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対 イービルアント・クイーン戦

 先陣を切ったのは、いつも通りスーホだった。次いで、オズ、クマゴローが続く。

 他のレイドメンバーは、自分達の後衛と歩調を合わせる必要があるため、まだ大分後ろに居た。改めて、このパーティの機動力の高さを実感する。

 ただ、機動力が違うと言う事はそれだけ突出しやすいという事でもあり、案の定オズ達はあっという間に蟻に囲まれた。まあ、予想通りではある。


「樹精さん、回復お願いします! それと、後ろに行きそうな四本脚をなるべく拘束して下さい!」

「ワカッタ」

「マカセロー」


 樹精達の頼もしい返事と共に、《リジェネレート》がレイドメンバー全員にかかる。樹精達に予めお願いして、対象メンバーを拡大して貰ったのだ。その分、拘束の手が減ると言う事だったが、仕方が無いと割り切る事にした。

 レイドメンバー達とオズ達の思惑としては、概ね「他パーティのメンバーを盾として使いたい」という事で一致している。数で攻めてくる敵相手に完全包囲されないためにも、長く生き残って貰わねば困るのだ。

 ワラワラと集ってくる蟻を両腕と尻尾でなぎ倒している内に、後方のパーティからの援護射撃も来て、とりあえず状況は膠着した。ここからは持久戦である。


「ハル、クイーンに近付きすぎない程度に飛んでみてくれ。安全優先で、ヤバイと思ったら何もせずに帰ってきて良い」

「分かった!」


 地上戦が膠着していても、空中起動が出来るラインハルトには関係が無い。自称攻略組の犠牲によって雑魚蟻には飛び道具持ちが居ない事も確認しているので、そのまま【投擲】アビリティで投げ飛ばした。

 事前打ち合わせで、クイーンの役割は砲台か全体バフ支援、もしくはその両方だろうと予想されている。ナイトやポーンがそこそこ散開する中で、クイーンがボスとしての存在感を示せる役割は何かと考えたときに、その二つが候補に挙がったからだ。

 「他の蟻全ての上位互換」という意見もあったが、近接攻撃と状態異常しか攻撃方法がない蟻の上位互換で大人数相手に存在感を示すには余程ステータスを盛らないと無理なので、恐らくないだろうと思われる。第一、あの巨体でナイトのような機動戦闘なぞ行えば、まず間違いなく進路上に居る他の蟻を轢き殺す事になる。

 そんな訳でクイーンの攻撃方法、特に砲台機能の有無は最優先の確認事項で、これがあるかないかで取り得る戦術は大きく変わってくる。そのため、ラインハルトには悪いが囮役を頼んでいた。

 果たして、オズ達の予想通りクイーンは砲台型だった様で、ラインハルトが一定距離まで近付くと黒い杭の様なものを飛ばして攻撃してきた。距離があるため確認できないが、恐らくは精霊樹に刺さっていた物と同じと思われる。


「スピードを落とさずに、高度を上げて距離を取れ! モタモタしていると、却って狙い撃たれるぞ!」


 β時代には鳥人をやっていたというスーホが、大声でアドバイスを送る。クイーンの攻撃には爆発のような範囲攻撃判定こそ付いていないが、それを補うかのように数が多く、ラインハルトを寄せ付けない。

 当たっていないので攻撃力がどの程度かは分からないが、装甲の薄いラインハルトは一発食らうだけでも致命傷になりかねないので、そのまま安全な距離を保ちつつボスを牽制して貰う。当人の安全を考えれば呼び戻すべきかも知れないが、残念ながらあの砲撃が地上に向いた場合には後衛達が本格的にヤバイ事になりかねないので、それも出来ないのだ。

 オズ達も助太刀に行きたいが、如何せん敵の数が多くて進むのすらままならない。数の増えた蟻たちは生意気にも陣形を組んでプレイヤーを包囲せんとしており、今までバラバラにかかってきたときとは違って各個撃破すら困難なのだ。

 特に、手を出せない位置に居るビショップ達は本当に厄介だった。今まではラインハルトが妨害してくれていたのだが、彼がクイーンにかかりきりになった結果、好き放題に回復と状態異常付与を使ってくる。状態異常に関しては後衛が逐次解除してくれては居るが、その分だけ火力に回すMPが減るのも事実だ。


