飯屋、現る
ケロツグとの3戦目を終え、街に戻ってきた。
流石にオズと同格の体躯を誇るだけあって、ケロツグの死体はかなりの重量がある。持ったまま再戦すれば重量ペナルティが発生するため、一戦毎に街に戻ってくる必要があった。
ホームとして登録している借家には最低限の処理だけ終えた蛙の惨殺死体が置いてあるのだが、まあ部屋は余っているし他人を招くような予定も無いので、問題はあるまい。
ケロツグ戦はかなり楽しめている。元々が格ゲーメインでプレイしているオズとしては、単純な強敵とのタイマンは性に合っている。しかも、ケロツグはNPCにありがちなスペックと超反応でゴリ押ししてくるタイプでは無く、キチンとした格闘戦のAIを積んだ強敵であるので、ボス戦でありながらPvPの様な感覚で戦えていた。
若干、力押しに弱い傾向はあるがそれとて致命的な欠点という訳でも無く、なにより舌と跳躍力を活かした独特の攻撃が素晴らしい。長い舌は単に鞭のように振るうだけで無く、縄の様に拘束したり絞め技や関節技の補助に使ったりと、「現実に蛙の格闘家がいたらこうなるんじゃないか」と思わせるような工夫が凝らされていて、戦う度に発見がある。
オズも、結果として戦闘には勝っているが、それは回復魔法や各種飛び道具に頼った結果であり、純粋な格闘戦では未だにケロツグを下せていない。レベルが上がって相対的にケロツグが弱体化する前に、なんとか攻略の糸口を掴みたいとは思っているのだが。
「よう、兄さん。ちょっと食って行かないか?」
そんな事を考えながら通りを歩いていると、通りの端の方から声を掛けられた。
見れば、食い物屋と思しき屋台が出ている。屋台と言っても、最低限の支柱と布で雨除けを拵えその中にベンチを置いただけの、およそ立派とは言い難い物だ。寸胴から湯気が上がっている所を見るに、恐らくはスープか何かを売っているのだろう。
オズの興味を引いたのは、屋台そのものよりもその主だった。全身を深緑の鱗に覆われた身長3m越えのリザードマンは、オズと同じ竜裔で間違いあるまい。ゲーム中で見掛けた事はそこそこあるが、実際に話をした事は無い。物珍しさもあって、寄っていく事にした。
「ここは、何が食えるんだ?」
「今の所、肉団子のスープだけだ。追加料金で、うどんは入れられるが」
「じゃ、うどん入りを一杯貰おうか」
「へい、毎度」
注文をして、料理が出来るのを待つ。
確か、生産系のアビリティはある程度作り慣れた品であれば、コマンドを選択すると一瞬で作り上げる事が出来るはずだが、ここの店主はそれをしない主義らしく、わざわざスープとは別の寸胴でうどんを茹でている。動きを見る限りモーションサポート頼りでは無いようだし、手つきも慣れているので、単純に趣味だろう。
程なくして料理は出来上がり、代金を払って器を受け取る。肉団子と野菜が煮込まれた透明のスープに、うどんが入っている。雨の中を歩いてきた身には、温かい料理というのはそれだけでありがたい。塩味の効いたスープは、普通に美味かった。
そこそこ腹が空いていたのもあって、すぐに食い終わる。大型種族のオズからしてみると、一杯の量が少なく思えるのだが、まあそこは仕方があるまい。サイズの違う器を複数揃えるというのは、結構手間だったりする。
「ごっそさん。美味かったよ。ところで、うどんが出てくるって事は、アンタも異邦人か。
っと、その前に自己紹介か。オズ悪人、竜裔をやってる」
「おお、有名人じゃないか。俺はゲッコー、同じく竜裔だ。出身もアンタの想像通りさ。
念願叶って今日から屋台を出してるんだが、この通り生憎の雨で…… 『飯屋殺すにゃ刃物は要らぬ』とはよく言ったもんだ」
