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フローティア  作者: ゆらぎからす
8.でっどおああらいぶ! 幽霊ホテルのチキンレース
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124日目(4)

 124日目(4)



 津衣菜が正面のロビーへ戻ると、騒ぎはさっきよりも大きくなっていた。

 学生たちの懐中電灯やスマホは、全て西棟の肝試しコース入口へ向けられている。

 津衣菜の通って来た東棟への通路は、誰も見向きしていなかった。

「3階がもう酷い。あそこにヤバいのがいるんだって!」

「何か……気分悪くなって来た」

「また聞こえるよ! これも3階じゃないの?」

 遠く離れた柱の影で騒ぎを横目に眺め、津衣菜はSNSで他のゲーム進行スタッフへ連絡を回す。


『Tsuina:Fチームもペナルティ4が妥当』

『Kanori:えー、きびしすぎないかな』

『Tsuina:故意に規制区域に残留している。そして生者に干渉している』

『Natsuki:しかし、この子たちのおかげで、彼らがその奥まで行かないというのは事実あります』


 最初のグループは大浴場まで行かずに引き返したが、3階で更に脅かされ、ほうほうの体でロビーに戻って来た。

 ナツキの言った通り、次のグループも、次の次も3階で引き返していた。

 その先の大浴場跡までは、誰も行っていない。

 ホテル住人が恐れ気にする、嫌な気配の『何か』、そして津衣菜が頭を抱える武闘派フロートの即興チャンバラ大会は、稲荷神社組のおかげで生者達の目に触れずに済んでいる。

 浴場でのバトルは今なお続いていた。

 誰かの腰に取り付けられたらしいカメラからの、現場をろくに映していない中継映像には、音のない忍者みたいな打ち合いが何度も画面の端を横切る。

 しかし、割と色々な物がふっ飛ばされたり壊されたりしているのも、画面には映っていた。


『Natsuki:『彼ら』が 怒ってます』


 廊下にいたホテル住人のフロートも何人か、彼女と同じ事を不安げに言っていた。

 『何が』『何に』怒っているのか、はっきりと言わない所まで一致していた。

 憶測ではなく、その浴場の映像には、はっきりと写っていたと断言する。

 そこにいる『フロート以外の何か』が、激しく怒っている。

 津衣菜には、その映像から何も見えなかった。

 だが、そんな彼女にも分かる事もあった。

 そこに立ち込めていた嫌な気配は、さっきよりも更に濃くなり、波打っている。

 今の大浴場は、彼女が足を踏み入れた時よりも気分の悪い、『マズい状態』だった。

「あの人達こそ分かりませんよ……どうして、あんな所で、何もないみたいに、暴れ続けられるんですか」

 津衣菜より一回り年下らしい、男女数人のフロートにそんな問いを向けられる。

 少し考え込んでから、彼女は口を開いた。

「私もそう思ってた所です……まあ、心当たりがと言えば……彼らが信梁と北部のフロートだって事ですかね」

 津衣菜の答えに、住人達は首を傾げる。

「どういう事ですか」

「腐敗が進んで理性を保てなくなった同胞(フロート)を、多く殺して来ている」

「え……」

「『殺す』って言い方も、正しいのかどうか分からないですけど――そういう役目が、向伏(こっち)にはあるんです」

 絶句し、津衣菜を凝視した彼らに、短く説明する。

 津衣菜自身、その仕事を手伝った事がある。

 発現者(マニフェスト)と呼ばれる、突然『本当の死体』に戻ったかの様に全身の腐敗を進行させ、激烈な苦痛の中で思考力や理性も失っていく、フロートの最期の姿。

 フロート狩りや対策部への実力対応と並び、『末期発現者の始末』も、彼らが優先的に請け負っていた。