「おいスーホ。お前さん、あの囲みを突破してビショップを皆殺しにして来いよ」

「阿呆か。俺の背中にペガサスの翼が見えるなら、今すぐ脳外科へ行け。お前こそ、ドラゴンの子孫なんだからブレスの一つも吐いたらどうだ?」

「残念ながら、俺の先祖は(ドラゴン)じゃなくて恐竜(ダイナソア)のようでザウルス」

「いいから、無駄話してないでハルを助ける方法考えろよ!」


 スーホと二人で馬鹿話をしていたら、怒ったゾフィーにペチリと叩かれた。ピンチになると他人を煽るのはVR格ゲーマーの悪癖だが、そんな言い訳は蟻にも彼女にも通じない。

 当然と言えば当然だが、即席で組んだレイドはチームとしては殆ど機能していない。それぞれ、自分のパーティメンバーを統率するので精一杯だった。一応バフはちゃんとかかっているし、フレンドリーファイア等も無いのだから、これでも大分上等な部類だ。が、それだけでは勝てそうにないのも事実な訳で。

 ひとまず、どうにかして雑魚を排除し、クイーンの元まで辿り着かないと話にならない。幾ら《リジェネレート》でスタミナを回復しているとは言え、ラインハルトとてずっと飛んでいられる訳でも無い。


「オズ。前衛の囲みを飛び越えるのに、踏み台が必要だ。やれ」

「リーダー様の仰せのままに。ゾフィー、悪いが一旦降りて、クマゴローの近くに居ろ」


 スーホの意図を察し、肩車していたゾフィーを一旦降ろす。急激に吹き荒れるリーダー風に戸惑わないでもないが、無駄な言い争いをしている場合ではないのも事実だ。

 ゾフィーが地面に降り立ったのを確認するのと同時に、蟻の群れに向かって突進する。ルークとポーンの槍衾が出迎えるが、長い腕で振り払った。払いきれなかった幾本かの槍が刺さるが、《ライトヒール》で応急処置をして誤魔化す。

 そのまま、急増のスクラムを組んだ蟻たちを勢い任せで押し込むが、やはり多勢に無勢ですぐに押し合いは拮抗する。そのまま続ければやがては押し負けるだろうが、オズが欲しかったのはこの一瞬の拮抗だけだ。


「踏み台、一丁上がり!」

「よし。キリ、眠兎、しっかり捕まっていろ!」


 押し合いをしているオズの背中を、スーホが駆け上がりそのまま蟻の頭上を飛び越えていく。オズを押し返すために蟻がスクラムを組んで密集したのが、返って徒となった形だ。背中を蹄で蹴立てられてかなりのダメージを貰ったが、必要経費と割り切る。

 目的は達したので押し合いを止めようとしたタイミングで、クマゴローが「はいそのまま」と言いながら同様に踏み越えていった。クマゴローは単独で騎手二名を乗せたスーホと同程度の体重があるらしく、ダメージが蓄積してHPがやばい事になっている。《ライトヒール》がリキャスト制限に引っかかって使えないので、《リーフヒール》と【調息】で誤魔化すしか無い。


「オッさん、大丈夫?」

「オッさん、生まれ変わったら乗り物でも壁でも踏み台でも無い種族に生まれたいわ」


 再び定位置に付いたゾフィーに、《リーフヒール》をかけて貰って何とか危険域を脱する。正直、敵よりも味方から貰ったダメージの方が多いが、正攻法でどうにもならずに邪道に走ったのだから、必要な犠牲と思う事にした。

 流石の蟻もケンタウロスが壁を飛び越えてくるのは予想外だったようで、ビショップ達はスーホの突撃に対応出来ていない。壁を構成していたポーンが慌てて戻ろうとするが、そこをクマゴローとキリカマーが上手く足止めしていた。

