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フローティア  作者: ゆらぎからす
9.零日の蝉
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150日目

 150日目




「どうだよ?」

「奥もダメだ。窓に人影なんて見えねえよ」

「あれだけいるいるって、ネットで騒いでたのは何だったんだろうな」

 山奥深く、県境の向伏側にある廃墟、比井原グランドホテル。

 敷地内に侵入していた三台ほどの改造車は、威嚇する様なエンジン音を鳴らしながら、建物周囲を数往復していた。

 深夜0時過ぎで、暗い山中では彼らの他に車も人もない。

 数人の男が車を降りて歩きながら、LEDライトの光を一つ一つ窓に当てているが、次第にその動きも力なくなって行く。

「どうする?」

「どうって?」

「本部が言って来た通り、中に入るか?」

「バカかよ。やってられっか、んな事……最初、『中に入れ』なんて言ってなかっただろうが。『ちょっと様子見て来い』ってしか聞いてねえ」

「でも、あの会長アタマおかしいからよ。死んだのにゾンビになって甦って来たとか噂だけど」

「ビビんなよそんな噂で。いくらあの女でも、今ここにすっ飛んで来たりなんてしねえよ。凶蘭系列なんて言っても、こっちみたいな山側の田舎チームなんて、そんなに目かけられてねえんだ」

