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フローティア  作者: ゆらぎからす
8.でっどおああらいぶ! 幽霊ホテルのチキンレース
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125日目(2)

 125日目(2)



 西棟三階を移動中の津衣菜は、部屋の一つから飛び出して来たぽぷらが、学生達のグループの一人と思い切りぶつかるのを見た。

 学生達は西から東へ、廊下をゆっくりと移動中だった。

 ぶつかった男子学生は、その集団の後方にいた。

「わあっ!?」

 慌てた感じの悲鳴が、十メートル以上先で外れかけたドアの影に隠れていた、津衣菜の耳にまで届く。

 大きくふらついた彼は、近くにいた仲間に支えられていた。

「どうした?」

「いや、分かんないよ。いきなり体の左側にどーんって」

 気味悪そうに辺りを見回す彼らだったが、それらしきものは、影すら見当たらない。

「こんな時に嘘でこんな事言わねえよ」

「いや、信じるって。あいつら……またヤバいの刺激したみたいなんだよ」

「ったく、こういう所で頼りになると思って呼んだのに、余計な事ばっかりしやがって」

 幽霊退治のバカ集団の悪口だろう、愚痴っぽい会話を交わしながら、彼らは前後の仲間と間隔を調節しながら、暗くゴミだらけの廊下を奥へと消えて行った。

 ぶつかったぽぷらは、うまく身を隠した訳ではない。

 津衣菜は、彼女が二メートル以上吹っ飛ばされたのをしっかり見ていた。


「今ので一つ分かったんだけど、聞くかい?」

 津衣菜はもみじとぽぷら、他Aチームの子供達の顔を、目だけ動かして見渡して尋ねた。

 もみじとぽぷらの二人は、素直にこくこくと頷くが、他の子供達はうざったそうに津衣菜を軽く睨んでいる。

「見た所、あんたらね……稲荷神社の子より速いよ」

「えーーっ!?」

 津衣菜の言葉に、二人は驚きの顔を見合わせた。

「本当なの、お姉ちゃん?」

「今まで、あいつらより速いなんて言われた事、一度も無かったもんね」

「私たち、累よりも速いの?」

「そうだよ……だけど、パワーはない」

 はしゃぎ始めた二人。他の子供も、二人に感嘆の視線を向け始めている。

 そこで、津衣菜は笑いを見せず、釘を刺して言った。

「今ぶつかった男だけど、累だったら、向こうが後ろに飛んでいた……そこが大きな違いだ」

 もみじとぽぷらの表情に、さっと影が差す。

 不満を口に出したのは、二人ではなく、彼女達に子分の様につき従っていた市中央の子供達だった。

「パワーが足りなかったら何だって言うんだよ」

「そうよねー、私たち、別に稲荷神社組とぶつかり合いやってる訳じゃないもん」

 津衣菜はそんな彼らも一瞥すると、一言付け加えた。

「もう一つ、敢えて言わなかったけど……ここであいつらより速いのは、二人だけ(・・・・)だろ。そこもAチームとFチームの大きな違いだ」

 津衣菜を睨んでいた子供達は、その言葉で気まずげに顔を伏せる。

「チームのみんなはきちんともみじとぽぷらを助けていますー」

「お姉ちゃん、何かかんちがいしてませんかあ? 二人だけでゲームしてませんよっ」

 逆にもみじとぽぷらの二人が顔を上げて津衣菜を睨む。

 津衣菜は二人に目の動きだけで頷くと、

「そうだな。Aチームはあんたらとこの子達なんだ。それを最大限に生かせって言いたいのさ」


「例えばだけど……Iチームには、戦わせたら私よりも信梁の奴よりも、高地や丸岡よりも強い、北部地区のおじさん達がいる」

 手元のスマホで、津衣菜は最初に対戦表を見せ、Iチームのメンバーリストを表示させながら言う。

 続けて、Aチームのメンバーリスト、そしてFチームのメンバーリストを彼らに見せて行く。

「だけど、強いおじさんは二人しかいない。残りは、あんたらと同じ、別に強くも速くもない子供のフロートだ。あんたらは、Fチームよりも、このIチームに似ている」

 そして、第二ゲームの時の映像。

 津衣菜自身が撮影していた、大浴場内に散開してカードを探す北部地区班の大人二人と、子供達。

 Gチームの乱入時も、彼らに二人が応戦する脇で、子供達は安全な場所でカード取得に成功していた。

