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イベントで活躍したら酒が飲めるぞ(嘘)

 レイドを組んだパーティとは、街に入ったところで別れた。

 レイドを組む前は報酬などで揉めるのではないかと恐々としていたのだが、どうやら杞憂だった様でお互いに良い雰囲気で別れの挨拶をすることができた。相手側の人格の良さも勿論だが、【歌唱】持ちのバフと、オズが樹精に頼んだ《リジェネレート》のおかげで、メンバーに一人も死亡者が居なかったのが大きいだろう。

 人間、何かを失うとそれを別の何かで補填したくなるのは、当然の心理だ。どこかのパーティで死に戻りが出たりすれば、また違った雰囲気になった可能性は低くないだろう。色々な意味で、運が良かったと言える。


「あー、面白かった」

「それは何より」


 肩の上のゾフィーが、晴れやかな声を出す。今日一日を振り返れば、まさに大冒険といって差支えのない日だったから、それも当然だろう。

 公式からイベント告知がされていたというのは少々意外だったが、それでも他パーティに出し抜かれることもなく森の杭は抜けたし、ボス戦でもそこそこの戦果を出せている。大分運に助けられた部分は大きいが、それも含めてMMOというゲームであるとオズは思っている。

 パーティメンバー達も今日の戦果には満足しているようで、皆晴れやかな顔をしていた。


「で、これからどうすんの?」

「マグ姐さん達が祝勝会の会場を用意してくれたそうだから、そっちに行こう」

「市役所とかは、報告しなくて良いの?」

「正式に依頼を受注したわけでもないしな。それに、公式からイベント告知があったってことは、領主側もある程度の経緯は把握してるはずだ」


 先日の反省を踏まえ、ジョージ夫妻と来夢月には、ボス戦が完了した時点でメールを送っている。親世代たちは子供たちがイベントで活躍したことに喜び、一足先に近場の食堂を抑え、祝勝会を開こうと言ってくれたのだった。当然パーティメンバーを誘えば、二つ返事でOKが返ってきたので、こうして連れだって会場へと向かっている。

 時刻はすでに17時を回っており、市役所は閉まっている時間である。冒険者用の窓口は24時間営業だろうから無人ということもないだろうが、依頼を受けたわけでもないのに乗り込むというのも、それはそれで違う気がする。それに、精霊樹の杭を抜いたのは確かにオズ達だが、ボス戦は多くのプレイヤーが参加して勝利したのだし、勝手にオズ達が代表して市役所に報告するというのも問題がある。まあ、後日顔を出すことにはなるだろうが、今すぐ報告する必要はないというのが、大人組の意見だ。

 そんな事を話しているうちに、祝勝会の会場となっている食堂へとたどり着く。ゲーム開始初日に、オズが来夢眠兎に紹介されたあの店だ。後で知ったことだが、βテスター達には結構人気の店だったようで、中を見回せば先程ボス戦で見かけた顔がチラホラと見受けられる。まあ、どこも考えることは同じということだろう。

 店はそこそこ混雑していたが、マーカーのおかげでマルガレーテ達とはすぐに合流できた。というか、あちらがオズ達を見つけてくれたと言ったほうが正しいか。なにせ、身長3m超えの大型種族がドアをくぐれば、嫌でも目立つ。


「それでは、イベント攻略成功と新しいフィールドへの到着を祝しまして――」

「「「「「「「「「「かんぱーい」」」」」」」」」」


 スーホの音頭に合わせてグラスを打ち合わせる。未成年が立ち入れるエリアでは基本的に飲酒が認められないので、全員がジュースだったが。雰囲気は多少損なわれるが、仕方がないと言えば仕方がない。

 思い思いに料理をつまみながら、今日のイベントについて留守番組に報告していく。ゾフィーが身振り手振りを交えて色々なことを話しつつ、それをほかの人間がフォローしていくという形なので、正確性という点では大分怪しいが。まあ、ジョージ夫妻はもちろんの事、来夢月からも特に文句は出ていないので、これはこれで祝勝会のムードアップに役立っていると思うことにする。

 ボス戦の話が出たあたりで、思い出したことがあって来夢月に報告しておく。


「そういや、来夢翠さんに会ったぞ。というか、ボス戦でレイド組んだ」

「おや、そうかい。カミさんもイベントに参加するって言ってたから、すれ違う位はするかと思ってたけど」

「というか、奥さんが攻略組やってるなら、言ってくれれば情報公開しても構わなかったのに」

「んー、公式から告知されなかったら、今日あたりにお願いするつもりだったんだけどね。カミさんのパーティは準攻略組なんだけど、山で鉄探しに総力を挙げてたんで、あんまりそれを邪魔したくもなかったし」


