森イベント攻略戦(中編)
「うわ、杭が増えてる……」
「ここまであからさまに『異変が進行してますよ』アピールされると、逆に感心するわな」
辿り着いた一本目の精霊樹を見て、ゾフィーが嫌そうな声を出す。彼女の報告通り、以前来たときには一本しか刺さっていなかった杭が、三本に増えていた。
前回ここに来たのが水曜日、今日が土曜日だから、その間にイベントが進行していても不思議は無いのだが、それにしてもあからさまな表現だ。そのわかりやすさをもう少し手前で発揮していれば、きっとこのイベントも今頃は攻略組にクリアされていたのだろうが。
「やれやれ。教会のシスターが聖水をまとめといてくれたのが、却って功を奏した形だな」
「流石にそれは、考えすぎかと」
スーホの述懐に、キリカマーがツッコミを入れる。ただ、実際問題として聖水の瓶を二本も三本も取り出さなくて良いのはありがたい。
早速、水筒を開けて中の聖水を杭にかけていく。本来なら杭一本につき聖水一瓶だろうから、四瓶分の水筒だと少し余るはずなのだが、中身を四分の一だけ残すのも面倒なのでそのまま使い切った。NPCがわざわざ水筒を五本しか用意しなかったと言う事は、精霊樹も恐らくは五本しかないのだろう。万が一間違っていても、《リムーブ・カース》があるという安心感もある。
果たして、聖水の効果はあったようで、杭を覆っていた黒いモヤがみるみる内に消えていく。後には、黒い謎素材で出来た杭だけが残った。試しにオズが杭に手をかけると、大した抵抗も無しにアッサリと抜けた。後には、杭が刺さっていた穴だけが残っている。
「流石に、杭を抜けば全てが元通りって訳にも行かないみたいだね」
「まあ、精霊樹自体も何本かある内の一本目だしな。そうそう劇的な事も起こらんだろ」
ラインハルトが少しガッカリした声で言うのに答える。とりあえず杭を三本とも抜いた所で、特に目立ったイベントは起きなかった。杭は手元に残ったので、そのままアイテムバッグに放り込む。
さて、先日の知識が通用するのもここまでで、後はこの厄介な森を残りの精霊樹を探しつつ踏破して行かねばならない訳だが。
「オッさん、この木に《プラントグロース》かけていい?」
「んー、とりあえず待っとけ。オッさん、この日の為に新アビリティ覚えてきたから」
「お、やるじゃん。どんなの、どんなの?」
「今から見せてやるから。
樹精さーん、いらっしゃいませんかー?」
大きな声を上げて呼びかければ、木々の影から樹精達がヒョッコリと顔を出す。そのまま「おいでおいで」と手招きすれば、三人ほどがテテテとこちらに歩いてきた。
「ふ、どうよ。オッさんの新アビリティ」
「呼んだだけじゃん」
「【精霊語】を覚えたんですね」
ドヤ顔をしたら、ゾフィーにピシャリと叩かれた。
来夢眠兎の指摘通り、オズはこの日の為に【精霊語】を習得している。と言っても、習得可能になったのは日付的には今日の話だが。
【精霊語】はスキルを覚えない補助アビリティでありながら、習得に要するAPが10ポイントという逆の意味で破格のお値段だ。先週日曜のボーナスが残っていたから取得できたものの、そうでなければ確実にポイントが足りなかっただろう。検証班の来夢眠兎が取得していない訳だ。
効果としては、精霊達と話せるようになる他に、属性魔法を呪文詠唱で発動できるようになるらしいのだが、そもそも詠唱する呪文が分からないという手落ちっぷりで実質役に立たない。検証が進むまでは、イベント専用アビリティと考えた方が良いだろう。
「クイ、ヌケテル」
「オマエラ、ヤッタノ?」
「まあ、そうなりますな」
「スゲー」
「ヤルジャン」
樹精達は精霊樹の杭が無くなっていることに気付いたらしく、その顔には喜びが溢れていた。諸手を挙げて賞賛してくるのが、少しくすぐったい。実際、オズがやったのは教会で譲って貰った聖水をかけただけだ。
水曜に来たときは意思疎通が上手く出来なかったが、今回は今の所上手く行っている。少々聞き取りづらいのは、恐らく【精霊語】のレベルが低い所為だろう。好感触を得ている様なので、そのまま言葉を続ける。
「とりあえず、この木に《プラントグロース》かけてやりたいんですが、構いませんかね?」
「ヤメトケ」
「ノロイノキズ、ナオリニクイ。ムリ、ダメ」
