145日目
145日目
隣県の地方ニュースは、連日の様に『凶蘭会』の起こす事件を流していた。
隣県のみならず、向伏でも、酔座でも、『隣県の少年グループの放火や襲撃事件』は注目度の高いニュースとなりつつある。
織子山市内の廃墟のショッピングモールで、津衣菜達はそのニュースを目にしていた。
ここでの待機も、およそ一週間近くになる。
「昨日はまたヤクザの事務所に火炎瓶だって」
「その後すぐに、車とバイク十数台で海岸を東へ進んで、隣市の族も襲っているよ」
「何とも忙しいね……そりゃ、一昨日パトカーを商店に突っ込ませた部隊かな」
「多分」
僅かなLEDの光の中、地方紙の一つを広げて読んでいた遥が呟くと、別の地方紙とモニターをテーブルの上に並べて見ていた津衣菜が答える。
他のフロート達も数人ばかり、めいめいにモニターを見たり、タブレットで何か調べたりしている。
「このままだと、警察も報道も、『宇柄津市の少年グループ』と第二種変異体を結び付けて見る可能性がある」
「噂やクチコミでは、もうとっくに上がってるよ……」
津衣菜が答えると、ノートに向かっていた若い男性が顔を上げて言った。
「『凶蘭の会長、先岸梨乃は死んだ筈なのに黄泉返ったのだ』『心臓が止まったまま、何をしても死なないゾンビになって戻って来た』って。その中には『動く死体』の話知ってた奴も、やっぱりいる」
遥は津衣菜と彼を一瞥すると、無言で頷く。
「『先岸梨乃の死』を複数の人間が見ていて、それは証言されて向こうの奴らの間で広まっている。あいつの死は噂話ではなく、れっきとした事実として扱われている」
「一体、どういう状況だったんだ……その、梨乃が死んだ時っていうのは」
「一時は北陸地方を丸ごと支配したかに見えた『凶蘭会』だったけど、それに抵抗する勢力がいたんだ」
男性フロートから質問されて、津衣菜が答える。
「『凶蘭会』は……というか梨乃が、そいつらを追い詰めて潰そうとしたけど、逆襲された。そして宇柄津市の外れの沼で、抵抗勢力のリーダーと決闘になり、最後に沼に落とされたらしい……それを他の凶蘭会や抵抗勢力がギャラリーとなって見ていた」
「随分調べてたんだね」
含みのある声で遥は津衣菜へ言う。
津衣菜は気まずげな顔を浮かべ、遥へ視線を向けて言う。
「黙ってたのは悪かったと思ってるよ……でも、触れ回る様な話かどうか、分からなかったんだ」
「私だって、黙ってたろうさ。梨乃の事がそんなに気になってたのかい? 問題はそこだ」
「ホテルに梨乃の顔と名前を知ってる子がいたんだ……かなり怯えていた」
「知ってる。ゲーム大会で顔見て逃げたって子だろ」
津衣菜が梨乃を調べるに至ったきっかけを説明すると、遥はすぐに答える。
「でも梨乃とその子は仲直りしたんだよね」
「うん……だけど」
「実際にこんな事が起きてしまった……かい?」
言い返そうと思っていた内容を先に遥に聞かれて、津衣菜は口を閉じる。
「そういう事だと思ってたけど……それとも違う……何かが起きるなんて、私は別に考えてなかった」
「あんたにしちゃ珍しく、正直でよろしい」
津衣菜の答えに遥はニッと笑みを浮かべる。
「気になったのは、みんなの中で、梨乃の事だけ分からなかったからだろう? どんな風に生者からフロートになったのか、今何を思っているのか」
津衣菜は遥の問いに、無言のまま新聞へ視線を落としていた。
「でもね、外から見て分かりづらいのは、あんたもあの子といい勝負だよ」
「……そうか?」
「今疑問持ったとか、さっきムカついてたとかは、分かるさ。でも、何を思っているのかは分からない。森先生に聞いてみたら、ヒント貰えるかしらんと思っちゃうくらいに」
「……あの人に聞いたって、何も分からないと思うけど」
「ふふ、何となくあんたがそう答えるとは思ってたよ」
「……?」
さっきよりも怪訝な色を強く浮かべて、もう一度津衣菜は遥を一瞥し、新聞とモニターに視線を戻す。
たまたまやっていたニュース番組で、新しい『凶蘭会』のニュースが流れていた。
一台の乗用車が工業高校の敷地に侵入し、校庭を何周も走り回ったという。
その車からはロープが伸び、一人の少年が縛られ引きずられていた。
血と砂ぼこりで汚れながら引きずられ続ける少年の姿を、窓から多くの生徒と教師が見ていた。
少年はその学校の生徒で、凶蘭会の抵抗勢力に協力した事があったらしい。
「あのさ」
画面を見ていた津衣菜が、誰にともなく声をかける。
遥を含め、その場にいたフロート達が一斉に津衣菜を見た。
