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メッセージトゥー

作者: 矢野華


 中学生になってから三カ月が経とうとしていた。クラスには慣れたものの新しい友達は全くできない。何故なら小学校の時に仲が良かった友人とばかり話しているから。自分が人見知りということもあり、自分から話しかけに行く積極性なんて私には全くないのだ。

 少しでも友達と仲良くなれるように進学祝いで買ってもらった携帯。

 二回くらい手をつけたが、電源を付けたことしかない。

 学校に携帯を持って行っちゃいけないから、新しく友達ができるとみんなメールアドレスを書いたメモを手渡すのを羨ましそうに眺めていた。

 あれは私にとって魔法の鍵。

 私とメールの相手だけが知っている秘密の交信が出来る。私だけが知っているあんなことやこんなこと。とても素敵な道具は今、私のこの手の中にある。

すると突然手にしていた携帯が震え出した。

「うわぁ!」

 驚いた私は思わず携帯から手を離して落としてしまった。拾い上げて画面を見ると、新着メールが届いていることを知らせてくれている。

 慣れない手つきでメールの画面を開くと、見たことがないメールが一件。

『間宮、久しぶり。元気?』

 ――間宮?

 メールアドレスしか知らない人から来た不思議なメール。

 間違いメールだろうか。

 私は急いで返信する。すぐにメールは返って来た。

「わぁ!」

 いい加減にこの震える機能をなくすようにしなくては……。

 先ほどのメール受信箱に新たなメールが一つ追加してある。

『すみません! 変なメール送っちゃって。すぐにメール消しておいて下さい!』

 謝罪のメール。

 過剰なほど謝られたことに私は困りながら少し悩んだ。

――メールをする練習が出来るんじゃ?

『気にしないでください! ところでいきなりで悪いのですがメル友になってくれませんか? まだ携帯を買ったばかりで慣れなくて』

 私は急いでメールを打つ。何度か誤字を打っては消すの繰り返し、

「えい」

 送信ボタンを押した。

 送ってしまった。

 初対面の顔も知らない人からメル友になってください、なんて申し出があったら誰だって断るのが普通。それなのに送ってしまった。断られることだって予想はしているが、それはそれで悲しかったりもする。

『積極的ですね! びっくり。いいですよ』

 予想だにしてなかった返答。

 思わずガッツポーズをしてしまう。

『うれしいです! ありがとうございます。私の名前は西東』

 そこで私は手を止めた。よくテレビのニュースでも先生もお母さんも言っていた。知らない人についていってはいけない。

 そして、知らない人に自分のことを教えてはいけない。

 名前を教えるのは自分のことを教えることでは?

 私は急いで『西東』の部分を削除し、仮の名前を考えることに。こういうのってみんなどういう名前をつけるのだろう。

 調べてみると本名に因んだ名前とか、自分の好きなものとか、かっこいいと思った名前とかつけているみたいだ。

「好きなものかぁ」

 その時ふと飼っているフェレットのあんずと目が合った。

「そうだ、フェレットにしよう」

 『フェレット』と打ち直し、挨拶も一緒に送った。するとすぐにメールが返って来た。

『フェレット? それ本名じゃないですよね。まぁ、でもいっか。俺、茅ケ崎って言います。あ、ちがさきね』

 わざわざ送り仮名まで送って来たことに少し子供扱いされている気がする。本名か嘘の名前かどっちか分からない微妙な名前。でも、その名前は聞いたことがあるような名前だった。

『茅ヶ崎って本名ですか?』

『じゃないですよ。駅の名前です』

 謎のネーミングセンスだ。これが不思議くんというのだろうか。

 私は茅ヶ崎さんのセンスに首を傾けた。しかし、彼のおかげでメールの練習が出来たのは事実。それに、誰かとこうやってメールするのも悪くないと思えた。

 遠くに感じていた魔法の鍵は思っていたよりも簡単に自分で作れる。それが嬉しくて仕方なかった。

 堪えきれず笑いを溢しながら私はノートの切れ端に自分のメールアドレスを鉛筆で書いた。そうやって作ったいくつものメモを封筒に入れ、明日持っていく国語のノートに挟んでおく。

 こうやって私の楽しみは増えていく。

「ただいまー」

 部活から帰って来たお兄ちゃんの声が聞こえた。走って自室を出ると、リビングのソファーにあたかも数時間前から寝ているように寝っ転がった。

 あんなのが見つかったまたいつものように馬鹿にされる。

 お兄ちゃんはいつだって私のことを嘲笑ってくる。何も出来ないやつだって。そんなお兄ちゃんと仲良くしたくない私はいつも無視している。

 無言でチャンネルをまわしていると、「あんず可愛いよなぁ」と手を洗っていたお兄ちゃんが言った。

 無視する私に畳みかけるようにこう言った。

「茅ヶ崎は最寄りって知ってた?」

 首が痛くなる勢いで振り向くとお兄ちゃんはいつものように憎たらしく笑っている。

「メールの連取、いつだってしてやるよ」

 でも、いつもはない優しさに数週間ぶりに私は「ありがと」と口を開いた。

 小さい頃の実体験を書いてみました。実際は相手と縁が切れてしまったけれど、普通じゃなかなか入れない世界にわくわくしていた自分がいたことを今でも覚えています。

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