ゾフィーの提案を伝えれば、アッサリとはね除けられた。《プラントグロース》は植物の育成を促進する【樹魔法】のスキルだ。上手く使えば傷ついた精霊樹も癒やせるのでは無いかと思われたが、そう都合良くも行かないらしい。
ひとまず、その旨をゾフィーに伝えてやる。彼女としては良かれと思って提案した事が、どうやら逆効果になりそうだと分かって少し残念そうだった。
ただまあ、樹精達にも誠意は伝わったらしく、悪感情は与えていないようだったので、そのまま交渉を続けた。
「ところで、残りの精霊樹も、呪いを解いてやりたいんですが。結界をどうにかして貰えませんかね?」
「ムムム」
「オカシナヤツラ、ワルサシテイル。ケッカイ、ヒツヨウ」
「じゃあ、せめて道案内とかは?」
「ソレナラ、モンダイナイ」
どうやら、道案内はして貰えるらしい。この厄介な森を彷徨わなくて良さそうだと言う事をパーティメンバーに伝えれば、皆一様にホッとした顔をする。
他プレイヤーも来ている中で、迷わず進めると言うのは結構なアドバンテージになるだろう。ここまで来て美味しい所をかっ攫われたくもないので、早速出発する事にした。
「ム」
「どうしました?」
「テキ、キタ」
「アリ、モリヲクウ」
しばらく進んだ所で、樹精達が立ち止まる。流石は樹精の森というだけあって、この一帯は彼らの縄張りらしい。スカウト系であるゾフィーよりも、敵の発見が早かった。
仲間達にその旨を伝え、警戒しながら進んでいけば、程なくして蟻と出会った。ただ、これまで見た二足歩行の蟻に加えて、四足歩行の新顔が増えている。イベント進行に合わせて、敵の種類が増える仕掛けらしい。相変わらず、ここの運営は変な所でサービス精神が旺盛だ。
「敵はイービルアント・ポーンとイービルアント・ナイトだそうです。弱点はこれまでと変わりません」
「チェスかよ…… つーか、嫌な予感しかしないんだが」
「話は後だ。来るぞ!」
来夢眠兎の【鑑定】結果に嫌な予想が頭をよぎるが、スーホの号令で思考を切り替えた。考察は、戦闘が終わってからすれば良い。
イービルアント・ナイトは蟻版のケンタウロスといった感じのモンスターで、通常の蟻が二足歩行に四本腕なのに対し、四足歩行で二本腕なのが特徴だ。手には、生意気にも盾とランスを持っている。
単純なスピードという意味で言えば、クマゴローと同じ程度の速さでしかないので大した事は無いのだが、蟻だけあって木登り等も平気で出来るのが厄介だった。只でさえ、一撃では倒せない程度のタフネスを持つ蟻が、三次元的な機動をしてくると途端に騎手達の危険度が跳ね上がる。
「オッさん、また上!」
「《レイ》 だぁー、鬱陶しい!」
何度目かの上からの奇襲を、魔法で怯ませた上で尻尾の一撃で弾き飛ばす。折角編み出した「小技のみを使用する事で姿勢を安定させる」戦法は、早速使えなくなっている。なにせ、四方八方から襲ってくる敵に相対するのに、姿勢安定などと言ってる場合でも無いのだ。
幸い、ゾフィーもラインハルトも【騎乗】のレベルは高いし、ラインハルトは危ないとなれば飛んで逃げる事も出来るので大事には至っていないが。
突きかかってきたポーンの槍を掴み、そのまま倒れているナイトに突き立ててやる。まともに食らった事はなかったがポーンの槍もそこそこの威力はあるようで、ナイトはそのまま動かなくなった。味方殺しの汚名を負ったポーンは、そのままゾフィーとラインハルトの魔法で沈めてやる。
チェスを模しているからなのか別の理由があるのかは分からないが、ポーンに比べてナイトの数が少ないのが救いと言えば救いだ。また、頑丈さに関してもナイトが特別優れているという訳でも無いので、動きにさえ気をつければ倒すの自体はそう難しくもない。
突貫してきたナイトの騎兵槍をかわし、そのまま首に貫手を入れてやれば面白いように首が飛んでいく。通常の蟻よりもスピードがあるのが、逆に仇となった形である。他にも、四本脚で歩いている分だけ体高は低くなるため、スーホの蹂躙攻撃も効果的だ。
そうして厄介なナイトを優先して潰し、それからポーンを殲滅する事で、どうにか戦闘は終了した。
「くそ、相手側に駒が一枚増えただけで、途端に厄介になるな」
「クマの言う『レイド組め』ってのも、現実味を帯びてきたな」
