イベント攻略は一日にして成らない
現れた小人は、一人ではなかった。
最初の一人が茂みから顔を出したのを皮切りに、次々に森から出てくる。一瞬、先程蟻に囲まれた事を思い出して嫌な予感が走るが、流石に杞憂だろう。
小人達は、何というか統一感のない見た目をしていた。大体1m程度の身長なのは共通しているのだが、その他の特徴が見事なまでにバラバラである。肌が緑の者、髪の毛が木の葉のようになっている者、身体から蔦のようなものを生やした者……
どれもが植物をモチーフとしたようなデザインをしているので、恐らく彼らが樹精なのだろうが、およそ同種族とも思えないほどに見た目が異なっている。
さて、一応はあちらから姿を現したのだから、その次のアクションもあちら側からあると思ったのだが、どうもその様子がない。小人達は、こちらを囲んだ後は何をするでも無く、ただじっと観察しているようだった。
このままでは埒が開かないので、パーティのリーダーであるスーホが、代表して声を上げる。
「あー、まずは、先程の助太刀感謝致します。お陰様で、こうして誰一人欠ける事無くここに居られます。本当にありがとうございました」
堅苦しいスーホの礼に、小人達は顔を見合わせる。どうにも、こちらの言葉が通じているかどうかすら不安になる反応だ。コリーに聞いた話では、街の薬師や木こり達は樹精に許可を取って森の恵みを享受している筈なので、言葉が通じない事はないと思っていたのだが。
もしかして、森に携わるNPCは全員が精霊言語をマスターしたエリートだったりするのだろうか。
「我々は、街の住人に依頼されて、この森の異変を調査しに来た異邦人です。この森を荒らす意志はないし、むしろ厄介事が起きているなら解決の手伝いをしたいと思っております。
どうか、立ち入りを許していただけないでしょうか」
とりあえず相手に悪印象は与えていないようだと判断し、スーホが言葉を続ける。通じる通じないは置いといて、あちらからアクションがない以上はこちらの意志を示さないと、物事が進まない。
小人達はなおも顔を見合わせていたが、どうやら彼らの間で何らかの決着が付いたらしく、程なくして全員が一方向へと歩き始めた。意図を図りかねてその場で突っ立っていると、小人の一人が振り返り、チョイチョイと手招きをしてくる。
どうやら、何処かへと案内してくれるらしい。
マゴマゴしていても始まらないので、大人しく小人について歩き出した。
「どうにも、上手く意思疎通を出来てる気がせんな」
「【精霊語】の習得を後回しにしたのが、悔やまれますね……」
オズが愚痴るように言えば、それを聞いた来夢眠兎が悔しそうに呟く。ただ、こんな最序盤で【精霊語】なんていう役に立つかどうか分からないアビリティを取る人間は、そうそう居ないだろう。オズなどは、たった今そのアビリティの存在を知ったほどだ。
肩車されているゾフィーが、ノンビリとした声で会話に入ってきた。
「まあ、悪い事考えてる感じはしないし、多分大丈夫じゃん?」
「お前さんは大物になるよ、まったく」
あまりにも根拠のないその言葉に、逆に肩の力が抜ける。実際の所、マルガレーテやゾフィーは他人の悪意に敏感だ。それがどういう嗅覚なのかオズには分からないが、その能力がゲームでも発揮される事を祈るばかりである。
どのみち、オズ達の目的が異変の解決である以上、攻略のヒントを得るためには小人達に付いていくしか選択肢は無い。何かあったときには対応出来るよう心がけつつ、連れ回されるままに歩いて行くのだった。
数分歩いた所で、少し開けた場所へ到着した。
広場の中心には一際大きな樹が一本生えており、いかにも「何かあります」と言わんばかりだ。小人達の目的地はここだったようで、広場に着いた途端にワラワラと森の奥へ散っていった。後には、数人の小人とオズ達だけが残される。
