153日目(2)
153日目(2)
その二つ目の倉庫では、一部の天井が金網状の足場になって点検作業が出来るようになっていた。
ちょうどそこを通りかかった時、凶蘭会の居残り組2~3人を十数人でボコるレディース達の様子が一望出来た。
「うわ、むちゃくちゃじゃないっすか……」
「ここまですんのかよ……」
やはり、被害に遭っているのは凶蘭会メンバーだけではない様だ。
騒ぎのどさくさで殴られたか転ばされたかしたらしい、無関係な筈の他社従業員が顔や腕を押さえて、手当てを受けている。
警察はもう呼んだのかと尋ねている声も聞こえた。
呆れた様に囁きを交わす鏡子と千尋に、遥が苦笑混じりに答える。
「だけど、ここまでやったからこそ、私らが幽霊らしく動けているみたいなんだよね、やっぱり」
後の流れは、さっきの倉庫とほぼ同じに進められた。
パトカーの到着前にバイクの一団が撤収し、サイレンに追われて行った所まで同じだった。
倒れている凶蘭会の少女達をよそに、フロート達もボディバッグを全て運び出し、トラックに積み終えた。
かなり遠くの方で最初の一団を未だに追っているサイレンと、今の一団を追うサイレン。
更にもう一つ、別のサイレンが百メートル以上向こうから聞こえて来ていた。
姿は見えないが、倉庫へ向かうでもなく、こちらに段々近付いて来ている様にも聞こえる。
トラックは用心して一旦予定のルートを外れ、山寄りの市郊外へ出る。
そして、大回りのコースで数キロ西の海岸通りに出ると、そこから三つめの倉庫へ向かった。
トラックが倉庫前へ着くと、新たなレディースのバイク十数台が既に到着していて、建物内部へ踏みこんでいる様だった。
コンテナから降りた遥は、今までの様に侵入経路のつくってある倉庫棟の側面へは回らなかった。
裏手の雑草が繁り、敷地フェンス沿いに植樹の並んでいる辺りへ向かう。
駐車場の奥、建物の影に、彼女達とは別のバイクが数台停まっている。
茂みの中まで行くと、特攻服姿の男が植樹の影に身を潜めているのが見えた。
彼らの中に一人、一目でそれと分かる、真っ赤な特攻服姿のミサキが佇んでいた。
白い特攻服の少年が遥を見ると、無言で三階と思われる位置にある、暗い窓の一つを指差す。
遥はその窓を見上げて頷き、少し離れて待っていた津衣菜達に合図して、倉庫の角へと向かう。
フロート達が動くと、ミサキと少年達もその後について来た。
配管をよじ登り、三階の窓から侵入するフロート達。
ミサキと少年達は、どこからか持って来たロングの伸縮式脚立で、フロート達の後に同じ窓から入り込んだ。
彼らは途中までフロートと一緒に進むが、廊下の途中で別方向へと去って行った。
津衣菜が最後のボディバッグを窓の外まで運んだ頃、突然ミサキが現れて遥を呼んだ。
レディース達は既に襲撃も撤収も終えていて、遠ざかる爆音と近付くサイレン音が建物内まで響いていた。
冷蔵エリアに残っていた鏡子や千尋、倉庫外へ出ていた曽根木や花紀も戻って来て、ミサキについて行く。
常温エリアの壁際、仕切り板で作られた小部屋が並ぶ一画で、『オーキッド・エンパワーメント』契約と書かれているドアをミサキが蹴り開けた。
二メートル四方の小スペースの奥に、背丈ほどの高さまで積まれた段ボール箱。
一番上の箱、そして二つ目の箱を床に降ろして、封を破り蓋を開く。
スチロールとビニール片とをびっしり詰め込んだ奥に、遮光パックに入った百個以上の錠剤。
「何かな――うん……多分だけど……」
「MDMAだ」
錠剤を透かし見て、ミサキと遥、少年達も頷き合う。
パックは次々と出て来て、一箱の中に合計で1~2キロ程度入っている様だった。
そして、二つ目の箱から出て来たのは、小さな拳銃と弾の入ったケース。
丸めたビニールとスチロールの中まばらに詰め込まれていて、取り出してみると拳銃は十数丁、ケースも二十箱だけだった。
ケースにも銃に添えられている何かの書類も、書かれているのはポルトガル語らしく、そして、銃の形状は津衣菜にも良く見覚えのあるものだ。