戦闘後の回復を行いながら毒づく。素材集めのためにスーホとクマゴロー、キリカマーの三人も【狩猟】を取得していたため、辺りには夥しい数の死体が転がっていた。
とりあえず、状態の良い物だけを選んでアイテムバッグに詰めていく。傷の付いていない盾とランスもいくつか拾えたのでスーホに使うか聞いてみたのだが、「軽すぎてイマイチ」との事だったので、そのままバッグに収めた。持って帰れば、ジョージ辺りが素材にするだろう。
樹精達に聞けば二本目の精霊樹はすぐそこだという事だったので、そのまま精霊樹の元まで駆け抜け、杭を抜いた所で一旦休憩とした。流石に、話し合わなければならない事もある。
「さて、ポーンとナイトが居るって事は、あとはビショップとルーク、クイーンにキングが続く事も予想される訳だが……」
「蟻の社会構造を考えるに、クイーンとキングは同一じゃないか? と言うか、流石にコイツらはボスだろうから、ひとまず置いておこう」
「ま、僧正と城だと、RPG的には役割は予想しやすいね。十中八九、回復役とタンクでしょ」
これから出てくるであろう敵について、意見を交換し合う。
名前からして、敵がチェスの駒を模しているのであろう事は、想像に難くない。余程捻くれた開発者でない限り、こういう所でプレイヤーの想像を裏切るような手は打ってこない。どんでん返しというのは偶にやるから効果的なのであって、意味も無く乱発すればプレイヤーの反発を産むだけだ。
先程のナイトとの戦闘から推測するに、ビショップもルークも、数としてはポーン程多くはないだろう。それでも、しっかりと役割を持った敵が集団戦を挑んでくるとなれば、それだけで厄介なのだが。
「ビショップもルークも、チェスだと高機動力の駒だけど。そっち系の可能性は?」
「多分、無い。この時期に高機動キャラが数で攻めてくるとか、無理ゲーに近い」
「それに、コリーさんも言っていた『呪いを使う種族は知能が高い』というのもあります。恐らくは、キチンと役割を分けた上で攻めてくるでしょう」
ラインハルトの懸案は、キリカマーと来夢眠兎が否定した。
プレイヤーの主観で敵を観測するVRゲームにおいて、機動力のあるキャラというのは「分かりやすい強キャラ」である。ここからビショップ、ルーク、クイーンと同系統の強キャラを三連続で投入してくるというのは、ゲームバランスから見ても考えにくいのは確かだ。
ただ、高機動キャラというのはスピードが乗った所にカウンターを合わせてやれば案外脆い事が多いので、キチンと役割分担が出来ている集団エネミーとどちらがマシかと問われれば、どっちもどっちな感はあるのだが。
「とりあえず相手の駒が回復役とタンクだと仮定して、問題は回復役だろうな」
「だねぇ。只でさえ敵が仲間呼ぶってのに、回復までされたら殲滅速度が追いつかなくなる」
「そうなると、これから先はハル先生の活躍にかかってくるかね」
「えっ、僕!?」
急に話題の中心となったラインハルトが、驚いたような声を上げる。VRゲームを始めて日の浅い彼に大任を振るのは酷かも知れないが、如何せん現状では他に代わりを務める人間がいない。
恐らくは後衛に居るであろう回復役に対処するなら、空を飛んで相手の背後に回り込める鳥人は適任だ。倒せないまでも、適当にちょっかいを出して相手の妨害さえ出来れば、それだけで戦闘は大分楽になる。勿論、周囲のフォローは必要だろうが。
「一応確認しておきたいのですが、今日の所は一旦戻って、明日改めてレイドを組んだ上で攻略するというのは?」
「分かって聞いてるんだろうが、却下だ」
来夢眠兎の提案は、全員一致で却下する。精霊樹の杭を抜く前ならまだしも、現状で街に戻っても後続組が有利になるだけで、オズ達に利点は無い。
真っ当な攻略法としては、レイドを組んで火力で以て相手を削っていくのが正しいのだろうが、今のオズ達には不可能だ。今から街に戻ったところで、明日までに信頼できるレイド相手を見つけられる可能性は、限りなく低い。今ある戦力でどうにかするしかなかった。
付け焼き刃なのは承知の上で、ラインハルトに後衛狩りのコツをレクチャーしていく。一通りの知識を詰め込んだ辺りでメンバーのトイレ休憩も終わったので、そのまま次の精霊樹に向けて再出発した。