広場には、一際濃厚な森の気配が漂っている。夜の森という、どちらかと言えば安全からは遠い場所でありながら、夏の木陰の様な安らぎをもたらすその気配に、オズ達は困惑する。理性と感覚に、乖離がありすぎるのだ。
思わず足を止めた一行に、付いてこいと言うように小人達が手招きする。そのまま、中央の大木に向かって駆けだした。ここまで来て今更行かない理由も無いので、小人について大木の元へと赴く。
いつの間にやら下に降りて大木の根元に一番乗りしたゾフィーが、感嘆の声を上げる。
「でっけー」
「これ、たぶん精霊樹だよね?」
「逆に、これが精霊樹じゃなかったら驚くわな」
ラインハルトの呟きに、オズも半ば呆然としながら返す。それほどまでに、大木の存在感が圧倒的なのだ。それなりにVRゲームの経験があるオズでも、ここまで感覚に訴えてくる存在というのは中々出会った事が無い。
それと同時に、この森に異変が起きているのだという事も強く感じる。なにせ、大木の幹、根元に近い部分に堂々と杭が刺さっていた。黒いモヤに包まれたソレは、「元からあったオブジェです」と言うにはあまりに禍々し過ぎだ。
「なんともまあ、あからさまな異変もあったものだな」
「この期に及んで、面倒な謎解きを提示されても、それはそれで面倒くさいけどね」
スーホが呆れたように言えば、クマゴローも気の抜けた声で返す。確かに、七面倒くさい迷路や馬鹿みたいに大量発生する蟻を乗り越えた先にまだ謎解きがあれば、気の短い人間なら投げ出すだろう。
「とりあえず、抜いてみる? 多分無理だけど」
「そうだな。オズ、頼めるか?」
「あいよ。ハル、念のため降りとけ」
パーティの中で純粋なSTRが一番高いのはオズである。とりあえず、何かあっても被害が波及しないようにラインハルトを下ろし、杭に手をかけた。
杭に手を触れた途端、急激に身体の力が抜けるような感覚に襲われる。ステータスを見れば、「呪い」の状態異常が付いていた。ある意味期待通り過ぎて、逆に感心する。
そのまま少し力を入れてみるが、思った通り杭は抜けない。木の幹に足を掛けるのは躊躇われたので、その場で踏ん張って思いっきり引っ張ってみても、結果は同じだった。予想通りではあるのだが、パワー系のキャラとしてこの結果は少々凹む。
「《キュア》 ……駄目だ、治らないよ」
「【光魔法】のレベル11で覚えるスキルが《リムーブ・カース》なので、恐らくそれが必要なのでしょうね。
β時代には、何のためにあるのか分からないスキルの一つでしたが、ここで必要になるとは……」
ラインハルトがオズの治療を試みたが、《キュア》でも治せない状態異常があるらしい。面倒だとは思うが、ゲーム的な事情なのだろう。
「僕、【光魔法】はまだ9なんだけど…… 眠兎さんは?」
「……8です。私、駄目駄目ですね」
得意分野である魔法のレベルでラインハルトに負けていると知り、来夢眠兎が更に落ち込んだ。
ただ、ラインハルトが使用する魔法の属性をある程度絞っているのに対し、来夢眠兎は検証のために満遍なくレベル上げをしているため、仕方が無いと言えば仕方が無いのだが。
とにかく、この場では打てる手がなさそうだというのが、現状である。
「どうする、リーダー」
「ひとまず、この木の写真をいくつか撮って、今日は帰ろう」
「えぇー!?」
スーホの決断に、ゾフィーが抗議の声を上げる。小人達も、何か言いたげだった。
気持ちは分からなくも無いが、現実問題として時間が時間である。オズとしては、特にゾフィーをあまり遅くまでログインさせていたくないので、これ以上ここで謎解きをしている訳にも行かない。
それに、大抵の場合、こういうイベントの最後にはボス戦が待っている。先程は、小人達の援護があってようやく蟻に勝てたのだから、このままボス戦に突入して良い結果が残せるとも思えない。何にせよ、一旦は出直す必要があるだろう。
