初ボス戦はイマイチ盛り上がらない
自己紹介なんぞを交えながら、夜の森を歩く。
布陣としては、夜目の効くオズが【気配察知】持ちのゾフィーを乗せて前を歩き、夜目の利かないスーホとキリカマーが真ん中、嗅覚と聴覚で敵を察知できるクマゴローと来夢眠兎が後ろを固めている。
ラインハルトはゾフィーと一緒にオズに騎乗しており、《ライトボール》という【光魔法】のスキルで周囲を照らしていた。
ゴブリンは日曜のイベント時ほどではないが散発的に襲撃してきており、そのどれもが来夢眠兎が言ったとおり石器などで武装していた。
ただまあ、昨日までは関節技を使う熊だのゴツいランスを構えたケンタウロスだの、全身凶器な上に支援もこなせるカマキリだのと戦っていたオズである。今更、石器で武装したゴブリンにビビるような事も無い。
ゾフィーも夜行性の種族で、定位置からの狙撃が昼間と同程度に決まっているため、戦闘は非常に安定していた。
「やはり、大型種族が前衛に居てくれると、それだけで安定感が増しますね」
「オッさん、一家に一台だな」
来夢眠兎がシミジミと言えば、何故か気をよくしたゾフィーがペチペチと頭を叩いてくる。先日までと違い感覚が鋭敏になっているので、少々鬱陶しい。
まあ、前衛が一人も居なかったパーティに、一気に四人も前衛が加わったのだから、そりゃ安定もするだろう。ゾフィーとラインハルトは《騎手回復》の恩恵も受けているので尚更だ。
「なんか僕、全然役に立ってない気がするけど」
「そんな事はないぞ、ラインハルト君」
「そうそう。戦闘以外の支援も、パーティを支える大事な仕事」
戦闘が安定しすぎて照明係のようになっているラインハルトが独りごちれば、すぐさまスーホとキリカマーからフォローが飛ぶ。
夜目の利かない二人はラインハルトの照明を頼りに進んでいるので、彼がいないと困るのだ。個人にしか恩恵の無い《ナイトビジョン》と違い、《ライトボール》は照明の届く範囲に居る人間全てに恩恵がある。その分、敵に見つかりやすくもなるので一長一短だが。
実際、スーホにとって《ナイトビジョン》のMP消費は結構重いので、戦闘中はともかく移動中なら他人に灯りを用意して貰った方が便利なのだ。オズに騎乗しているラインハルトはMP消費に関してまだしも余裕があるので、上手く役割分担が出来ていた。
「俺も、ハルの《キュア》には世話になっているしな。実際、助かってるよ。あんがとな」
「ちょ、なに!? いきなりそんな褒められても、照れるんだけど!」
オズからも謝辞を述べれば、ラインハルトは流石に気恥ずかしいようで慌てたような声を出した。ゲームにおいて、モチベーションは非常に重要な動機であるので、必要以上に自分を卑下した挙げ句にゲームを詰まらなく感じてしまうのでは勿体ない。褒めるべき所は褒める方が良いだろう。
《キュア》は同じく【光魔法】のスキルで、名前からも分かるとおり状態異常回復の魔法だ。ゴブリンはいつの間にか『武器に毒を塗る』という知恵を付けており、低確率ではあるが状態異常を食らうようになっている。回復役が居ると居ないとでは、安心感が違う。
そんな事を話している内に、またゴブリンが襲撃してきた。今度は、ウルフライダーが6騎だ。石槍持ちが4に、弓持ちが2。生意気にも、騎射まで覚えているらしい。
「さて、ラインハルト君褒め殺し大会は一旦中止だ。まずは、コイツラを片付けるぞ」
「Jawol!」
ゾフィーの威勢の良い声と共に、駆けだした。
戦闘は、非常にあっけなく終了した。そもそも、こちらの戦力が充実しすぎているのだ。
レベルが上がって攻撃力が増している事もあり、オズ、スーホ、キリカマーの3人はゴブリンくらい一撃で消し飛ばせるので、狼に乗って少々素早くなった位では苦戦もしない。
クマゴローと来夢眠兎に至っては、前衛組がゴブリンを片付けてしまうので戦闘に参加すらしていない。まあ、後方警戒も大事な仕事ではあるのだが。
「お、【乗騎】を覚えたぞ」
「おう、おめっとさん。もう帰って良いぞ」
「ふざけるな。イベントを前にゲーマーが退けるか」
スーホが森に来た目的は達したので、軽口混じりに帰還の意志を問えば、予想通りの答えが返ってくる。キリカマーとクマゴローも、ここで引く気は無いようだ。