 そして、壁の蟻数が減れば、当然ながら前面への圧力は下がる。元々、数に押されて何とか持ちこたえていたレイドメンバー達は、この期を逃さずに反撃を開始した。


「ルークは後回しだ。とりあえず、ナイトとポーンの数を減らす事に専念しろ!」

「遠距離攻撃持ちは、優先してナイトを狙って! 後衛の安全さえ確保できれば、そのまま戦線を押し上げる事も出来るわ!」


 それぞれのパーティのリーダー達が、自分のパーティメンバーに檄を飛ばす。多対多の大規模戦闘の場合、細かい状況はさておいて勢いに任せた方が上手く行く事も多い。

 数はともかく、メンバーの配置だけ見ればプレイヤー達は蟻の前線部隊を挟み撃ちにしているとも言える訳で、蟻たちの混乱が収まらないうちに、掃討を開始するのだった。



「こんにちは、入ります!」

「はい、お願いしまっす!」


 大規模な討伐戦では、ボス戦中も他パーティが入ったり抜けたりする。今もまた、10人ほどのレイドが戦闘に参加してきた。

 この期に及んでボスの独占など出来るとは思っていないので、他パーティが入ってくる事自体は構わないのだが、出入りの挨拶に返答をする度に【調息】が一旦切れるのが辛い。相手からしてみればマナーを守っているだけで、文句を言うのも筋違いなのだが。

 ボス戦は継続している。ひとまず、スーホ達の活躍によってビショップの数は一気に減り、それに伴って蟻側の回復が減った事で戦闘はプレイヤー有利で進んでいる。プレイヤー達の数が増えたのもあって、少しずつではあるが蟻の壁を押し戻していた。

 ただ、楽観できるような戦況でも無い。クイーンの砲撃は凶悪で、中型種族の魔法職であれば一撃でHPをレッドゾーンまで持っていく程度の火力がある。しかも、それをバラ撒くように投射してくるのだから、足の遅い後衛などは気が気でない。

 ラインハルトも囮として頑張ってはいるが、やはり飛行できる時間に限りがある上、攻撃力も低いのでヘイトコントロールはそこまで得意でも無い。一時的に地上側へターゲットが移るのは、ある意味どうしようも無かった。


「オラァ! テメェで出した杭を食らいやがれ!」

「石コロもオマケだ!」


 クイーンが打ち出した杭を拾い上げ、そのまま【投擲】アビリティで以て投げつける。ゾフィーも、スリングショットでクイーンの目を狙って攻撃を続けていた。

 人数が増えてそこそこタンクの数が集まったので、機動力のあるオズ達は遊撃に回っている。遊撃というと格好良いが、実際にはクイーンのヘイトを稼いで逃げ回るだけだ。

 とにかく、クイーンのターゲットが後衛に向くのだけは避けなければならないので、とりあえずオズとスーホは動き回りながらちょっかいを出して、何とか的を自分達に絞らせている。本当はタンクにやって欲しいのだが、彼らは彼らで自分のパーティの後衛を守らねばならないので、ちょこまかと動き回る訳にも行かないのだ。

 オズ達やスーホ達が地上から攻撃し、そちらにクイーンの意識が向いた所で、今度はラインハルトが空中から空いた部位を狙って突撃する。そうやって常に相手のターゲットを回しつつ、【乗騎】の機動力で逃げ回る事で、なんとか均衡を保っていた。


「雑魚掃討、粗方終わりました。これから、ボス戦に入ります!」

「うっす!」

「ぉねがいしまっす!」


 そうこうしている内に、ようやく雑魚蟻が居なくなったらしい。今まで雑魚討伐にかかっていた面々が、ボス戦を開始した。

 正確な事を言えば、クイーンも定期的に雑魚蟻は呼ぶのだが、一度に呼ぶ数は精々十匹程度だ。戦線が拮抗しているならともかく、一度雑魚が全滅してからその程度の数を呼んだ所で、鬱陶しくはあるものの戦力としては大した脅威ではない。

 他パーティが攻撃を開始してヘイトが余所に移った所で、オズ達は一旦戦線を離脱した。ずっとクイーンと対峙していたので、精神的な休息が必要だ。飛び道具を使っているオズとゾフィーは、残弾確認の必要もある。

 安全と思われる場所まで退避すると、ラインハルトが早速その場にへたり込んだ。


「ふぅ。流石に、喉がカラカラだよ」

「悪いが、ログアウトまでは許可してやれん。奥歯で舌の裏側を擦るようにすると唾液が出るから、それで誤魔化しといてくれ」

「……あ、本当だ。こんなの、よく知ってるね」


 一時的に喉の渇きを癒やしたりするテクニックは、VRゲーマーの間では結構知れ渡っている。なにせ、フルダイブ型のVRポッドはログインログアウトにそこそこ時間がかかるので、ちょっとした事でゲームを離れにくいのだ。

