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面倒くさい事になる予感しかしない(後編)

「あー、どっから話せば良いのか…… 森のフィールドに、ゴブリンが居るってのは知ってるよな?」

「まあ、こう見えてβテスターだからね。とりあえず、今プレイヤーが立ち入っているフィールドのモンスターに関する情報は、一通り仕入れているつもりだよ」

「んじゃ、森にゴブリンが居るのを『NPCは知らなかった』ってのは、知ってるか?」

「……面白そうな話だね。是非、聞かせていただきたい」


 来夢月が食いついてきたので、オズが市役所に行ってから今日の午後までに起きた事をかいつまんで話す。

 市役所員のコリーについては流石に個人情報になるので伏せたが、出てきたモンスターや樹精の事などは隠さず話した。特に、保護対象モンスターに関しては、考え無しのプレイヤーが手を出せば住人達が異邦人全員に敵意を抱きかねない。

 来夢親子は最初の内は興味深そうに話を聞いていたのだが、話が進むにつれて難しい顔になり、終わる頃には何やら考え込んでいるようだった。


「いや、参ったね。実のところ、こんな特大級の爆弾投げ込まれるとは思って無くて。情けない話だけど、今の僕らだとその話にどんな価値があるのかすら、正確には分からないんだよね」

「俺らも別に、攻略組を目指してる訳じゃ無いからな。そんなに難しく考えてくれなくて良いぞ。ここの支払いを多少持ってくれるとか、その程度でも」

「あー、そうか。事情を知らないと、そういう反応になっちゃうか。ただ、それだとあまりにアンフェアだからね。

どうだろう、ここの支払いを半分持つ上に、とりあえず僕らの知る情報を開示する。ついでに、なんか質問があれば答える、と言うので納得して貰えないかな」

「どうだろう、と言われても」

「私達としてはありがたいけれど、流石に気っぷが良すぎでは?」


 思ったよりも大きな話になりそうな雰囲気に、少々身構えた。マルガレーテの方にも、困惑が見て取れる。

 実を言えば、今日の依頼が大がかりなイベントの始まりになりそうだという予想は、オズにもあった。と言うのも、森フィールドで出現するモンスターに、樹精は居なかったからだ。

 という事は、樹精の森というのは今入れる森フィールドよりも更に奥まで続いていると言う事で、とりもなおさず、そこで起きた異変が手前の森フィールドに波及していると言う事を示す。

 言わば、フィールドを跨いでイベントが発生している訳で、最初の街で最序盤に発生するイベントとしては異例である。

 ただ、市役所が異変を認識した以上、そう遠くない内に領主が調査隊を送るなり異邦人にクエストの形で発布されるなりの対応はある筈で、そこまで価値のある情報とも思えない。


「それが、そうでもなくてね。まず、大前提となる情報なんだけど、今日の午前中に沼のフィールドが攻略されている」

「うわ、早」

「いや、沼のフィールドの攻略法事態は、β時代に確立されていたからね。攻略組からしてみれば、むしろ手間取った方だよ。

本来なら森でレベル上げしてそのまま攻略、そこで手に入れた素材で武器を作って沼地を攻略、その予定が崩れたからね」


 ゾフィーは驚いているが、MMOでは攻略組がスタートダッシュを決めるのはそう珍しい事でも無い。

 来夢月も言ったとおり、βテストで公開されていたフィールドは、大抵の場合攻略法も確立している。特に、昨日今日と休日だった事もあり、スタートダッシュを決めようとした人間は多かっただろうから、当然の結果とも言える。


「森でのレベリングが出来なかったのは、ハニーキャリアが益虫扱いになったからか」

「そう。ハニーキャリアは、対応さえ間違えなければ、無限に仲間を呼ぶのを逐次撃破していくだけの美味しい敵だからね。もちろん、ある程度の実力は必要になるけど。

ハニーキャリアの情報自体は、昨日市役所が開いてしばらくした辺りで掲示板に載ったんで、慌ててレベリングの方法を修正、でひとまず狩場として美味しくない森は後回しにして、沼の攻略を優先させた訳さ」

