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プレイヤーが止まっても、ゲームは止まらない

 月火と2日間は、只ひたすら死に続けて過ごした。

 その甲斐あって、オズは何とかモーションサポート無しでも起き上がれるまでに成長している。モーションサポートがあった頃に比べると、やや動きがぎこちないが、とにかく「自分の足で立った」時の感動はひとしおである。

 最初はおっかなびっくりヨタヨタ歩きだったのが、すぐに慣れて確たる足取りに変わり、やがてはタッタッタッタッと軽快に走り始める。自転車と同じで、一度感覚を掴んでしまえば、そこからは早い。

 元々VRに慣れているのもあって、モーションサポートから動きをパクるのは得意だった。


「ふむ。それだけ動ければ、後は自分で何とでも出来るだろう」

「うん。もう少しかかるかと思ったけど、案外アッサリ行ったね」

「おめでとう」

「いや、お前らのお陰だよ。ありがとうな」


 スーホ、クマゴロー、キリカマーの3人に礼を述べる。実際、この3人がオズを瞬殺し続けてくれたお陰で、オズは絶えず自分の身体が痛めつけられる感覚を味わった訳で、そうでなければ立てるようになるまでもう少し時間がかかっただろう。

 3人は個々の実力もさることながら、連携が抜群に上手く対戦中オズは一度も相手を落とせていない。スーホとクマゴローの実力は知っていたつもりだが、そこにキリカマーのサポートが入るとこれが憎たらしいほどに安定する。

 何せゲームなので、目を潰そうが指を折ろうが、《リーフヒール》で回復されると欠損した部位も何事も無かったかのように修復される。折角無力化した相手がすぐさま復活してくるのは、ちょっとした悪夢である。今更ながら、RPGのモンスターの気持ちが少し分かった気がする。


「そう言えば、オズに聞きたい事があったんだった」

「何だ? 昨日今日の礼もあるし、俺に答えられる事なら答えるが」


 スーホ達からは特に謝礼を要求されたりしていないが、オズとしてはこのまま礼もせずに別れるのも申し訳ないと思っていたので、スーホからの質問は渡りに船だった。

 攻略組でもなければ検証班でも無いオズが、そんな大層な情報を持っている訳でも無いのだが。それでも、全く何も返せないよりはマシだろう。


「【乗騎】アビリティの習得条件を教えて貰えないかと思ってな」

「ああ、そんな事か。未検証だが、多分『【騎乗】を覚えた奴を一定時間乗せてる』とか、そんなだと思うぞ。

俺が取得したのは種族レベル3で、沼ゴブリンとの戦闘に勝利した時だったから、もしかしたら騎乗状態での戦闘も条件に入るかもしれん」

「それだけか? 取得者1名なんて言うから、もう少し難解なのを予想してたんだが」

「あくまで未検証だから、なんか漏れてる可能性はあるけどな。ただ、見ての通り竜裔の装備は死んでるから、特殊装備の線は薄い。

それまでに倒したモンスターも森ゴブリンと沼ゴブリンばっかで、ドロップは石コロと雑草だからな。レアアイテム所持とかも多分ないと思うぞ」


 少なくとも、【乗騎】取得のためにオズ自身が何かをしたという記憶はない。改めて整理してみると、なんで取得者がオズだけなのかもよく分からないアビリティだった。


「ちなみに興味本位で聞くんだけど、オズの騎乗者はなんで【騎乗】なんか取得してたの?」

「あー。あんまり言いふらさないで欲しいんだが、ちょいとガードの固い(年齢制限に引っかかる)奴でな。そいつを肩車してたんだが、暴れて落ちると危ないってんで取得させたんだ。

その時は【騎乗】のキャップについて知らなかったんで、取得してレベルアップすれば落馬しにくくなるって聞いてな」

「多分、そこら辺で引っかかったんじゃないの? VRゲームで子供を肩車するお父さんはまあ皆無でないとして、わざわざ【騎乗】まで覚えさせるのはそう無いでしょ」


 クマゴローの考察に、成る程と頷く。確かに、お馬さんごっこの為にアビリティまで取得させる親御さんは、そう居ないだろう。オズはゾフィーの親ではないのだが、そこは置いておく。

 とりあえず実際にやってみれば分かるだろうと言う事で、実験してみる事になった。騎乗者役は、キリカマーが立候補する。というか、他2名は大型種族で、下手すれば体重はスーホより重いので、選択肢は他に無いのだが。

 キリカマーがスーホにまたがり、どうせだから実際に戦闘もしようと言う事で森に向かう。ケンタウロスのスーホは種族的に不整地での戦闘があまり得意で無く、夜目も利かないので夜の沼地だと戦闘力が安定しないらしい。

 オズとのPvPはどうしていたのかと問えば、【闇魔法】に《ナイトビジョン》という【夜目】の代わりになるスキルがあるので、それを使っていたとの事。ちなみに、キリカマーも夜目については同様だそうだ。