遥や花紀、フロートコミュニティの一部が持っているのと同じ、『トーラスM85』。
「ロシア人から卸せなかったんだね……組織が出来てないから、相手にされなかったのかな」
遥が呟く様に言いながら、銃の一つを手に取る。
「それで、私と似たルートから……ひょっとしたら、全く同じ所から仕入れて来た訳だ」
その下の箱にも順番に1キロ程度のMDMA、十数丁ずつのトーラスと弾丸ケース、更にその下の箱の一番底に、500グラム程度の白い粉末が袋に入っていた。
「MDMAも、これは……覚醒剤かな……これも、マーケットに流すって量じゃない。何ていうか、末端の売人の物置きレベルじゃないか」
「それでも、見逃されるものじゃない。あたしらから見ても、こういうのはアウトだしね」
ミサキが遥の呟きに答えていう。
みつけたそれらは、常識的に考えればとんでもない『荷物』だ。
だけど、『凶蘭会の裏のビジネス』で想起されるものからすれば、その蓋を開けた結果はかなり侘し過ぎるものだった。
「そうやね。フロートの拉致と人身売買――になるかどうかわからないけど――それっぽい計画とセットにして、こいつを警察に通報しよう。こちらからね」
遥は、ミサキに前もって問われていた『荷物の処置』について、そう結論を下した。
そして、自分を指差して頷いて見せる。
「私がここに残る。そして、フロートは凶蘭会の摘発に協力する、お巡りさんの味方だって事をアピールして見るわけさ……彼らがどの程度理解出来るか分からないし、私も署まで招待される前に逃げて来るつもりだけどね」
「その後の詳しい話は俺がやります。俺達は凶蘭会の悪事を暴いただけだってまとめればいいんすね。覚悟はしてるけど、この状況なら鑑別もないっしょ」
特攻服の少年の一人、短く刈り込んだ茶髪の少年が、良く通る声でそう続けた。
「随分とはきはきしてるね。動く死体を実際に見て、そんなのと言葉を交わすのも初めてだってのに」
フロートを前に、最初から普通の相手と代わらない態度だった彼に、遥も少し驚いた様子で言う。
少年は少し考え込んでから答えた。
「何者だろうと、あのラビリンスのミサキが話通した相手なら、味方って事で問題ないっすから」
「凄い信頼感だね。じゃ、そういうことで後は頼むよ。曽根木さん、あとあんたらも」
「こっちもおめーら、そしてミサキ、後を頼むぜ」
遥とその少年だけを現場に残し、ミサキと他の少年達は音を立てない様にバイクを動かして、レディース達ともトラックとも別の方角へと去って行った。
レディース達は、ミサキと彼らが拳銃と薬を見つける前に退散している。
宇柄津市を離れたトラックは、さっきよりも更に大回りで、海沿いの町々の外れや、山麓付近の県道を数十分近くウロウロと走り続けている。
四つめのレディースの一団は、どこかで待機中らしい。
そして、彼女達の連絡網で、最初の一団が市内で遂に全員補導されてしまったという報せが入っていた。
残り二グループは市外に出て、まだパトカーとの追いかっけこを続けている。
また、このトラックも明らかに県警のパトカーの追跡対象になっている様だった。
どこまで行っても離れる事のないサイレン音は、さっきよりも近付いて聞こえる。
「……じゃあ、そこで救出したフロートは、この運動公園へ運べばいいんだね」
「ああ。悪いな、元はと言えばあたしのヘマだってのに」
鏡子からの問いに、スピーカーの声は申し訳なさそうに答える。
そして、次の信号でトラックが停まった時、フロート達はばらばらとコンテナから飛び降りる。
次々ガードレールを飛び越えた彼女らは、闇の中へ足音を残して消えて行った。
地図を頼りに、倉庫への最短ルートとして水田の中の道を一列で走っている最中のことだった。
津衣菜の携帯が振動し、画面にライン着信の表示を浮かべる。
椎菜からの通信を思い彼女は身構えたが、柴崎からのメッセージだった。
以前、自衛隊の駐屯地で、半ば無理やり登録させられたので、彼からの連絡は異常とは言えなかった。
邪魔なのに変わりはなかったが。
キモオサン
こんばんわ、まだ新潟にいるのかい? 凶蘭会は変化ない?