「今の俺達には、この杭をどうにかする手段が無い。解決のヒントも無い以上、一旦街に帰って情報収集からせにゃならん」
「でもさー」
「コリーさんなら、この杭をどうにかする方法を思いつくかも知れん。もしくは、その方法を知っている人間を紹介してくれるか。
もどかしいだろうが、ここで焦っても却って遠回りになるぞ」
「……わかった」
食い下がるゾフィーを、何とか説き伏せる。この場にいないコリーに期待を押しつけた形だが、全くの出鱈目と言う訳でも無い。こういうゲームの場合、大抵は複数の解決手段が用意されているか、もしくはたった一つの解決手段が分かりやすく明示される場合が多い。
そのどちらであるにせよ、イベントのトリガーとなったのがコリーである以上、解決方法に繋がるヒントも彼女から得られるだろうというのがオズの読みだ。
「期待を裏切ってしまい、本当に申し訳ありません。遅くとも3日後には、何らかの解決手段を見つけて戻ってくるつもりですので、どうかその時まで辛抱して頂きたい」
「絶対、絶対だから! 約束する!」
スーホが律儀に頭を下げ、ゾフィーもそれに被せるように追従する。小人達は、結局は何も言わずに去って行った。あるいは、何か言ったのをオズ達が理解できなかっただけの可能性もあるが。
一同、後味の悪い思いをしながら、証拠写真を撮ってその場を後にした。
街に戻るのに、そう時間はかからなかった。道を違えればボスエリアの少し先まで強制的に戻されるので、後はポータルから街まで飛ぶだけである。一度ボスを倒していれば、街からポータルへ飛ぶのも出来るそうなので、次回からはもう少し行き来が簡単になるだろう。
夜も遅い時間だが、ラインハルトとゾフィーにはもう少し我慢して貰い、コリーへ報告に行く。クエストを受けたのが二人なので、報告にも付いてきて貰わないといけないのだ。ゲームとは言え、その辺の所はしっかりする必要がある。
コリーは、市役所にいた。NPCといえど生活があるはずなのだが、やはり経過が気になっていたのだろうか。オズ達の姿を見つけると、小走りに駆け寄ってくる。
「ああ、皆さん。お疲れ様で…… って、オズさん、呪われてるじゃありませんか!」
「いや、面目ない。恥ずかしながら、治し方が分からないものでして」
ギョッとした顔をするコリーに、申し訳ない気持ちで頭を下げる。森では暗くてあまり気にならなかったのだが、オズにはいかにも「呪われてます」といった黒いモヤが纏わり付いている。毒などと違い呪いは時間経過では解けないようで、どうにも出来ないのでそのまま市役所へ来たのだった。
なにせ、スータットは未だに店売りの回復アイテムが枯渇している状態だ。仮に呪いを解くアイテムがあったとして、手に入るかは分からない。最悪はラインハルトが《リムーブ・カース》を覚えるまでこのままの可能性もあるので、少々暗澹たる気持ちになっている。
「仕方ありません。そのままの状態で街をうろつかれても困るので、一旦奥へ来て頂けますか」
「はい、ご迷惑おかけします……」
この場合、全面的にオズ達に瑕疵があるので、只ひたすら頭を下げるしか無い。案内されるまま、会議室まで付いていった。
コリーは《リムーブ・カース》を覚えていて、会議室に入るなりオズの状態異常は解かれた。「本当は規約違反なんですからね」と釘を刺され、また頭を下げる。代金は、報酬から天引きという事にして貰った。
今更ながら、ラインハルト達がどういう条件で依頼を受けたのか確認していなかった事に気付いたが、この状況でそれを言い出すのも卑怯なので、さっさと報告に入る。
予想はしていたのだろうが、やはり精霊樹に異変が起きているという事実はコリーにとってショックだったようで、証拠として差し出した写真を食い入るように見ていた。