スープだけをもう一杯注文する事にして、食っている間に少し店主と話す事にする。オズの認識では、竜裔は戦闘向きの種族だったので、それが食い物屋台をやっているのに興味を引かれたのだ。
ミリオンクランズ・ノーマンズは以前も説明したとおりリソース管理型のVRMMOで、サービス開始直後には全般的に物資不足が発生するが、数少ない例外の一つが食糧である。運営も、サービス開始と同時に始めの街で飢饉を起こす真似はしたくないので、食糧の備蓄はタンマリあるため食事関係で困る事は無い。
NPCから提供される食事が味の面で特に劣っている訳ではないというのもあって、料理関係の生産職というのは一般的に不遇だ。一応、食事を取る事で満腹度だけでなくわずかにHPやMPが回復したりするし、料理人のレベルが上がればバフ効果も付いたりするのだが、それはNPCが作った料理にも同じ事が言えるため、初期にはレベル差もあってプレイヤーの料理を食いたがる人間は少ない。
ゲッコーも料理人の不遇自体は知っていたし、味の研究をする上で『料理の上手いNPC』と言うのは参考になる面も多いので、自分なりに研究しつつ【料理】アビリティのレベルも上げ、なんとか屋台を出す許可を得る所までこぎ着けたそうなのだが。流石に、この雨は想定外だったらしい。
「公式によると、アンタも参加した森のイベントクリアがキーになって、天候要素が解放されたらしくてな。
検証スレじゃ、今後精霊関係のイベントが進む度に季節なんかの要素が加わるんじゃ無いかって、色々言われてるぜ」
「そいつは…… 申し訳ない、と言った方が良いのか?」
「まあ、ゲームやってて『イベントクリアするな』とも言えないしな。しゃーないっちゃしゃーないんだが、せめて週明けにして欲しかったってのはある」
唐突に降り出したと思っていた雨だが、どうやら知らないうちにオズも一枚噛んでいたらしい。意図した訳では無いが、実際に被害を被っている人間を前にすると、多少なりとも申し訳ない気持ちになる。
気まずさを感じながら肉団子を口に入れた所で、気付いた事があった。
「これ、鶏肉じゃなくて蛙か」
「ん? ああ。少しレベルが上がればソロでもそこそこ安定して狩れるし、付近で手に入る肉の中じゃ断トツで味が良いからな。
プレイヤーだと嫌がる人間も居るが、NPCの話じゃスータットでは普通に食われてるらしい。本当は骨があれば出汁も取れるんだが、ドロップアイテムに骨は無いのが痛い」
「なら、丁度良い物があるぞ」
トレード画面を開き、ケロツグの死体を提示する。
皮はボロボロで使い物にならないが、肉はそれなりに残っているし、骨も所々折れているが残ってはいる。一応、殺してすぐに処理をしているので悪くなってもいないだろうし、肉団子にするなら問題あるまい。
雑魚蛙が美味いので味は気になっていたが、戦闘を楽しんだ後にそのままかぶり付く気にもなれなかったので試してはいない。料理人が居るなら、これを期に味見してみても良いだろう。勝手な思い込みかも知れないが、ケロツグも美味しく食べられた方が浮かばれるに違いない。
「なんだ、このデカイ蛙は…… と言うか、何で死体がそのまま残ってるんだ?」
「沼のボスの『沼名主のケロツグ』っつー蛙だ。味は試してないんで分からんが、流石にボス肉が雑魚より不味いって事は無いと思いたい。
死体が残るのは、【狩猟】っていうアビリティの効果だな。見ての通り倒し方を工夫しないとボロボロになるが、骨だのなんだのが欲しいなら便利なアビリティだ」
「申し出はありがたいが、流石に相場が分からんし、ポンと買い取れるほどの金も無いぜ。施しを受ける理由も無いしな」
「そうだな…… とりあえず半身程使って何品か拵えてくれれば、余りを譲るってのはどうだ? 実のところ、舌以外は大した使い途が無いし、コイツで3匹目だから持って帰っても困るんだよな」