 そういえば、当人も「山の攻略が行き詰った」と言っていた。確かに、前衛の装備を考えるなら、素材として美味しいのは森の蟻よりも鉄の方だ。オズ達への遠慮だけでなく、その辺の事情も絡んでいたのかもしれない。もっとも、未だに純度の高い鉄鉱石は未発見だそうなので、結果論としては来夢翠に無駄足を踏ませたのは変わらないのだが。

 丁度いいということで、そのまま話題は【乗騎】アビリティのスキルや【精霊語】に移っていく。来夢翠からも頼まれていたし、どうせ秘匿するような情報でもないのでオズとしては自分の懐を痛めずに借りを返す事ができるお手軽な方法だ。【精霊語】の取得者は本当に居るかどうかすら定かでないレベルだったらしく、呪文詠唱に関しては非常に興味深そうにしていた。ただ、この話に一番食いついたのは、検証班の来夢親子ではなく、スーホだったが。


「呪文詠唱の話が本当なら、精霊の機嫌さえどうにかできれば、ずっと《ナイトビジョン》を使ってもらうことができるわけか」

「つーても、MPは取られるみたいだけどな」

「それでも、魔法適性の低い俺が使うよりは、効果はマシだろう。それに、本来単体を対象にするはずの《リジェネレート》をパーティ対象に拡大できるんだ。

《ナイトビジョン》も、同じことができる可能性は高いだろうから、キリを《騎手回復》しつつ使ってもらうこともできるはずだ」


 オズの種族である竜裔は魔法適性も高いし金属製の装備も勿論していないのであまり気にしたことはなかったが、やはり前衛職が魔法を使うというのは、いろいろな面で厳しいものがあるらしい。精霊という不確定要素はあるものの、スーホからしてみればそれを上回るかもしれないメリットが感じられるようだ。暗闇で闇の精霊が居ないということもないだろうから、後は彼らの機嫌さえどうにかできれば、スーホの言うような運用も可能だろう。


「そういや、イベント報酬に【精霊語】の巻物があったな。後から渡されても、微妙に困るんだが……」

「まあ、それに関してはご愁傷様としか言いようが無いな。今回のイベントで有用性は証明されたし、欲しがる奴は多いだろうから、売ればそれなりにはなるだろうが」


 樹精と協力してイベントを進めた報酬として、パーティメンバーには【精霊語】を覚えるための巻物が支給されていた。わざわざ教科書を借りた上に10APを支払ったオズとしては、いまいち釈然としないのだが。ついでに言えば、オズ自身は参加プレイヤーの中で最も樹精との信頼関係を築いたとして、【精霊召喚】の巻物一つと素材各種が加えられている。

 【精霊召喚】はまだしも、素材の方は装備適正が死んでる上に生産職でもないオズには何の益も無い。特に、「精霊樹の若枝」なる素材は、精霊樹を傷付ける事が犯罪である事を鑑みれば、御禁制の品に近いだろう。まあ、流石にイベント報酬を持ってて衛兵さんにしょっ引かれはしないだろうが、出来れば持ち歩きたくは無い。

 売れば高値になるのかもしれないが、オズの種族とプレイスタイルだと、そんなに金が必要になるわけでもない。ゲーム内でまで金稼ぎのためにあくせくしたくも無いので、少し迷った末に素材はジョージ夫妻に、【精霊語】の巻物は来夢月に譲ることにした。


「いいの? これ、もしかしなくても今回の報酬の目玉でしょうに」

「ま、戦闘に参加してないとはいえ、装備だ何だで協力はしてもらったしな。報酬無しってのもつまらんだろ。

それに、生産アビリティ取る気のない俺が持ってても、腐るだけだし」


 マルガレーテもこのゲームを一週間ほどやっており、ゲーム内で素材のレアリティに応じて値段が変動する事を、彼女なりに理解している。イベント報酬とは言え、明らかに見た事の無い素材をポンと渡されれば、流石に戸惑いの方が強い。

 ただ、オズにとっては使い道の無い素材アイテムなど、ゴブリンの落とす石コロとあまり変わらない。有効活用できる人間がいるなら、そちらに渡した方がマシという、それだけの話だ。これまでマルガレーテ達に渡した素材もそれなりの値段で引き取って貰っているので、幸い懐には余裕がある。イベント報酬のレアアイテムを最前線組に流せば超高額で取引されるだろうが、そこまで親しい攻略組が居る訳でも無い。