 津衣菜も薄々そうではないかと思っていたが、ここのフロート達に、そんな役目は存在していなかった。

 そもそも、彼らは、『末期発現者』を見た事さえもないだろう。

「仮初めのあの世みたいなフロートの世界で、同胞をもう一度『殺す』……それに慣れている彼らは、あの浴場にいるものの影響を受けにくいのかもしれません」

 発現者について説明した後、顔に怯えも浮かべているフロート達へ、津衣菜はやや自信なさげに言った。

 あくまでも彼女の憶測で、何の確信もない事だったが、そう思うとしか言えなかった。


『Kanori:風呂場のバトルが終わってみんな出てっても、あそこに肝試しの人が入れる様にはならないよね?』


 花紀のこの問いには、ナツキも津衣菜もすぐさま同意した。

 フロートなら、そして生者でも五感以外の感覚の鋭敏な者なら、その通りだと思うだろう。

 そうならないのは、生者死者問わず、『どこかが麻痺し壊れている奴』だけだ。

 津衣菜はそう思った。


『Kanori:だから、ここは、るーちゃんの言う通りなんだよ。あの人達とかぶるルートを逆に規制解除して、私たちで本物の怖いゾーンにして、本当に危ない所に辿り着けない様にしちゃうの』

『Natsuki:それならもう一つ、不安な場所があるんです。6階の東西の境付近……廊下の床がかなり老朽化しています。5階を諦めた彼らは6階へ行くかもしれません。ここも止めた方がいいと思います』

『Tsuina:何かそこまですると……私らで生者の面倒見過ぎじゃない?』

『Kanori:あの人達に何かが起きれば、それは私たちのトラブルにもなるよ』

『Tsuina:まあそれもそうだけど……一旦そっちに戻るよ。規制解除するなら、アナウンスする前に少し、計画修正した方がいい』


「あの……花紀さん、一生懸命段ボール灰色に塗って、一体何を作ろうとしているのかな」

「ここの子達に聞いたら、ちょうどいいサイズの段ボールあったんだよ。途中にこれを並べたらみんな驚くよねっ、怖さ倍増だよねっ」

「ああ怖いだろうよ! ホテルの廊下にいきなり墓なんて立ってたら! 私があんたの発想に驚いたよ!」

 モニタールームへ戻って来た津衣菜は、そこでゲームの監視もそこそこに、数人がかりで手作業に励む花紀たちの姿を見る事になる。

 どうして花紀だけでなくナツキや、彼女達を手伝うホテルの年少組まで、白い三角巾を頭に着けているのかは、尋ねる気も起きなかった。

「やっぱりお墓と三角布では、ベタ過ぎて、夜中の廃墟にわざわざ来る様な生者には、いささか通じにくいと思います」

「そうかなあ……?」

 十二、三歳位の少女が大人びた口調で花紀に意見する。

 その内容は津衣菜ももっともだと思ったが、今ここで花紀に言うべき内容としては、何かが違う気もしていた。

「じゃあ、どんなのがいいのかな……?」

「ああいう大学生が一番恐れるのは、露出する黒歴史です。こういう中二病ノートを目にすると、自分の封じられた記憶の何かを揺さぶられ」

 彼女が広げたノートには何か、イラストや文章が書いてある。

 津衣菜と花紀がそれを見ようとする前に、彼女の背後でLED人魂を作っていた男の子が悲鳴を上げる。

「何でお前がそれを持っているんだ! 止めろ、見るなあっ、広げるなあ」

「必殺コマンド、コーレイデイ―・ハングロシィンイシーム・アス!」

「やめろおおおおおっ」

「いや、確かに黒歴史も怖いですけど……もっと危機感のあるものがいいですよ」

 別の少年が手を上げる。

「危機感ってどんなの? 本当に襲うのはダメだよ」

「スマホゲーやってて、この辺でやめようと思った時に突入するボーナスタイム。階段降りている途中でも、先生や上司が見てても、ヤバい人にぶつかっても、信号の色が変わりかけても、やめられない!」

