従姉一家を案内するはずだった狩場が、使えなくなってしまった。

 どうしたものかと内心頭を抱えていたのだが、ふと視線を感じて振り返る。横を歩くウサギの女性が、興味深そうにこちらを見ていた。


「……何か?」

「あぁいえ、そう言えば自己紹介をしていなかったなぁ、と。私、来夢眠兎(ライムミント)と申します。ご覧の通りの兎人族(ラビルーナ)ですね」

「ああ、こりゃ失礼。オズ悪人(オズワルト)竜裔(ドラクレア)だ。リザードマン、の方が通りは良いような気もするが」


 自己紹介をすることで、ピコン、という音と共にマーカーが表示される。プレイヤーであることを示す緑の逆三角形と、来夢眠兎の文字。

 このゲーム、自己紹介を済ませないとマーカーすら表示されないのだ。PK等も一度被害に遭うか、もしくは手配書等で情報が出回らない限りは識別できないようになっている。「ゲームには不要な種類のリアリティ」と一部の人間には不評なシステムだが、このメーカーのVRMMOは大抵がこの仕様なので、多くの人間は諦めと慣れとが半々で受け入れている。

 自己紹介ついでに、お互いの種族の情報交換となった。それによれば、兎人族はいわゆる「魔法使い」に特化した種族で、魔法攻撃力と魔法防御力、MPが高い代わりに物理的なステータス全般が低いという、ある意味典型的な種族だそうな。身長の上限が厳しい「小型種族」と呼ばれるカテゴリの中でもダントツで物理防御が低く、レベルが低い内はゴブリンに一発殴られただけでもヤバイらしい。

 一方、オズの竜裔は物理・魔法共に能力値が高い、ステータスだけ見ればチート種族である。身長の下限が3mという「大型種族」の中でも極端な巨躯で、それだけ見ればバランスブレイカーなのだが、運営もその辺は弁えていて装備適正は壊滅的だ。腰布とアクセサリ以外は装備不可というある意味漢らしいラインナップは、掲示板で「裸族」とか「風呂上がり」等と呼ばれていた。

 余談だが、このゲームの腰布は下半身装備の扱いだが、ズボン等に比べて性能が低いらしい。事実、初期装備である「初心者の腰布」は防御力0という正真正銘のゴミ装備だったので、街を出る前にNPCショップにタダで引き取って貰っている。NPCの癖に、露骨に嫌な顔をしていたのが印象的だった。


「竜裔は正式稼働から追加された種族でして、実を言えば私もお会いするのは初めてなんですよ。もし良ろしければ、色々と使用感を聞かせていただきたいのですけれど」

「その言い方をするって事は、来夢眠兎はβテスターなのか」

「あ、はい。お恥ずかしながら」


 βテストに3回応募して3回落ちたオズからすれば、恥じるどころか誇って良いと思うのだが。

 オズの知る限り、ミリオンクランズ・ノーマンズでは身長設定や性別・外見等の条件さえ了承すれば、プレイヤーは自由に全ての種族を選択できる。竜裔も普通にリストから選択できる種族で、使用感を語った程度で問題になるような事は何も無いため、断る理由も無い。

 ただし、先約が無ければ。


「あー。悪いんだが、これから知り合いを色々案内することになっててな。その後で良ければ、話すこと自体は問題無い」

「『お知り合い』を『ご案内』ですか?」

「『お知り合い』を『ご案内』ですよ。っつーても、予定してた狩場はついさっき使えない事が判明したんだが……」


 ニュアンスから大体の事情を察してくれたらしい。こういう会話がスルリと出来るあたり、来夢眠兎もMMO歴がそれなりにあるのだろう。

 話している内に、大分街に近付いていた。結局の所、狩場の問題は解決していない訳で、やはり平原の芋虫渋滞に巻き込まれるしか無いのかと悩んでいると、来夢眠兎が手を一つ打って提案してきた。


「それなら私、お役に立てるかと」


 ちなみに、ウサギは掌に毛が生えているため、打ち合わせてもぺふ、という気の抜けた音しかしなかったが。

 来夢眠兎の提案はある意味予想できた物で、βテストで解放されていたもう一つの狩場、沼地のフィールドへ行こうというものだった。

 森よりも敵が強いものの、慣れてしまえば経験値効率はβテストで解放されていた狩場の中では一番良いので、テスター達には人気の狩場である。オズも、その存在だけは知っていた。