「今ニュースに出て来る『凶蘭会』って、何か――こう言っちゃ何だけど……喧嘩しかしてないよね」
津衣菜は、ニュースキャスターの顔を眺めながら、呟く様にたった今気付いた事を話す。
「北陸に存在していた、暴力行為も、放火も殺人も辞さない最悪の未成年グループ……だけど、その最も悪質な部分は、薬、盗品売買、援交斡旋、振り込め詐欺、あらゆる違法ビジネスを大人の介入なしに手掛ける所にある……って、ウィキペディアにも載っている」
「うん」
「だけど、今の『凶蘭会』からは、全然そっちの話が聞こえてこない」
「準備中なんじゃないかな。今まで消えていた組織が、いきなり復活して始められるもんじゃないでしょ」
40歳前後か、やや年配の女性のフロートが津衣菜の疑問に口を挟む。
「じゃあ、暴れてないで準備に専念すればいいじゃない……商売もそっちのけで暴れる理由があるのか」
「さあ、やっぱり金儲けじゃなくて、犯罪や暴力が本分だったって事じゃない」
「今やっている行為が、『必要な準備』のうちなんだとしたら」
別の男性のフロートが言う。
「あちこちに喧嘩売って暴れて、それが準備?」
「傘下団体と頭数を増やす、組織力を強化する、そして……情報を集めている」
遥が男性フロートの言葉を補足して言った。
「情報?」
「最近の状況だって知らなくちゃならないし、それだけ大きな商売してたんなら、色々な帳簿や顧客リスト……脅迫のネタも含めて……どこかに半端じゃない量のものを持っていた筈だよ。それがなければ、『元の様に』は商売出来ない程にね」
遥がそう言うと、津衣菜も他のフロートも分かった様な分からない様な顔をする。
皆の様子を見て、遥は言葉を続けた。
「ここでの梨乃が、そんなものどこかに隠して持ち歩いていたと思う?」
「それは……ないと思う……」
気付いた様に津衣菜は答える。
水の中かどこかでなくしてしまったか、もし持っていたなら、恐らくとっくに処分してしまっている。
「向こうへ行った梨乃は、自分で持っていなかった。そして普通、そんなものを下っ端に預けたりはしない。自分の隠し場所になければ、誰かが勝手にどこかに持って行ったと思う」
「じゃあ、暴力団や暴走族、警察を襲っているのは、『凶蘭狩り』の報復じゃなくて……」
「まず、そいつらが持っているという線を疑うだろうね。私が梨乃なら、まずそうする」
遥は新聞を畳みながら、断言した。
「そして、そいつらから見つからなければ、次に自分がいた場所を確認しようとする――もし梨乃に記憶がなくても、向伏はすぐにあの子の目に入るだろう」
高地、花紀と鏡子、ミニバス襲撃の時に津衣菜と同行したフロート達は、昨日向伏に戻っていた。
今、織子山に残っているのは、遥と津衣菜、信梁班を含む遥と共に来たフロート達。
保護された運転手と子供達もまだここにいる。
彼らは時期を見て佐久川へ移動してもらう予定だが、まだその目処は立っていない。
向伏に戻る組は、『比較的対策部に目を付けられていない』、そして『フロート狩りへの対応に慣れている』という条件で選ばれたが、100%の安全が保障されている訳ではない。
「気を付けてな」
珍しく、別れ際に遥は彼らにそう声を掛けていた。
「やめろよ。おめえにそう言われると、本当に危険なフラグ立ちそうじゃねえか」
「何だよ、失礼な事言うんだったら言わないよ……つうか、フラグ立つと思って過ごしなよ。洒落じゃないんだ」
「分かってんよ……それにしてもらしくねえからよ。いつもらしく胡散臭く構えてろよ」
「本当に失礼な奴だな。日頃私を何だと思ってんだい」
「胡散臭い奴って思ってるに決まってんだろ。今のこれだって、お前のプランのいずれ来るフェーズだったんだろ。だったら、こんなとこでナイーブな顔見せてんじゃねえ」
高地は意味ありげに言うと苦笑する。
「まあね……だけど、やっぱり、もうすぐ終わりなんだって思うとね」
遥は少し寂しげな声で、そんな彼へ微笑みを返していた。
凶蘭会はかつて傘下に置いていた暴走族やチーム、知られた不良グループの大半を下に組み直し、更なる凶行に邁進する。
表面上、彼らはかつての勢力を取り戻しつつあった。
しかし、一年前の抵抗勢力との抗争で確かに『負けた』という事実も、その看板に影を落としていた。
凶蘭会に反発するチームや集団も、かつてと比べるとかなり増えていた。
一つ一つ、圧倒的な力と残虐さで潰して行ったが、まだ北陸中に広がった『反・凶蘭会』勢力のほんの一部でしかない。
