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フローティア  作者: ゆらぎからす
4.クオリファイド
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18日目(3)

1月1日、スカイウェイのバトル場面に大きな描写ミスがあった為、一部修正しました。

 18日目(3)



 花紀は逃げていない。逃げないで、西方台を目指している。

 私達が大好きで、色々な事を分かっているから。

 ――意味が分からない。

「俺もおかしいと思ってたぜ。何で、花紀が山頂行く前提で動いてんのかって。あいつが逃げてねえって何だよ。ガキを守ろうとして、奴らからも、俺らからも逃げようとしてたんじゃなかったのか?」

 高地が口を開いた。彼の疑問も津衣菜が思ったのとほぼ同じものだった。

「逃げ切るんなら、こいつも言った通り、向伏富士なんか行ってらんねえだろ。その先どこにも行けねえぞ。槌谷温泉から安住市へ向かうか、あるいは若梅市方面へ」

「何だ、あんたも分かってなかったのかい。らしくないねえ。そういう読みは私よりあんたの方が得意だろ」

 呆れ声で遥は高地の言葉を中断させる。そしてゆっくりとした口調で質問した。

「逃げて、どうするんだい?」

「あ? おめえも言ったろうが。あいつが何考えてるかなんて――」

「逃げると踏むんなら、そこまで考えなよ。思い出しな……たとえ私らに追われなくたって、発現者に安らかな時間は来ない。全身を絶えず激痛に蝕まれ、それがずっと、最後まで続く」

 津衣菜の脳裏に、かつて遥に言われた言葉が甦る。

 発現者は、人間の内臓を食えば、その苦痛から逃れられると思い込み、だから人間を襲うのだと。

「治す方法はない。末期発現者にとって半端な同情は、地獄なんだよ」

「分かってんよ、俺はな。だけど、あいつもそれ忘れてねえってのかよ。だったら……何で……」

 二人に割り込む様に津衣菜は尋ねた。

「花紀の抱えてるのは子供か。あれ、動いてないんじゃないのか?」

 モニターの映像に映る花紀。フロート狩りが撮った昨日の写真と同じく、彼女は身体の前方に何かを抱えていた。しかし、昨日のそれは激しくもがき、彼女に噛みついたり引っ掻いたりしていた筈だった。

 今、彼女の腕の中の何かはぴくりとも動く様子がない。

「恐らく鎮静効果のある薬を使用したんだろう。薬が切れれば元通りだ。勿論、発現には何の解決にもならない」

 電話の向こうの遥がそう解説した。

 映る彼女は小走りなのに、マップ画面に切り替えると、花紀は殆ど進んでいなかった。

 理由は映像の様子で明らかだった。彼女はヘリからのサーチライトから逃れようと、斜めに消え、再び捕捉されてを繰り返し、斜面をジグザグに走っていたのだ。

 スカイウェイまで、最短距離でおよそ100メートル。

 ラインで、遥たち北側先頭が西方台に着いた事を告げられた。

「現在、スカイウェイを移動中の車は、全員今いる場所で止まって」

 彼女によれば、現在スカイウェイでは西方台を中心に、全長3キロに渡ってフロートが配置されている状態だと言う。その区間のどこに花紀が出て来ても、フロート狩りが何かやらかしても、対応出来る間隔になっているらしい。

 このまま一斉に斜面へ降りて、徐々に幅を詰めながら囲い込んで行けば、花紀を包囲出来るだろう。

「そのまま――山には絶対に入らないように」

「……え?」

 だが、遥の次の言葉に津衣菜は思わず声を上げる。ライン上でも、遥のこの指示には、疑問の声が次々と流れて来ていた。

「相手は花紀だよ。今スカイウェイに来ているのももう気付いているし、林に入って近付いたらそれもバレる。変な方向に逃げられたら面倒だよ。あの子は下から上へ真っすぐ登らせたい……出来る限りでになるけどね」