「逆にFに性質のそっくりな全員武闘派のGチームは、Iに喧嘩売ってボロ負けしただろ?」

 津衣菜の質問に、子供達は恐る恐る頷く。

「パワーが足りなくて、人数が足りないって事は?」

 もみじとぽぷらは津衣菜の問いに、少し間を置いて一人ずつ答える。

「方向てんかんやブレーキ、きゅうなダッシュも出来ない」

「いっぱいのへやを一度に見れない」

 津衣菜が二人の答えに付け加える。

「小回りが利かないし、障害物や遮蔽物にも弱い……Fチームと同じ物を狙って同じ事しようとしちゃダメだ。勿論……Fチーム以上に勢い頼りじゃもっとダメだ」

「分かるようなきもするけど……どういうことですか」

「より良い役を取ろうとして、狙いをいくつも付けて……ってやり方じゃ、どうしてもFの後ろに回る。あんたらは今からでも一つの目標を決め打って、それに向けてカードを探した方がいい」


「おねーちゃん、いいんですか?」

「何が?」

「ゲームの進行役なのに、アドバイスとかしちゃいけないんじゃ」

「別に勝たせようとして言った訳じゃない。ゲームを盛り上げる為に、あんたらにもう少ししぶとくなってもらいたかっただけ」

「うー、あのままじゃすぐ負けると思ってたってことですか」

「まあね。あと、カードを教えた訳じゃないし、作戦指示出した訳でもないからセーフだ」

「そうかなあ……?」

「納得行かなければ、花紀に、これまずくないかって聞いてみりゃいい」

「む、そこ(・・)ですね……お姉ちゃんの余裕は」

 少し睨んだもみじに、津衣菜は薄く笑って返す。




「『現状について、ちょっとおさらいします』……と」

 津衣菜は手元のスマホで、実況用SNSにスタッフコメントを入れる。

『第三ゲームは、開始20……15分位で、こちらの予想もしなかった展開になって来ました。複数のチームで、完全ではない協力体制を取り始めたんです』

『5チームのバトルロイヤルであると同時に、この二大リーグマッチの様相も見せています』

『まず、AチームとBチーム、そしてEチームの1リーグ』

『そして、FチームとIチームの2リーグ……第1ゲーム参加チームと第2ゲーム参加チームで分かれているのは偶然でしょうか』

『リーグ内での役割も分担していますね。1リーグはFチームは狙いが不明、そして同時にAチームの妨害。Iチームがフルハウス狙いで、Fチームのカード集めの軽い支援』

『第2リーグはAチームがストレート狙いで、Bチームの支援。Bチームはフォーカード狙いで、Eチームの支援。そして、Eチームは狙い不明で、同時にIチームの妨害……いい根性ですね。Eと言えば空手少女と全身飛び道具ですが、北部の人達に通用するでしょうか』

 津衣菜の最後の一言は、向伏のフロートには受けたらしく、『(笑)』や『wwww』などのマークが繰り返しタイムライン上に並ぶ。

『そして――』

 津衣菜は、繋ぎの言葉を一言入れて、一旦フォームを閉じた。

 スマホから視線を離し、照らす光もない廊下の奥を見る。

 フロートの視界には薄暗く、その奥行き程度は像を結んでいたが、それでも誰や何があるかははっきりとは見えていない。

 それでも、その奥からは、とても不快な気配が堰を切って溢れ始めている。

 津衣菜でもこの先へ進めそうには思えなかった。

 津衣菜だけでなく、他の場所で同じ体験したフロートからも、似た様なコメントが届いている。

『目に見えない何かの様子が悪化しました――そのせいで西4階と東5階にいたIチームとFチームの連携に、さっきから大きな支障が出ています』

 再びスマホのフォームを呼び出して、一息ずつに頭の中に浮かんだ文章を書き込んで行く。

『さっきは平気だと言っていたFチームですが、さっきと様子が違うとの事です。今はかなり怒っている。ウロウロしない方が良いと……しかし、何故かIチームは未だ平気そうです』

『Iチームは平気でも、通過時の映像すら見たくないという苦情があり、規制通知を出しました』

『Fチームが何とかIチームと連絡を取れる様になったと思ったら、今度は、Aチームがバラバラにされました』

『その何かの只中に取り残されたかと思ったもみじ選手ですが、ダッシュで間一髪包囲を抜けたらしいです。ただ、現在東棟6階に来てしまったと言う事で、自チームとの合流は困難。同じリーグのEチームと合流出来ないか探っている様子です』