現状では戦力は幾ら居ても困る事は無いので、ありがたい話である。正直、折角身体が自由に動かせるようになったのに、戦力が充実しすぎているとオズの活躍の場が無いのだが、個人の我が儘にゾフィー達を巻き込むのは流石に無しだろう。
「ところで、改めて聞きたいんだけど、今日はどの程度までイベント進めるつもりなの?」
「俺個人としては、樹精とやらが居るフィールドまで行って、とりあえず異変が起きてる事くらいはこの目で確認したい。
本格的な攻略は土日まで待たなきゃならんだろうが、その前に何を準備すれば良いか程度は当たりを付けたいしな」
クマゴローの質問に、オズが答える。樹精の森の異変とやらが、力押しで解決出来るのか、それとも何か準備が必要なのかは、今日の内に確認しておきたい。
もし何か準備が必要であれば、それを金曜日までに完了できるかどうかも含めて、街に居るジョージ夫妻や来夢月とも詰める必要があるからだ。今は成り行きでイベント攻略を進めているが、オズとしては街に居る人達にも、何らかの形で攻略に参加して欲しいと思っている。
森フィールドのボスは、確か『バンディットウルブス』とかいう狼の群れだったはずだ。群れのリーダーであるオヤブンウルフが、定期的にシタッパウルフを呼び出して数で攻めてくる敵で、プレイヤー側は群れに対する対処法とシタッパウルフを殲滅する火力を要求される。まあ、チュートリアルの延長の様なボスだ。
前情報通りなら、恐らくは今のオズであればソロでも何とかなる相手だが、森の現状を見るに、ボスも何らかのパワーアップがされている可能性が高い。油断は禁物だろう。
「ふむ。青少年のログオフ時刻を考えると、森にいられるのもあと二時間といった所だろう。ひとまず寄り道せずにボスのいるエリアまで行き、即行で撃破。
その後、奥の森でできる限りの情報を取ったら、雑魚には目もくれずに退散。そんな所か?」
「それは良いけど、眠兎はどうする?」
「む……」
スーホがリーダーらしく予定をまとめた所で、キリカマーの突っ込みが入る。
スーホの計画自体に、そう無理な所はない。この面子であれば、例えボスがパワーアップしていたとしても即行撃破が可能だろう。ただ、時間制限がある状態で情報収集まで行うとなると、来夢眠兎の足の遅さがネックとなる。
オズとスーホは乗騎になるだけあって、移動速度は速いほうだし、クマゴローも二人には劣るが足が遅い訳では無い。今、地面を歩いているメンバーの中では、来夢眠兎は断トツに足が遅いのだ。実はラインハルトも来夢眠兎と同じくらい足が遅いのだが、普段はオズに騎乗していて戦闘中は【飛行】があるため、あまりネックにはならない。
他のゲームであれば、そういう場合は諦めて一番足の遅いメンバーに歩調を合わせるのが一般的だが、このゲームであれば打てる対策は複数ある。
「案としちゃ、スーホに騎乗させるか、クマゴローが輸送するか、クマゴローに騎乗させるか。その程度じゃ無いか。まあ、本人が了承すれば、だが」
「私も、自分の足の遅さは自覚していますので、我が儘を言うつもりはありませんが……
キリさんは、私がスーホさんに騎乗するのは構わないのですか?」
「む。まあ、ゲームだし。眠兎なら良し」
なんだかよく分からないが、来夢眠兎の了承は取れたようだ。後は、「誰に乗せるか」だが。
「複数騎乗って、扱いとしてはどうなるんだ?」
「よく分からん部分が多いが、上の奴が暴れたりしなきゃ、重量以外はそう大きなペナルティはないと思う。
経験値は、上の人数が多いほど入りやすい。流石に倍々じゃないみたいだが」
「熊って、【乗騎】を覚えると思う?」
「どうだろうな。金太郎さんの例もあるし、意外と行けそうな気はするが。個人的な意見を言えば、後方警戒の都合上、クマゴロー騎乗案が一番戦力的に安定すると思う」
「僕の場合、戦闘中は転がったりわざと体勢を崩したりのムーブが多いから、あまり背中に人を乗せたくないかな」
スーホとクマゴローの質問にオズが答える形で、各案のメリットデメリットをまとめていく。
