攻略準備もまた、ゲームである
「で、申し開きはあるかしら?」
ドアを開けると、そこには夜叉と化したマルガレーテが居た。思わずドアを閉めて無かった事にしたい誘惑に駆られたが、目的地がここである以上、問題の先送りにしかならない。
覚悟を決め、オズを先頭にぞろぞろと中に入る。あまり広いとは言えない空間に、3m越えの大型トカゲが入るとパンクするんじゃ無いかと危惧したが、そこはゲームらしく融通が利いたためVR通勤ラッシュの危機は回避された。
時刻は21時29分。良い子は寝る時間であり、悪い子のゾフィーもログアウトして寝る準備をするはずの時間だった。
「お母さん、ホラ、一分。一分間に合ってる!」
ゾフィーが決死の抵抗を試みが、一睨みで黙らされる。猫顔で怒っているとめっちゃ怖い。鼠が猫をやり込めるのは、カートゥーンの中だけだ。
ちなみに、ゲームを始める前に約束したログアウト時刻は21時であり、今日はイベント中で途中で帰る事が出来ないからと、30分延長して貰ったのだ。それを「間に合っている」と言って良いかは微妙な所だろう。
ただ、途中に色々あったとは言え、最終的にゾフィーを連れ回す判断をしたのはオズ達大人組であり、彼女一人に責任を負わせるのは流石に道義にもとる。という訳で、こうして弁解にやって来たのだった。
イベントが連続していたため途中で抜けるのが難しかった事、NPCとは言え疑似生命であり対応にはそれなりの仁義を通す必要がある事、約束の時刻を守るのが難しいと判断した時点で連絡し、その後の約束は守られている点を考慮して上げて欲しい事などを、口々に言い募る。
「マルグ、それ位で良いだろう。先に延長を認めたのは我々だし、約束を守った相手を叱るのは、教育としては間違っていると思う」
「……わかったわ」
それでもマルガレーテは納得しがたいようだったが、最終的にはジョージの一声で折れた。次からはイベントが始まりそうな時点で連絡を入れる事を約束させられて、ゾフィーはそのままログアウトしていった。
彼女がゲームを止めさせられる様な事態にならずに済んで、パーティメンバーはホッと胸をなで下ろす。
「えー、本当に申し訳ありませんでした」
オズが、地面に正座して詫びを入れる。成り行きでパーティを組んだとは言え、監督責任は大人である彼にあるだろう。事前にログアウトの時限を知っていたのだから、それを守れるよう配慮すべきだった。
「まあ、春休みだし、あんまり五月蠅い事も言いたくは無いけど。あの子、ちょっと甘い顔するとすぐ調子に乗るんだから。
アンタも、気をつけて見て上げて頂戴」
「はい、肝に銘じます」
「……で、さっきから気になってたんだけど、あちらの方々はどなた?」
家の外で様子をうかがうプロゲーマー達に、マルガレーテは困惑顔だ。彼らの名誉のために言えば、彼らがここに居るのはゾフィーの弁護を一緒にしてくれるようオズとラインハルトが頼んだからであって、決して見知らぬ一般人の家を覗きに来たのではない。
ただ、この家はフレンド登録をした人間以外は入れない設定になっていたため、中に入る事が出来ずに外で様子をうかがっていたのだ。
衛兵を呼ばれてはたまらないので、慌ててオズと来夢眠兎が彼らを紹介する。
「どうも、今日は子供達がお世話になりまして」
「いえ、結果として夜遅くまで連れ回す事になってしまい、本当に申し訳ありませんでした。」
自己紹介を終えたスーホとマルガレーテが、お互いに頭を下げ合う。こうなった経緯を含めて、今日起こった事は大体説明してあるため、マルガレーテの対応も幾分か柔らかい。
今更だが、ここは従姉一家が借りたスータットの一軒家である。四人で寝泊まりするなら宿屋よりも結果として安く済む事と、子供達が居るのに不特定多数が出入りする宿屋に連泊するのを親達が良く思わなかったことから、借りる事にしたそうだ。
月々で結構良いお値段がするのだが、まだまだ続く生産インフレの影響で、マルガレーテ達はそこそこ懐に余裕があるらしい。ちなみに、ゲームを始めたばかりの一家がどこでそんな情報を仕入れたのかと聞けば、隣に住む来夢一家から教えて貰ったのだそうだ。いつの間にか、ご近所付き合いを始めていたらしい。