『目に見えない何かは……ええ……既に予想している方もいる様ですが、例の連中を……明らかに“取り”に行っていますね』

『まず西階段と東バルコニーから奴らの退路を絶って、その後、東棟3階と4階で包囲し、急速にその輪を縮めています』


「あの――はっきり『幽霊』『怨霊』って言っちゃまずいんですか? 『何か』『見えない何か』ばかりだと、凄くアナウンスとして、見づらいし聞き取りづらいんですけど」

「うーん……あれが何だか分からないってのは、私らにとっても変わらないんだ……そして、あれがあの世に行けなかった死者だというなら、それはかなり大きな問題になる」

 堪りかねたのか直電して来たBチームの少年に、津衣菜は少し彼女自身困惑している様子で、答えた。

「問題ですか……?」

 呑み込み難いという感じの少年の声に、津衣菜は静かに返答する。

「それならアレは、私らとどう違うのか――違わないのなら、肉体の有無だけが違いなのなら、何故彼らに肉体がなくて私らにはあるのか」

 電話の先で、少年は沈黙している。

「あんたに荷が重い質問なのは分かってる。私にだってそうだ……私らは生者の様にあれを気軽に定義出来ない。あれを死者だの霊だのと言っちゃえば、みんなにその問いを突き付けかねないのさ」

「僕らは本当に死者なのかということ……ですか」

「それで、本当は死者でなかったとしたら、じゃあ何なのかという新しい疑問が生まれる」

 溜息をつこうにも、自分は呼吸をしていない。

 津衣菜にとって、自分が死体なのだと実感する瞬間の一つだった。

「『何だか分からないけど、刺激しない方がいいもの』という風にしか私らには分からないし、ここでフロートの定義を突き詰めたいのでなければ、それで済ませておかなくちゃいけない」

 電話を切った津衣菜は、ピックアップされた中継映像とSNS画面を見る。

 どうやらナツキとホテル住人の誘導で参加チームはそれぞれ、東棟の3階以下に向かわされているらしかった。

 もみじとEチームだけが取りあえず、東西5階以上を行動範囲に指定された。

 サポートの非参加チームではHチームとJチームが、その辺りに待機していると言う情報だった。

 SNS上では『何か』の動向とゲームの展開の他に、『何か』にガッツリ包囲された生者の集団の事も、話題に上がっていた。

 恐らく連中の何人かは精神を壊され、運が悪ければ死ぬだろうと、こういう話に詳しいらしいフロートが喋っていた。

 そして、ほぼ全てのコメントが、連中の事は『自業自得』だと嗤っていた。

 津衣菜も同感と言う以上の感想は抱けなかった。




「それは違うよ。あの人達がいいか悪いかじゃないの。そこで助けなくて良いって言っちゃう、私たちの問題なの」



 何となく、予感はしていた。

 花紀がそう言うだろうって事は。

 だから、最初から――『何か』に包囲されている只中で、花紀がパニック真っ最中の木刀や鉄パイプ持った中二病集団の実況を始めた時から、それほど驚きは感じていなかった。

 連中も、既に自分の置かれている状況は理解していた様だった。

 先頭に立っていた霊感持ちの女が、逃げ場がなくなり、自分達でどうにも出来ない程の力が迫っているのを感じ取っていたらしい。

 そのヤバさは、他のバカそうな男達――こっちもそれなりの霊感持ちだったらしい――にも伝わるレベルになり、殺気立った声で仲間同士怒鳴り合っている。

「見えるんだろ? 何でここまでなのちゃんと伝えないんだよ!?」

「行こうって決めたのはあんたでしょ? さっきまでは安全だったんだからね?」

「俺は言ったよな? そろそろヤバいんじゃないかってよ! そこで調子こいてたのお前だろ!」

 どうやら、この状況に陥った責任の押し付け合いをしているらしい。

 ちょっと聞き耳立てただけで伝わるその救えなさそうな状況に、津衣菜はげんなりしていたが、その騒ぎをバックに花紀がナレーションを始めた。

「はーい、花紀おねーさんは今、東棟4階に来ています。お化け退治の人達がオバケに囲まれて、ちょっとピンチです。私たちも一応オバケなんですけど、うん、何かあんまり気にされていないねー」