彼は、今夜ここで起きている事については知らない様だった。
キモオサン
ちょっとしたニュースがあってね。まず一つだけど、凶蘭会の件で、アーマゲドンクラブの北九州ローカルが北陸制圧に向けて動き始めたって。
津衣菜も知っている。関東や甲信越からかき集めた、異常犯罪者すれすれのメンツが梨乃に撃退された挙句、北陸で復活した凶蘭会からあっけなく逃亡したという事。
今後はともかく、もうこの件では連中の事を警戒する必要はない筈だと思っていた。
tsuina
今更何それ。あいつらがどこから来るとか、そんなの前と何か違いがあるの?
キモオサン
それなんだけど、北九州ってね、ここと全く状況が違うんだ。知らなかった?
tsuina
分かんない。違うって、どういうこと?
キモオサン
あの苗海町を何十倍も酷くした感じ。
津衣菜はその答えを凝視する。
柴崎からのコメントは、津衣菜の返事を待たずに数件続いた。
キモオサン
二百人以上のフロートが組織化されて、これまた五十人以上と言われる末期発現者を使って人間を――一般市民を計画的に襲わせている。
対策部へも警察へも、投石や火炎瓶、拳銃や軽機関銃、果ては手榴弾で平気で襲撃して来る。
アーマゲドンクラブ北九州と、その傘下は、そんな中でやっているフロート狩りだ。ここよりもっと命の危険がある反面、普通の人達からの支持も厚いのさ。
そして、勿論だが……戦闘力が全然違う。
tsuina
本当に生者にとって危険で悪な死者達と戦っているから?
キモオサン
そう。でも、北九州はそんな調子だから、本部や東日本とは相性が悪い。『害のないフロート』に対する考えも違う。
キモオサン
そしてもう一つのニュース。あのフロート化したフロート狩りの彼だけど、何度も自殺しようとしているらしい……全部失敗しているみたいだけど。
そこまで受け入れ難い事だったのかね。
tsuina
それはどうでもいいわ。
キモオサン
どうでもいい? 君が本当に?
tsuina
何が言いたいのか分かんない。こっちも今それどころじゃないの。
去年凶蘭会を倒したって人達が一斉に立ち上がっている。凶蘭会は、早ければ今夜中に潰されるわ。
キモオサン
本当かい? それで、先岸梨乃は本当にフロートなのか? もしそうなら彼女はどうなる?
津衣菜はその質問を無視する。
梨乃をどうする事になるのか、こっちが知りたい位だし、知ってたとしてもこいつに教えてやる筋合いはない。
柴崎も粘ろうとはせず、すぐに話を進める。
キモオサン
凶蘭会が来月まで残っていなければ、北九州の連中は間に合わないだろうとは思ってたけどね。
向こうにしてみれば、北陸に進出したいだけで、別に後始末で構わないって腹かもしれない
津衣菜は画面を閉じようとして思い出し、彼へ椎菜からの通信があった事について聞いてみた。
何となく遥の様な気がするにせよ、状況を考えれば一番怪しいのはこの男の筈だった。
キモオサン
ふうん、でも僕も知らないな。
言い忘れたけど、僕、先週に先生の事務所辞めてるんだ。
部局の高槻さんからも、そんな話は何も聞いてない。
キモオサン
契里遥から先生に売られちゃったんじゃない? 君。
だから僕ら言ったよね。いつまでも彼らにしがみついてったって、こんなもんだよって。
柴崎からの返答は、素っ気ないものだった。
彼にしてみれば、これこそどうでもいい方の話題だったのかもしれない。
あるいは、津衣菜を自分の側に引き込もうとしている柴崎としては、当然の反応だということか。
キモオサン
対策部も来月には北陸ブロックの支部を増やし業務拡大する。これからは新法案施行を前提にした配置になると思う。
ニュースや世論が、凶蘭会をあまり第二種変異と結び付けたりしないままで良かったね。
