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フローティア  作者: ゆらぎからす
10.リービング
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97/150

179日目

 179日目




「うわ……本当に涼しいんだ、ここ」

 手元の温度計を見て、津衣菜も驚きの声を上げる。

 彼女の反応に、美也は得意げに頷いた。

「夏も冬も、一年中ずっと14~15℃みたいですよ」

「よくみつけたね、こんな鍾乳洞なんて」

「ほら、向こうの方に有名なのあるじゃないですか。この辺りにも石灰岩や地下水が多いって聞いたから、もしかしたらって思って」

「それで探してみたら、本当にあったと」

「はい」

「こっちは観光名所にするの、難しそうだけどね……小さくて狭くて危ないし」

「だからいいんじゃないですか。小さくて狭過ぎて危ないですけど」

 津衣菜も美也も入口から奥へ伸ばした命綱を辿り、ライト付きのヘルメットと防水服で完全装備だった。

「だから、子供達もまだ連れて来られなくて、そこどうしようかと……」

「まだ、誰もここには住んでないんでしょ」

「そうですね。地形もですけど、枝分かれしてて道に迷いそうだから、そこも調査中で」

「で……そいつ(・・・)はとりあえず、こっちに置いたんだ」

「ええ」

 二人は狭い穴から少し開けた場所に出る。

 高さ二メートル程度だが、積み重ねた座布団の様なリムストーンと何本もの石柱がライトに照らされ、別世界の光景を作っていた。

 その石柱の一本の根元に、男が一人鎖で繋ぎ止められている。

 その顔色と眼球から、生きた人間ではなくフロートである事は明らかだったが、彼女達が近付くと敵意の視線を向けて来た。

「いい加減にしやがれ。ここは、水がぽたぽたうるさくて気が狂いそうだ。そういう拷問のつもりか? 俺はお前らと取引したんだぞ? きちんと待遇を保証しろよ」

「私達の条件は、『あなたを対策部から匿い、ここにいる事を認める』という二点のみです。待遇など保証した覚えはありません。ご不満ならいつでもご退去下さい。きちんと解放します」

 すらすらと、冷たく答える美也。

 その見た事のない様な彼女の態度に、津衣菜は少しだけ驚きを感じる。

「こいつが、話の」

「はい。元アーマゲドンクラブ甲信越支部所属、フナコシイサオ、長野県大月市******在住、職業、会社員、㈱******産業勤務、33歳男性……フロート狩りだったフロートです」

 美也は読み上げる様に男のプロフィールを言い、男の前に立つ。

「では、今日もそちら側の義務を果たして貰いましょうか。アーマゲドンクラブ本部、会長の意向について、対策部施設について、あなたの知っている全てを話しなさい」


「あのさ、美也……少し変わった? 向伏から佐久川(こっち)に来て」

 鍾乳洞へ出た時、津衣菜は美也へ尋ねた。

 きょとんとした顔の彼女に、手元の温度計の上昇して行く数字を見ながら言葉を続ける。

「あまり、そういうことはっきり言うキャラクターじゃ、なかったと思ってたから」

「あの人ね、梨乃さんに復讐する為に、ここへ来たんですよ」

 美也はすっかり暗くなった山林の中、木々の間に見える星空を見上げて答える。

「まあ、そうだろうね……って、え、佐久川(ここ)に?」

「自分がフロートに何をして来たか、フロート狩りの陰で普通の人にもどんな迷惑をかけて来たか、全く自覚がないんですよ。フロートが出て来たから、『自分はおかしなことや手荒な事もしなくちゃならなくなったんだ』と言い張って、そして、梨乃さんに襲われたせいで自分がフロートになったと、固く思い込んでるんです」

「『感染した』とか何度も言ってたね。尋問中」

 本部から向伏への遠征を持ちかけられた時、梨乃や子供達を襲撃した時、対策部で行なわれた検査。

 男から聞き出そうとしていたのは、そう言ったものの詳細だった。

 それらについて答える途中、男は何度も恨みがましく繰り返していた。

「俺はゾンビ女に襲われたせいで、こんな身体になってしまった」

「どうして俺がこれだけ怒っているのか、お前らも政府の連中も理解出来ないんだ」

 そんな怨嗟の言葉を織り混ぜずには、何も喋れない様子だった。

「どうして、こういう事になっているのか。何が始まりでどんな経緯を辿ったのか。そういう事を考えられないんですよ」

 美也が低く呟いた。

 彼女らしくない――少なくとも津衣菜にはそう思えた――心底蔑む様な声。

「全てが周りの誰かか、自然現象みたいな何か。悪い事が起きれば、それは全て、自分と関係ない何かのせい。私達がこんな人達に脅かされ、存在を否定され、最後の居場所まで奪われかけているのかと思うと」

