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フローティア  作者: ゆらぎからす
6.光の子
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80日目(3)‐82日目(1)

 80日目(3)‐82日目(1)



「“到着なう”……っと」

「俺ぁもう帰っけどよ。たまに誰か来っと思うから、足りねえものや分からねえ事とかあったら、すぐに知らせとけ」

 高地はそれだけ言うと、車に一人乗り込んで、さっさと行ってしまった。

「誰か来るって……応援とかじゃなくて、連絡役みたいなもんかな?」

「多分、そうですね」

「それにしても“たまに誰か”って……随分とアバウトね」

 暗く、波の打ち寄せる音だけが聞こえている海岸道路。1キロ程先に、小さく街の灯りが浮かんで見える。

 取りあえず、そこへと向かって、津衣菜と日香里は歩き始めた。

 黒く揺らめく海原の手前には、白くくすんだ砂浜が広がっている。

 夏場は海の家として使われるのだろう、古びた木造小屋が、白い砂の上で点在していた。

 町へ近付くにつれて、浜辺の様相は変化して行く。

 砂浜はコンクリートで固められ、波打ち際は岸壁で区切られる。水面には何隻もの漁船が、静かに停泊していた。

 明日の朝の漁に備えてか、行き交いながら何かの作業をしている者も少なくない。

 道路の反対側には、営業中の飲食店や土産物屋、旅館なんかが軒を連ねている。

 町側は、漁港ほど表を歩いている人間の数は多くない様だった。

 さっきまではっきりと聞こえていた波の音は、今では人の声や車の音、店から漏れて来る音楽に紛れてしまっている。

 町の奥で、微かに救急車のサイレンっぽい音が聞こえたが、すぐに遠ざかり消えてしまった。

 津衣菜と日香里は、道の端に寄る様にしながら町の中へと進む。

 メインストリートやその周りを、店々の灯りが消えるまで見回り、その後は人気のなくなった町役場周辺へと足を進める。

 そこから最初の海岸道路へと戻ると、今度は漁港を行き交う人間達を観察する。

 いずれの場所でも、フロートらしき者は見当たらなかった。

 漁港を夜闇の中からゆっくりと探索しているうちに、うっすらと日が昇り始め、行き交う人間の数も増えて来たので、二人は第一日目の探索を打ち切った。


 日中、二人は海の家の一つに身を潜めていた。

 小屋に隠れている間も眠りはせず、海岸道路を通る人間を軽くチェックしていたが、やはりフロートは現れなかった。

「そもそもさ、私たち、普通の人間とフロートの見分けなんて、そんな簡単に出来たっけ?」

 小さな窓から外を覗き見ながら、津衣菜はふと、押さえた声でそう呟いた。

 同じく小声で、隣の日香里から応答が返って来る。

「どうでしょうね……正直、私にも自信ありません」

「私も今度、アーマゲにでも入れてもらって、奴らにフロートの見つけ方教わろうかね」

「……あなたなら、向こうでも活躍出来るんでしょうね」

「その時は、真っ先にあんたを狩ってやるよ」

「……」

「自分で乗っかっといて、いきなりひくなよ」

「冗談にしても、趣味が悪過ぎます」

「だから……そう思うんなら、無視してればいいだろ。今までみたいに」

 咎める日香里に、津衣菜は半ば呆れた様な声で言った。

 今までが今までなだけに、自然に皮肉交じりの言葉になる。

「……そうは行きません」

「――? どうして?」

 日香里は真面目くさった声で、津衣菜の提案を否定した。

 津衣菜が尋ねると、やはり固いままの声で日香里は答える。

「これからしばらく、仲間のいないこの場所で、二人だけで協力し合って行かなくちゃいけないんですから……どんな形であれ、コミュニケーションはきちんと取らないと」

 津衣菜は顔を窓から離すと、身体を日香里に向けて尋ねる。

「だから、見えないふりで避けたりはしないと? これまでみたいに」

「はい……難しいですが、最善を尽くします」

「わかったよ。じゃあ私も、ふざけた口叩くのは控えるよ……出来るだけは」


 夕方になって、二人は小屋から出ると、本格的な探索を再開した。

 昨夜見たのは町の一部と漁港の一部でしかない。今日は、昨夜見なかった別の一部を見て行く予定だ。

 数日これを繰り返し、苗海町の中心部と漁港、海水浴場を一通りチェックする。

 それで進展がなければ、遥の掴んだという情報にあった、岩壁部分の廃墟の探索に入る予定だった。

 一言で『苗海町の海岸の廃墟』と言っても、車の中でネットで調べただけで、10個以上の該当する建物が見つかった。