「うーん、それは確かに怖いけど……どうやって、ここで表現するかなあ」

「いるんですよ……タイムアップした時には、生者からぼくらの新しい仲間になっていたって子が……みんなも本当に気をつけよう」

「本当にありそうで怖いよ! 誰だよ!」




「怖がらせ作戦じゃなくて、笑わせ作戦になってるっすよね、完全に」

『花紀じゃ仕方無いね』


 スマホでの筆談も、結構久しぶりになる。

 雪子は津衣菜からの話を聞くと、すぐに一言そうコメントしていた。

「いや、僕もそこまで言わないっすよ……姉さんがとても残念な人みたいに……本当の事かも知れないけどさ」

「1ゲーム終わって暇になった子供たち集めてさ、ホテル組も巻き込んで、何かまたやりたい放題になりそうだよ」

 雪子が花紀の悪ノリに辛辣なのは、過去に付き合わされて不愉快な目に遭ったからだろうか。

 津衣菜は内心そんな風に思いながら、千尋と雪子の二人へ話を続ける。


『まあ、そのうち遥からダメ出し食らうでしょ』


「さっきもさ、よりリアルな人魂作るとか言って固形燃料の封切ろうとしてたしさ、もみじの胴体にロープ括りつけてたし」

「花紀姉さん、こういう時、本当楽しそうっすもんねえ……」

 千尋は苦笑しながら言う。

 津衣菜も口元だけで、彼女へ苦笑を返した。

「こういう時、普通でいい(・・・・・)だろう? 私らはさ」

「1回戦が終わって次までヒマなのは、僕らも同じっすけど……ねっ!」

 千尋は雪子を抱えて、木製の手すりの上に飛び乗ると、そこから宙の闇へ身を躍らせた。

 少し幅が広くて絨毯敷きの、1階から3階までの、かつては華やかな感じだっただろう階段。

 今では、その絨毯もボロ布の様で、途中に掛けられていた額縁の絵も埃まみれで傾いている。

 その手すりや床板を、とんとんとんっとわざとリズミカルに蹴りながら、千尋は跳ね降りて行く。

 その後を追っている津衣菜も、意識せずに鋭く規則正しいキック音を響かせてしまう。

 1階まで降り切った時、廊下の奥で複数の悲鳴や声が聞こえ、その後にどたどたと乱れた足音が遠ざかって行った。

「何だ。何が来たんだよ、あの音なに」

「見たよ、あそこ、あそこに! 女の子、顔が……顔が、こう傷が!」

「やめろよ! 何かいたけど、そんなだったか? そんなじゃないよ」

 いくつかの声は津衣菜にも聞こえた。

 彼女達が階段から降りた瞬間、廊下を進んで来ていた彼らは、雪子の顔を見てしまったらしい。

 津衣菜や千尋も、少し見られた様だ。

「髪の短い――」

「黒っぽい恰好で、髪も黒い」

「違うよ! 人形の様な明るい色の髪で、顔も人形みたいなのに目の下がこうグチャッて」

 雪子を見たらしい女の反応が大きく、それに引きずられる様に彼らは騒いで逃げていた様だ。

 津衣菜達は階段を下りた次の瞬間、廊下向かいの扉から、食堂だったと思われるスペースに飛び込んでいた。

 食堂だと分かったのは、崩れかけた壁の向こうに厨房らしいスペースが見え、がらんとした空間にも僅かにテーブルと椅子らしい物が転がっていたからだ。

 千尋と津衣菜は、床が軋んでゴミだらけのその場所で、ステップを踏んで減速し歩く速度になってから立ち止まった。

「普通にやってりゃ、いいんだよ」

「そっすね……」

「私らは普通に動いているだけで、声を出すだけで、それは生者にとっての恐怖になるんだ」

「……」

「この世界に幽霊だの死者の未練だのがあるとすれば、それは私たちなんだろう?」

「……そっすね」

 独り言みたいな津衣菜の声に、千尋は短く相槌を打つが、どこか違和感のある答え方だった。

「――?」

 どうしたのかと津衣菜は千尋に聞こうとしたが、その前に、支えられたままだった雪子が彼女の袖を背後からくいくいと引っ張った。

「どうした、雪」

 雪子は無表情のまま、千尋に手ぶりで何か伝えている。

 手話の様でも、二人にしか分からないコミュニケーション手段の様でもある。

 どちらにせよ、津衣菜が解読出来ない事に変わりはなかったが。

「え……『あざとくて好きになれない』って、その事なのか」

「『あざとい』? 一体何の話?」

 雪子は無言で千尋のスマホに文字を打ち込むと、津衣菜に見せた。


『遥の考えてる事』


「遥……?」

 予想していなかった答えに、津衣菜は眉間を寄せて雪子を見る。