「多分、売りに出せば攻略組が金貨袋で殴り合いして欲しがると思うけどね」

「攻略組に先に進まれると、俺みたいなエンジョイ勢は追いつくのが難しくなるんで、どっちかと言えば渡したくないんだよな。

かといって、持ってる事が知られれば押し寄せてくる奴も居るだろうから、出来れば面倒な事になる前にさっさと処分したい」


 来夢月も戸惑ったように言うが、本音を言えばオズとしては攻略組の足を全力で引っ張りたい派だ。トッププレイヤーは無理でも、出来れば前線に居たいという野心はオズにもある。プレイ時間や課金額等で、いずれは置いて行かれるだろうが、それでもその瞬間を遅らせる努力くらいはしておきたい。だいぶ方法がせせこましいが。

 大金を積んででもレアアイテムが欲しい人間というのは、ゲーム内では珍しくない。レアアイテムを持っている事が知れれば、オズの元に「売って欲しい」と言ってくる人間がいるだろう事は想像に難くないので、さっさと処分したいのも本音である。

 このゲームでは、一定年齢以下の人間に対するPK行為は出来ないようになっているので、素材をそのままラインハルトとゾフィーの装備にでもしてしまえば、安全且つ有効に処分できるのだ。

 渡された側は色々と心の葛藤があったようだが、アイテム自体はやはり魅力的なのと、オズが持っていても何の役にも立たないというのは事実であったので、結局は受け取って貰えた。



「この店ってさ、すき焼き無いんだね」

「つーか、まず醤油が無いからな」

「いやでも、お祝いって言ったらすき焼きじゃん?」


 イベントの話も一巡りして、皆が雑談を始めた頃。メニューを見ていたゾフィーが、ポツリと呟いた。身体に流れる血の3/4が外国人の彼女だが、日本人祖母の飯を食って育っただけに、味覚はそこそこ日本人に近い。

 オズの一族は、揃って「お祝いと言えば牛肉!」という感覚が強いので、ゾフィーもその例に漏れず「お祝いと言えばすき焼き」らしかった。オズ自身は、どちらかと言えばすき焼きよりステーキの方が、ハレの料理という感覚が強いが。

 余談だが、大抵のVRMMOには味噌や醤油などの和風の調味料が初期には存在しない。データ的に再現が難しい訳ではなく、実装されていないと何故か「じゃあ作ろう」となるプレイヤーが多いため、料理プレイヤーのモチベーションを上げる材料として、あえて実装されていないのだそうだ。ミリオンクランズ・ノーマンズにも、そう言った理由で味噌や醤油は未だ発見されていない。

 そんな訳で、メニューにすき焼きが無いのはある意味当たり前なのだった。


「オッさん、すき焼き食いたい」

「ゲームじゃ無理だから、家で食え」

「お婆ちゃんは旅行中だし、お父さんはドイツ料理は上手いけどすき焼きはイマイチだし」

「ゾフィー…… 今まで黙ってたけど、お前の母親はまだ生きとるのじゃよ」

My mother(お母さん) is() English(イギリス人だし)


 軽口を叩き合っていたら、マルガレーテにギロリと睨まれた。彼女は血筋こそ日英ハーフだが、日本国籍を持つ正真正銘の日本人だ。ただ、味覚に関しては英国人の父親の遺伝子を濃く受け継いでいるというのが、家族共通の認識らしい。実のところ、オズ自身はマルガレーテの料理を食べた事が無いので、主に子供二人からの伝聞なのだが。

 オズの認識では、すき焼きというのは最初に材料と酒を入れたら後は砂糖と醤油で味付けするだけの簡単な料理なのだが、ドイツ人のジョージにはそうでも無いらしい。どうにも、「味が薄くなったら調味料を足していく」というすき焼きのプロセスが納得いかないそうだ。


「今日は晩ご飯に宅配取ろうかと思ってたんだけど、丁度良いから、アンタ家来てすき焼き作んなさい。材料費とお酒は出すから」

「サラッと言うね」


 娘を宥めるのが面倒になったのか、マルガレーテがこちらに矛先を向けてきた。まあ、実際それが出来る程度の距離に住んでいるし、そこそこ普段から交流もしているからこその台詞なのだが。

 オズの個人的な感覚として、すき焼きというのは冬の寒い時期に食うから美味いのであって、4月は少々時季外れだ。だから食うなと言うつもりは無いが、わざわざ余所のお宅にお邪魔して作りたくはない。それでゾフィーが納得するとも思えないので、どうした物かと考えていたが。


「今なら、この間手に入れた35年物のウィスキーがあるわよ」

「……わかった、行くよ」


 結局は、高い酒に釣られたのだった。リアルでは、ゲーム程には景気の良くないオズである。

申し訳ありませんが、少々リアルが忙しいためこの先も不定期です(言い訳にすらなっていない)

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