対 地獄カゲロウ戦
申し訳ありません。今回短いです。
「相変わらず暑いねぇ」
「まあ、砂漠だしな」
首の上の来夢月と駄弁りながら、砂の上を歩く。
相も変わらず砂漠フィールドは雲一つない快晴で、陽射しと熱砂がHPをガリガリと削っていく。一応は《ウォーターヴェール》で軽減しているのだが、それでもちょくちょく回復を必要とする程度にはダメージが積み重なっている。
砂漠は、この手のゲームでは珍しい『夜の方が簡単なフィールド』である。夜の方がモンスターの動きが活発になるのだが、それでも日中のスリップダメージが無くなるため、トータルとしては被ダメージが減る。
ただ、この先に居るボスの攻略は昼間の方が有利という、中々に嫌らしいエリアだった。
「で、地獄カゲロウを超えた先が裏切りの荒野で、更にその先が武流の里だっけ?」
「うん、そうだよ。一応は裏取りできてる情報だし、ガセって事はまず無いと思う」
今回の目的地は、つい先日プレイヤーが到達したという武流の里だ。以前にNPCから聞いた竜裔の住処らしいのだが、面白い施設があるらしいので行ってみようという事になった。
回復アイテムの安定供給はジョージ夫妻のアビリティレベル上げを待つ必要があるため、今しばらく時間が掛かる。その間に、行ける場所を増やそうという訳だ。
道中の雑魚を蹴散らしながら進んでいくと、やがてボスエリア前のポータルが見えてくる。ここに来る前に灰人の道でのレベル上げを経ているので、時刻は既に正午近い。あまり長居したい場所でもないので、サッサとボス戦の準備を開始する。
「しかし、砂漠のど真ん中で船に乗るって、最初に考えた奴は凄ぇな」
「接地面積を増やすことで砂に沈むのを防ぐって言うのは分かるけど、脳が理解を拒むよねぇ」
オズがアイテムバッグから取り出したのは、小型の船だった。本来は水路に浮かべて荷物を運ぶための物で、家のカタログから購入した。
来夢月の言うように浮力を得て流砂に沈むのを防ぐための物なのだが、それはそれとしてビジュアルが凄い。砂の上で船に乗ったトカゲと、更にそのトカゲに乗ったウサギは傍から見るとかなりシュールだろう。ボスエリアに入ってから船を用意すると間に合わないので、仕方が無いのだが。
両手で砂を掻くようにして、えっちらおっちらとボスエリアに進入する。
急に景色が切り替わり、船が結構な勢いで滑り始める。ボスエリアに入ったため、すり鉢状になった流砂の中心に落ちるようにして、船が進んでいるのだ。
砂の中心から巨大なアリジゴクが現れ、ボス戦が開始された。
船のお陰で流砂に沈むのは回避できているものの、ボスに向かって引き寄せられていることに違いは無い。このままだとボスの真正面に出ることになるのだが、それを回避するための策も既に編み出されていた。
「《ストーンウォール》3連」
来夢月の魔法により、高さの違う3枚の石壁が目の前に生み出される。階段状に並べられたそれらを蹴って、オズは跳んだ。
そのまま、地獄カゲロウの頭に着地する。振り落とされないようにボスの顎ををしっかり掴み、蹴爪を相手の甲殻に引っ掛けて身体を固定した。
大抵の昆虫がそうであるように、アリジゴクも頭上への攻撃方法を持たない。ボスである地獄カゲロウもその宿命からは逃れられず、頭に乗られると何も出来ないのだ。
一応、顎を掴んでいるだけでも攻撃を食らった判定になるらしく、オズには定期的に状態異常が入るのだが、来夢月の《キュア》で回復すれば問題は無い。
落下にだけ注意して、尻尾で思い切りボスの身体をぶん殴る。クラスチェンジ前に到達できるボスである事もあり、目に見えてHPが削れていった。
「HP、5割を切ったよ」
「おう、サンキュー」
来夢月の報告に前後してボスの身体が砂の中に沈み始めたので、巻き込まれないように砂の上に降りる。流砂はボスの形態に依存したギミックらしく、オズの身体が砂に飲まれることはなかった。
しばらく待つと、地響きと共に形態変化したボスが現れる。触覚のあるトンボの様なその姿は、アリジゴクの成虫、ウスバカゲロウだ。