 現地ではそれ以上の数の場所を探す事になるだろう。

 だから、その前に町で現地のフロートと接触出来れば、探索の手間は大きく省けるという見通しだった。

 駅前から銀行や郵便局、地元の人間向けの商店街、ショッピングセンターやアミューズメントショップの占める一画を回って行く。

 昨夜の飲食店街よりも照明は控えめだったが、通行人の数は多く見えた。

 しかし、フロートと思しき姿には一度も遭遇しない。

 自分達だって、一見では生者と区別しにくい姿で歩き回っているのだ。向こうが同じ様に通行人に紛れていないという保証はない。

 そう考え、津衣菜達は昨夜よりも注意深くチェックしたつもりだったが、それでも見つからなかったのだ。

 津衣菜が『また漁港方面へ行ってみよう』と考えた時、サイレンの音が耳に飛び込んで来た。

 遠くではない。すぐ横の道を、複数で。

 救急車、そして3台のパトカーが猛スピードで、町の奥――山の麓方面へ向かって走り去って行った。

 津衣菜は日香里を見る。彼女は頷いて言った。

「行ってみましょう」


 漁港とは反対側の、昨日、彼女達が車で通り過ぎた付近。

 山を降りて町の入口に差しかかった所の、なだらかな平地に広がる畑とまばらに建つ民家の一帯。

 数十分かけて津衣菜と日香里がそこまで辿り着いた時、回転灯で周囲を赤く照らす先程の車達を発見出来た。

 車の先には古びた酒屋があり、その周りに黄色の非常線が幾重にも張り巡らされている。

 非常線をくぐって紺色の服の鑑識や制服警官が何度も出入りし、それを取り囲む様に、近所の住民らしき人々が集まっている。

 そっと二人は彼らの背後へと近付く。微かに会話を聞く事が出来た。

「熊? 熊だって……こだ所まで降りて来るかい」

「こだ冷ゃけえのによ……起きちまって腹減らしたんだべか」

「殺しじゃねえべ。人間のやり方じゃねえ……酷えもんだがな」

「これで何度目じゃ。間違いなく、まだこの辺いっぞい」

「なあ、あれ聞いたか。先週ん時、逃げて来た奴言ってたの……熊でも人でもなく」

「はい、下がって! 下がってください、見ようとしない! ん……何だ君たち、ここの人じゃないだろ?」

 もっと聞こうと間近にまで接近していた二人。野次馬に注意しようとしていた警察官の視線が、二人を捉えてしまった。

「こんな時間にこんな所で何やってんの? どこの地区の子だい……ちょっと、待ちなさい!」

 二人が駆け出すと、警官は追って来る。

 酒屋向かいの民家の裏から、生垣に挟まれた小道へと二人は走った。

 二人の逃げ込んだ曲がり角へ警官が踏み込むと、そこには誰もいない。

 しばらくあたりを見回した後、溜息をついて現場へ戻って行く彼を、高い木の上から、二人はしばらく見送っていた。


 二日目もフロートを見つける事は出来ず、彼女達は三日目の朝を迎える。

 この日の夜は中心部から外れた町の南側と、砂浜を重点的に見回る予定だった。

 小屋の窓から外を見るのにも飽きて、軽い眠りに入りかけていた津衣菜の耳に、再びサイレンが聞こえた。

 3日連続。津衣菜が来てから、ここでは毎日サイレンが鳴っている事になる。

 海岸道路を南へと通り過ぎ、かなり近い距離で音は唐突に途絶える。

 日香里と連れ立って小屋を出て、砂浜を歩いて行くと、十分も経たずに砂浜に集まっている警察官や住民達が視界に入った。

 一旦、上の海岸道路に登って、通行人を装って現場の上をゆっくり通過する。

 赤いカラーコーンの間に張られた黄色のテープの向こうに、何枚もの青や白のシートが敷かれ、その中にあるだろう『現場』の様子は全く見えなかった。

「いい加減にしろ。いくら何でも、こんな所に熊なんて出る訳ねえだろ……それとも、今度は鮫でも出たって言うのかよ!?」

 苛立った様な男の声が聞こえた。

「だってなあ、人間こんなに出来る動物なんて、んなに色々いる訳ねえ」

「じゃあよ……先週の騒ぎ、本当に生き残りの奴の言った通りだったってのか」

「はあ? あれかよ……あれこそ、ショックで何かを見間違えただけだで……ねえよ、ゾンビの群れに襲われたとか。あいつ以外誰も、そんなもん見たなんて奴は――」

「あいつ以外、みんな死んでっだろが!」

 津衣菜は思わず立ち止まり、その場で彼らを凝視しそうになるが、日香里に袖を引かれて我に返る。

 二人は誰にも気に止められる事なく、その場を通り過ぎて行った。

「それによ、ゾンビって言えば、聞いた事ねえか。ここじゃねえけどよ、日本のあちこちで、死んだ筈の人間が起き上がって死体のまま動き回るって……病気、とは違うのかもしんねけど変な事が、幾つも起きてるって噂」