折角なので、今後の事について話し合いたいと言う事で、来夢家の親も呼んで会議を開く事になった。来夢月は丁度家に居たようで、呼べば幾らも経たないうちにやって来た。
「やあやあ、お招きに与りまして。おや、オズ君。その節は済まなかったね」
「メールでも書いたが、そっちに非がある訳でも無いしな。スーホ達を紹介して貰えた恩もあるし、気にしとらんよ」
そう言えば、オズのスキルバレ事件があってから来夢月と顔を合わせるのは初めてだった。まあ、今となっては昔の話だ。スーホが【乗騎】を覚えた以上、少なくとも来週のウィークリーオラクルには、アビリティ習得者が2名以上で記載されるはずで、オズが悪目立ちする事も減るはずだった。
改めて、今日一日で起きた事をざっと説明していく。来夢月は興味深そうに話を聞いていたが、一番食いついたのは『呪い』の状態異常に関してだった。《リムーブ・カース》が存在する事から、β時代からあるだろうとは言われていた物の、実際になった人間は居なかったらしい。コリーに治して貰ったというと、その前に検証できなかった事を悔しそうにしていた。
「それと今更だが、スーホ達への情報開示について事後承諾になっちまった。申し訳ない」
「まあ、イベントを進めるなら僕からも彼らに協力依頼を出すつもりだったしね。多少順番が前後したけど、構わないよ」
「そう言って貰えると、ありがたい」
「で、早速本題に入りたいんだけど。これから、どうするつもりだい?」
「……それなんだよなぁ」
精霊樹が一本だけならば、聖水なり《リムーブ・カース》なりで杭を抜いてやれば、あとはボスを倒すだけだったのだろうが。精霊樹が複数あると判明した今となっては、もう少し色々考える必要がある。
只でさえ、順路を外れれば入り口に戻される厄介な仕掛けがあるというのに、その上で蟻の対処や解呪をするとなれば、どのくらい時間がかかるのか見積もるのも困難だ。VRゲームという特性上、泊まりがけで挑まねばならないダンジョンはないと思いたいが、ここの運営は既にやらかしているだけに不安はある。
それに、今日の戦闘でジリ貧になりかけたことからも分かるとおり、パーティメンバーのレベリングも必要だ。特に、経験値テーブルの重い大型種族は、種族レベルが11しか無い。この場に居るメンバーで一番レベルの高い来夢眠兎が14だから、この差は少々問題だ。
「とりあえず考えつく所だと、まずはハルと来夢眠兎の【光魔法】のレベル上げ。それと、スーホの【乗騎】レベル上げ。
あとは、俺とクマゴローの種族レベル上げ。そんな所か?」
ひとまず、必要と思われる項目を挙げていく。他に何か無いか頭を捻っていると、キリカマーから質問が来た。
「スーホだけ【乗騎】レベル上げなのは、夜目が利かないから?」
「いや、欲しいスキルの優先順位の問題だな。今度の森は長丁場になりそうだから、来夢眠兎のMPを考えると《騎手回復》は必要になってくるだろ。
ちなみに、レベルの低い騎手でも四人乗りなら、1時間ちょっとでレベル5までは行くから、その後レベリングするのは構わんぞ」
「まず、俺の馬体に四人も乗れるか分からんのだが…… てか、【乗騎】の方は騎手の【騎乗】でキャップかからんのだな」
スーホが困惑したように言う。オズとしても折角出来た【乗騎】仲間に残酷な事実を告げるのは心苦しいが、騎手が居る時点で乗騎の行動がある程度制限される事を考慮すれば、乗騎側はある程度サポートと運搬を優先した方がパーティ全体としては上手く行く。
精霊樹の本数が不明な上、現時点では聖水とやらが手に入るかどうかも分からないので、《リムーブ・カース》は必須だろう。その分のMP消費が不明な事を考えても、やはり《騎手回復》は必要だった。残念ながら。
【乗騎】のスキルに関してあーだこーだ言っていると、今度はマルガレーテから質問が飛んでくる。
「敵が強くなるなら、ハルとゾフィーの装備は新しく作り直したいんだけど。素材とか、手に入りそう?」
「とりあえず、狼素材なら余ってる。オヤブンウルフっていう驢馬くらいの大きさの狼が居るから、そいつの皮だの牙だの使えば、ある程度のものは出来ると思うけど。
