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フローティア  作者: ゆらぎからす
8.でっどおああらいぶ! 幽霊ホテルのチキンレース
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125日目(1)

 125日目(1)



 瞼を何かが押さえている。

 触覚はないけど、いつまでも開けない視界がそれを伝えて来る。

 唐突に瞼の上の物体は離れた。

 薄い隙間となって、急激に広がった視界で津衣菜はそれを知った。

 僅かな光の先に、くるくるの巻き毛と少し細めたまん丸の瞳。

 津衣菜はそれが誰なのか、一瞬だけ、心のどこかで怯えながら迷う。


「ついにゃー、お目覚め?」

 耳慣れた声で、我に返った。

 瞼を指で押さえ、津衣菜の反応を見ながらクスクス笑っていたらしい。

 自分が仰向けに横たわり、花紀に顔を覗き込まれていると把握する。

「ついにゃーがとつぜん話しかけても答えなくなってね、いつまでもこっちに来なかったから、様子を見に来たんだよ」

「そうか……」

「そしたら、こんな所で派手に転がって、居眠りしてるんだもの。こんなダイナミックな居眠りって、実在するんだねえ」

「う……うっさいな」

 津衣菜は気まずさを覚え、花紀の顔を少し睨みながらつっけんどんに返す。

 だけど、花紀は彼女をそれ以上笑う様子もなく、不安げに尋ねて来た。

「お疲れだったかな……ついにゃー、ここ何日もずっと、ホテルと向伏の間で橋渡しのお仕事してたもんね」

 自分が今、花紀に膝枕されているという事に、津衣菜はようやく気付いた。

「ねえ花紀……この辺ってさ、ホテルの住人的にどうなの?」

「ん?」

 花紀の顔を見返しながら、ふと津衣菜は聞いてみた。

「どうって?」

「だから、さっきから話してる……ヤバい(・・・)辺りなのかって」

「ん……この辺では何も聞いてない。ついにゃー、ひょっとして、オバケ見たの?」

「いいや……」

「何か怖いものを(・・・・・)みたの?」

 津衣菜が答えるよりも先に、花紀は手を伸ばし、彼女の頭を撫でていた。

「ちょ、何でもないって……多分、騒ぐようなものは見ていない」

「よしよし。でも、ついにゃーはそんな顔するものを見たんだよね。オバケでなくても」

 花紀に言い返すのを諦め、津衣菜は大人しく頭を撫でられながら一言だけ伝える。

「念の為言っとくけど、幽霊より性質悪い生者を見たってことでもない」

「うん」

 花紀は頷いただけで、津衣菜が結局そこで何を見たのかは聞かなかった。

「ねえ、ついにゃー……今日はもうお休みする?」

「……え?」

 ふいにそう訊かれ、津衣菜は反射的に数度瞬きをする。

 その様子がおかしかったのか、花紀は再びクスッと声を立てて笑う。

「意識しなくても、フロートでもびっくりすると瞬きとかしちゃうんだよね」

「まあ、だろうね……ていうか、そんなに疲れて見えるのか、私」

「どうだろう。凄く辛いんじゃないかなって。だって……」

「だって?」

 花紀は、何故かそこだけ言い淀む。

 津衣菜に促されると、少し躊躇しながら答えた。

「ここにいるのが私って分かると、凄くほっとした顔したもの……この前、苗海から帰って来た時みたいに」

「……」

「こういう時は、いっぱい優しくされてお休みするのが一番だと思うんですよ」

「うん……」

「花紀おねえさんは約束したもんね。ついにゃーの帰る場所(・・・・)になるって、えへへ」

「でも……傍にいてくれるだけで、いいよ。身体は動かしてた方が気は紛れるから」

「ほんと?」

 津衣菜は頷いて、上半身を起こす。

「もしついにゃ―が疲れていたり、何か怖い思いをしているなら、思いっきり休んでも甘えてもいいんだよ」

 花紀はそう言いながら立ち上がるが、どこかさっきよりも嬉しそうだった。

 津衣菜へ両手を伸ばして声を掛ける。

「だけどね、ほらっ」

 津衣菜が左手だけで花紀の手を取る。

 花紀はもう片手も津衣菜の腕に添え、彼女を両手で引っ張り上げながら言った。

「もしまだ元気なら、一緒に遊んでくれる? 私、また楽しい事思い付いたんだよ」




「いるか? いるぞ! どうだ……効いてるかあっ?」

「びびってるびびってる! もっと振っちゃいなさい! さっきも言った通り、丹田に力を込めて下からの振りよ。そこらの憑依霊だったら、普通の人の木刀でもそれで十分だから」