「今更じゃないの、そういうもんだよ、こいつらに限らずね」

「そうでしょうね……だから、もう、こんな人達にこれ以上(・・・・)歩み寄る(・・・・)必要なんか(・・・・・)ない(・・)と思うんです」

「美也……」

「これもあの人が言っていたんですけど、対策部の中では梨乃さんは『佐久川に潜伏している』事になっているみたいです」

 美也は津衣菜の呼び声に応えて、ふいにそんな話を始めた。

 対策部の施設で職員がそんな話をしていたのを聞きつけて、男は自分の行き先を佐久川にしたのだという。

「元々、そういう予定でしたよね……梨乃さんが子供達をこっちへ案内するって」

「元々の計画の情報が、向こうに流れているってこと?」

「ええ、そして、向こうから更にあの人達へ」

 あの人達(・・・・)――フロート狩りの連中

「だから梨乃と子供達は、あの時待ち伏せされた。そう思うの?」

「証拠のない事あんまり考え過ぎても良くないですけど……移住先が佐久川(ここ)で担当が梨乃さんだったなんて計画の概要は、向伏のフロートは皆知ってますから。でも」

 美也は2、3秒言葉を詰まらせてから、再び悪意の覗く低い声で呟いた。

「その中で対策部との接点となっているフロートと言えば、限られて来るんですよ」




 深夜、午前0時すぎの向伏市郊外は、静かな戦場と化していた。

 国道沿いに車を並べ、複数の小さな班となって移動する、フロート狩りグループ『くがやんズ』の面々。

 自慢の『人誅シャトル』に一人乗り込んだリーダーの東山と連絡を取り合いながら、十人以上ひとかたまりになっている『アルティメットフォース』

 定位置に潜み、あるいは少しずつ移動して、トラップやボウガンでフロートを狙う(一般人の巻き添えも少なくない)『光陰部隊』

 ブランクがあるのか、数人でバットを持って走る姿が丸見えだったりと、他のグループに比べて要領が悪い『バスターズ』の面々。

 アーマゲドンクラブの煽りにより、一斉に活発化した地元のフロート狩りグループ。

 彼らを、更に見えない動きで一群ずつ潰して行くのは、向伏市に戻った匠の率いる信梁班。

 向伏フロートの連絡用SNSでも、彼らの動きは説明されない。

 十数人の――向伏に残った中の半数になるが――フロートが彼らと別に、くがやんズの車や小班長を仲間から分断して囲み、一つずつ潰して行くという戦術をとっている。

 こちらの情報はリアルタイムでSNSに表示されていた。


「信梁1、4、左2ブロックに3。信梁5、右へ直進し信梁2と合流後、4-16右回りにボウガン1」

 ぶっきらぼうだがはっきりした口調で、鏡子がトランシーバーで指示を飛ばす。

 ビルの屋上から微かに、道の各地にいるフロート狩りとフロート達を見る事が出来た。

 フロートの視力をフル活用して、花紀と鏡子がこの辺りで起きている戦いの殆どを、視界に収めていた。

「がこさん、『アルティメットフォース』南西、川方面へ逃走」

「マジで逃げてる? 誘い込みじゃなくて?」

「向こうの生放送でやってる。副会長が捻挫して、パソコンと照明が壊れたって」

「くがやんズの増援は」

「今の所ないみたい」

「よし、次は西側をチェックだ」

「はーい」

 看板裏で屈んでいた鏡子が立ち上がり、その3メートル先にいた花紀も立って彼女を追う。

「ふふふっ」

「な、何だよ」

「ん、こんな風にがこさんと二人一緒になるのも久しぶりだなあって」

 少し照れた様な声で言う花紀に、鏡子も笑い返す。

「やっぱり、この組み合わせが一番だろ」

「ん」

 花紀は短い声で返事するが、様子がどことなく落ち着きのないものだった。

 ほほえみを浮かべているが、目元にどこか無理がある。

 それに気付いた鏡子は、足を止めて花紀を呼び止めた。

「どした?」

「最近、みんなあちこち動いて行ったり来たりしている、居場所も小さく分かれて、色々なものが変わって来てるでしょ。だから、みんなもその分急に変わってしまっちゃうんじゃないかって」