「まあ、そういう事なら」
何だかんだで、大蛙の味に興味があったのだろう。口では渋々といった風を装っているが、態度が隠し切れていない。肉の量としてはそこまで多い訳でも無いので、メニューに加えるならゲッコー自身がケロツグを狩れるようになる必要があるだろうが、味の研究なら経験値として悪くはあるまい。
オズ自身、ケロツグの味が気になる所ではある。出来上がる料理を楽しみに待っていた。
程なくして、出てきたのは先程と同じ肉団子のスープだった。心なし団子の色が濃いようにも思えるが、他に大きな違いは無い。それが悪いという訳では無いが、少々拍子抜けした感は否めない。
「悪いが、設備が無くてな。まともに作れるのがそれ位なんだ。残りは塩漬けにしといたんで、自分で調理するなり他へ持ち込むなりしてくれ。
さっき味見してみたんだが、多分香草焼きみたいにするか、匂いが気にならないならカツにすると良いかもしれない」
「まあ、考えてみりゃ当然か。ぶっちゃけ、塩漬け肉だの骨だのを返されても扱いに困るんで、そっちで処理してくれ。さっきも言ったが、まだホームに二匹残ってるし、雑魚蛙もタンマリあるんで、ぶっちゃけ邪魔なんだ」
「そうか? なんか、悪いな」
寸胴二つしか用意していない屋台に材料を持ち込んで無理を言ったのはオズの方であるので、非はこちら側にあるだろう。
肉団子スープは、正直微妙な味だった。不味い訳では無いが、蛙の味と匂いが強すぎて、肉団子以外の味が消されてしまっている。なるほど、これは香草焼きやローストにして、肉の味を十全楽しめる料理の方が合っているかも知れない。少なくとも、他の食材と組み合わせるなら、バランスを考える必要があるだろう。
肉については、半ば押しつける形で譲渡した。残念ながら、貰っても扱いに困るのは本当だ。オズもリアルでは一人暮らしをしているので、料理はそこそこ出来る方ではある。ただ、その為にAPを払ってアビリティを覚えたいかと問われれば、答えはNoだ。
「余計なアドバイスかも知れないが、竜裔なら【料理】は取った方が良いと思うぜ。
【捕食】との相性が良いし、大型種族はどうしても腹が減りやすいから、出先で簡単な物でも拵えられれば、それだけで大分楽になる。装備がない分、調理器具を持ち歩くのも苦にならないしな」
「正直欲しいアビリティが多すぎて、只でさえAPが足りてないんだよな。アドバイスはありがたく受け取るが、実践するかは分からん」
竜裔は各ステータスが満遍なく高いが、装備が無い分だけ物理・魔法の双方で専門職に劣る。
大抵そういったキャラは器用貧乏になりやすいのだが、器用貧乏というのは器用でなければ只の貧乏で、つまり竜裔は物理・魔法双方のアビリティをある程度揃えないとデカイだけのトカゲに成り下がるのだ。
オズ自身、ゲーム開始直後は高いステータスと自身のプレイヤースキルでそこそこ良い所まで行けるだろうと高をくくって居たのだが、スーホ達とのPvPや今日のケロツグ戦を経て認識を改めた。少なくとも、中途半端なプレイヤースキル頼りで良い所まで行けるほど、甘いゲームでは無いらしい。
序盤のボスにさえあそこまで高度なAIが搭載されていると言う事は、終盤のボスだとそれこそプレイヤーを凌駕するAIを搭載していてもおかしくはない。元々、突き詰めれば人間よりもAIの方が性能が上になるというのは、前世紀から言われていた事ではあるのだ。
今となっては【精霊語】に費やした10APがかなり痛いが、そもそも【精霊語】を取得しなければ【精霊召喚】は取得できなかった訳で、そうなるとケロツグには勝てなかっただろう。なんとも悩ましい話である。