色々と検討した結果、来夢眠兎はスーホに騎乗する事になった。来夢眠兎が前に乗り、その後ろをキリカマーが支える形で騎乗する。サイズ差があるので、種族は違えど親子のように見えなくも無い。
「ふむ。二人乗せると、なんかモゾモゾするな」
「スーホ。『セクハラは死刑』が掟」
「違う! そうじゃなくて、重量バランスというか、馬体のバランスというか……
オズは、そういうの無いのか?」
「んー、あるっちゃあるんだが。俺の場合、尻尾の位置である程度カウンターウェイトを調節しやすいから、そこまで気にした事は無いな。
こないだまではモーションサポート任せだったから意識しなかったが、尻尾は結構当たりのパーツかも知れん。
あと、レベル3になって《騎馬の心得》取れば、徐々に解消されてくと思うぞ」
竜裔の長い尻尾は、行動するときのカウンターウェイトとして非常に優秀だ。恐竜脚で歩行する際の振動が大きくなり易いのも、尻尾を上手く使うと相殺できるし、何気に重宝するパーツだった。
その他にも、オズの場合はゾフィーが肩車、ラインハルトが背中と重量がある程度分散しているので、馬体だけで二人分の体重を支えているスーホとは、また感覚が異なるのだろう。
そんな事を話しながら、ゴブリンを捌きつつ歩いて行けば、程なくしてボスエリアの手前まで辿り着いた。森の中だというのに、デンと街に帰るためのポータルが置いてあるので分かりやすい。そこだけ世界観台無しだが、運営もゲーム的利便性を重視せざるを得なかったのだろう。
一同頷きあって、ボスエリアへと足を踏み入れる。
そこは、木々の生い茂る森の中にあって、ポッカリと開けた広場のような場所だった。背の低い草こそ生えているものの、あつらえたかのように平地が続いている。広さは、直径30m程度の歪な円形と言った所か。
そんな緑のコロシアムの、一番奥。オズ達が入ってきた場所の丁度反対側に、ソイツは居た。体高150cm程度、大きめの驢馬程度の大きさの狼こそは、このエリアのボス、オヤブンウルフだろう。姿形とも、事前情報と一致しているので、それは問題無い。周りに普通の狼と同じサイズのシタッパウルフを連れているのも、前情報通りだ。
だが、そこに居たのは狼達だけでは無かった。
「ここでもゴブリンかよ……」
「運営も、とことんゴブリン推しで行くようですね」
オヤブンウルフの背には、やはりと言うか何というか、ゴブリンが乗っていた。サイズ比から察するに、周りのゴブリンより一回り以上大きい。多分、ホブゴブリンとかその辺のアレだろう。
初めて見たのであれば、恐らくは素直に驚いたのだろうが、ここまで散々ウルフライダーを蹴散らしてきた身としては、食傷気味の感が強い。ご丁寧に金属製と思われるシャムシールを持っていて、いかにもなボス感を漂わせているのが、救いと言えば救いか。
「で、リーダー。作戦は?」
「そんな物、決まっているだろう。『早い者勝ち』だ!!」
「あっ、ズッけえぞ、テメェ!」
言うが早いか、スーホが駆け出していく。それに触発されたように、ウルフライダー達も動き出した。
ワンテンポ遅れて、オズとクマゴローも駆け出すが、このパーティではケンタウロスの走行速度が一番速い。スーホのランスが最初のシタッパウルフを貫く音が、開戦の合図となった。
「くらえ! ラインハルトォ ブゥゥゥメラン!」
「武器みたいに言わないで欲しいなぁ!」
背中に居たラインハルトを、手に持ってぶん投げる。事前の打ち合わせも無いし【投擲】アビリティも取っていないのだが、意外と上手く行った。まあ、ラインハルトが上手く対応したと言う方が正しいだろうが。
飛んでいったラインハルトに気を取られたウルフライダー達を、オズの両腕とゾフィーの狙撃がたたき落とす。残された狼達は、飛びかかってきた所を引っ掴んでぶん投げた。身体が自由に動かせる上、相手の動きにも慣れている。この程度の芸当は造作も無い。
ラインハルトはラインハルトで、奥の方の敵に適当なちょっかいを出して戻ってきた。ヘイトに釣られて向かってきた敵を、同じ要領で叩き殺す。