「ああ、そこの棚の所に固まって、こっち睨んでる」

「んだとお……なに見てんっだあ、こんのやらあああああっ!」

 一人がアドバイスに従って、空っぽの物置き棚へ飛び蹴りを食らわすと、夥しい埃を舞い上げながら棚は手前に倒れ込んで来た。

「げほげほげほっ、何やってんだよ」

「どうだ! 見たか! 幽霊逃げただろ? 死んでる奴の分際で生きてる人間様なめんじゃねえって」

「ちょっとぉー、周りの迷惑は考えなさいよ」


「死者の迷惑も、普通に回ってた人達の迷惑も、考えた方がいいと思いますけど……」

「考えられるなら、最初からああいう行動はとってないでしょうね」

 目に見えない死者がいるのかどうかは分からない、階段入口前の広めのスペース……自販機や棚が並ぶそこは、かつてはロビーか何かだったのだろうか。

 そこで半ばハイになりながら、そこにいるあそこにいると騒ぎながらあちこちで木刀を振り回したり、物や壁にキックしている男女7~8人は、全員20歳以上に見えた。

 彼らを階段入口の暗がりから見下ろしながら、冷静に話している『目に見える死者(フロート)』は、ほぼ全員が十代前半か10歳以下だった。

 津衣菜が年上過ぎて浮いて見える位の顔ぶれだ。

「おー、やっとるね」

 花紀が彼らを見下ろしながらのんびりと言うと、傍らの空間に手をひらひら走らせた。

 廊下の先数か所で、カシャカシャと金属音が鳴り、花紀の手元で銀色のワイヤーが光って揺れる。

 その金属音は、向こうの彼らにも聞こえたらしく、一時騒ぐのを止めると無言で照明の照らす先、前方の闇へと注目する。

「今、聞こえたろ……シャーって何か、カーテンみたいな音」

「向こうから、こっちへ来なかった?」

「――ふふん、まずは無慈悲な鉄槌と行こうか」

「ねえ花紀」

 急に声を潜めて話しだした彼らを見ながら、ドヤ顔で楽しげに宣言する花紀だったが、津衣菜が冷めた声で口を挟む。

「雪子をワイヤーに取り付けて何しようとしてるのか、さっぱり分かんないんだけど、とりあえずめっちゃ殺すって顔であんたを見てるから、やめた方がいいんじゃないか」

 きゅきゅきゅ……しゃきーん!

 そんな感じの滑り良さげな金属音が響いて、次の瞬間、花紀の頭に雪子が思い切り食いついていた。

 呆気に取られているフロート年少組を見渡して、花紀は明るい声で言った。

「それじゃ、出発だよーっ!」

「自分の頭について、何かコメントはないのか」




 どっがあああああああん!!!


「わあああっ!?」

「何だ、何を投げたんだ?」

「あのね、ついにゃー……段ボール塗って見たけど、お墓っぽくならなかったのね」

「うん」

「そこで、発想の転換で、磨いた石の方がお墓っぽいって思って探して、いいのがあったの」

「あの石……『定礎』って書いてあったな。それで?」

「置いてあるだけじゃ、やっぱりインパクト低いなって。やっぱり何もない筈の所に突然現れるのが、怖いじゃないですか」

「それで、思い切り吹き抜けから、あいつらの頭上に投げ落としたのか」

「やっぱり王道パターンは強いよね! みんな悲鳴上げて怖がってくれたよ!」

「辞書で『王道』の意味調べ直して来い! あんな石が突然降って来たら、違う意味で怖いんだよ!」

 一気に阿鼻叫喚になった幽霊退治グループの只中に、花紀は飛び込んで行く。

 津衣菜や他のフロート達も、彼女の後について音もなく、騒ぎの中へと紛れ込む。

 まだ埃が立ち昇る中、LEDライトも天井付近を滅茶苦茶に照らし回っている。

 彼ら自身の周囲を照らす光源が殆どない状況だった。

 フロート達は「何? 何なの?」と口々に喚きながら、割と簡単に紛れ込む事が出来た。

「ちょっと待って、私たち何人だった?」

 暗闇の中、慌てまくる彼らの中でそんな女の声が響いた。

「えっと、最初6人だったけど、途中で増えたよね……今、10人位……10人ちょうど?」

「10人だよ。10人しかいなかった筈なのに……今数えたら」

「今数えたら?」

「25人いる!」

「い過ぎだよ! つうか、お前誰だよ!」

 仲間の振りをして呼びかけていた花紀にツッコミが入ると、フロート達は一斉に彼らの中から脱出し、あちこちに隠れて気配を消す。

「何だよ今の?」

「いきなり訳分からないのが10人位混じってたんだ」

「訳分からないって何だよ、幽霊かよ」

「だから訳分からないんだって! 今度は跡かたもなく消えちまったし……あっちの大学サークルの奴らでもなかったぞ」

 しゅっ―――ばんばんばんばんっ!