「森を後回しに、ねぇ」


 段々オズにも事態が飲み込めてきた。同時に、自分が酷く面倒くさいイベントのトリガーを引いてしまった事も。

 MMOに疎い従姉一家の方は事態を飲み込めていないようで、「それがどうした?」といった顔をしている。一家への説明と状況確認を兼ねて、いくつか確認してみる。


「確認したいんだが、森フィールドが攻略されたという情報は?」

「少なくとも、僕は知らないね」

「沼フィールドか、その奥地に関するイベントが始まったという話も?」

「以下同文」

「つまり、『沼フィールドが先にクリアされてるのに、まだクリアしてない森フィールドのイベントが始まってる』訳だ」

「……あ!」

「なに、どういうこと?」


 ゲームをある程度やっているラインハルトは、事態に気付いたらしい。逆に、マルガレーテはまだ事態が飲み込めていないらしく、顔に疑問符を浮かべている。

 ジョージは真面目な顔でこちらの話の続きを待っており、ゾフィーは話に飽きたらしくジュースの氷を囓っていた。


「こういうゲームだと、大抵の場合はクリアしたフィールドに応じて、イベントだのクエストだのが解放される様になってるんだ。

なのに、今回沼が攻略されて森イベントが始まってるって事は、ゲームを作った側は『まず森を攻略してね』ってメッセージを送ってるって事」

「もうちょっと直接的な言い方をしてしまうと、『今の攻略組は見当違いの方向に進もうとしてるよ』ってのが公式自ら言われちゃった訳だね」

「……それ、荒れるんじゃないの?」


 元々、森に出現するモンスターは沼のそれより弱めに設定されている。βテストでも森の方が先に実装されていたので、森を先に攻略するだろうという運営の読みはそう的外れでも無い。

 ただ、故意か偶然かは知らないが、β時代にない要素を本稼働で付け足した結果、プレイヤーから森を攻略するモチベーションを奪っただけだ。

 VRMMOの攻略組は住人(NPC)のヘイトを非常に気にする。理由はいくつかあるが、それこそ古典的RPGの時代から、攻略情報というのはNPCから集める物だというのが一つ。特に、最前線の攻略情報なぞ掲示板にある筈もないので、住民への聞き込みが重要となる。

 もう一つの理由として、攻略組はその特性上、生産プレイヤーからの支援を十全に受けられない。生産プレイヤーのレベルが上がるのを待つ時間的余裕が無いからだ。自然、NPCショップで手に入る装備とプレイヤーメイドの装備を併用するのが、攻略の大前提となる。

 そんな訳で、攻略組はNPCに対して非常に友好的に接する者が多い。少なくとも、わざわざ益虫扱いのハニーキャリアを倒して住人のヘイトを稼ごうという者は居ないのだ。

 攻略組にも色々居て、それこそ人生そのもをゲームに捧げている廃人から、時間が余り気味なのでゲームをやってる学生まで様々だ。

 明日は月曜、平日である。このタイミングで学生諸君に「君らの攻略ルート間違っとるよ」等といえば、阿鼻叫喚の様相になりかねない。


「荒れるだけなら、まだマシだけどね。もし、この事態を領主が隠蔽しようとすると、下手すりゃ攻略組がこのまま突っ走る可能性もある」

「領主と運営がどの程度繋がってるか分からんけど、そんな真似するかね?」

「少なくとも、話を持ってきたオズ君にそのまま指名依頼という形で実証させたんだろう? 今すぐ大っぴらに喧伝したいとは、思ってないんじゃないかな」


 基本的に、NPCを動かしているのはあくまで陽電子頭脳であって、運営はNPCに強く干渉する事は出来ても、思い通りに操作する事は出来ない。領主の立ち位置次第では、隠蔽される可能性は無くは無い。

 また、当然と言えば当然だが、運営は一部の攻略組が突っ走るより、多くのエンジョイ勢も交えて攻略が行われるのを好む。ゲームに金を落とすのは、廃人だけでは無いからだ。そちらの理由でも、領主が事態の公表を遅らせる可能性はあった。