tsuina
結び付けてない? だってもう梨乃の名前さえも、フロートの話もネットじゃあんなに出てる。
キモオサン
それはネットやSNSの口コミでの話でしょ。
僕はNHKのニュースとそれしか見ない人の事を言ってる。この二つの規模は全然違うんだよ。
キモオサン
ニュースでもフロートの存在は多少出て来ているけど……凶蘭会の場合、彼らが普通に悪過ぎたから、そう言う要素が目立たなかったんだろうね。
遥からの着信があったのは、トラックで聞いていた四つめの倉庫近くの海浜公園に彼女達が到着し、待機している時だった。
時刻は午前一時、にもかかわらず、近くの住人が一人二人と出入りを繰り返し、数人ぐらいが常に公園内にいる状況だ。
彼女達は気付いていないが、この日の夜は蒸し暑く、『この夏一番の熱帯夜』と報道される程だった。
遥は駆けつけた警察官たちの記録に残る様に、フロートの存在と凶蘭会のやろうとしていた事を伝え、特攻服の少年は箱詰めのMDMAと拳銃を見せた。
ギリギリまで粘った後、隙を見て彼女だけが逃げて来たという。
「彼には、今度機会があったら話をしたいね」
一緒にいて置いて来た少年についてそう語る遥。
津衣菜は彼女にフロート達がトラックから離れた事を伝え、また、さっきの柴崎からのラインについて話す。
遥にも高槻から同じ様な話が来ていたという。
「私は、一言も返事しないで放置したまんまだけど、ははは」
津衣菜の目の前で曽根木が手を振る。代われという合図だ。
「ミサキさんから。長野県内で信登連合と衝突していた凶蘭本隊が、倉庫連続襲撃の報せを受けて引き返し始めた。系列四チームは置き去りのまま喧嘩続行中だが、勝ち目は殆どなさそうだ。信登連合は本隊を追撃せず行かせた様子だ――計画通りにね」
津衣菜や他のフロート達も初めて聞く話だ。鏡子や千尋、花紀も曽根木へ注目する。
曽根木の話は続いた。
「幹部のハマダって子の自宅に警察が入り、更にまとまった量の覚醒剤が押収された。その前にミサキさん達が入って見つけた訳だが」
津衣菜と千尋は顔を見合わせる。何も言わずに消えたミサキと他の少年達の行き先を初めて知った。
ミサキはあの日の時点で、既にハマダのマンションを怪しいと思っていたのか。
「まもなく彼女達とも再合流する。市内の他の凶蘭会の拠点も、次々と警察かヤクザのどちらかに荒らされ始めている。留守番してた子は結構悲惨な事になっているらしい」
電話が終わるのと同じタイミングで、公園の脇の道路を凄まじい爆音が走り抜けて行った。
公園内で涼んでいた近所の人々は、顔を強張らせて爆音の行き先を目で追う。
普段暴走族に遭遇する事などなさそうな、平和な住宅街の公園だった。
これで公園内の人達が帰ってくれればもっといいけどと思いながら、津衣菜は他の少女達と一緒に倉庫方面へと駆け出す。
数分後、津衣菜達は色とりどりの特攻服の生者の少女達と一緒に、冷蔵エリアの奥で立ちつくしていた。
凶蘭会のメンバーは一人もいないし、冷凍室内にフロートの入った袋は一体も転がっていない。
怒声を上げながらここまで雪崩れ込んで来た少女達を、遠巻きに夜勤の従業員数名が睨んでいるだけだった。
確かに『オーキッド・エンパワーメント』の表札は冷凍室の扉にある。その中身はもぬけの空だった。
使ってなさそうな事務机と椅子が、氷点下の殺風景な部屋に転がっているだけだ。
「あんたらが着く前に運び出されたんだよ、多分、梨乃の指示で」
電話の向こうで、ミサキは静かにそう答えた。
「恐らくは――最後の倉庫へ」
凶蘭会の本隊も、宇柄津市内ではなく二つ隣の市、五つめの倉庫がある海辺の町へと向かっている様だという。
「奴も分かってんだよ……ラビリンスの仕業だって」