「本当に大丈夫かあ……?」

「ゾンビも幽霊もいいけど、廊下や階段が崩れそうだって言われてんだぞ、このホテル。入らねえなんて言ってねえ。明日朝になって、準備もしてまた来りゃいいんだ」

「そうそう。朝行ってみて昼連絡すりゃヤキなんて入れられねえよ」

 頷き合って、外を歩いていた男達も全員、車に乗り込んだ。

 彼らは一年以上前から凶蘭会の傘下に入っていた、山間部の小さな暴走族だ。

 しかし、梨乃と直接会った事も殆どなく、たまに本部から来た指令を淡々とこなすだけの役割だった。

 彼らが凶蘭会の傘下に入った理由は、『凄く稼げるらしい』『看板で威張れる』から。

 実際、凶蘭会の活動中、彼らの金回りはそれまでと比べると冗談みたいに潤っていた。

 そして、小さなチームだからと内心彼らを小馬鹿にしていた近くの中高校生も、彼らが凶蘭系列となってからは、誰一人逆らわなくなっていた。

 彼らの車は一台ずつ山道に出ると、ホテルを後に隣県方向へと走り去って行く。

 十数分走り続けて県境も既に越えた頃、一番前の車を運転していた坊主頭の少年が、訝しげに眼を凝らす。

「――――?」

 視界の先には、無数のヘッドライトが浮かび上がり、こちらへ向かって来る。

 この辺りで集会する族なんて、あまり聞かない。するとなれば、大抵は事前に情報くらいは入って来る。

 それに、今まで、それらしきエンジン音なんて、この辺りに聞こえていなかった。

 たった今、一斉に前方からけたたましいコール音が響き出した、その瞬間まで。



「比井原西山中の南柄津フリーウェイでマル走同士の乱闘、乗用車数台前後、バイクおよそ20台」

「比井原西? こんな真夜中に、こんな山奥でか? 一体何で……」

「数名の少年を確保。重症者2名、他も軽傷あり。救急車2台を要請」

「たった今、判明しました。一方は凶蘭会系『阿賀沢GLORY』、もう一方ですが……どうも『ラビリンス』らしいです」

「『ラビリンス』だと? おい、今『ラビリンス』って言ったのか?」

「はい、確保したGLORYメンバーによると、特攻服に明記されていたようです」

「何なんだよ……凶蘭会に続いて、あいつら(・・・・)までも復活したっていうのか?」

「松原ぁ……あの解散式は、『普通の女の子に戻ります』は、どうなったんだよ!?」




「ほえ~、じゃあ、あのホテルにゃあ本当に住んでいたんだ。フロートが、何十人も」

「北陸方面の情報だって、こっちより早かった。向こうから逃げて来たってのも何人かいる。私が何か言う前に、もう隠れる準備も出来てたってさ」

 感心した様子のミサキに遥が説明する。

「ともあれ、昨夜の『阿賀沢GLORY』で五つ、端っこの凶蘭会系チームを東から西へ順繰りで叩いて行った事になる――これで私らの動きも広まっただろう」

「私らの所に来た時、もう三つやっつけてたのか。そんなニュースは全然入って来なかったけど……」

「そりゃ、族同士の小競り合いなんて、普通はニュースにもネットの話題にもならないさ。だけど、今度はどうだい?」

「ニュースにはないけど……SNSや掲示板で、『反凶蘭会連合・ラビリンス』の再結成について喋ってる奴がいる」

 ミサキの問いに答えたのは、スマホに目を落としたままの津衣菜だった。

「これが……ミサキさんのチームですか?」

「うん。ラビリンスは、凶蘭会に対抗する為に作った訳じゃなくて、いわゆる『ドリームチーム』って奴でね、あの頃、あの辺でいい感じに目立ってた子で集まって生まれたんだ。そして、気付いたら反凶蘭会連合の先頭切ってて、凶蘭会を潰した後、あたしらの卒業で解散――の筈だった」

