1話 天使降臨
とある学園、その体育館裏——
「おら、もう一発だ!」
「ぐうっ!?」
ドスッと音を立て、少年の鳩尾に拳がめり込む。
「きゃははっ! さすが“タケシ”ぃ、クリーンヒットぉ!」
苦痛にうめき声を漏らす少年、それを複数で取り囲む内の1人、クラスメイトの女生徒がはやし立てる。
「へへっどうだ、これは効いたんじゃないか朧?」
暴行を加えられている少年の名は十六夜朧。
取り囲む男女の生徒達が金髪やピアス、ド派手な茶髪にメイクを施す中、朧の見た目は黒髪黒目に中肉中背、特に部活をしているわけでなかったりと至って普通。強いて言えば、その顔が少しばかり整っているのが特徴と言えば特徴か。
ではなぜそんな少年がいじめられているのか?
理由は主に2つ。
まず1つが——
「は、はは……オレちゃんはこれくらいじゃ根をあげないのよね」
このクセのある性格だ。
自身を「オレちゃん」などと呼び、他者にへり下る事をしない。
別に礼儀を知らないわけでもないし、目上の人間に対しては敬語も使える。
ちょっと個性的なだけの少年なのだ。
だが、それを面白く思わないのがこの不良連中達だ。
教師や先輩に対しては敬語、だが自分達が中心でなければ気が済まない不良の自分達を気にもとめず、自由気ままに振る舞うその態度が気に食わないのだ。
「だったら、これでどうだよ!?」
「——ッ!!」
「お、おいタケシそりゃ……」
「ちょっと、やめなよ〜! ヤバイって」
不良の中心、タケシの行動に朧は驚愕を露に。
取り巻きも非難の声を上げる。
タケシが振り上げた拳、その人差し指から小指までの4指には鈍色に輝くメリケンサックがはめられていたのだ。
そんな物で人を殴れば、当たりどころ次第では死んでしまう可能性もある。
だがタケシは拳を振り上げた。
するとそこへ——
「やめて! お兄ちゃんをいじめないで!!」
可愛らしくも必死な声が聞こえる。
「ちっ、御星ちゃんか……命拾いしたな朧」
現れた少女の名は十六夜御星。
朧の妹——正確には妻を亡くした父が再婚し、その相手が連れてきた、一個下の義理の妹だ。
「大丈夫ですか、お兄ちゃん!?」
不良の輪を抜け、うずくまる朧に密着しながら問う御星。
艶のある黒の長髪を大きな目の上で切りそろえ、制服のスカートは短いものの、それ以外は正しく着こなす。まさに清楚&妹系美少女だ。
ちなみに巨乳。
そして、御星の存在こそがイジメの原因のもう1つだったりする。
「だ、大丈夫だ御星、オレちゃんはこのくらいじゃ怪我しないって!」
「ほっ……よかった。大好きなお兄ちゃんが無事で……ちゅっ」
「——ッ!!??」
安心した御星が朧の頬、それも限りなく口に近い位置に啄むようなキスを——
それに朧は動転し……
「ゆ、許せねぇよ」
「ああ、やっぱりトドメ刺しとくべきだぜ」
タケシやその取り巻きの男子生徒がユラァっと、立ち上がる。
御星は学年……いや、この学園1と言っていいほどの美少女だ。そして御星は義理の兄である朧をどういうわけか好いている、兄として、異性として。
座右の銘は「お兄ちゃんにバブみを感じさせてオギャらせたい」である。
対し、タケシとその取り巻きは御星に告白し、そのどれもが玉砕に終わった。
それで御星に好かれ、なおかつ「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と兄妹という立場を利用し、好き放題密着されるその姿を見せられ、不良達の怒りに火が点きイジメが始まったのだ。
女生徒の取り巻きは、自分がクラスの中心となるグループからハブられたくないから従っているだけである。
(ああ、とばっちりんごねぇ…………んッ!?)
嫉妬に燃える不良達を前に心で漏らすその途中、朧はある異変に気づいた。
「なんだ急に暗くなったぞ!」
「嘘でしょまだ昼よ!?」
昼間だというのに、突如として辺りが闇に包まれたのだ。
「お兄ちゃんアレを!」
「ちょ、御星、胸を押しつけるなとオレちゃんいつも言って……なんだアレは……」
チャンスとばかりにひっ付き、制服越しの胸をむにゅむにゅと押しつけるように抱きつく御星に注意を促す朧だったが、その言葉は御星が指差す天空、そこに浮かぶあるものに遮られた。
闇の天空に浮かぶのは幾何学的な紋様、白い輝きで描かれたそれはまるで漫画や映画に登場する魔法陣そのものだった。
カッ——!!
皆が見上げる中、魔法陣がさらなる光を発した。
ここにいる誰もが目を眩まし、小さく、あるいは大きく呻く。
そしてようやく光が止み、目を開けた先には——
『初めまして、私は異界の“天使”。皆様に力を与えし者です』
金の髪、頭上には輝く輪っか。
色白の肌に純白の布を纏わせた、少女が言う。
そしてその背ではゆっくりと2対の翼がはためいていた。