そして、彼らの力を支え、束ねる為の――無慈悲な女王の悪意を具現化する為の、ビジネスが始められない。
マンションの一室で、梨乃は眼鏡をかけて黙々とパソコンと向かい合っていた。
黒のビスチェとパンツ姿に着替えていた彼女は、普通の若い女性に見える。
その血の通わない白い肌の色と、彼女の周りに控えている顔ぶれを除けば。
特攻服を着たハマダ他数人の少女達が、椅子にかけた梨乃の傍らで正座している。
そして、梨乃の背後、2メートル程の所には、特攻服姿の男が十人近く無表情で立ち並んでいる。
背中や胸のチーム名はバラバラだったが、その横に『凶蘭会・直属戦闘部隊』と統一されたロゴが刻まれている。
彼らはいずれも、参加チームの総長や幹部クラスだった。
梨乃の横で正座しているハマダ達だって、各レディースの総長だったが。
自分が目覚めた沼の近く――南向伏の小さな山間の町で起こったミニバス襲撃事件を、彼女は既にチェックしていた。
全く何も思い出していなかったが、自分はこのミニバスに乗っていたのだと確信する。他の『死体のままで動いているゾンビ』と一緒に。
その情報から更に、『第二種変異』『向伏市』『ゾンビ狩り』と言ったキーワードと、そこで交わされる信憑度は様々な情報にまで、彼女は辿り着いていた。
「すげえなあ、私はきっと一年間、この向伏にいたんだよ……ゾンビが隠れて暮らしてて、国やゾンビ狩りとやり合ってんだとよ、なあ面白れえだろう?」
「はいっ」
ハマダが間髪置かず返事する。そうしないと、縫ったばかりの顔を蹴られるからだ。
「USBケースが見つからねえんだよ……全部のビジネスの書類と名簿が入っている。あれがねえと始めらんねえだろ? 私がいない間に組織は跡形もなくなっちまったもんな」
「すみませんっ」
「いつも持ち歩いてた筈なのによ……サツかどっかの組に没収されちまったかと思ったけど……私が見つかってねえんだから、違うよな……私が置いて来ちまったんだよ、あの向伏市によ」
「はいっ」
「絶対取り戻す、分かってんよな?」
「はいっ」
「はいはいって、本当に分かってんのかよ、てめえの頭で!?」
言いながら、スリッパで擦りつける様にハマダの顔を蹴る。
「ああ、悪い悪い、怪我してんだっけな、誰だよ女の子の顔にこんな切り傷、悪い奴だ」
「いえっ、悪いのは自分ですっ」
「今度からボディーにするからよ、許してちょ」
「うぐっ!」
言いながら腹を踏む様に蹴る。
「それによ、今、私、最高なビジネス思い付いたんだ……聞いてくれよハマちゃあん」
梨乃はパソコンに戻ると、別のタブを開く。
日本地図がそこに表示される。
薄緑の日本列島の中で、山陰を中心に赤い円が何重も描かれ、琵琶湖やその周りが赤紫色に変色している。
「こんだけ、死んだまま動くゾンビが日本中にいっぱいいるんなら、そいつらをこの汚染地域に送り込んで働かせりゃいいんだ」
変色したエリアを指差しながら、梨乃は周りへ笑いかける。
ハマダと正座していた少女達も、特攻服の男の中で2、3人も、彼女の言っている事の非人間性を察したらしく表情を強張らせる。
「生身の人間が立ち入りさえ出来ない重汚染区域でも、こいつらは平気なんだ。存分にこき使えるぞ。逃げ出さない様見張ったりシメたりすんのも、ゾンビにやらせればいい――そして、そのゾンビ共のトップにこの私が立つんだよ」
梨乃は日本地図をしまい、向伏市の地図を画面に出す。
「その手始めとして、こいつら、向伏市のゾンビ共を凶蘭会の所有にする――フフフ……ははは……はははははははははっ」
辺りをはばからず、梨乃は大声で笑い転げる。
事務所を借りる手続きが終わるまで、ハマダの自宅を勝手に接収して使っていた。
隣の部屋では彼女の両親が寝ている筈だが、気にする必要はない。
文句は言わないよう、十分調教済みだ。
「はははははっ……はは……だけど、私、向こうでどういう奴だったんだ? どんな扱いだったんだ?」
笑いながら、ふと彼女はひとりごちる。
大した事だと思っていなかったが、口に出して見ると、かなり気になってしまう。
ハマダは何も答えず、ぽかんと呆けた顔でこちらを見ている。
それが気に入らなくて、梨乃は顔も身体も構わず彼女を蹴りまくった。さっきの約束など、既に忘れていた。
「押忍! すみませんっ……すみませんっ」
縫合部が裂けたのか、血まみれの顔でハマダが謝罪する。
勿論、彼女が何か下手な事を答えていたなら、この倍は蹴られていただろう。




