死にゲーは死にゲーで楽しい
掲示板回をこの前に投稿しています。興味のある方は、前の話から読むようにして下さい。
一応、掲示板を読まなくてもストーリーが分かるように書いたつもりです。
身体の中に降りしきる雨の感触で、ログインした事を知覚する。
思ったより仕事が長引いて焦ったが、何とか約束の時間前にログインできた事に胸をなで下ろした。
今日は、来夢月の知り合いだという「モーションサポート無しで身体を動かす方法」を知っている人間に、教えを請う事になっている。物を教わる立場で、初っ端に遅刻というのは流石に失礼だろう。
件の人物には、昨日の内に来夢月からアポイントを取っており、二つ返事でOKを貰っていた。随分気前が良いなとも思うが、格ゲーでは熟練者が初心者にレクチャーするのは半ば当然になっているので、ひょっとしたらそういう感覚なのかも知れない。
いずれにせよ、教えて貰えるというならありがたい話なので、オズとしてもチャンスを逃したくはない。VRゲームでモーションサポート頼りと言うのは、オズからしてみれば縛りプレイの中でも詰まらない部類のプレイスタイルだ。
待ち合わせ場所は、街の前の平原フィールドの端っこだったはずだ。一応確認しておこうと思いメールボックスを開けば、来夢月からメールが来ているのを見つけた。
タイトルに『詫び状』とあり、それだけで開けるのが嫌になる。だが、それを言っても始まらないので、嫌々ながら中身に目を通す。
それによれば、『ウィークリーオラクル』という運営が発表しているニュースレターがあり、それにオズの名前と【乗騎】持ちである事が書いてあったのだそうだ。
それだけならまだ問題無かったのだが、ウィークリーオラクルはデータ集計も載せており、それによれば月曜の午前0時時点で【乗騎】持ちはオズ一人であるらしい。そこに、来夢月がサイトに載せた【乗騎】アビリティのスキル表が合わさって、オズの手の内が晒される事になったらしい。
来夢月も先程それに気がついて、慌ててサイトの記事は削除したのだが、既にWeb魚拓が取られて居たため、もはや撤回は出来そうにないとの事。
「『仮想でも現実。リセットボタンは無い』か……」
VRゲームに関する有名な格言を独りごちる。ゲームの世界では覆水を盆に返す事は出来るが、それでも何でも出来る訳では無い。
「こんちくしょう」という気持ちが無いではないが、論理的に考えれば来夢月にあまり非は無い。【乗騎】についてサイトに載せる事を承諾したのはオズだし、オズの名前とアビリティをバラしたのは運営だ。
運営も馬鹿では無いので、プレイヤーの情報を発表する事に関する規約は、事前登録の際に了承させているはずだ。オズが読み飛ばした同意書のどこかに、それも書いてあったのだろう。そのツケを、数日遅れで払う形になった訳だ。
ひとまず、待ち合わせ場所に向かいながら問題を整理する。
心情的な問題を差し置けば、【乗騎】アビリティについてバレたのはそう大きな問題では無い。恐らくは習得の難しいアビリティではないし、現状では当人に恩恵のあるスキルは無いので、それによってオズが優位に立てる事は無いだろう。
他ゲーの話だが、オズはVRゲームのテクニック講座や攻略法などの動画を上げたりしているので、それなりに晒されるのには慣れている。その経験から言うと、当人が余程マズい事をして炎上したので無ければ、大抵の人間は掲示板等で騒ぐだけで現実やゲームでの接触は図ってこない。
無論、どこにでも馬鹿は居るのだが、そういう馬鹿はそもそもあちらに非があるので、運営に通報すれば驚くほどスムーズに排除して貰える。
あと、フレンドにからかわれたりする可能性もあるが、そもそもそれが嫌ならMMOなどプレイしなければ良い訳で、まあこれも大きな問題では無い。
つまり、問題はあくまでオズの心情的な物に帰結する訳である。
そうなると、後は来夢月との付き合いを心情的にどうするかと言う話になるが、これから会いに行く相手が来夢月に紹介された人物である以上、これも問題にならない。見もしない掲示板で晒されるより、身体が自由に動かせない方がオズにとっては問題だからだ。
と言う事で、とりあえずは自分の中で決着をつける。そのまま、今回の一件に関して来夢月の非は無い事と、サイトの記事を再掲しても特に問題は無い事をメールにまとめて送信した。思考キーボードは、こういう時に歩きながら文字を打てるのが便利だ。
約束の時間よりも前には着いた筈だが、相手は既に待ち合わせ場所に居た。ゲーム故か、夜でも星明かりで結構物が見える。単に、オズの種族アビリティである【夜目】が仕事をしている可能性もあるが。
「すいません。来夢月の紹介で来たんですけど」