ゲッコーの話では、掲示板では竜裔というのは生産職向きの種族という認識らしい。生産設備や器具は、装備ではなくアイテム扱いのため竜裔でも問題無く使用できる。ステータスが高い竜裔はアビリティさえあれば不得手な分野が存在しないし、自身の装備が必要無いため資金を生産関連に多く割く事が出来るので、生産職でスタートダッシュを決めたい人間には丁度良いらしい。
ネタ種族扱いのためパーティは組みにくいが、エンジョイ勢ならそれでもパーティを組んでくれるプレイヤーというのが少なからず存在するし、レベルを上げた上で攻略法を知っていればソロでも雑魚狩りが出来ない訳では無い。
オズ自身は生産職をする気が全くなかったので考えた事もなかったが、成る程言われてみれば、確かに生産職向きかも知れない。だからと言って生産職に転向する気はサラサラないし、竜裔の使用感は気に入っているので、今の所種族を変更する気も無いが。
「ありがとう。同族と話すのも初めてなんで、色々参考になったよ。
ついでと言っちゃ何だが、フレンド登録して貰えんかね」
「お、良いねぇ。こっちとしても、『下の人』と知り合えるなら願ったりだ」
「少し気になったんだが、その名前、もしかして結構知れ渡ってるのか?」
「掲示板じゃそこそこ有名だぜ。まだウィークリーオラクルで晒された人間も少ないし、昨日のボス戦のVTRでも活躍してただろ。
まあ、昨日のボス戦に限って言えば、一番注目を集めてたのは『皇帝』の方だけどな」
ちなみに、なんで『下の人』なのかと問えば、大昔の漫画が元ネタらしい。オズはタイトルを言われても分からなかったが。
VRゲームに限った話では無いが、『他人のプレイを見る』と言うのは勉強になる事が多い。ミリオンクランズ・ノーマンズではその為の機能が充実しているのもあって、ボス戦のVTRはかなり注目されているらしかった。特に、囮をやっていたラインハルトは『鳥人=不遇』の先入観を持っていたプレイヤー達に衝撃を与えたらしく、攻略組では《騎手回復》や鳥人の扱いについて議論が活発になっているそうだ。
【乗騎】というアビリティ自体、騎手と乗騎がペアにならなければならない事や他のメンバーとの機動力の差を考えると、そのままパーティメンバーに加えるのが難しいアビリティである。それに鳥人を加えるとなれば、パーティメンバーの内2人までをこれまでと違った形で運用する必要があるため、その有用性の検証やノウハウを何処から持ってくるかと言う事で、色々と意見が出ているらしい。
自分達の知らない所で意図せぬ形で注目を集めているという事実に何だかなぁという感想を抱きつつ、ゲッコーとはフレンドコードを交換して屋台を後にしたのだった。
今更ですが、頂いた感想は全てありがたく読ませて頂いています。
ただ、只でさえ筆が遅いのに、感想返しをするとなると余計に投稿が遅れる事は目に見えているため、申し訳ありませんが感想返しは一律でしない方針とさせて頂きます。
最初に言っておけよという話ですが、限られた方からしか感想を頂いていない状況でそれを言うと、直接個人を否定した気がしてしまう小心者マインドが……
ちなみに、22話でもチラッと触れましたがこのゲームでは現在味噌や醤油は実装されておらず、従って大抵の和食は再現不可能です。この話で出てきたうどんも、塩味のスープにそのまま投入しただけで味としては水炊きの〆にうどんを入れた感じですね。蛙肉はオズが最初勘違いしていたように、味としては鶏肉に近いです。若干の臭みはありますが、団子にして玉葱なんかを入れれば誤魔化す事は可能で、ゲッコーもそうやってプレイヤーに受け入れやすい状態で提供しています。
ケロツグは普通の蛙に比べて味も濃いけど臭みも強いため、普通の蛙と同じようにすると誤魔化しきれずに微妙になりますが、それを分かった上で調理すればゲーム中の食材としては普通の蛙より上です。