 空が赤く染まる頃、津衣菜と日香里は予定していた場所の探索ではなく、駅前のファーストフードの前へと来ていた。

 学校帰りの同年代の女子や、親子連れで混み合っている中に紛れて入店する。

 普段より皮膚を維持する薬剤を多めに服用して来たのもあり、店内の照明でも違和感が少なく、彼女達が周囲の注意を引く事はなかった。

「目立たないかもしれないけど、飲み食いどうすんの? 水しか飲まない客には敏感だよ、こういう所って」

 空いていた小さなテーブル席に向かい合って座ると、津衣菜は、ここへ来る事を提案した日香里に尋ねる。

 日香里は答える代わりに、ポーチからカプセルシートを一枚出す。

 カプセルを一つ飲み込み,何事もなかった様に注文したアイスティーをストローで飲み始めた。

「え……それ……」

「水分だけ吸収させ、フロートの体内に他の成分を残留させない薬」

「そんなもの、聞いた事がない」

「2週間ほど前に対策部からリリースされたばかりです」

「私が眠っていた間か」

「はい。先日の疑似食事で得られたデータを元に試作され、成功したものだそうです」

 何とも言えない微妙な表情で、津衣菜は目を閉じる。

 その彼女の目の前に、日香里はカプセルを乗せた手を差し出した。

 無言でそれを受け取る津衣菜だった。


「だから、やっぱり熊じゃなくてゾンビだったんだよ!」

 彼女達が店に入って1時間半、目当てのものには、予想していたよりも早く出会う事が出来た。

 高校生の男女数人のグループ。連日の「熊被害」の真相について、恐怖や怒りではなく興味全開で、大声で語り合っていた。

「えー、ありですかそんなの。本当なら山も海やべえ、つうかお前の頭がやべえ」

「言ってろ。唯一の目撃者がそう言ってるじゃねえか」

「ゾンビだとして、そんなの普段どこにいんだよ。山にゾンビの巣とか想像出来ねえんですけど」

「砂浜の先に廃墟のホテルとかペンションとか病院とかあるべ。そいつらも本当は、そっちの近くで襲われたって話じゃねえか。廃墟に溜まってんだよ……ゾンビが出て来んのって、廃墟か研究所だろ。俺理屈完璧」

 学生達の背後でこっそりと顔を見合わせ、津衣菜と日香里は頷き合う。

「じゃあ西沢医院跡あたりなのか……もうあの辺、近寄れねえじゃん。関東ツーリングどうすんだよ」

「甘いな。もっとぴったりの場所あるだろ……“松根教会”だよ」

「あああああああっ!!」

「来たあああっ!」

「そうそう!」

 その名前が出た途端、二・三人の学生が勢い良く反応した。

「あそこやべえ!」

「“光の子”集団死事件のあれでしょ!」

「“光の子”ってあれでしょ……神に祝福されれば、身体が死んでも永遠に生きられるとかって。まさにゾンビっぽい世界じゃない?」

 日香里は一言も発しなかった。

 津衣菜の目の前で、彼女は無表情のまま、静かにアイスティーを吸い上げている。

「“光の子として復活する”とか言い張って死体いくつも放置して、最後に信者同士、教祖夫婦も交えて殺し合ったんだべ? 2年も経つのにまだ見つかってねえのもあるって……」

「ああっ、もうそれでファイナルアンサーです!」

「教祖……その松根牧師って奴の娘が一度死んで、その後そうやって復活したとか言い出して、それでおかしくなって行ったんだよな。そこから“光の子”とか“神子(みこ)さま”とか言って娘を崇め始めて」

「それも奴らの妄想だべな。その娘も、本当は既に……ってことだろう」

 ずずっとグラスの底を吸い上げる音が響き、津衣菜は肩を強張らせる。

 日香里はグラスから顔を上げると、無表情のまままっすぐに津衣菜を見た。

 そのまま静かな声で言う。

「津衣菜さん、注文していたカフェオレ来ましたよ。そんな濃いの頼むなんて、チャレンジャーですね」

 その声は顔ほどには無表情ではなく、どこか寂しそうだと津衣菜には感じられた。








copyright ゆらぎからすin 小説家になろう

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