 その視線を受け止め、じっと大きな双眸で見返す雪子。


『どうしてこんなグダグダのイベントに、遥の許可が出たと思ってんの』

「遥なんて、この件殆ど関知してないだろ……娯楽を作ろうとか言ってたくらいで」

『気付かないの。あんたは花紀よりも頭が残念ね』


 久しぶりに見る雪子の毒舌、矛先は完全に津衣菜に向いていた。

 さすがに津衣菜も、眉間を寄せたまま更に不機嫌な声になる。


「じゃあ、遥が何を考えてるって言うんだ」

『私たちを、ある世界観(しそう)で教育することよ』

「ある思想……?」

「先輩がここに来る前、ついさっきも雪と話してたんすよ」

 突然に千尋が口を挟んだ。

「遥さんが何かする時、花紀姉さんがずれたことしちゃうのも、まあ8割方天然すけど……多分ね、2割はわざとだろうって」

『遥の描く絵に、あの子はとてもなじまないから あんたよりも 私たちよりも』


 『あの子』って、花紀は雪子より年上の筈だと思いつつ、それは突っ込まなかった。

 花紀より更に年上の自分に対しても、この態度なのだ。

 それに、花紀や自分が雪子より大人だと思った事もない。

「遥が何か考えてるっぽいのは分かるよ。だけど、こんなゲームと肝試しで、どんな思想が教育されるっていうんだ」

 津衣菜が一番疑問に思っているのはここだった。

「……私の頭が悪いのかもしれないけど、さっぱりだよ」


『その半分は、あんたが  いや、あんたたちが自分から学んでいる』

 雪子は少し眉をしかめ、さっきよりも素早く文字を打った。

 彼女の表情が、気のせいか、津衣菜には少し悲しげなものにも見えた。

『もう半分は、これからはじまる』




「あ、いたいた、えっと……津衣菜さん! ちょっと来てもらえますか?」

 廊下の奥から小走りに駆けて来たのは、観戦者になっていたホテル住人の女の子だ。

 確か、元からの住人ではなく最近の流入組だったと、津衣菜は覚えている。

「どうしたの?」

「ロビーが大変です! ちょっと来て、見てもらえますか? 私たちではどうしたらいいかも分からなくて……」

 彼女の後について走りながら、モニタールームの花紀達にも取りあえず伝える。

「私も少し話聞いたの……」

 電話の向こうの花紀は、珍しく不安げな声を返して来た。

「一部の人達が凄く勢い付いて、『生者は死者になんて負けない』って逆にホテル中荒らそうとしてるって」

 騒ぎの大筋は、花紀の説明と、遠くまで響くロビー内の口論で、津衣菜にも把握出来た。

「何かあった時僕らでも対応出来ないので、指示に従ってもらえませんか」

「うるさいな、もういいよ」

「あんたら、本当にオカルト研究会かよ。全然だらしない」

「幽霊が怖いなんて当たり前だよ。これをどうにかしてこその、スポット制覇じゃねえか」

「死んだ奴だぜ。何が出来たって、生きてる奴と比べれば、全然大したことねえんだ」

「いいからもう見てろ。その大浴場だって、この滅霊剣で一斬だから」

「ぎゃはは、何が滅霊剣だよ、さっきそこで拾った鉄パイプじゃねえか」

 廃墟探索と肝試しを主催する学生サークルと、外部の参加者の数人とで揉めている。

 仲間同士での心霊スポット巡りに慣れている集団らしく、大学サークルの安全重視のやり方に強い不満を持ったらしい。

 そして、話を聞く限り、廃墟・心霊スポット探索者の中でも、かなり性質悪い方の連中らしかった。

 津衣菜はロビーの入口に着くと、闇に紛れて可能な限り彼らの集まっている玄関付近へと接近する。

 幽霊と言う仮想敵を前に、そのグループは彼女の眼でもはっきり分かる程に興奮していた。

 お前らが恐れる物を俺たちは恐れないし、一方的にいたぶってやるんだという優越感。

 そして、今日初めて顔を合わせた参加者をよそに、馴染みの仲間同士の連帯感に浸ってもいる。

 他の参加者たちや、学生サークルの面々は彼らの対応に、ただただ困惑している感じだった。

「どうかな?」

「うん、彼らはきっと……こいつら止められない」

 津衣菜には、彼らの姿は強く既視感を覚えるものだった。

 向伏のフロートなら、自分以外もそう感じるだろうと彼女は思った。

 それ位に、気炎を上げる彼らは、フロート狩りの連中にそっくりだった。


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