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フローティア  作者: ゆらぎからす
2.マニフェスト
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7日目(5)

 7日目(5)



「病院……シャレんなんない騒ぎでしたよね、きっと」

「おう、俺らも警察到着まで間一髪だったな」

「追って来ないの?」

「来るんならよ、とっくに捕まってるぞ」

「通報案件は対策部が全てキャッチしている。フロートや発現者絡みと判断すれば、すぐに介入して来る。現場がどれ程知ってるかは定かじゃないが、県警上層部は彼らへ丸投げする」

「まあ、お巡りだけじゃ、あそこにいた奴らの言ってること全くワケ分かんねえだろ」

「死体も遺留品も対策部が回収し、対策部の作った“通常の事件”のシナリオが警察に届けられ、それが公式発表となる」

「対策部が来た時、もし、私たちがいたらどうなるの? 警察に捕まってても、解放してもらえるんじゃないの」

「……警察に捕まってた方がまだマシだった、って事になるな」



 残ったのは曽根木と高地、鏡子と津衣菜の4人だけ。

 車はこの後、戸塚山入口で津衣菜たちを降ろしてから戻る予定だった。

 驚いた事に、高地は駅前のマンション兼事務所に、住んでいるという。

 当然ながら、津衣菜は彼に家賃が払えるのかと、疑問を抱く。

 生前とほぼ同じペースでライターの仕事を続けていると聞かされ、更に驚かされる事になった。

「生きてるくせに俺より顔色悪い奴や、挙動不審な奴なんてざらだからよ、この業界。楽勝だぜ」

「都内ならともかく、こんな地方都市にそういう怪しいライターなんていないっすよ。信用第一でしょ」

「ひゃひゃ、まあそーだけどよ。でも礼儀正しいだろ俺」

 鏡子のツッコミを笑って受け流す高地。

 彼は自分の過去についても、意外な程気さくに津衣菜へ話した。

 全身のタトゥーの大半が、大学時代バンドをやっていた時に入れたもの。

 音楽とジャーナリストのどちらに進むか、決めかねたまま何となく新聞社に就職したが、刺青がバレてクビになったという。

「その頃はまだ腕や足半分までしかなかったからよ、新聞記者は裸にもなんねえし半ズボンも履かねえからバレねえ……とか思ってたら、一ヶ月もしねえで社内健康診断なんてやりやがって」

 その後もフリーのライターとバンドを兼業していたが、バンドが解散した時に地元へ戻って来た。

 彼がフロートになったきっかけ――死因は、見た目通り……というか何というか、喧嘩によるものだった。

「ヤバい友達の誰々だの出入りしてる組事務所がどこだのしか言わねえ、ヒョロいチンピラ数人だったんだけどよ、いきなりナイフ出して来やがって。目が覚めたら、救急病院の――霊安室だぜ。訳分かんねえままだったけどとにかくそこバっくれて、おかげで戸籍上、まだ死んでも失踪してもいねえ事になってんだわ」

「……僕は普通に持病で」

 高地に続いて、曽根木がそう短く言った。

 曽根木の外見は、どう見ても40歳前後より上ではないだろう。

 その年で『持病で死ぬ事』が普通なのか、津衣菜には分からなかった。

 高地はいきなり後ろの少女達へ話を振った。

「で、おめーら、どう思う?」

「え? どうって……何がですか?」

「だから、さっきの北部の人の話だ。何で俺らみたいなのが……フロートなんかが出て来るんだって」

 津衣菜はちらっと隣を見る。

「えと、あれじゃないんですか……よく言われている、この世が半分あの世に――」

「それただの噂だろが。それも遥が出所のよ。あと、多分デタラメだぞそれ」

 シートにふんぞり返り、いかにもバカにした感じで返す高地。

「……何、それ?」

 訊ねた津衣菜に車内の視線が集まった。

「あ? 遥の奴に聞いてねえの?」

「何も……遥からは、どうしてフロートが発生するのか私たちも知らないとか、そんな話だけ」

「ふうん……それも珍しいんじゃねえか、あいつにしちゃ」

「フロートの間に伝わっている、噂というか、俗説があるんだ」

 高地は短く呟いた後に、何か考え込み始める。

 彼に代わって、運転席の曽根木が口を開いた。

「『数年前のある日』を境に……日本は、生者の世界が死者の世界に半分だけ『沈み込んでしまった』んだって」

「生者の世界が死者の世界に……沈む?」

「見た目では全く変わりがなくても、生者の世界は一部が死者の世界と重なり合ってしまった。その重なりが二つの新しい存在を生んだ。それが『フロート』と『シンク』だ」

「フロートが……私たち」

「そう。世界の重複点の中で死んだ死者の一部は、死者の世界へ沈まず、生者の世界に浮上してしまう……死体のまま復活するという形で。その一方で、生きたまま死者の世界へ沈んでしまう生者が現れた」