「ああ、君がオズ悪人か。また、随分大きくなったね。まあ、僕も人の事言えないけど」
声を掛けると、2m半はありそうな熊の男性が返事をした。口ぶりからして知り合いのようだが、何せVRゲームのアバターというのはゲーム毎に変わる事が珍しくないため、個人の判別が難しい。特に、プレイヤーが人外となっているこのゲームでは尚更。
どこかにヒントは無いかと、相手を観察してみる。向こうは3人。熊の男性と、ケンタウロスの男性、あと何か昆虫をモチーフにしたと思われる女性だ。この中では圧倒的にケンタウロスの男性が見分けが付きやすいだろうと観察すれば、答えはすぐに分かった。何のことは無い、別ゲーで何度も対戦した相手だ。
「『タイファー』と一緒に居るって事は、アンタは『サンボロー』か」
「おっと、ここでは『クマゴロー』だよ。見ての通りの熊人族さ。好物は、熊らしく蜂蜜と膝関節」
「俺も、ここでは『スーホ』だ。人馬族…… って、見りゃ分かるか。人参よりも肉が好きだ」
クマゴローは2.5m程の茶色っぽい直立歩行の熊で、どちらかと言えばリアル寄りであまりコミカルな印象は無い。スーホは全身真っ白のケンタウロスで、上半身の縮尺は人間とそう変わりないが、馬体が大きいため頭の位置はオズとそう変わらない。
「Fighting Vanguards Real 5」というVR格闘ゲームでは、サンボローとタイファーという名前で数え切れないほど対戦した事がある。全国大会の常連で、確か二人ともプロゲーマーの筈だ。余談だが、日本では未だに「eスポーツ」という呼称は根付いておらず、「プロゲーマー」の方が通りが良い。
「あんたらプロが、こんな所に居て良いのか?」
「プロだって、偶にはゲームで遊びたいさ。しかも、世界初の人外アバターとなれば、嫌でも気になるしね」
「ウチの事務所は、アクションや格ゲーが主でMMOには積極的じゃないからな。『競技』になりにくいってんで、息抜きにピッタリなんだ」
eスポーツは、「何を競技にするか」が非常に難しい分野である。あらゆるスポーツに言える事だが、メジャーになれば成る程、観客は所謂「素人さん」が増える。当然、目の肥えていない素人が見て面白いゲームと、実際にプレイして面白いゲームは必ずしもイコールでは無い。
また、ゲームメーカーとしては当然ながら最新のゲームを競技にしたがるが、最新作が常に一番面白いとは限らないというのも、この業界ではよくある話だ。と言う訳で、プロゲーマーというのは大抵の場合、新しいゲームには及び腰になる。
誰にとっても1日は24時間しか無い以上、「どのゲームをやるか」と言うのはプロゲーマーにとってそれこそ生活を左右する。新しいゲームに飛びついて「競技になりませんでした」というのは避けたいし、ある程度情報が出揃ってからプレイした方が結局は効率的になる場合が多い。
ゲームをやるときにまで生活の事を考えなければならないというのは、オズからしてみれば窮屈に思えるが、まあこれは外野がどうこう言う事では無いだろう。
あーだこーだと駄弁っていると、昆虫の女性がおずおずと手を上げた。恐らく160cm程度はあるのだろうが、この場に居る4人中3人までが大型種族なので、結果的に目立ちにくくなってしまっている。
「あの……」
「何か?」
「私、自己紹介してない」
「おっと、失礼しました。オズ悪人、竜裔です」
「キリカマー、蟷螂族。お肉も好きだけど、お魚も好き」
カマキリと言うと4本脚に2本の鎌を構えた格好が思い浮かぶが、キリカマーは普通の人間と同じ2本脚に2本腕だった。一応、背中に羽も生えていたが、【飛行】は鳥人族しか使えないはずなので、飾りかもしくは後で使えるようになるのか。
いずれにせよ、大型種族である他の2人に比べれば、見た目から特徴が分かりにくい。
「カマキリっていうと、やっぱ蟷螂拳使い?」
「いや。もう少しゲーム寄りで、いわゆる『手刀による斬撃』が出せる。素手で斬撃と打撃の両方が使えるトリッキーなキャラだけど、昆虫系の特徴として防具装備が死んでる」
「その、特撮っぽいスーツはもしかして?」
「これが裸。一応、シャツとズボンは装備出来るけど、とても哀しい見た目になるので捨てた」
なんだろう。もしかして、このゲームの運営は服が嫌いなのだろうか。どうにも、一定の割合で服を着ると哀しい事になる種族が居る気がする。
女性に抱く感想としては少し失礼かも知れないが、キリカマーの表皮は生体カーボン系のアーマーっぽくてかなり格好良い。女性故か全体的に線の細いモチーフになっているが、それがカマキリのイメージとよくあっていた。
これにシャツとズボンを重ねれば、非常にダサい見た目になるのは間違いないだろう。