 停車しているエルグランドの横を、3台の車がスピードを出して通り過ぎて行った。高地が舌打ちをする。

「チッ……前の車、久我だった。“くがやんズ”の頭の。それと、最後の車にボウガン野郎いたな。お前んとこ追い回したアイツだぜ」

 モニター上の花紀の様子に変化が現れた。

 急に足を止め、後ろを振り返り、そしてまた前を見る。左右を見てから、再び前後を交互に見る。何かを迷っている様子だった。

 立ち往生している花紀の前方に、一つ二つと、サーチライトとは別の小さな光が灯り始めた。それら全てが花紀を向いて照らしている。

 木々の間に幾つもの人影が浮かんでいた。照明の他にノートPCやカメラを繋いだタブレットを構えている者もいる。

 横一列に並んだ撮影隊が、花紀の進路に立ち塞がっていた。彼らの間を縫って、その後ろから新たな複数の人影が、次々と飛び出して来る。それらは、バラバラと花紀に迫ろうとしていた。

 だが、花紀へ辿り着く前にその足は止まり、踵を返して撮影隊の裏へと逃げ戻る。

 撮影隊の様子も変化した。めいめいにライトや生放送機材を片付け、蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。

 直後に、暗がりでも薄っすらと見える程、大勢の人影が花紀の背後十数メートルの辺りに出現した。フロート達だった。前方の連中のおよそ2~3倍はいる。

 花紀は彼らからも逃げる様に、撮影隊の消えた前方へと駆け出していた。ヘリのカメラもそれに合わせて、再び移動を開始する。

「花紀……あんたに……味方はいないのか」

 津衣菜は高地にも聞こえない程、小さく呟いていた。


 みんなが一緒だよ。

 だからもう怖くないよ。


「ここに……あんたの……味方は」


 やらなければいけなかった。

 やらなければ、いけなかったんだ。

 でないと、ここでは生きて行けないのだから。

「そういう所がキモくてみんなに嫌われてんの、まだ分かんない? この世にいる資格ないって事だよ、あんたさ……もう死ねば?」

 終わった事だ。

 あれは、終わった事だろう?

 私はきちんと死んだのだから。

 分かってるよ、本当にこの世にいる資格のなかったのは――


 津衣菜の耳に届いた微かなモーター音が、彼女を現実に引き戻した。徐々に大きくなるその音は、モニターからではなく、窓の外からのものだった。

「思ったよりも近いな――そろそろ出るぞ」

 高地が言った直後に、車の前方300メートル程の山肌の陰から、ゆっくりと旋回するヘリの機体が姿を現した。

 ヘリはその場で上昇し、サーチライトの角度を調節している。

 モニターの映像はスカイウェイを映し出していた。花紀は停車していた車の一台の屋根に飛び乗り、そこから向かいの崖の土砂崩れ防止ネットへ移り、それを駆け上って消えた。

 車の周りに待機していたフロート達が一斉にその後を追って、崖を登ろうとした時、一人が不自然にふらついて道路に転がり落ちた。続いてまだ登っていなかった一人が止まって腰を落とす。その喉に細長い何かが突き出していた。