成虫となった地獄カゲロウは羽を広げるとそのまま空へと飛び上がる。そして、陽光に羽が煌めいたかと思うと、不意にその姿が二つに増えた。
カゲロウの名前はダブルミーニングであるらしく、成虫形態の能力は幻影を生み出しての分身だ。ボスのHPが減ると分身が増え、最終的にボス4体の中から本物を当てるクソゲーとなるそうだ。
幼虫時は流砂のフィールドギミック、成虫時は分身能力と、一部のプレイヤー間でクソボス認定をされるだけのことはある能力だった。
「事前に聞いちゃいたが、ズッケェな…… 左」
「了解」
この手の能力のお約束として、幻影には影がないので本物を見分けるのも不可能ではない。
とは言え、空を自在に飛び回るボスと地面に落ちた影を咄嗟に結びつけるのは困難だ。今回は遠距離攻撃が得意で無いオズが観測と回避に徹して、騎乗した来夢月がひたすら魔法で攻撃するというのが、事前に決めた作戦だった。
羽を広げて突進してくるボスを、何とか躱す。嫌がらせに短剣を投げてみるが、ボスの羽に当たるとスパッと切断された。実際のウスバカゲロウがどんな虫なのか知らないが、地獄カゲロウはかなりファンタジーの生き物な様だ。
攻撃は諦め、オズは大人しく回避に専念することにした。
実際に相対してみると、幻影能力は思った以上に面倒な能力だ。幻と分かっていても、デカイ昆虫がこちらに突っ込んでくると、つい身構えそうになる。
幻影に気を取られれば本体を見失いかねないし、途中からは本体が幻影に隠れて攻撃してくるようになったりして、非常に厄介だった。
「ゴメン、本体見失った」
「ええと、アイツ!」
馬具を装備していないオズに振り落とされないよう、来夢月はどうしてもボスから目を離さなければならない瞬間が生まれる。
その度に、本体を見極めて武器を投げるのも重要な役目だ。武器自体はボスに切り捨てられるのだが、本体の位置を来夢月に知らせられれば目的は果たせる。
常に相手を見失わないようにしつつ、すり鉢状の砂地を逃げ回るのは、かなり神経を削られた。
地獄カゲロウ を討伐しました。
焦熱砂漠 が攻略されました。裏切りの荒野 へ進行可能となります。
唐突に現れたインフォメーションが、地獄のような鬼ごっこの終わりを告げる。
見れば、地獄カゲロウの姿はなく、いつの間にかアイテムバッグの中にドロップアイテムが入っている。トドメを刺した来夢月が【狩猟】アビリティを持っていないため、自動的にドロップアイテムとなったのだ。
「そういや、地獄カゲロウを食ってアビリティ手に入るかどうか、確認してなかったな」
「ああ、そう言えばそうだったね。申し訳ない」
「ま、しゃーあんめぇ。その為だけに【狩猟】取れとも言えんしな」
これまで、1つのフィールドにボスエリアが2つあったことは無い。
1つのボスエリアであれば、通常ボスと隠しボスで手に入るアビリティは変わらなかったが、異なるボスエリアでどうなのかというのは確認していなかった。
オズは【狩猟】を取って久しいので、敵を倒して死体が残るのが当たり前になっていてその辺を調整するのを忘れていたのだ。来夢月も終わってからそれに気付いたようだったが、後の祭りである。
「どうする? 再戦するなら、付き合うけど」
「いや、事故が怖いタイプのボスだし、止めとこう。【飛行】が手に入れば船無しでアリジゴク形態をどうにか出来るだろうから、そしたら再戦しとくわ」
来夢月の申し出はありがたかったが、断ることにした。
地獄カゲロウの羽の切れ味は結構鋭く、直撃は避けてもオズの鱗はスパスパ刻まれていた。下手に来夢月に当たれば、その時点で死に戻る危険もある。結構神経を使うタイプのボスだし、連戦となれば事故率も上がるだろう。
乗り捨てた小舟を回収してみたが、船底は砂で削れ、更にはストーンウォールと衝突したので全体的にガタが来ている。アイテム的にも再戦は厳しいので、そのまま裏切りの荒野へと進むことにした。