「じゃあ、他にも凶蘭会に対抗するチームは」

「いくつもあるよ……私らが動いてるのだって、半分はそいつらにもまた出て来てもらう為の物なんだから」

 ミサキは津衣菜からの質問にも気さくに答えつつ、自分の手元のスマホを彼女へ向かって掲げた。

 北陸各県の地図に合わせて、幾つかの場所に、そこを拠点にしている族やギャングチームらしい名前が表示される。

 その中でも、星マークの点滅しているものがかつて反凶蘭会で決起した所だという。

「そして残り半分が、私達が出る為の――」

 津衣菜の言葉に、ミサキと遥が同時に頷いた。

 周囲の視線、花紀や鏡子、千尋、少し離れて立っていた曽根木の視線も、二人へ集中する。

 ミサキのチーム『ラビリンス』が、外堀から目に見える形で凶蘭会を攻撃し、包囲網を作って行く。

 その間に、フロート達がひっそりと凶蘭会の本拠地の宇柄津市に潜り込み、組織をうまく動かせなくなった梨乃を『一個体のフロート』として追いこんで行く。

 前者に続き、これから後者も行動開始しなければならない時期だった。


「―――!」

 津衣菜のスマホがふいに振動し、彼女は画面を凝視する。

 再び、以前と同じ内容の椎菜からのメッセージがライン上に並ぶ。

 状況を察した遥が、彼女に声をかける。

「またかい」

「……うん」

 津衣菜は遥を見ずに短く答える。

 椎菜からこちらの(・・・・)アカウントにメッセージが届いた事は、遥へも報告済みだった。

 ここしばらくフロートのSNSや会員制スペースに不正侵入も確認されていないし、どこかへ情報流出したと言う可能性にも心当たりがない。

『ブロックしてもすぐ別の回線使って来ると思うけど、もし続くようならまた言って』

 津衣菜からの問い合わせに、遥はそう答え、『何か分かったら教えるよ』と言ったっきりだった。

 その不自然な程に薄過ぎる返事が、半ば答えになっているかのようだった。

 遥こそが、津衣菜のアカウントを椎菜へ流した犯人だと。

 隠す気もないのだろうか、津衣菜はむしろそういう疑問を抱いていた。

 もし問い詰めたら、あっけなく遥は認めそうな気がする。そして尋ねて来るだろう。

『私があんたの母親があんたと話せる様にしてやった。それで、どうするんだい?』

 津衣菜はその問いに答えられる気がしない。そう言う事なんだろう、そこまで見透かされているのだ。

 津衣菜は画面上で指を動かす。

『もう話しかけないで下さい』『あなたの娘はもうどこにもいません』『私は死にました』

 何を言っていいのか分からないし、それが本当に言いたい事じゃない様な気もしたが、そういうコメントしか思いつかなかった。

「――――そんなの、ダメだよ」

 不意に横から聞こえた声。

 誰が、何について言っているのか、津衣菜はすぐには理解出来なかった。

 身体を少し捻ると、花紀がじっと彼女に視線を向けていた。

「――――だめ――?」

 ぼんやりと言葉を反芻すると、花紀はこくりと一回頷く。

 そこで、ようやくラインでの自分のコメントについて言っているのだと気付く事が出来た。

「それ、ついにゃーのお母さんからだよね」

「うん」

 津衣菜は答えるが、花紀は首を横に振って言った。

「ちゃんと、お返事しよう……ね?」

 花紀の言葉に、津衣菜も思わず眉間を寄せ、目尻を吊り上げる。

「花紀おねーさんなら、もし、どんな偶然でもお母さんからこんなメッセージが届いたら、きちんとお返事すると思うの……たとえ、会えはしなくても」

 津衣菜の鋭く睨みつける視線にもひるむ様子はなく、花紀は津衣菜へ訴えかける様に言う。

「私は私で、私の家は私の家だよ……たとえ花紀でも、これは、口出して良い事じゃない」

「よその家でも言う事は言います。お母さんはね、ついにゃーをずっと待ってたの、あんな事言われたら泣いちゃう……生きてる人はね、泣くんだよ」

「だったら何を言えと言うの? 私はシンプルに事実を伝えてるだけだよ。ごまかしたって、しょうがないじゃない……『逃げるな』って、そう言う事じゃないの?」

「そうじゃなくて」

「待ってる人がいるから何だよ? 私の事なんて誰も向こうで待ってなくていい――言ったよね、私は、花紀がここで待っててくれればそれでいいって」

 思わず津衣菜は花紀へ、懇願する様な口調で訴えていた。

「花紀こそ、どうして戻る事になんて希望を持つの、どうせ叶いはしないのに」

「戻れるもん!」

「ここにいればいいじゃない! 私達とずっと!」

津衣菜(・・・)――――私を誰の代わりに(・・・・・・・)しているの(・・・・・)?」

 花紀が津衣菜をいつになく険しく睨みつけて尋ねる。

 津衣菜の表情が歪みながら凍りついた。

「あー、とりあえず……お客さんの前だからさ」

 遥が困惑した口調で、言葉を挟む。

 この場でただ一人の生者、ミサキも、困惑を隠せない様子で立ちつくしていた。




 気まずい沈黙に支配されそうになった空気を変えたのは、千尋と曽根木だった。

「諍いが無駄だとは言わない。僕らにとってそういうのは、向こうへ何を(・・・・・・)しに行くのか(・・・・・・)も左右する話になるかもしれないからね。けど、今は出発準備を優先してほしい」

