トカゲ美味しい、かの荒野
裏切りの荒野は、まあ何と言うか普通に荒野だった。
西部劇に出てきそうな赤茶けた大地が続いており、所々に岩山が乱立している。植物はほとんど見当たらず、時々風に吹かれた回転草が転がっていくのが見えるのみ。
陽射しは強いが、砂漠のようにそれでダメージを受ける訳でもなく、フィールドギミックとしては特に見るべき所のない場所である。が、ここは足を踏み入れたプレイヤー全員から漏れなく『クソマップ』判定を食らっている難所だった。
「来夢月Tueeee!!」
「それをボクに言われても困るなぁ……」
ヤケクソ気味に叫ぶオズが走り抜けたすぐ後ろを、範囲魔法が雑に薙ぎ払う。
このマップで一番エンカウント率が高いのは、ミラーシェイプというモンスターだ。RPGでは時々居る、こちらの姿形を真似てくるモンスターなのだが、ミラーシェイプはアビリティやステータスもある程度オリジナルに準拠する。
そして何より面倒くさいことに、常にこちらより1~2体ほど多い数で出てくる。つまり、パーティで来た場合は偽物が出てこない不人気メンバーになる危険は避けられるのだが、人気メンバーは複数出てくるという事だ。オズと来夢月のパーティだと、来夢月の偽物が2体以上に増えた時点で脅威度が跳ね上がる。
本物より威力は劣るとは言え、特化型の来夢月の魔法はそれだけで脅威なのだが、それが複数となればダメージは洒落にならない。それに、魔法が威力を発揮するのは攻撃面だけでは無い。
「《ライトニング》5連! ……やっぱり駄目だねぇ」
「流石にそこまでアホじゃないか」
来夢月の放った雷撃は、偽来夢月が出した水の壁に阻まれた。ウォール系魔法は防御に使えるだけでなく、魔法使いの弱点である『寄って殴る』に対するカウンターとしても機能する。
下手に《サンダーウォール》に突っ込んで麻痺ったりしたら袋だたきからの死に戻りコースが見えているので、迂闊に近寄ることも出来ない。
幸いにしてAIはそこまで頭が良くないので、追い詰められるようなことはないのだが、オズ達からしても相手の行動が読めないため決め手に欠ける。こうして逃げ回りつつ隙をうかがうのが精一杯なのだが、残念ながらこれもあまり良い手ではない。
「下からモグラ…… っと、遅かったようだね」
「痛ぇな畜生!」
裏切りの荒野をクソマップたらしめているもう1種類のモンスターが、たった今地面から出てきたスネアモールだ。
体長が1m程度のモグラなのだが、普段は地面の下に潜っており、プレイヤーが上を通りかかると足に齧り付いてくる。言ってしまえばトラッパーシェルの荒野版とも言うべきモンスターなのだが、地味に攻撃力が高い上、他のモンスターと戦っている最中の横入率が高く非常に鬱陶しい。
足に齧り付かれてバランスを崩しかけた所を、地面に手を突いて強引に立て直す。尻尾でモグラをぶん殴り、噛みつきが緩んだところを力尽くで引き剥がした。
苛立ち紛れに偽来夢月目掛けて投げつけるが、すんでの所で《ストーンウォール》が展開される。物凄い勢いで石壁に叩き付けられたスネアモールが悲鳴を上げるが、同情する気は起きない。
石壁で偽来夢月との間に視線が通らなくなった隙に、偽オズへと向き直る。こちらは体がデカくて目立つのだが、火力は来夢月に比べて低い上、追いかけっこが下手くそでどうとでもなるため今まで放置されていたのだ。
「《レイ》2連」
2本の光条に目を焼かれて怯む偽オズの鼻先を掴み、そのまま捻って首をへし折った。自分と同じアバターで情けない姿を晒されると、結構イラッとくる。