「《ナイトビジョン》はかなり便利なんだが、MP消費が少々重くてな。特に俺は持続時間にも難があるんで、PvPならともかく狩りには少々不安があるんだ」

「このゲーム、『鉄は魔法を阻害する』なんていう設定を付けてる癖に、スータットで手に入る武器には粗方鉄が使われているという鬼畜仕様」


 道行きがてら、スーホとキリカマーの愚痴を聞いている。鉄と魔法の関係については、ファンタジーでは珍しくもない設定だが、そこで非鉄製の武器を用意しないのは確かに鬼畜だ。まあ、スーホが使っているようなゴツイランスを木と骨で作れと言われたら、オズでも匙を投げそうではあるが。

 スーホが【乗騎】に目を付けたのも、キリカマーのMPを《騎手回復》で回復できれば、MP事情が多少なりとも改善されるのではないかと思ったのが切っ掛けだそうだ。

 ちなみに、クマゴローは夜間戦闘に何ら問題は無いそうだ。元々熊は昼夜問わずに行動するものが多いし、嗅覚も犬より優れている。クマゴローの種族もそういった特徴を備えているので、匂いのする相手であれば夜でも「見える」らしい。

 そんな事を話している内に、キリカマーが【騎乗】を取得可能になった。ゾフィーの時より早いような気もするが、スーホとオズではどう考えてもスーホの方が人を乗せるのに適した体型をしているので、その関係かも知れない。それに、種族レベルもあの時のオズよりは高い。

 スーホとクマゴローの種族レベルはオズと同じ9、キリカマーが10だそうだ。意外と低いが、彼らは彼らで昼は別の事をしているそうなので、そんな物なのかも知れない。



 森には、意外な先客がいた。


「あ、オッさんだ」

「本当だ。ワルトも狩り?」

「まあ、そうだが…… 珍しい組み合わせだな」

「色々と事情がありまして」


 森に入ってすぐの所で、ゾフィーとラインハルト、そして来夢眠兎の3人に出会った。辺りを見回しても親御さん達の姿は見えないので、子供世代だけで狩りに来たらしい。

 小型種族のゾフィーと来夢眠兎、それにフィジカルが強いとは言えないラインハルトの3人は、パーティとしてみるには少々バランスが悪い。ゴブリン相手なら、そんな物を考える必要も無いのかも知れないが。

 ゾフィーがよじ登ってこようとするのを、長い腕で押しとどめる。感覚のフィードバックを全開にしたのが、早速役に立った形だ。出来れば、もう少し別の形で実感したかったが。


「ごめん、ワルト。僕もゾフィーもMPとSTがやばいから、ちょっと休ませて」

「お前らなぁ……」

「私からもお願いします。それと、出来ればパーティを組んでいただけるとありがたいのですが」


 結局、押し切られる形で二人の騎乗を許す事になった。それぞれ肩と背中でグデっとしているのを見るに、本当に疲れているらしい。このゲーム、パーティを組まないと他人のHPMPを見る事が出来ないので、あくまで見た目から判断するしかないのだが。

 来夢眠兎からのパーティ申請に関しては、オズの一存で決める事は出来ないので、そちらはスーホ達に判断を委ねる。


「悪いが、今日のメインは俺じゃないんでな。パーティ申請するなら、あっちの奴等にお伺いを立ててくれ」

「ん。眠兎ならOK」


 話題を振れば、話を聞いていたらしいキリカマーから即了承が降りた。口ぶりから察するに、彼女たちは顔見知りのようだ。まあ、スーホ達を紹介してくれたのは来夢月なのだから、娘の眠兎と面識があっても不思議では無いが。

 他2人も文句を言わないので、改めてスーホをリーダーにパーティを組み直す。スーホがリーダーなのは、ジャンケンでチョキを出したからだ。グーはチョキに勝つ。子供でも知っている理屈である。

 パーティを組んで、改めてゾフィーとラインハルトのMPを確認してみれば、確かに残りが心許ない。それに、来夢眠兎も気丈に立っているが、MPは3割を切っていた。


「かなり苦戦していた様だが、夜の森って何か危険なモンスターとか居たっけか?」

「いえ、少なくとも今居るエリアでは、狼とゴブリン、それに蛇くらいです。ただ、そのゴブリンが……」

「オッさん! 右!」


 来夢眠兎の説明を遮って、ゾフィーの警告が飛んだ。同時に、微かな風斬り音が耳に入る。

 咄嗟に向き直り、音のした方から飛んできた何かを腕で払い落とした。手の甲にわずかな痛みが走るが、スーホに踏んづけられるのに比べればどうという事はない。

 キリカマーがスーホの上から飛び出し、そのまま樹上に居たモンスターを叩っ切った。落ちてきたソレはゴブリンの形をしていたが、地面に落ちる前にドロップアイテムへと姿を変える。