 廃墟のホテルの大浴場跡。

 とてつもなく嫌な気配が充満している中。

 罵り合っている生者どもを背後に、花紀がニコニコとナレーションしている。

 この映像をテレビの心霊番組に送りつけてやったら、どんなリアクションが貰えるか想像してみたい程の光景だった。

 後ろの生者達は『あそこにもいる!』『ぎゃあああ来るなあああこっち見るなあ』などと、あちこち指差して叫び始めている。

「今、ヒマしていたG班のみんなとここへ来て見た訳ですが……凄いです、やっぱり……怒ってますねえ」

 花紀が一体どうやって、その場所へ入り込んだのかについては、半分位納得出来た。

 信梁班の連中が同行していたという訳だ。

 SNS上でも『二十人以上いるじゃねえか』『バカ学生死んだなwwww』『つうか何で花紀ちゃんいるの?』『画面気持ち悪い、オーブ出まくりじゃねえか。ゲーム中継に戻せよ』などのコメントが、次々流れている。

 津衣菜にはその画面に生者とフロート以外見えなくて、オーブとか言う何か心霊現象らしいものも、一切見えなかったが。

 花紀にも、『それら以外の何か』が見え、なおかつあの場所にいるのが平気らしい。

 津衣菜にとっては、そちらの方が驚かされる事だった。


「勿論……私は……やめましょうと言いました」

 気になってモニタールームへ電話してみると、やはりそこに残っていたナツキは、花紀の行動に反対していた事を告げた。

「あの人達が……許せませんでしたから……もう、あの人達の望むまま、彼らの怒りに触れさせてしまえばいいと……私達が生者にそこまで歩み寄る必要はないじゃないですか……」

「それで、花紀は」

「はい……『あの人達がいいか悪いかじゃない』って」

「見捨てる事じゃなく、助ける事を、私らの証明にすると」

「そうです……向伏では、そういう考え方なんですか?」

「いや、多分あの子だけです……でも、あの子がそうするなら、一緒にそうするってフロートは、それなりにいるでしょうね」

「津衣菜さんも……ですか」

 急に自分に振られて、少し慌てながらも津衣菜は首肯する。

「……ですね」

「そうですか……それで、花紀さんはどうするのでしょう」

「さあ、私もそこまでは……」

 津衣菜は、ナツキとの電話の後、再び画面を見る。

 花紀がこの状況で何をしようとするのか、津衣菜にも分からなかった。

『で、どうすんの、この状況?』

 直接彼女に聞いてみようと思った津衣菜だったが、彼女が聞くまでもなく、誰かがコメントで質問を飛ばしていた。

「――どうすんだってよ」

 そして、花紀の横で信梁の篠田匠が、短く声を掛ける。

 花紀は笑顔のまま頷いて、持って来ていた手提げカバンに手を突っ込む。

「しのっち、よく聞いてくれました。興奮状態の時、気を乱すって言うか……注意を絶対にそらせる物があるの。花紀お姉さんの経験上、生者にも死者にも有効なんだよ」

 原因も分からず津衣菜の背筋を冷気が走り、次の瞬間にその原因を理解した。

 手提げカバンから出て来た花紀の手には、スモールフレームリボルバー、トーラスM85が握られていた。

「ちょ……まじか」

 花紀の近くにいるらしい匠も、画面外からそんな声を上げたのが聞こえた。

 銃が幽霊に有効なんて謎理論は津衣菜も聞いた事がない。

 息を呑んで、別に保管していた弾を装填している花紀を凝視している津衣菜だったが、そのスマホが突然着信表示と共に振動した。


「もしもし大変です――津衣菜さん―――うちの子が……Jチームの」

「落ち着いて下さい。ナツキさん、どうしたんですか?」

「5階でEチームやHチームと合流しようと言う時に、突然叫んで、走り出して……あの――梨乃さんを……納得してくれたと思っていたんですが……不安が大きかったのか」

「それで、どうなりました?」

「梨乃さんも、他の何人かも、彼女を追って行ったんですが……暗くて、それにちょっと床が崩れかけてて」

 分かる様な分からない様な漠然とした説明。

 ナツキ自身も十分に理解出来ないまま連絡を回して来たのだろう。

 5階がボロボロで危ないと言う事は知っていた。そして、電波が通りにくく、連絡が取りにくいという事も。

 例の少女が梨乃を見て逃げた。

 梨乃がそれを追った。

 それ以上の事が確認出来ない。

 津衣菜がそこまで思考をまとめた時、銃声が遠くから響いて聞こえた。


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