「わ……わああああっ!?」

「今度は何だよ!?」

「向こうで、向こうのドアが誰もいないのに……いきなり一個ずつ開閉したんだ」

「だからビビんなよ! ビビったら負けなんだよ! このっ! このおおっ!?」

「ちょっと、見えないのに振るなよ! 俺らが危ないだろ」


「私らでもないよな――今のは何だ?」

「ゲームエリアに入っちゃった……第三ゲームで、ちょうどIチームとEチームのぶつかってる中」

『――私はゲームに戻る。津衣菜、持って』

 津衣菜に支えられていた雪子がスマホに入力して見せると、津衣菜は頷いて彼女を抱え上げる。

『そっちへ投げて』

「あー、ついにゃーがゆっきー投げるんだ。いいなあ」

 少し不満げに花紀がそう言うのは構わず、花紀の用意したワイヤーに雪子の腰の金具を取り付けると、タイミングを測る。

「あっ!」

「その子供! 幽霊か――生きてる人間じゃない!」

「何だか分かんねえけど、化け物だ、やっちまえ!」

 幽霊退治の生者達の間に、驚きの声が上がる。

 稲荷神社組じゃない。千尋・雪子と行動を共にしていた東部地区の子供フロートだった。

 つまずいたか何かで足を止めてしまい、彼らの視界に入ってしまった。

 短く交わされる彼らの会話には、驚きと恐怖、そして『倒せる敵』を発見した期待が籠っていた。

 鉄パイプを持った男が、子供へ向かって突進する。

 そして、彼らと子供の間へ急速接近するもう一つの気配。

 津衣菜は、それほど焦ってはいなかった。

 『彼女』は確実に間に合うと思っていたし、そのタイミングで今、雪子を現場へブン投げる所だったのだから。


 左手とギブスの右手も添えて、雪子を全力で押す。

 シャーッという金属の擦れる音を響かせて、彼女は一瞬で男の背後に迫っていた。

 ごっと短い打撃音と共に、男は背後からの強烈な頭突きで、その場に潰れる。

 雪子のアビリティは『噛みつき』だけじゃないのだ。

 津衣菜も知っていたが、今、子供のフロートの元へ駆けつけたもう一人も良く知っている事だった。

 男を倒した後も前へ滑りかけた雪子を、千尋はしっかり受け止める。

「待ってたよ、雪。僕一人じゃ、ちょっとキツい局面っすから、ここからよろしく頼むよ」

 千尋の声に、雪子は二人にしか分からない動作で、返事した様だった。

 全てが一瞬の内に行なわれ、次の瞬間には闇と静寂が戻る。

 今消えた子供や、滑って来て頭を殴って行った何か(・・)を追おうとしているメンバーと、もう深入りしないで逃げるべきだと言い始めたメンバーで、その場の生者達は二つに分かれ始めていた。

 しかし、言い争いにもならず、更に奥へ行こうと言う意見の方が優勢のままだった。

 元々、主催者に逆らって、死者達への挑発と攻撃をしまくろうとしていた連中なのだから、穏健な意見の出番がない。

「うーん、しぶといな……このままだと4階まで行っちゃうね、この人達……あれ? ちょっと待って」

 最初に予定していた手を出し切ったのか、次の手を考えていた花紀に、着信が入った。

「もしもし、ああ、ナツキさん。うん、見ての通りです……え? 行かせちゃっていい?」

「――今……全部、見ていました。フロートの子供に……平気で暴力振るおうとしていましたよね、あの人達。何なんですか、あそこまで同じ人間じゃなくなれるものなんですか。正直……あそこまでとは思いませんでした」

 電話の向こうで、喋り慣れていない廃墟ホテル住人のリーダーは、それでも一言一言をはっきりと話していた。

「彼らがここに来る事自体が、私たちを、ここに眠る死者を玩具としか思っていない行為なのかもしれません……いっそ……行かせてしまいましょう。あの人達は、彼らの怒りに直接触れればいい……です」

 子供のフロートに鉄パイプを振りかざして突進した男。

 津衣菜にとっては、何人かの向伏のフロートにとっても、そんなものはある意味見慣れた光景だった。

 しかし、そんな生者に遭遇した事のないナツキにとっては、そうではない。

 どもりながらも、行かせてしまおうと言い切った言葉には、連中への激しい敵意さえ浮かんで見えた。

「うーん……あの人達はそれでいいかも……だけど……どうだろ?」

 花紀は電話を握ったまま、半ばナツキの提案に同意しつつも、どこか躊躇も見せている。

「そういうところで……みんな敵だとか決めちゃうのは……」

 花紀は彼女へはっきりとそう言い返しはせず、電話を切った後に小さくそう呟いた。


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