「っと、そうだ。種族話をしに来たんじゃないんだった。アンタ達が、モーションサポート無しで動けるようになる研究をしてるってんで、それを聞きにきたんだ」
「ああ、そう言えばそうだったな。とは言え、そんな大層な事をしてる訳じゃ無いぞ。単にモーションサポート無し、感覚フィードバック全開で、PvPでボコるってだけだしな」
ここに来た本来の目的を思い出して問えば、スーホからアッサリと答えが返ってきた。予想以上に分かりやすくて、少々肩すかしを食らった気分になる。
来夢月から話が行っているのだから、そう渋られる事は無いだろうと思っていたが、想像以上にすんなりと行っている。
「そもそも、研究なんて立派な物じゃないんだ。俺はβ時代に鳥人をやってたんだが、羽が上手く動かせなくてな。
クマと二人で色々やってる内に、羽をバッキリ折られて、その時の痛みで羽の存在を意識したのが元になってる」
「ま、格ゲーマーなんて、何だかんだで負けず嫌いが多いからね。適当にバキボキ折ってりゃその内嫌でも動くようになるよ」
「結局は、新しい器官を『自分の身体』として認識できてないのが問題の大元だからな。痛みで器官を認識してやれば、あとは自分なりに感覚を掴むだけだ」
スーホとクマゴローが説明するのを、黙って聞いていた。つまりは、「ボコられてりゃ嫌でも感覚掴めるだろ」という話で、非常に納得できる。
VRゲームは、結局は「どこまで感覚を掴めるか」というのがプレイヤースキルに反映される。現実のスポーツのように、身体を鍛えて「出来るか出来ないか」の領域に挑戦するような競技は、VRには存在しない。データ的に用意されている以上、それは「出来るのが当然」なのだ。
「話は分かったんで、早速お願いしたいんだが。所で、PvPってどんな風になるんだ?」
「最近のMMOらしく、ミリクラでもかなり細かくルールを設定できるようになってるね。
とりあえず、ウチで採用してるのは『死ぬまで殴り合い。禁じ手無し。デスペナ無し。掛け金無し。その場でリスポーン。終わればお互い全回復』かな」
「3vs1でボコってとにかく回数を回す。オートで申し込むから、オートで受けるよう設定しといてくれ。お前なら、じっくりいたぶられるよりサクッと殺された方がやる気出るだろ」
「ま、そうだな」
メニューを呼び出し、PvPとモーションサポート、それに感覚フィードバックの設定を変える。
こちらの設定変更のタイミングを計っていたかのように――実際に計っていたのだろうが――PvPが申し込まれ、開始の合図が聞こえるかどうかという内に、クマゴローのタックルが飛んできた。下半身の自由が利かないのもあって、アッサリと引きずり倒される。
クマゴローは『サンボロー』なんて名乗っていたくせに、実際には打撃も寝技もできるオールラウンダーだ。少々足関節の頻度が高いが、これは当人の好みもさることながら「慣れない人間には対策されにくい」というのが大きい。
とにかく、今の状態で足関節を取られれば対策は不可能だ。
「《マジックニードル》」
「うがっ!? 君、本当に目潰しだけは上手いな!」
覚えてから一度も使っていなかった【無属性魔法】は、なんとかクマゴローの左目に当たった。その隙に足を外せないかと思ったが、敵も然る者で片目を潰された程度では揺るぎもしない。
ならばと、死角から後頭部をぶん殴ろうと振り上げた右腕は、キリカマーの蹴りで切り飛ばされた。確かに、『手刀で無ければ斬撃は出せない』とは言っていなかった。
そのまま、足をネジ折られる。焼けるような痛みと共に、「俺の膝ってそんな所にあったんだ」という不思議な感覚が走るが、それも一瞬のことだ。
せめて一矢報いんと思考を切り替え様とした所で、頭上に影が差すのを感じた。見れば、星明かりを覆い隠すような形で、スーホが落ちてくる所だった。片手にはゴツいランスが構えられており、対策を考えるよりも先に、切っ先がオズの胸を貫く。一死目。
『その場でリスポーン』といっても、流石に足を極められたままの状態でリスポーンするほど無情ではないらしい。オズは5mほど離れた位置で復活したのだが、その距離があまり良くなかった。自分が復活したのを認識するより先にオートでPvPが始まり、合図が鳴り響くかどうかというタイミングでスーホの騎兵突撃が飛んでくる。二死目。
とりあえず認識とかどうでも良いので、とにかく体中の感覚を総動員して、復活と同時に屈む。頭上を騎兵槍が通り過ぎていき、全く同じ手口で殺られる屈辱だけは防いだ。クマゴローが掴みかかってくるのを、長い腕でジャブを放って牽制する。
「くそ、なんか楽しくなってきやがった!」
久しぶりにVRゲームを始めたばかりの頃の感覚を思い出し、オズは吼えた。