偽オズの死体を担ぎ上げると、それを盾にしてそのまま偽来夢月の方へと走り寄る。片方の偽来夢月はそのまま接近して踏み潰し、逃げようとしたもう片方の偽来夢月へは死体を投げつけた。相手も《マジックウォール》で防ごうとするが、《マジックウォール》がオズの質量を支えられないのは実証済みだ。
魔法の壁をブチ割った偽オズの死体に潰されて、偽来夢月は息絶えた。ようやく、戦闘が終わる。
「雑魚3体――モグラを入れれば4体か――でこの被害ってのは、たまらんな」
「ボクはオズ君に騎乗してるからまだ何とかなってるけど、これが地面を歩いてたら大変だったろうねぇ」
来夢月と二人、先の戦闘について感想を述べ合う。
偽物アバターは見た目だけなら本物そっくりだが、プレイヤーアイコン等で見分けるのはそこまで難しくはない。とは言え、戦闘中にアイコンを確認するのも一苦労なので、パーティで挑むとどうしても誤射が増えやすいそうだ。
来夢月がオズに騎乗した状態ならお互いを見失うこともないので、誤射の危険が無いだけでも他のパーティよりはマシと言える。また、後衛の来夢月はスネアモールに絡まれるとそれだけで危険なので、その意味でも【騎竜】は役に立っていた。
ミラーシェイプの死体は、変身したアバターがそのまま残るようで、偽オズの死体は時間が経っても偽オズのままだった。正直重くて困るのだが、鱗を加工すれば防具に出来そうなので、処置をしてアイテムバッグに放り込む。
偽来夢月は交通事故にでも遭ったような酷い有様だったので、【解体】でドロップアイテムに変えた。
本物の来夢月に回復を貰いつつ、そのまま荒野を進む。
しばらく、戦闘をしながら荒野を進んでいく。
道中では巨大なガラガラヘビやド派手なダチョウ、前のマップから続投しているサボテンなども出てくるのだが、やはりエンカウント率が一番高いのはミラーシェイプだった。
ヘビは毒攻撃、ダチョウは高AGIを活かしたヒットアンドアウェイとそれなりに特徴もあるのだが、ミラーシェイプの火力が高すぎてそれらが霞む。サボテンに至っては、対処に慣れているのもあって癒し枠となりつつある。
大体はマップを半分ほど入った辺りでHPMPが心許なくなったため、テントを出して簡易セーフティエリアで休憩することにした。
テントはセーフティエリアでの回復だけでなくログアウト/ログインも出来る便利なアイテムなのだが、使い捨てアイテムなのに重量が嵩むことと、回復アイテムに比べると回復に時間が掛かるため、攻略を急ぎたいプレイヤーにはあまり人気が無い。
ゆっくりと増えていくHPバーを眺めながら、マップについての感想を口にした。
「ここまで散々ソロお断りのマップ出しといて、ここに来てパーティお断りのマップとは、運営もかなり悪趣味だな」
「やっぱり、オズ君一人の方が攻略しやすそうな感じかい?」
「ぶっちゃけ、俺の偽物は器用貧乏ステで頭悪いからな。ソロプレイヤーなんて大体そんな感じだろうし、特化型よりは大分相手にしやすいんじゃないか」
オズもそうだが、ソロプレイヤーというのは大体が器用貧乏になる。下手に特化型にして得手不得手を作ってしまうと、不得手なマップを攻略できなくなるからだ。勿論、器用貧乏を補うための工夫は色々とあるのだが、偽物はそこまで頭が良くないので脅威度は低い。
来夢月が悪い訳では無いが、敵として脅威となる偽来夢月が出ないだけでも、攻略はかなり楽になるだろうと思われる。
「まあそれでも、即席パーティの俺らはまだマシだろう。キリカマー達のパーティがここに居たら、目も当てられなかったろうな」
「確かに、カブータス君やラインハルト君が敵で出てきたら、多分ボクは生きてないねぇ」