「不安なのか?」

「うん……みんなも、距離だけじゃなくて遠くに行っちゃいそうで」

「まあ、本当言うとあたしも怖いよ。フロート狩りがどうこうだけじゃない」

「がこさんも?」

 花紀が驚いた声で聞き返すと、鏡子は小さく頷いた。

「アンプルの入手だって、生者との関わり方だって、グラグラしている感じだよ。緊張感が半端ない――こういうのって、自分を見失いそうで」

「よしよし」

 小さい身体を精一杯広げて、花紀は嬉しそうに鏡子をハグする。

「がこさんや、花紀おねーさんがついてるでよ、うんうん」

 抱き付かれるままになっていた鏡子は、目で花紀の頭を見下ろしながら何か考えている。

 花紀が身体を離した時、鏡子は一歩前へ出る。

 膝を曲げて、目線を花紀に合わせる。

 そして、彼女の方から両手を伸ばして花紀をすっぽりと抱きしめた。

「ふ、ふええ……っ!?」

「あんたさ、こういう時って、本当は自分が抱きしめてほしいんだろ? 分かってるんだ、一応」

 分かってはいたけど、鏡子も本当にそうしたのは初めてだった。

「ええ……ええええ」

 花紀も、自分が抱きしめられるのは初めてだったらしい。

 目をぐるぐるさせて狼狽している。

 だが、声は次第に笑いに変わり、表情もにへらと緩んで来る。

「え……えへへへっ……えへへ、うれ……しいなあ」

 笑いながら花紀はもう一度両手を伸ばし、鏡子の背中に回す。

 完全に二人に抱き合う感じになり、今度は鏡子が少し焦る。

 だけど、幸せそうにしている花紀からしばらく身体を離さずにいた。

「やっぱり抱きしめ合うと、幸せ感が違うんだね……もっとみんなともこうやって抱き合えば良かったかなあ……ちーちゃんやひーちゃん、なしのんやゆっきー、はるかさん……ついにゃーとも」