「どうやら、ゴブリンアーチャーだったようですね」

「……森に、そんなの居たか?」


 来夢眠兎の報告に、首をかしげる。オズの知る限り、森に居るゴブリンは武装していたとしても棒きれが精々で、弓矢なんていう上等な物は持っていなかった。

 昨日一昨日とPvPに明け暮れていたため、その間にゴブリンの装備が変わった可能性は無くはないが、それにしても進化しすぎな気がする。弓矢が使えると言う事は、少なくとも原始的な木工の技術は備えていると言う事だ。


「掲示板の情報によると、月曜の昼間には既に居たようです。ちなみに、アーチャーだけではなく、石器や簡単な木の盾で武装したファイターやランサーも居ますよ。

私達は、オズさん達のイベントがトリガーになって発生したのではないかと睨んでいますが」

「その上、市役所では相変わらず森ゴブリンの討伐依頼は無いから、山で鉄が見つかったのもあって、森の不人気が加速しちゃったんだよ」


 来夢眠兎とラインハルトが交互に説明してくる。

 市役所に森ゴブリンの討伐依頼が無いと言う事は、領主は一旦この件を広報しない事に決めたようだ。それが、領主側で何らかの対策を取るのか、はたまた単に臭い物に蓋をしたのかは分からないが。


「山ってのは、沼地の先にあるフィールドか?」

「そうだよ。そこで、質は悪いけど鉄鉱石が見つかったお陰で、攻略組はそっちに流れてるみたい。生産組も分野に関係なく依頼が殺到してて、その対応でウチの親もてんてこ舞いだよ。

一方で、強くなったとはいえゴブリンなんてドロップはそう美味しくないし、森で採れる素材にもそんな良い物が無いから、みんな山に行っちゃってる」


 ラインハルトの説明で、おおよその状況を把握する。

 鉄というのは、とにかく使い勝手の良い金属だ。武器防具は言うに及ばず、生産職の使う道具にも少なからず鉄は使われるから、鉄鉱石の発見にプレイヤーが沸き立つのは分からないでも無い。

 森イベントが周知されていれば、そちらの攻略に回る者と鉄鉱石を求める者で別れたのかも知れないが、イベントの存在が知られていない現状では山にプレイヤーが集中するのも当然と言えた。

 ただ、そうなると今度は、何故彼らは森にいたのかが問題になってくる。イベントの存在を知っているとは言え、ライバルの居ない現状ではわざわざ夜中の森に出向く動機は薄いだろう。


「で、なんでお前らは、その不人気な森で狩りなぞしとったんだ?」

「コリーさんに、森の様子を見てきて欲しいって頼まれたんだ。あの人はあの人で、公務員だから勝手に動けなくて苦労してるみたい。

で、丁度その場に居合わせた眠兎さんとパーティ組んで、様子見だけって事で来たんだけど……」

「正直に言えば、少々侮っていた所はあります。βテスト版での森の攻略レベルは5~9で、ボスも平均7あれば倒すのは可能でしたから。

前衛が居なくても威力偵察くらいは出来ると思っていたのですが、失策でした」


 状況を読み違えたのが悔しいのだろう。来夢眠兎が俯く。

 事情を知らないスーホ達が話しについて行けなくて唖然としていたので、ここに居るメンバーの了承を取った上で、日曜に起きたイベント込みで説明してやった。ジョージ夫妻や来夢月には、後でオズから頭を下げる事になるだろう。

 プロゲーマー達は流石にゲーム慣れしているらしく、短い説明で状況を把握したようだった。


「ふむ。その…… コリーさんと言ったか? 領主の部下である高レベルNPCが動けないと言う事は、領主側はこの件に関して放置を決め込んだと言う事か」

「逆じゃないかな。上に立つ人間としては、この段階で忙しなく動いて民衆に不安を与えるより、さっさと軍備を整えて一気呵成に物事を終えたいんじゃない?

保護対象モンスターが森に集中してるって事は、スータットはそれだけ森に依存してるって事だろうから、放置はナンセンスだと思うけど」


 スーホとクマゴローが、それぞれ自分の見解を述べる。

 オズも領主がどんな人物なのか知らないので、なんとも言い難い。与えられた情報から判断する限り、スーホの言う放置案が正解の様な気もするが、クマゴローの意見を否定する材料もない。


「ま、二人の意見のどちらが正しいかは分からんが。俺らとしちゃ、やる事は変わらんだろ」

「そうだな。行くか」


 これ以上考えていても埒が開かないので、オズが多少強引に話を締める。

 スーホ達もこの場でディスカッションを行うつもりは無いようで、誰ともなく森の奥に向かって歩き始めた。


「ところで、やる事って何?」


 今まで会話に参加していなかったゾフィーが、頭の上から声を掛けてきた。休息は十分に取れたらしく、MPはほぼ満タンまで回復している。

 どうせ長ったらしい話をしても飽きるだろうから、簡潔に説明してやる。


「そりゃお前、ゲーマーのやる事っつったら、イベント攻略(異変を解決する)に決まってる」

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