「と、言う訳で。君達の持ってきた話は、下手すりゃ攻略組と運営の綱引きにも使われるような爆弾となり得る訳だよ。特に、殆どのプレイヤーが森に立ち入らない現状ではね」

「想像以上に面倒な話になってるのは、よく分かった。あんがとさん。

あ、どうでも良いけど、森は『樹精の森』、沼地は『ワンプ湿原』って名前らしいぞ」

「それも市役所情報?」

「まあな。ただ、森は少なくとも今入ってる場所と、樹精が居るフィールドの2カ所がある筈だから、ひっくるめて樹精の森なのか、手前にはまた別の名前が付くのか知らんが」

「でも、コリーさんの口ぶりでは、手前のフィールドにゴブリンが居るのも信じられないって感じだったから、本来なら森全体に樹精の結界があったんじゃないかな」

「その可能性は高そうだな。ってことは、森がそもそも手前と奥で別れてるのも、異変の影響かも知れないって事か」


 なかなかに面倒くさい状況である。一番簡単な解決案としては、さっさとこの情報を掲示板にでも流せば、あとは廃人達がとって返して森を攻略してくれるだろう。ただ、それはそれで面白くない。

 そもそもこの情報を知っている人間が非常に限られているため、出所が一発でバレる。領主や運営のヘイトを稼ぐであろう事は間違いない。折角依頼を成功させて好感度を上げているのに、わざわざ後ろ足で砂をかける真似もしたくなかった。

 どうしたものかと思っていると、今度は来夢眠兎が控えめに質問を投げてきた。


「あの、こちらから質問をするのも申し訳ないのですが、樹精について知っている事を教えていただいても?」

「別に構わんけど、そんなに多くないぞ。樹木の精霊で、森に居る。結界を張ってて、森を荒らして回る奴を排除してる。

あー、あとなんだっけな。樹精と精霊樹は保護対象モンスターで、傷付けると結構重い罪になる。くらいか」

「あと、あんまり強い結界じゃないらしくて、生活のために木こりが木を切る程度は許されるらしいよ。ただ、ゴブリンくらいは排除できるらしいんだけど」


 オズが思い出せる事をつらつらと上げていくと、それにラインハルトが補足を入れてくれた。ただ、それらを全部合わせたとしても、やはり樹精に対する情報はあまり多くない。


「樹精がなにか気になるのか?」

「その…… 【樹魔法】って、ありますよね」

「ん、ああ。そういや、言われたとおり【無属性魔法】覚えたら【樹魔法】も…… って、そういう事か」


 来夢眠兎の言わんとしている事に、ようやく気付く。【樹魔法】があって樹精が居るなら、他の属性魔法にも対応する精霊が居ておかしくない。

 と言う事は、この先、他の精霊に関する場所でも異変が起こっている可能性があり、つまりこのイベントはかなり長期にわたる可能性があると言う事だ。


「属性魔法って何があるんだっけ?」

「確認されているのは、無属性を除けば、お馴染みの火水風土光闇、あと樹雷冷で9属性ですね」

「余談だけどね。このゲーム、動物や昆虫をモチーフにした種族が多いからか、最初から【樹魔法】覚えてる種族って結構多いんだよね。

そういう意味でも、運営は結構考えてプレイヤーを森に誘導しようとしてたんだと思うよ。無駄になったけどね」


 考えれば考えるほど、運営はβテストで開示する情報を間違えたとしか思えない。せめて、βテストで沼を開放していなければ、攻略組の侵攻先も沼一辺倒にはならなかったろうに。