 そう言いながら、台車に積んだ数箱分のアンプルを彼女達の前へと持って来る。

 津衣菜は花紀をぼんやりと見て、次にスマホの画面に視線を落として、指で新たなメッセージを入れる。

『ごめんなさい』『話をするのには、少し時間が要ります』

 それだけ入れると、軽く花紀の前へかざす。

 画面を見た彼女の顔がみるみるうちに明るくなる。

 遠くからそれを見ていた遥の顔にも、安堵が浮かぶ。

「気が変わった訳じゃないからね……花紀の言う事も間違ってはいないかなって思っただけ」

「ううん、私もついにゃーに言い過ぎました……ごめんなさい。簡単に口挟んじゃいけない事なのも、本当は知ってたよ」

 頭を下げながら、花紀は津衣菜へ箱のアンプルを勧める。

 箱からボトルを取り出して、何本も津衣菜の目の前に並べて行く。津衣菜はそのボトルに見覚えがあった。

 口から出ている二本のチューブは、確か鼻に……

「いっぱいあるからね、たっぷり入れてってね。女の子なんだから、お出かけする時は、いつもより三割増しでキレイに、だよ―」

「は……はははは……」

 遥は、曽根木の持って来たボトルを手で止める。

「何だ。君も恥ずかしがってる場合じゃないぞ。顔がかなりの色だから、鼻から豪快に行かないと」

「そうじゃなくて、その前にまずこっちをね……」

 そう言いながら遥が手に取ったのは、AAAから受け取った、どこかの研究機関のものだという未知の薬のサンプルだった。

「誰かで実験する必要がある時、誰で実験するかって言えば、やっぱりね」

 彼女も注射器を手に取ったまま少し躊躇った。

 だがその後、すぐに勢いよく注射針を首筋に立てる。

 一見無造作に見えるが、何度も注射に使って穴の残っている場所を選んで刺していた。

 黄色い薬液は見る見る内に、押し出されて行く。

 緊張の残る表情で注射器を抜いてから、遥は静かな声で言った。

「これで、もし私がいきなり泡立って溶けたりとかしたらさ……そん時は、津衣菜、あんたに続きをやってもらうからね」

「はあ?」

 唐突な無茶振りに津衣菜が聞き返す。

 驚いて遥の顔を見たのは津衣菜だけではなかった。何故か鏡子も彼女を凝視している。

「続きって……何の?」

「この件とか、他、色々さ。勿論、こっちへフロート抹殺の薬送りつけて来た連中への落とし前もね」

「それはあのゴス女? それとも製造元の研究所の事?」

「両方だ」

「……よく分かんない革命とかは、やんないよ」

「ふふ、つまり、それ以外は一通りOKって事だね」

 遥にそう言われ、津衣菜はしまったと思った。




 人目を避けてパイプスペースらしい別室で『鼻から入れるボトル』数本のノルマをこなし、効き目が表れ始めた頃に戻ろうと廊下に出た津衣菜を、鏡子が待っていた。

「そこ、埃で服が汚れるよ」

 普通の建物の様に壁にもたれて腕を組んでいた鏡子へ、津衣菜が声をかけると、低い声でぶつぶつと文句を言う。

「分かんねえよ。どうしてはるさんはお前なんだ……花紀じゃなくて」

 そこで遥が花紀を指名するという発想の方が、津衣菜には理解し難かった。

「花紀にやらせたいの? フロートを特効薬で駆除しようとする奴らの相手とか……この先の梨乃の追跡とかを」

「そういうのはあたしがやれば良いだろが。ずっとそうやって来たんだよ。お前が来るまでは」

 鏡子は壁から背中を離し、津衣菜の忠告通り白く汚れが付着しているのを見て舌を打つ。

 そんな彼女を冷たく睨みながら、津衣菜も言い返す。

「だから、何で私に文句言いに来るかな。そういうのは遥に言えばいいじゃない……花紀のサポートがしたいなら、自分で黙ってやればいい。誰もそれを止めようなんてしないんだから」

 これを彼女に言うのも何度目かと思いながら、津衣菜は歩き出すと同時に、鏡子の足元に壁の欠片を蹴飛ばす。

 余計怒らせるかもしれないとは思ったが、津衣菜自身もかなりうんざりしていた。

「分かってねえのはお前だ。あたしは、お前に聞いてんだよ。はるさんの考えをどう思うかって」

「……え?」

 思わず津衣菜は足を止めて聞き返す。そんな反応は初めて見るものだった。

「何だよ……あたしは、それだけなんだよ」

「あ……えーと、私でも分かんないな、遥の人選の理由なんて」

「まあ、そうだろうな……梨乃の事はどう思う?」

「梨乃?」

「あのレディースの姉さん達が凶蘭会を削って行く、同時にあたしらが梨乃を追い詰める……追い詰めて、最後にどうすんだ? 梨乃を元通りにする当てはあるのか?」

 津衣菜は首を横に振る。

「出たとこ勝負で話してるとしか思えないよ……ただ、このままにしておけないのは確かだけど、その考えからまだ一歩も出ていない」

「じゃあよ、もしも、梨乃を元通りにしたら、あたしらも奴を元通りに受け入れるのか?」

 津衣菜は鏡子の問いに答えず、彼女を凝視する。思わず二度ばかり瞬きをしてしまった。

「梨乃が元通りになったら……」

「あたしは……あいつを許せそうにない」

 津衣菜の視線を少し避ける様に、鏡子は目を伏せて小さな声で言った。

「向伏に戻ったあいつはな、子供達に暴行を加えていた」

「それは聞いている」

「じゃあ、あいつに蹴られていた子達が、作り笑いを貼り付けてひたすら謝り続けていたのは?」

 鏡子はそう言って視線を突然、津衣菜に向けた。

 彼女の視線を見返しながら、鏡子は言葉を続ける。

「あの子達、ひたすら言っていたんだ、奴らが逃げた後も言っていた……私達が悪かったんです、良い子になってなしのんに許してもらいますって……あの手紙にも半分位そう言う事が書いてあんだ。分かるよな? それってどういう事なのか」

 フロートの子供達の半分以上が、虐待あるいは放置で死んだ子供達。

 少なくともこの向伏では――あるいは、日本全域で。

「あいつはこの彼岸の子供達を、生前の地獄に引き戻しやがったんだ――誰を殺したとか壊したとか、どうでもいい。それだけは……絶対に償わせる。元に戻ろうが、チャラにはさせねえ」

 鏡子はそこまで言うと、拳を握りしめながら踵を返し、津衣菜に背を向けて歩き出した。


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