それで足りないとなると、沼に行くか、もしくはゾンビマラソンで蟻を狩るくらいしか思いつかないかな」
生産に疎いオズの知識では、どの素材からどういった装備が作れるのかよく分かっていない。とりあえず、今回手に入れた素材からオズ達の取り分は全部マルガレーテに渡したが、それでどんなものが作れるのかは想像すら出来なかった。
そもそも、ラインハルトもゾフィーも魔法を中心に戦うため、金属素材の装備に制限がかかっている。そうなれば、装備出来る物は本当に限られてくる訳で。
「そういや、鉄鉱石が見つかったって聞いたけど。鉄とか、手に入りそう?」
「駄目だな。純度が低すぎて、まともに鉄を取り出すのが困難だ。高炉でもあればまた違うのかも知れないが、現時点では望み薄だろう。
現時点で出回っている鉄は、元からあった鉄器を鋳溶かした物か、もしくは採算度外視で鉄鉱石から抽出したものだ」
ふと思い出したので聞いてみれば、ジョージがバッサリと斬り捨てた。
なんでも、今ある設備では真っ当な鉄インゴットを一本作るのに、それこそ山のような鉄鉱石が必要となるらしい。また、不純物が多すぎて殆どが廃棄物となるため、その処理も課題となっているとの事。
それでも攻略組は鉄器を諦めきれないらしく、色々な伝手から生産者達に鉄鉱石を回しているのだが、生産者側からしてみれば迷惑以外の何物でも無く、現状では鉄鉱石の使い道というとぶん投げて敵にぶつける位しか無いらしい。
「このゲームって、物理攻撃より魔法の方が少しだけ有利なんだよね。まあ、それ自体は最近の流行だから、特に珍しい事でも無いんだけど。
ただ、そのお陰で魔法使い達の装備を後回しにして、まずはタンクの装備を調達するっていうのが攻略のテンプレになってるんだよ」
「まあ、その気持ちは分からんでもないが。ただ、このゲームに限って言えば、多少装備が悪くてもタンクが出来る種族もそれなりに居るだろう?」
「ところが、そうでもないのさ。今の攻略組は、主にβ時代の情報を元に種族を決定してるからね。β時代はどちらかと言えば大型種族が不遇だった所為で、そもそも大型種族を選んでいる人間が少し少ない。
それと、装備無しで防御力が高い種族は、大抵装備適正が死んでるからね。将来的には地雷になりかねない種族を選ぶ人間は、あまり多くないよ」
来夢月が説明してくれる。攻略組にも色々居るが、大半はゲームの正式稼働から遊び始めた人間で、ゲームが始まってから他の攻略組と合流して、パーティを組んでいる。そういった人間は、他の攻略組とパーティを組むために「パーティに誘われやすい」アバターを選ぶ傾向がある。
その結果として、大型種族は減り、タンクは貴重になる。職業に貴賎無しとは言うが、何処にでも転がっている人間と貴重な人材では、後者の方が発言権が増すのはある意味当然の事だ。という訳で、「敵が強くなってきたので、新しい防具が欲しい」とタンクが言えば、パーティメンバーとしてもそれを尊重しない訳には行かない。攻略法としては至極真っ当であるだけに、尚更。
森に向かっている組も居ない訳では無いが、攻略組の中で言えば極少数であり、攻略組の大半は山に居るそうだ。
森を独り占めしたいオズ達としては好都合だが、市役所の人間は気が気でないだろう。
「装備が作れるのであれば、我々の分もお願いしたいのですが。
蟻の素材は、しばらくは他の者に秘密にしておきたいので」
「分かりました。とりあえず採寸させて頂いて、その後に素材やそちらの希望と相談する形になりますね」
スーホの申し出を、マルガレーテが快諾する。
スーホ達は本当にこのゲームをただの「息抜き」として始めたらしく、特に有望な職人連中と繋ぎを付けるとか、そういう事はしていないらしい。もっとも、そういう連中は大半が金満の攻略組に吸収されるので、この時期に友誼を結んでも無駄になる事が多いが。
秘密を共有しつつも装備の話が出来る人間というのは双方にとってありがたい存在だったらしく、二人の会話は弾んでいる。
とりあえず、オヤブンウルフと蟻の素材をできるだけ集めると言う事で合意して、その場はお開きとなった。