 ただ、ここで運営相手に「ねえどんな気持ち?」等と言っていても、事態は解決しない。


「あー、その。ここまで聞いておいて悪いんだが、この情報に関しちゃ開示を待って貰えないか。

流石に、この状況で情報開示したら、出所が一発でバレる。現状で領主や運営に睨まれるような状況には、陥りたくないんでな」

「まあ、そう言うと思ったよ。僕としても、この情報は開示しないで温めといた方が面白そうだしね。どちらかと言えば、こちらからも隠蔽をお願いしたい」

「つー訳で、この件に関してはお口にチャックで済ませたいんだけど、マグ姐さん達もそれで良い?」

「アタシとジョージが生産志望だって知ってるでしょ。わざわざ御上に喧嘩売りたくないわよ」


 つまりは、皆で見なかった事にした。

 つまらない話が続いてゾフィーがおねむになってきたので、一旦解散する。

 フレンドコードを交換し、情報公開がしたければ相互に連絡を取る事を約束して、従姉一家はログアウトすべく宿へ向かった。後には、オズと来夢親子だけが残る。


「さて、そうすると、今度はここの払いを持って貰う分の情報が足りんかね?」

「僕としては、かなり楽しめたから十分なんだけどね。まあ、貰えるなら貰いたいかな」

「つっても、大した物は持ち合わせてないぞ」

「【乗騎】アビリティが上がったなら、新しいスキルは覚えてないのかい? 5までは教えて貰ったから、次は8の筈だけど」

「なら、多分覚えてる…… って、何レベルでスキル覚えるか把握してるのか?」

「いや、仕組みさえ分かれば、大したネタじゃないんだけどね。次のスキルを覚えるまでの間隔が、0から数えて1、2、2、3、3、3、4、となってるだけさ。

βはレベル20が最高だったからそこまでだけど、その次も同じようになってるんじゃないかな」


 検証班恐るべし、である。単に、音が鳴るように設定していてなお確認を忘れるオズに問題があるような気がしなくもないが。ウルフライダーの対応で忙しかったので、仕方が無いのだ。

 ちなみに、覚えたスキルは《長途騎乗》というパッシブスキルだった。騎手を乗せている状態で、歩いたり走ったりする際のスタミナ消費を軽減してくれるそうな。どうやら、運営は本気で【乗騎】持ちを乗り物として扱う気らしい。


「そう言えば、出来れば【騎乗】アビリティの方も、スキルを教えて欲しいんだけど」

「そっちは俺が覚えてないんで、分からんな。多分ウチらの中で一番レベルが高いのはゾフィーだから、彼女に聞いてくれ。

ってか、βには【騎乗】は有ったんじゃなかったのか?」

「それが、面倒くさい仕様でね。乗ってる馬の【乗騎】と同じレベルまでしか上がらないようになってたのさ。と言うか、多分今も同じ仕様だと思うよ。

そんな訳で、僕の知ってる【騎乗】アビリティのスキルはレンタルホースで鍛えられる3までだよ」


 なんとも面倒な仕様になっているものだ。と言うか、そうなると【騎乗】の方も大分悲しみを背負ったアビリティと言う事になる。APを使って覚える分、こちらの方が酷いかも知れない。


「何か、質問はないかい? 僕の知ってる事なら答えるよ。

君には、貸しを作った状態で別れときたいからね」

「それもどうなんだ……」


 別に情報提供は構わないのだが、あまり人に借りを作りたくもない。そもそも攻略情報は見ない派である事もあって、欲しい情報というのは思い浮かばなかった。


「ああ、そう言えば。君、格闘ゲームは好きかい?」

「ん? ああ。どちらかと言えば、VRは格ゲーやアクションゲーの方がメインだな。MMOが嫌いって訳じゃないが」

「じゃあ、丁度良かった。モーションサポート無しで身体を動かす方法には、興味ある?」

「あるのか!?」


 思わず身を乗り出す。昨日から、それで散々苦労しているのだ。

 ハニーキャリアに関しては、それが良い方向に働いたものの、やはり自分の身体を自由に動かせないというのは不便である。竜裔は身体スペックに恵まれているので、余計にその感が強い。


「まあ、そういうのを研究してる人間が知り合いに居るってだけなんだけどね。

どう、知りたい?」


 胡散臭い笑みを浮かべるウサギの提案に、一も二もなく飛びついた。

何故この話が前後編なのかと言えば、元々1話にまとめるはずだったのが文字数が膨れあがりすぎて他の話の倍近くになったからです。「主人公補正で当たりイベントを引きました」という、それだけの話なのですが……


余談ですが、【騎乗】アビリティは【乗騎】のレベルを超える事は出来ませんが、そのギリギリ手前までは経験値が貯まります。ゾフィーが【乗騎】習得前のオズに乗っていて【騎乗】を習得可能になったのは、オズが【乗騎】レベル0で判定されてたので、【騎乗】レベル1になるギリギリ手前まで経験値を貯めて習得条件を満たしたからです。

もう一つ余談ですが、《長途騎乗》は「エンデュランス」という馬術競技の耐久走的な種目の和名から取っています。【乗騎】なのに《騎乗》はアカンやろ! とは思うのですが、如何せん馬術用語は大抵が騎手側を考慮したネーミングをされているため、馬側のスキルとしてしっくり来る名前を拾いにくいのです。


休日分の書き溜めを全て吐き出したので、また不定期投稿に戻ります。

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