 花紀の言葉に思わず噴き出す鏡子。

 鏡子は花紀から離れると、苦笑しながら言う。

「まあ、そういうだろうなって思ってたけどね、あんたは」

「ん? ああっ、がこさん、今やきもちやいたねっ?」

「焼いてねえよ!」

「ふっふっふ、どーかなー?」

 にまにましながら鏡子を見上げている花紀の電話が鳴った。

 出ると、雰囲気にそぐわない野太い声。

「おら、いちゃついてねえで、きちんと見てろ」

「はーい。高地さんもー、花紀おねーさんと抱き合ってみたいですか?」

「ああ? アホか」

 すぐに切れた電話。


「いつにも増して脳に変な花咲いてんな、あいつ」

 呟きながらスマホを下ろした高地は振り返る。

 花紀達のいるビルから二百メートル程離れた、別のビルの屋上。

 彼の視線の先に三人の男が立っていた。

 一人は対策局向伏支局の高槻。

 残り二人は、高地の知らない顔だった。

「初めまして。私、主権自由党の国会議員で川下と申します。平賀派に属しております」

 50代半ばか、議員としては若い方の男がそう自己紹介すると、高地とあまり変わらなさそうな30前後の若い男が頭を下げた。

「防衛省より32部局に出向しました史塚と申します。以後よろしくお願いします」

 高地は二人に返事せず、高槻を睨む。

 高槻も肩をすくめるだけで何も言わなかったが、すぐに視線を動かし右手を上げる。

 その視線の先で、更にもう一人男が近付いて来る。

 高地の知っている顔だったが、高槻が口を開いた。

「主権自由党の海老名議員です。説明は要りますか?」

「結構です。で、この面子で何の話っすか?」




「ただいま。アーマゲ本部って、今日は何も動きないよね」

「おかえり。強いて言うなら、また会長の趣味の生放送があった位。タイムシフト視聴出来るけど、見る?」

「やです。何か重要な情報あったら教えて」

「また公園事件(・・・・)について長々と語っている。東征の話はしなかった」

 津衣菜は遥の答えを聞きながらソファーに座り、市販の冷却スプレーを自分に振りかける。

「あと、もう一つ確認」

「おや、今日、他に聞く様な事あったっけか――」

「何の条件で、森椎菜へ私の情報を売った?」

 津衣菜の一言で、その場に緊張が走る。

 日香里や女性のフロート何名か――遥以外。

 遥は、動じないまま津衣菜へ尋ねる。

「誰がそんな事を?」

「本人」

 津衣菜は即答したが、かまをかけただけだった。

 津衣菜は一度も母と会話はしていない。

「ふーん……くくくくっ」

 気のない返事の後、遥は笑い出す。

 津衣菜の嘘は、見破られている様だった。

 それでも遥は苦笑しつつ、背もたれから上半身を起こして答える。

「もう少し、森先生にこっち側で頑張ってもらいたくてねえ、私らの都合上」

「けんか別れしたんじゃないの?」

「そこを何とかする為に、お土産が必要だったのさ」

「あと、もうあんまり役に立たないみたいな事も」

「それなりに、役立ってもらいたいんだ。あと、もう少しだけはね」

 遥はテーブル上に立てたタブレットを操作し、動画保存されたニュース番組を呼び出す。

 ここ数日、何度も映し出されたある公園の映像。

『ここで、動く死体、変異体の子供はスコップで頭を殴られ逃げ出し、男性はそれを追い――』

「あの『公園事件(・・・・)』の余波は、かなり大きかったんだよ。あのお父さんを擁護する声は、かなり上がっている」

 画面を横目で見ながら、どこか皮肉な笑みを浮かべて遥は言った。

 遥の後ろで日香里が、冷めた声で返す。

「『家族がフロートに襲われた時の事』はこれだけ心配するのに、誰も考えないんですね、『家族がフロートになった時の事』は」

「まあまあ、それがアーマゲ会長に何の追い風にもなってないってのは、笑えるけどね」

 そう言って動画を一時停止し、全国の対策部支局、関連施設が表示された日本地図が現れる。

 遥によれば、対策部の施設と人員は、『半年前の3倍』に増加しているらしい。

 確かに、今では県庁所在地や主要都市だけでなく、小さな市町村単位で、対策部の何かの支部や施設が設置されている。

「対策部は別だ。ここでアーマゲの動きにどう噛んで来るか分からないんだよ」

 更に画面は変わり、何十人分もある県会議員・市会議員のプロフィールが物凄い勢いで捲られ、森椎菜の所で止まった。

「だから、森先生にはここでどうにかこの流れに棹差して頂き、フロート寄りの動きを、ごく一部でもいいから、盛り上げておいてもらいたい。そういう事さ」

「それで、その代償で私を彼女に……お母さんに差し出すっていうの……?」

「そこまで言わんよ。あくまであんた次第さ。あっちにも、『どうなるかまでは保証しませんが』って断ってある」

 遥はじろっと津衣菜を凝視して、念を押す様に尋ねて来た。

「まだ文句はあるかい? そもそも、私にあんたの情報の守秘義務はないよ」

「……は?」

 文句どうこう以前に、後半の言葉に津衣菜は絶句した。

 遥は、無表情で津衣菜の慌てる顔を見返しながら、続けて言う。

「当たり前だろ。ここは上場企業じゃない。あんたの携帯も、本当の所有者は私だ」

「いや、そうだけど、だから好き放題覗いたり人に渡したりってしていいのかって……」

「そんなに頻繁にやる訳ないさ。やりたくないよ。必要があったって言っただろ」

「だけど」

「それに、あんたが本当に彼女から隔離してくれ、近付けないでくれって依頼していたら、私らだってそれで対応する。あんたはお母さんから逃げたいの? 今まで、私にそんな話は一言もなかったけど」

 津衣菜は遥を凝視したまま黙る。

「どうなん?」

「い、いや、それは……」

 言い淀む津衣菜に、遥は一言付け加えた。

「あとね、あんたがあの人と向かい合えるチャンスは、あんたが思っている程多くはないよ」

「何? それってどういう――」

 津衣菜が尋ねかけた時、遥の携帯が鳴った。

「もしもし、あ、おつ。うん、うん、ああやっぱり。それで他の連中と連携は――」

 大部分が頷きや相槌な通話だった。

 電話を切った後、遥はその場の全員を見渡した。

「新しい情報が入ったよ。疲れる話だ、覚悟しな」

 津衣菜を含む全員が、緊張感のある顔で遥を注目する。

 何組もの赤い双眸が、画面を囲んで暗いフロアに浮かんでいた。

「アーマゲドンクラブ南関東支部が、本部とも別行動の形で佐久川を狙っているらしい」

「へ、南関東ですか……今まで、接点が殆どなかった」

 遥の話に、情報分析担当だった中年女性のフロートが驚いた顔で聞き返す。

「そうでもない」

 遥は『アーマゲドンクラブ南関東支部』公式サイトを開く。

 彼らの記念写真らしい、覆面姿の男女数人がハンマーやナイフや手斧を交差させている写真。

 その奥の方で斧を持っている痩せた男を遥は指差した。

「この中心メンバーの一人『スラッシャー』って奴。昔、死に立ての雪子を攫って、あの子の顔をああした奴だよ。勿論、佐久川に来る理由も雪子だ」

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