来夢眠兎が撮っていた蟻の写真や、いくつかのドロップアイテムも見せたのだが、こちらは見覚えが無いとの事だ。状況から推測できていた事ではあるが、オズ達が出会った小人達は樹精だったようで、それと敵対していたという事は、蟻共が森に何らかの悪さをしているのだろう。
「皆さん、ありがとうございます。私の想像以上に重大な事態になっていた事がわかっただけでも、大変な収穫です。
……ところで、つかぬ事をお聞きしたいのですが、精霊樹の写真はこれだけですか?」
「これだけ、というのは?」
「いえ、なら良いのです。おかしな事を聞いてしまいました」
コリーの質問に、少し考える。一応、精霊樹の写真は角度を変えて何枚か撮っているが、そのどれもに杭が映っており、証拠写真として不足があるように思えない。それなのに、別の写真があるかのように言うのは、少々引っかかる。大抵の場合、こういうのが重要なヒントになるのだ。
「すいません。もし不都合があれば答えてくれなくても良いのですが、もしかして、精霊樹って複数あるのですか?」
「……ノーコメントです」
来夢眠兎の質問に対する答えは、事実を認めているのに等しかった。つまり、あのややこしい森を、何本もある精霊樹を回って異変の解決をしていかなければならないのか。その事実に、思わず目を覆う。
来夢眠兎やプロゲーマー達は、その辺の理不尽にも慣れているようで、コリーからできる限りの情報を引き出さんと質問を浴びせていく。
「この杭を抜く方法に、何か心当たりはありませんか?」
「実際にこの目で見た訳ではないので、推測になりますが。直接触れたオズさんが呪われた事から、呪いの品である事は間違いないと思います。
であれば、《リムーブ・カース》を使うか、もしくは教会で聖水を分けて貰うかすれば、恐らくは大丈夫でしょう」
「一応確認しておきたいんですが、それらの方法で呪いが解けない可能性は?」
「その可能性は皆無ではありませんが、オズさんの呪いを私が解けた事から、可能性は低いと思います」
「あー、その。少々卑怯な質問ですが、教会で聖水を分けて貰うとして、いくつくらいあれば足りますかね?」
「……恐らく、20もあれば余るでしょう。申し訳ありませんが、これ以上は」
どうにも精霊樹に関しては秘匿義務があるらしく、それ関連の質問になると、歯切れが悪くなる。逆に言えば、それ以外に関してはかなり協力的で、それなりの情報を得る事が出来た。
オズにとって興味深かったのは、本来、スータットの近郊に呪いを使うようなモンスターは生息していないという事だ。そういうモンスターは知能が高い事が多く、人里から離れた土地に住んでいるか、もしくは生活圏が重なった場合にガチの生存競争に発展するらしい。
この世界において呪いというのは「悪魔の力」と見なされており、およそ一般人にとっては「呪われてる」というだけで忌避の対象となるそうな。コリーがオズを見て慌てたのも、そういった理由からである。本来は超高等呪文である《リムーブ・カース》がレベル11で覚えられるのは、それだけ習得方法が確立されているからなのだとか。
ちなみに、闇魔法は呪いとは全く別のカテゴリらしく、そちらを使用する分には何の問題も無いらしい。スータットからは大分遠いが、闇の精霊が司る土地もあるらしく、極わずかながらそこへ旅立つ人も居るそうだ。
つまるところ、森に異変を起こしている奴等は何処からどう見ても「悪い奴」であり、駆逐するのに何の遠慮も要らないという事だ。分かりやすくて良い。
とりあえず聞きたい事は聞けたという事で、報酬を受け取って市役所を後にする。どうにも、報酬はコリーのポケットマネーから出ていたっぽいのが気になったが、受け取らないのも失礼だろう。
別れ際に、「この事は、くれぐれもご内密にお願いします」と頭を下げた彼女の姿が、印象的だった。