 津衣菜はミラーの中の曽根木を凝視する。

 彼は津衣菜の視線も気にせず、前方だけを見ている。

「それが……『シンク』……なの?」

「“シンク”は生者だが、死者の世界に囚われている。生を求めず死を求める。自分、あるいは他人に」

 曽根木は津衣菜の問いに頷いた。

 津衣菜には彼の言ってる事が、半分も理解出来ない。

 生者の世界が死者の世界に沈む。

 これは分からないなりに、何となくイメージする事は出来た。

 物理的な上下ではなく、隣接した二つの平行世界みたいなものとして捉えられているのだろう。

 その中で、本来死者の世界に沈む筈の死者が、泡の様に浮かんで来る様子も彼女は思い浮かべる事が出来た。

 しかし、『死者の世界に沈む生者』とは何だ。

 生きながら死者の世界に囚われるとは、一体どういう状態なのか。

 ピンと来ないながらにも、『自分あるいは他人に死を求める』という言葉だけが重く響いて聞こえた。

「『シンク』は生者の世界を死者の世界に染めようとする、死者の目で見て死者の心で感じる、死者の論理で動く世界に、生者の世界を変えようとする……と言われている」

「曽根木さん。あんま教えねえ方がいいと思うっすけど」

 ふいに高地が押し殺した横槍を入れた。

 曽根木は話を中断して、横目で高地を見る。

「何で?」

「そもそも何の証拠もねえヨタ話だ。それに――より多くの奴が聞いて広がる事で何かが起きる、それこそが、この話の持つ本質ですよ」

「そう思うのは……この話を持って来たのが、遥だからだね?」

「まあ、そうっす……本当胡散臭えよ、アイツ」

 高地の吐き捨てる様な声に、鏡子も少し驚いた表情を浮かべた。

「ちょ……え、高地さん、ハルさんと仲悪いんですか? 今までちっともそんな風には――」

「別に仲悪くねえし、嫌ってもいねえよ。ただな……分からねえ事だらけだし、本心から信用する事は出来ねえ」

「その気持ちは僕も少し分かる。彼女がどこから来たのか、フロートになってどれくらいになるのか、今ここにいるフロートの誰も知らないんだ。僕や高地くんがフロートになった時、彼女は既にここにいた。そして古いフロートによれば、どこか……恐らく関東ルート経由で、ここにやって来たらしいんだ」

「遥は、ここのリーダーでしょ?」

 曽根木まで高地に共感を見せ、遥への不信感を口にする中、津衣菜が再び質問した。

 その問いに曽根木は首を横に振る。

「本当は違う。エリアリーダー……班長を含めての、中心メンバーの会議や連絡で、大体の事を決めている。だけど、いつからか、何となく彼女がその中でもリーダーだと思っているフロートが増えたんだ」

「奴は、俺達を一つにまとめようとしている。ここでうまくやってく為にじゃねえ……自分(てめえ)の考えてる何かの方向に……あいつは俺達をまとめて、本当は何をしたいんだ。何でグループリーダー全員に銃を持たせた。ブラジル製の38口径リボルバー、『トーラス』だ。どこで手に入れて来た。俺達を襲う生者じゃなくて、同じ死にぞこない(・・・・・・)を《・・・・》殺し切る為の道具だ」

 津衣菜はさっき曽根木が構えた銃を、次に、数日前の鏡子の言葉を思い出した。

 花紀も、同じ銃を持っている。

 遥から渡された銃。

「別にそれでもいいと思うんだけどね。彼女は優秀だし、仲間を魅きつけ引っ張って行く力もある……ただ……その力が、危うくも思えるんだ」

「噂を信じさせて、銃を持たせて、リーダーになって、アイツが俺らを誘導しようとしてんだとしたら……一体、“どこへ”連れてく気なんだっていうね。ただそれが信じられねえんだ」




「そう言や、お前、名前何ていうんだ。まだ聞いてなかったよな」

 車が山の麓に着いて、津衣菜と鏡子が降りる時。

 高地にふと尋ねられた。

「森津衣菜」

 津衣菜はぼそっと名前だけを答える。

 津衣菜のフルネームを聞いた高地は、眉を寄せる。

 遥が彼女の名を聞いた時とどこか似た表情を浮かべた。

「もり……ついな……もり……ついな」

 高地は二度ゆっくりと呟いてから、顔を上げて津衣菜を見る。

「お前……ひょっとして……森椎菜(もりしいな)県会議員の娘か?」

「お母さんを……知ってるの?」

 今度は津衣菜が衝撃を受ける番だった。

 この数日、無理矢理に記憶の中から追い出していた名前。

 郊外のマンションに二人で住んでいた、たった一人の母親(かぞく)