 ただ、知っていて尚そちらのフィールドを選ばなかったのには、それなりに訳がある。


「ぶっちゃけ、これから案内する相手は素人さんだから、あんまり強い敵と戦わせるのは避けたいんだが」

「沼にもゴブリンは居ますよ。森より強い上に武器を持っていますが、それでも慣れた人なら十分に対処可能です。素人さんですと1対1は厳しいでしょうから、そこは要フォローでしょうけどね。

恐らく沼地にはβテスターや事前に情報を仕入れてきた人達がそれなりに居るはずですから、フォローが出来ないほど多数の敵に囲まれる心配は、あまり無いかと」

「他のモンスターは?」

「難敵として知られるのは、亀と蛙ですかね。亀は足場さえ気をつければ、追いつかれる事はまず有りません。

蛙は普通に強いですが、それでもタンク(盾役)と火力が一人ずつ居れば、低レベルでも対処できます。あと、蛙のドロップアイテムは美味しいので、最悪はヘルプを頼めば誰かしら来てくれるでしょう」


 こちらの懸念点は予想済みだったのか、スラスラと答えが返ってくる。対するオズは、そもそも沼地のフィールドエネミーに関する情報は殆ど仕入れていなかったため、来夢眠兎の返答が正しいのかどうか判断できない。

 それにしても、難敵の対処にタンクと火力が必要となれば、タンクはオズが引き受けるとしても火力役を用意しなければならない。誰の事を指しているかは明白で、なるほど上手い事考えたもんだなと感心する。

 オズが考えてもこれ以上のアイデアは出てこないので、あとは来夢眠兎を信用するかしないかという問題になるのだが、そこはもう運否天賦の領域である。下手を打った場合には従姉一家を巻き込むのが申し訳ない気もするが、何かあれば埋め合わせを考えるとしよう。


「じゃあ申し訳ないが、案内をお願いしますわ」

「はい、お願いされましょう」


 打ち鳴らした手は、やはりぺふ、という音しかしなかった。



 来夢眠兎を紹介した際の従姉一家の反応は様々だった。旦那さんは生真面目に来夢眠兎に頭を下げて礼を言い、従姉とラインハルトはニヤニヤしながらこちらを見、ゾフィーは自分と同じ背格好の女子が増えた事を喜んだ。

 ちなみに、ミリオンクランズ・ノーマンズではアバターの性別と身長を自由に変えられるため、来夢眠兎が小躯の女性である保証は何処にも無い。一応、声を弄ると合成音臭さが抜けないため、声変わり後の男性がネカマプレイをするのは難しいと言われているが。

 まあ、オズが来夢眠兎に望むのは今日一日を大過なく過ごす事のみなので、それ以外の部分について問う気は全くない。


「ジョージさんとマルガレーテさんの種族は、どちらも前衛向きですね。ジョージさんは筋力とスタミナに、マルガレーテさんは器用さと素早さに優れている特徴が有りまして、生産職でもそれを意識すればご活躍出来ると思います」

「アタシは、アタシは?」

「ゾフィーさんはレンジャー系、つまり隠れた敵を見つけたり、障害の多い地形を素早く移動する事が可能です。魔法もそこそこ得意ですので、そちらのスキルを伸ばせば火力も出来なくはないですね」


 とりあえず今は、来夢眠兎先生による種族の特徴講座である。ああいう面倒くさい役目を引き受けてくれるのは、地味にありがたい。

 各種族の特徴は、一応は公式サイトに記載されているのだが、なにせ種族数が膨大で全て確認するのは骨である。自分の選んだ種族の特徴くらいは確認しとけよと思わないでもないが、世の中にはそれすらしない人間というのが確実に存在する。例えばゾフィーとか。


「ラインハルトさんの種族は、ちょっと一言では説明しにくいですねぇ」

「ああ、うん。一応、事前情報は見たから、大体の事は知ってるつもりだよ。微妙な評価を受けてるのも含めて」


 ラインハルトの選んだ鳥人族は、ステータスのみを見れば弱いとしか言い様がない。どのステータスも、満遍なく平均かそれより少し低いくらいしかないからだ。ただ、種族アビリティとして【飛行】を最初から覚えており、これにより文字通り空を飛ぶ事が出来るという他にない特徴を持っている。