 途中から他の面子も手伝っていたとは言え、戦闘開始からほぼ付きっきりでクイーンの相手をしていたラインハルトだから、疲労がたまっていて当然だ。β時代に不遇種族だったためか、ボス討伐に来ている面々の中で、鳥人はラインハルト一人だ。他に代わりを務められる人間も居ないのが、大分響いている。当たり前だが、《騎手回復》はゲーム的なスタミナは回復してくれても、プレイヤーの気疲れは回復してくれない。


「あ、ボスのHPが三割を切りました。発狂モードに入りますね」

「おー、ようやくか」


 遠目でボスを【鑑定】していた来夢眠兎から、報告が入る。この手のゲームだと、HPが少なくなったボスがパワーアップするのは、ある意味お約束である。初見のボスだと具体的にどういったパワーアップをするのかは分からないので、近くに居ると何が起きたか分からないまま事故死する事が珍しくない。このタイミングでというのは、運が良かった。

 クイーンのパワーアップは砲撃能力の強化の様で、打ち出される杭の数が明らかに増えている。遠目から見ると、もはやトーチカの様だ。その上、精霊樹に刺さっていた杭のような黒いモヤも纏わり付いている。恐らくは、触れただけで呪いにかかるのだろう。呪いの効果はステータスとアビリティレベルの一時的な下降だから、食らい続けるとタンクでもヤバイだろう。現に、クイーンに最前線で攻撃を加えていた近接組は、幾人かが事故って死に戻りしていた。

 様子を見ていたスーホが、休憩の終了をメンバーに告げる。


「さて、このままだと、他のパーティに美味しい所を持って行かれるな。戻るか」

「あいよ。ハル、行けるか?」

「行けるは行けるけど、あの弾幕を掻い潜って飛ぶ自信は無いかな」

「まあ、ここまで来りゃ、後は人海戦術だろ。俺の背中で、回復魔法優先で撃っててくれりゃ良い」


 流石に、今の状況で更にラインハルトを酷使しても、良い結果が得られるとは思えない。《リムーブ・カース》も貴重な状態異常回復であるので、そちらを優先して貰う事にして、戦線へと駆け戻った。

 戦場は、更に混沌としていた。どうも、発狂モードのクイーンは常時蟻を呼び続けるらしく、戦場にはそこそこの数のルーク、ビショップ、ナイト、ポーンが出現している。杭の呪いも厄介で、回復手段の無い前衛が雑魚蟻に集られて死んでいた。《リムーブ・カース》はそこそこ貴重な上、リキャストタイムを考えるとどうしても全ての人間を回復する事は出来ないのだ。

 幸い、呼び出されたばかりの蟻は隊列を碌に組んでいないので、出てきた所を即行で殲滅すれば、脅威度は低い。スーホなどはヒットアンドアウェイの軌道を上手く調整する事で、クイーンと雑魚蟻を交互に削っている。オズも、とりあえずクイーンは騎手達に攻撃させておいて、出てきたビショップとナイトだけは最優先で片付けるようにしていた。


「ボスの体力、残り一割!」

「ホラ、気合いを入れな! ここでの頑張りが、ボーナスにかかってくるよ!」


 プレイヤー達も、声を張り上げ気力を振り絞って攻撃を続けていた。ボス戦の終盤は、最も苦しく最も楽しい時間帯だ。ここに来れば、もはや役割など気にせずに只ひたすら攻撃あるのみ。何人かはボスの反撃で倒れるが、気にせずに全力攻撃を続ける。

 果たして、最後の一撃は誰の放った何であったのか。誰も認識していなかったが、それでもプレイヤー達の目の前に、急にインフォメーションが現れた事で決着は告げられた。


イービルアント・クイーン を討伐しました。

樹精の森2 が攻略されました。樹精の森3 へ進行可能となります。

ローカルイベント:『樹精の森の危機』がクリアされました。イベントに参加したプレイヤーには、功績に応じたボーナスポイントが支給されます。


「いよっしゃーー!!」


 自分達の勝利を知ったゾフィーが、肩車されたままガッツポーズを取る。耳元で大声を出されると結構辛いのだが、流石にこの状況で言う事でも無いので、黙っていた。

 他のプレイヤー達も、徐々に状況を認識し始め、あちこちで勝ちどきの声が上がる。


 4月8日の16時32分。ミリオンクランズ・ノーマンズで初めての大規模なボス討伐が成し遂げられたのだった。

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