 自分の選んだ行為が彼女にとっては、どれほど苦痛を与える裏切りだったか、津衣菜も理解していない訳ではなかった。

 その名前が、自分と同じ死者の――フロートの世界に棲む大男の口から唐突に出て来たのだ。

「いや、知ってるつうか、やっぱ『俺ら』にとっちゃ要チェックな人物だしよ」

 その『俺ら』とはジャーナリストとしてなのか、フロートとしてなのか。

「ややこしい事になったかもね」

 高地は言葉を濁したが、曽根木が一言そう呟いたのが、津衣菜にも聞こえた。



 東の空が少し青ざめて来ても、山道はまだまだ暗かった。

 鏡子が前、津衣菜が後ろになって登って行く。

 二人ともずっと無言だった。

 廃屋がもうすぐとなった辺りで、背中を見せたまま鏡子が口を開いた。

「おい、自殺女」

 津衣菜は、目の動きだけで鏡子を見る。

「……」

 鏡子は津衣菜を呼んだ後、黙って歩き続けている。

 しばらくの沈黙の後、津衣菜が聞き返した。

「なに?」

「……さっき、助けてもらったからね。礼だけは言っとくよ……ありがとう」

 鏡子の答えに、きょとんとした顔になるのが、津衣菜は自分でも分かった。

 礼の後、少し間を置いて再び口を開いた彼女は、いつも通りだったが。

「だけど、お前みたいな奴、クズだと思ってるのは変わらねえからな」

「……あの人も」

「あ?」

「自殺者だったんでしょ?」

 津衣菜の問いに再び沈黙が流れた。

 自殺者がフロートになったケースは2件。

 いずれも1カ月以内に発現したと誰かが言っていた。

 今回は、自殺者だった事が知られずカウントされていなかったらしい。

 だが、彼は1年以上フロートとして過ごしていたという。

 それでも、最後には発現した。

「中井さんは……いいひとだった。あたしみたいなのにも普通に敬語で挨拶して、話してくれて……」

 鏡子が呟く様に話し始めた。

「口数は多くなかったけど、穏やかで……たまに言われた……『他人の思いに口出しは出来ませんけど、誰かを殺すって気持ちを僕らは身体に溜めこみやすい。持ち続ける事には十分気を付けないといけませんよ』って」

 鏡子の足が止まった。

「誰か殺したい奴がいたのかな……あるいは……まだ自分を」

 津衣菜は鏡子に合わせて、彼女の数歩後ろで立ち止まる。

 振り返りもせず、鏡子は感情の見えない、平坦な声で言った。

「あの時あたしは……中井さんが怖かった。そして、お前が怖かった……そして……あたしは、あたしが怖いんだ」

「それは、シンクがって事? 発現するかもしれないから?」

 無言で鏡子は再び足を進める。

 津衣菜の問いに、最後まで答えなかった。



「がこさんおかーっ! ああん、ついにゃーもおっかえりーっ!」

 廃屋前まで来ると、中から駆け出して来た花紀が二人に飛びついた。

 鏡子に抱きつき、続いて津衣菜に抱きついて頬をすりすりさせる。

 何となく、尻尾を振りながら飼い主に飛びつく犬を思わせる動きだった。

「待っててくれたのか、花紀。お疲れさん」

「二人がいなくて、かのりおねーさんは寂しかったんですよ。だ・か・らっ、今日はみんな一緒におねむだよっ」

「ああ、今日は全員こっちいるのか」

「もちろんがこさんもだよ、ね? ね?」

 再び鏡子に飛びつきながら、花紀はその顔をじっと見つめて言う。

「わ、わかったわかった」

 ややたじろぎつつ鏡子が頷くと、花紀は表情を輝かせてまた彼女に抱き付いた。

「がこさん、がこさーん、ふふふっ」

「ああ、じゃあ、私がどこか別の所で……」

「ついにゃーもだよぅ!」

 配慮して去ろうとした津衣菜に、花紀は飛びついて鏡子にしたのと同じ様に顔を覗き込む。

「はるさんに頼んで、お揃いのパジャマもあるんですよ。いいよね? いいよね?」

「……わ、わかった……」

「わあーいっ! ついにゃー、ついにゃぁーっ、えへへへへへっ」

 抱きつくだけでなく、津衣菜や鏡子の手を取ってぶんぶん振ったりと、花紀はいつにも増してテンションが高い。

「みんないっしょだよ! だから、かのりおねーさん、もう寂しくありませんっ」

 ようやく二人から離れて、駆け寄って来た時と同じテンションで廃屋の入口へ走って行く花紀。

 振り返って、両手をぶんぶん振って二人を招くと、今度こそ中へ入って行く。

 花紀の消えた入口に視線を向けながら、鏡子が微かに微笑んで呟いた。

「花紀、分かってんだ……あたしらが同族(なかま)を殺して来た事を」



 津衣菜が遥に呼び出されたのは、その翌日だった。






copyright ゆらぎからすin 小説家になろう

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