「あの、ひょっとして……あなたと梨乃は、友だち同士だったのか?」
今のミサキの言葉に含まれている微妙な空気。
いや、最初にフロート達の元を訪れた時から感じられていた、梨乃を倒そうとする時の、またやり合いたくないと言った時の感情。
その時から、少しだけそんな気がしていたかもしれない。
だが、ミサキは津衣菜の質問を即座に否定した。
「いや、あたしとあいつが仲良かった事なんて、一度もなかったよ。だけど……そうだな、いつか分かり合えて、一緒に走ったり出来る様になるんじゃないかとは思っていたんだ」
そこまで言うと、電話の向こうは沈黙する。
しばらく静かなままの電話で、通話が切れたんじゃないかと津衣菜が思い始めた時に、再び力の入った声が聞こえた。
「あたしらもやるだけやったし、後はそっちに……最後の倉庫へ直行するからね。大丈夫だろ? 朝までには、全部にケリつけるからよ」
四つめの倉庫の敷地を抜け出し、あらかじめ指定された高速道路下の道で、さっきより小さく冷蔵機能もないトラックでラビリンス副会長は待っていた。
「家業の主力マシンおたずね者にしちまって、あたしが書類で済んだとしても母さんにブッ飛ばされそうなんだよな。それでも、朝まではもたせるぜ」
そんな事を愚痴りながら再びコンテナを開けて、フロート達を乗せてやる。
コンテナ内には先客がいた。
今まで救出したフロート達、およそ二十人近くが両側面に詰めて腰かけている。
曽根木と少女達が入れば、ギリギリ満員になりそうだった。
「みんな……意識は大丈夫なんですか? 自分達がどこにいてどうなっているか、分かりますか?」
既に全員が解凍済みとなっている。身体も元通りに動く様だ―――凍結以外のダメージを受けていない限りだが。
捕まった時の記憶が曖昧な者もいるが、直接、梨乃や幹部が会話しているのを聞いていたという者もいる。
そう言う者の中には、凶蘭会の目的を知っている者もいた。
だが、今後について『凶蘭会に従わない、抵抗する』という点では、その場にいるフロート全員が一致していた。
そして、津衣菜や遥、少女達を見て、自分達と同じ第二種変異体の仲間がこんなに多くいて、活発に動いているという事に驚きを露わにする者もいた。
「畜生、越中大百足もやられた! 畜生、畜生、どうしろってんだ……ギャラクシーはどうしましょう、やっぱり撤退――会長! 会長!」
「何だよ……」
「残して来たチーム、撤退させましょう。これ以上信登連合にぶつけとく意味ないっすよ! 今後の戦力を考えれば」
「好きにしろよ、どうだっていいからよ……あんな奴ら……」
「あんなって……凶蘭会は、直属や本隊だけで成り立ってるんじゃないですよ。あいつらボンクラや雑魚だったかもしれないけど、金を産む――」
「うるっせえんだよ! 好きにしろつったの聞こえねえのか!?」
前の助手席から具申して来た幹部、18歳位の少女の喉に黒い刃先を突き付ける。
「こ……殺すんですか……私まで殺るって言うんですか。これだけ会に尽くして会長に……梨乃さんに服従して来た私を」
「何言ってんだ……何言ってんのか分かんねえんだよ、じーじーうるせえし、何をどこでどうするんだ……クソが、何でどいつもこいつも、分かってんだよ」
梨乃は血も出ない程薄く彼女の下顎の皮膚を切りながら、目の前の道路を瞳孔の開いた金色の目で睨む。
「誰だテメエ――何が違うんだ――誰だ誰だ……どこはなにのだれだ――頭の中で喋るんじゃねえ! 蝉を鳴き止ませろ!」
刃先がめり込んで血が一筋伝う。
少女は喉の奥でひっと声を上げ、思わず梨乃の手を掴んで引き離してしまうが、梨乃はそれすら気付いていない様子だった。
「分かってるんだ、私は全部分かってるんだ! ミサキだろ……分かってるんだよ……今度こそ殺す!」




