9話 勇者候補の実力
『グギャアア!』
耳障りな、雄叫びが森に鳴り響く。
緑の肌に、成人男性程度の身長。
醜い顔を持った“ホブゴブリン”のものだ。
そのホブゴブリンが、棍棒を振り上げ走り出す。
その先には——
「はああ! 《複聖ノ加護》!!」
どういうわけか、《銃聖ノ加護》と《複聖ノ加護》のという、2つの力を授かった朧がその片方の名を、負けじと叫ぶ。
《銃聖ノ加護》が、いくらやっても、日に6発のみという限度は分かった。
ならばもう1つの方だ。というわけである。
叫びに応じ、朧の体から僅かな光が放たれる。
僅かな変化だが、見たことのない現象に、ホブゴブリンも『グギ?』と硬直するが……
「ああっ、やっぱなんも起こんねえ!?」
その後、何の変化も起きないことに、再び絶叫するのだった。
《複聖ノ加護》、なんらかの強力な能力を秘めているのは、アリサや他の討伐者からも保証はされているのだが、肝心の能力や、発動方法が不明なのである。
「こうなったら……!」
『グギ?』
「こいつ何をする気だ?」とでも、いった感じで身構える、ホブゴブリンに対し——
「逃げるんだよぉ!!」
そのまま、疾走。
今日の分の弾丸を撃ちきった、朧には、逃げるしか術は無いのである。
だが、それを黙って見ているほど、敵も馬鹿ではない。
すぐさま、追いかけ、その距離を詰めていく。
体の大きさは同じだが、その肉体の性能は段違い。
侵魔——魔物は、総じて人間よりも身体能力に優れているのだ。
だがそれでも、人間が侵魔に劣るかと言われると、そうではない。
優れているのは、知識、そして——
「伏せなさい、オボロ! 《鎌鼬》!!」
数ある内の大木の裏から、声と共にアリサが飛び出す。
そして腰の刀を居合抜き。振り抜いた刀身から、飛ぶ斬撃が放たれる。
——スキルだ。
ホブゴブリンに襲いかかった斬撃は、スパン! と音をたて、その首を刎ね飛ばした。
スキル、“刀術Lv.5”、《鎌鼬》。
近接武器で、中距離まで対応する事が出来る強力なスキルである。
そして、この力こそが、アリサが勇者見習い——勇者候補として、周囲の人間から認知されている、理由でもある。
通常、スキルのレベルは10段階あり、常人ではLv.3が限界であると言われている。だが、アリサの歳は16。この歳でレベル5。であれば周囲も期待するというもの。
それに、“刀術”のスキルは万人に1人しか目覚めない。強力な“上位スキル”という存在。そんな彼女だからこそ、ゆくゆくは勇者となれるのでは——。というわけだ。
(それに比べて、俺は……)
アリサの力を目の当たりにし、朧は改めて沈みこむ。
「ほら、そんな顔しないの! オボロはまだ、戦い初めてからちょっとしか立ってないんだから、気にしないの。それにもう1つの加護だって、その内なんとかなるわよ。それより酒場に帰って飲みましょ、蜂蜜酒、奢るわよ?」
そんな朧の姿を見て、アリサが酒を飲んで、元気になろうと提案。
「……そうだな、気長にやるよ。付き合ってくれてありがとうな」
「同じパーティなんだから気にしないの」
世界が混沌として半月、未だ気がかりは沢山あるが、この出会いは良いものであったと言えよう。