カブータスは本格的な盾役で防御力がオズより高い上、味方を庇うスキル持ちなので他の敵の生存時間がかなり延びる。ラインハルトは空を飛べるので、上から襲われれば地上と空中の両方に意識を割く必要があり、事故率は跳ね上がっただろう。
言ってしまえばパーティの強みがそのまま相手の強みとして跳ね返ってくる訳で、パーティとして機能しているプレイヤーほど、強敵と戦う羽目になるのだ。中々に嫌らしい仕組みと言える。
「そう言えば、ミラーシェイプの死体は、何か変化あったかい?」
「いや、相変わらず、偽物の死体のまんまだな。ドロップアイテムも特に変わりなし。
来夢月の場合は毛皮、肉、右手。俺の場合は鱗、角、牙、爪、肉、尻尾、羽」
アイテムバッグから戦利品を取り出しながら、来夢月の質問に答える。メニューからバッグの中身は見えるようにしているが、実物を見た方が納得しやすいだろう。
コレも地味に、パーティ内の不和の原因になりかねない要素だ。パーティメンバーの偽物を倒してアイテムが手に入るまではまあ許容できるとして、手に入るアイテムに格差があるというのは嫌らしい。
装備に加工することを考えれば、大抵のプレイヤーは来夢月よりオズの方のドロップアイテムを欲しがるだろう。【狩猟】があればそもそも手に入るアイテムの量から変わってくる訳で、格差が激しい。
そして何より問題なのが、肉である。
「自分達の偽物倒して、肉が手に入って喜ぶプレイヤーがどれだけ居るかなぁ」
「アイテムの説明見る限り、普通の肉っぽいけどな。由来を知ってたらまあ、良い気はしないだろ。
つーか、この場合、この肉はプレイヤー由来とモンスター由来、どっちになるんだろうな?」
その気になれば相手を食い殺すことも出来るこのゲームだが、運営も流石にプレイヤー同士の食い合いは避けたいらしく、プレイヤーの味は非常に不味い。
しょっちゅうレベル1になっているオズはそれなりにPKにも襲われやすく、その関係でプレイヤーを食い殺す機会も多い。そのため、調味料を用意したりして色々工夫をしたのだが、プレイヤーの味に関してはかなり強力な補正が入っているらしく、調味料をかければ調味料ごと不味くなる念の入れ様だ。
タルタルソースを掛ければタルタルソースがプレイヤー味になるし、パンで挟めばパンまでプレイヤー味になるので、味に関しては諦めた。タルタルソースは目潰しとしても使えるので、今でも持ち歩いているが。
好奇心に負けて、検証してみることにする。
「ちょっとこの肉、貰って良いか?」
「うん、構わないよ。結果如何では、破棄した方が良さそうだしね」
来夢月の了承を得て、それぞれの肉を口に入れる。味は、普通に肉だった。
リアルではウサギもトカゲも食ったことは無いため比べられないが、普通に美味い。偽オズの方は少々クセが強いので、人によって好みは分かれるだろうが。
アイテムバッグから調理器具を取り出し、塩胡椒を振って焼いてやる。サイコロステーキ状にした2種類の肉とタルタルソースを皿に盛って出してやれば、来夢月も興味があったようで摘まんできた。
「……ふむ。色々複雑だけど、普通に美味しいね」
「だな。トカゲの方はクセが強いからタルタルソースがあった方が良さそうだが、ウサギの方はそのままイケる」
「オズ君の方は、ジャーキーにしたら酒に合うんじゃないかい?」
「あー、確かにそれは良さそうだ」
クセの強いジャーキーを強めの酒で流し込むのは、中々面白そうだ。ゲーム内なので本当に酔っ払うことはないが、味は再現されているので試してみるのはアリだろう。
普段から散々プレイヤーを囓っているオズなので、今更自分の偽物を食う事に抵抗はない。こうなってくると、厄介なミラーシェイプも食材に思えてくるから現金な物だ。
思わぬ所でモチベーションを高めつつ、キャンプ地を後にした。