仲間達の様子をうかがえば、こちらも問題無く敵に対処している。スーホ達は、正面以外からの攻撃に弱いケンタウロスの弱点を、来夢眠兎の魔法とキリカマーの飛び出しで上手くフォローしている。クマゴローは、自由に動けるのを良い事に向かってくる狼達を片っ端から蹴散らしていた。何というか、某少年漫画の悪役のような無双っぷりだ。
手下達がやられるのを見て、ようやく親分が動き出すが、その頃には既に戦いの趨勢は決していた。そもそも、オズ達のレベルは本来の攻略レベルより上なので、最初からそうだったと言えばそれまでなのだが。
「大将首、いただき!」
「じゃあ僕、狼の方ね」
「ああ、くそ! 出遅れた!」
オヤブンゴブリン(仮)の胸をスーホのランスが貫き、その後に続いたクマゴローがオヤブンウルフの首をへし折る。少し離れた位置に居て出遅れたオズは、大物がやられるのを見ている事しか出来なかった。
虚しい気分で、わずかに残った残党を蹴散らす。
バンディットライダーズ を討伐しました。
樹精の森1 が攻略されました。樹精の森2 へ進行可能となります。
バンディットライダーズ が初めて討伐されました。初討伐のボーナスが入ります。
最後のシタッパウルフを片付けると同時に、インフォメーションが表示される。表示しない設定にしているのに急に目の前に現れたので、少々ビビった。
「ふむ。この『後衛を騎乗させる』スタイルは、思ったよりも使い勝手が良いな」
「今回は格下相手だったってのもあると思うけどね。相手の攻撃力が上がったり、後は範囲攻撃なんかがあると、対策が必要になるんじゃないかな」
「それに、やっぱ騎乗者が居ると、激しい動きが出来なくなるからな。落馬の危険もあるし、『騎乗者をどう守るか』は課題になってくるんじゃないか」
ボス戦で多少減ったMPを【調息】で回復しつつ、戦闘についての意見を交わす。といっても、ボス自体はたいしたことが無かったので、専ら話題は騎馬戦についてだったが。
限定的にとは言え、後衛に機動力を与えられるという意味では、【騎乗】と【乗騎】の組み合わせに一定の利はある様に思える。ただ、騎乗しているとは言え後衛がそのまま前線に出るというのは、安全面で不安が残る。かといって、騎乗者の安全を優先すれば前衛が減る訳で、なんとも悩ましい所だ。
後衛に特化した【乗騎】持ちか、もしくはモンスターテイム等で後衛が独自の乗騎を持てば話は違ってくるのだろうが。今の所は、ハイリスクハイリターンと言った所だろうか。
「それにしても、やはり森フィールドは攻略されていなかったようですね。準攻略組が来ているかと思っていたのですが」
「俺やキリみたいに、夜間戦闘が得意でない種族は一定数居るからな。夜しかログインできない連中は、平日だとどうしても攻略しにくいんじゃないか?
ガチの攻略組ならまだしも、準攻略組なら種族までガチガチに固める奴等も少ないだろうし」
「フィールド攻略については『初攻略』とは書いてないし、単に僕らが隠しボス引いただけの可能性もあるよ。
運営も、イベント中だからってβテストの攻略法を無条件でひっくり返すような暴挙には出ないだろうし」
検証班とプロゲーマーが攻略状況の解析に移ったので、オズはその間に素材回収に入った。オズ達の倒した敵は【狩猟】の効果で死体が残っているので、そのままだと最悪腐って使い物にならなくなる。
ゴブリン達はボーナスで取った【解体】でドロップアイテムへと再変換し、狼だけ血抜きと内臓処理をしてアイテムバッグに放り込む。【水魔法】と【冷魔法】も覚えたので、肉を冷やすのも問題無い。アビリティ構成が戦闘職と言うよりは猟師みたいになっているが、まあ気にしたら負けだ。ジョージ夫妻に詫びを入れるのに、手土産は多いに越した事は無い。
作業の様子を見たプロゲーマー達から「おい、ソレどうなっとんじゃい」とツッコミが来たので、【狩猟】と【解体】について説明しながら、ボスエリアを後にした。
実のところ、15歳以上のプレイヤーのハラスメントガードに関してはある程度融通が利き、当事者の同意があれば騎乗程度は出来ます。また、《馬具装備》で装備可能になる鞍があれば、鞍の上からであればハラスメントガードの設定変更抜きで騎乗可能になります。オズはその辺の事に全く興味が無いので、検証していませんが。
書き溜めが無くなったので、不定期更新です。