 現時点で判明している、飛行アビリティを持つ種族は鳥人族ただ一種族で、これは大きなアドバンテージではある。あるのだが、飛行はスタミナ消費が激しく、スタミナも乏しい鳥人族が飛行するとあっという間にスタミナが枯渇するという問題があった。

 飛行アビリティのレベルが上がればスタミナ消費は多少改善されるそうなのだが、レベルを上げるには飛行アビリティを使わないとならないという悪循環で、少なくともβテストで到達できるレベル20程度では、この問題は改善するものの解決までは至らなかったらしい。

 ただ、レベルキャップの外れた正式稼働版ならその問題も解決するのではという期待もあり、ひとまず鳥人族は「もしかしたら究極の大器晩成型かも」と言われている。

 いずれにせよ、序盤が苦行なのは知れ渡っており、一部では「鳥を選ぶ奴はドM」という風評被害まで発生している状況だ。


「僕としては、空を飛べるって結構良いと思うんだけどなぁ」

「ま、そこら辺の考えは人それぞれだろうな。トップランナーを目指すんでなければ、そうステータスだの効率だのに拘る必要もなし、好きなように遊べば良いだろ」

「そうだね、そうするよ」


 MMOにおけるトップランナーとは廃人と同義であり、つまりは持てる金と時間の殆どをゲームにつぎ込める人間の事だ。その生き方を否定する気は無いが、まだ未成年のラインハルトにそうなって欲しいとも思わない。

 VRMMOの楽しみ方など人それぞれで、極論すればログインしてフレンドと駄弁ってるだけでも十分だとオズは思っている。あまり、周りの評価を鵜呑みにしたり効率だ何だと五月蠅い事を言うようになって欲しくはなかった。

 眠兎の講座を聴きながら、出発前の買い物を済ませる。と言っても、現時点の所持金で買える物はたかが知れており、回復アイテムをいくつか買い足す程度だったが。回復アイテムもゲーム開始時にいくつか支給されてはいたが、数があって困る事は無いだろうとの判断だ。

 主に女性陣から、ダサすぎる初期装備をどうにかしたいとの要望もあったのだが、来夢眠兎曰く「現時点で買える防具だと、正直似たり寄ったりですね」との事なので見送る。

 そんなこんなで、ようやく街の門を出て平原フィールドにやって来たのだった。


「うわ、スゲー混んでる」

「確かにこれは凄いわねぇ。この人達、みんなモンスター退治をしてるの?」


 平原でのリポップ待ち渋滞を見たゾフィーとマルガレーテが、嫌そうな声を上げた。口にこそ出さない物の、ラインハルトとジョージも似たような表情をしている。

 恐らく、街の中に居た人間がやる事も無くなったので外に出てきたのだろう。平原は少し前に見たときより、更に人が増えていた。


「ま、ゲーム内で色々な楽しみがあるとは言え、開始時の支給額で出来る事は殆ど無いからな。暇な奴等が、適当に外に出てきたんだろ」

「目的地はここではなくて、1時間半ほど歩いた先にある沼になります。ここよりは大分マシですよ」


 人混みを見学していても仕方が無いので、さっさと狩場に向けて出発する。

 最近はフィールド一つ一つが拡大傾向にあるVRMMOの中にあって、ミリオンクランズ・ノーマンズは特に広大な事で知られている。今回のような渋滞時には緩和の役に立つ物の、フィールド間の移動は面倒になるという弊害もある。

 一応、移動手段も用意されているそうなのだが、コストの問題で開始直後は使えない。地道に歩いて行くしかなかった。


「よし。オッさん、Go」

「Go、じゃねぇよ」

「オッさん、Gehen」

「ドイツ語に直しても駄目だからな」


 いつの間にやら、ゾフィーがちゃっかりと肩に乗っている。オズが自身の巨躯に慣れてない上、感覚のフィードバックも最低限に抑えているので、どうしても反応が鈍く察知が遅れるのだ。

 口では注意してみたものの、靴系統の物を一切装備出来ない鼠人族の特徴の所為で、ゾフィーは裸足である。ゲーム内の事とは言え、あまり積極的に下に降ろしたいとも思わない。

 両親が咎める様子もないので、そのままにして進む事にした。

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