 登りかけていたもう一人が道路に転がる。

 カメラは彼らを放置して再び花紀を追い始めていた。

「襲撃だ!」

 ライン上に、待機車は警戒し、可能ならアーマゲドンクラブのサイトを見ろと遥か誰かの指示が入っている。

 高地は車を走らせた。津衣菜がモニターをチェックする。

 アーマゲドンクラブのキャンペーンサイトは更新されていた。

「EXターゲットを追うか? スカイウェイでゾンビ掃討するか? スカイウェイのゾンビは一体ごとのポイント30倍!」

 マップに待機していたフロートの集団が、細かく表示されていた。かなり正確に把握されている。

 割れていたフロントガラスから、風を切って何かが飛び込んで来た。後部座席に当たって転がったそれをミラーで確認すると、直径3センチ程の丸い石だった。

「スリングショットだ! 当たったら骨砕けっぞ!」

 バンッという音が響いて、たまたま無事だった後部座席の窓も砕け落ちた。

 視界がハイビームで真っ白に染まった。道の反対側から、正面衝突する気なのか、速度も落とさず車が突っ込んで来ていた。

 高地がハンドルを切り、エルグランドは間一髪で車を躱す。後ろを当てられて、多少引きずられた。

「ひゃあっ!」

 そんな叫び声と共に道沿いから何かが投げられた。ドアに当たって道路に転がったそれは長い鉄パイプだった。投げた男の顔に津衣菜は見覚えがあった。

 彼女の初めて遭遇したフロート狩り。彼女の頭上にブロックを落としていた中年男だった。

「マジで狂ってる! って……おい!」

 津衣菜はドアを開けて車外に躍り出ていた。高地が止める暇もなかった。

「そのまま行って! 私は、こいつら片付けて花紀を追う!」

 何度もステップを踏んで勢いを殺しながら着地し、津衣菜は高地に叫んで中年男へ走り出す。

 男はこちらへ突進して来る津衣菜を認めると、踵を返して逃げ出した。構わずそれを追う。

 男の前方の暗闇の中、赤く二つの光が灯った。

 道に立つ二人の男の姿が浮かび上がった。その手にある火炎瓶。中年男が彼らの所まで付くと、二人は同時に瓶を津衣菜めがけて投擲した。

 彼女の周り数メートルに渡って炎が走る。二人の後ろで中年男ともう一人、新たな火炎瓶を構えていた。

 炎を避けて道の端に寄った津衣菜の目の前が燃え上がる。

 辺りが炎に照らされて、彼女はやっと気付いた。男達の周りに何体も、動かなくなったフロートが転がっている。

 男達の背後で一人、よろよろと起き上がった。炎に阻まれ身動きが取れずにいる津衣菜を見て、彼は男達の横をすり抜けようとする。

 中年男が彼に飛びかかった。気付かれていたのだ。手にしていた杭打ち用のハンマーを、中年男は何度も彼の頭に振り降ろした。

 別の男が、道に落ちていた物を拾い上げる。土木工事用の頑丈そうなシャベルだった。他の二人も同じシャベルを構えて津衣菜を見る。

 頭をぐちゃぐちゃに砕かれたフロートがその場に崩れ落ちると、中年男は振り返ってにやっと笑った。

「こーれまた、王道でーすよねえっ。シャベル! ゾンビ退治に欠かせませんっ……焼却系にはかないませんが」

 自分の分のシャベルもないか、ウロウロと道を見回す中年男。3人の男は構わず津衣菜へと向かって来た。

「でえーーーーえーーーーーやあっ!」

 そんな長い掛け声と共に、男達の更に後ろからだだだっと勢い良い足音が響き、シャベルを持った男の一人が横へ吹っ飛んだ。

 残りの二人が反応するよりも前に、空中での回し蹴りが彼らの顔面にも炸裂していた。

 軽やかに着地した彼女の、少年っぽいショートヘアーが弾む。

「大丈夫っすか先輩」

 千尋は炎の向こうで、気まずげに笑った。

「この……やろ……っ」

 最初に蹴り飛ばされた一人が起き上がり、再びシャベルを握って駆け出そうとする。だがその足元で何かが動き、彼は前のめりに転倒した。

 日香里と美也が何やら真剣な表情でロープの両端を握り、ぴんと引っ張っていた。脳震盪起こしているらしい男を、そのロープで手早く縛り始める。

「――きゃあっ!」

「……美也さんっ!?」

 悲鳴と共に美也が後ろへと引きずられて行った。

「クソガキが舐めやがって……どいつもこいつも、職場でも、ゾンビまでかよ。ガキはいつだってそうだ……俺はずっと戦ってきたのに、何で二十歳そこそこの奴によ、タメ口で指図されなきゃいけねんだ」

 ぶつぶつ呟きながら美也の髪を掴んでいる中年男そのもう一方の手には裁ちばさみが握られていた。

「てめえらも動くんじゃねえぞ。こいつの首速攻で落とすからな。ひひひ……最初は丸裸にしてやる。生きた女とどこが違うかチェックしてやる。そしてあそこも、あそこも、髪も、その顔もジャッキリと……」

 言いながら裁ちばさみは、美也の上着を切り裂き始めていた。

 他の男達も起き上がって、身構えながら手近な武器を拾っていた。

 美也の服を切り裂いていた中年男は、意識せずじりじりと道の崖下まで来ていた。身じろぎせず男達の様子を注視していた千尋は、おもむろに叫んだ。

「――今だ! 雪子、やっちまえ!」

 男の頭上、かなり高い位置からがさっと物音がした。

「あ? ……うおああああっ!?」

 顔を上げた中年男は絶叫する。

 崖の上に並んでいた樹木から道路側に伸びていた枝、その一本から真下の中年男めがけて雪子が垂直落下して来た。

 顔の縫合を全て外し、顔いっぱいに口を開けた彼女は、悲鳴途中の男の肩に喰い付いた。

「ぎゃあああああああああっ!」

 もんどりうって倒れ、転げ回る中年男。雪子の顎はその程度で外れる事はなかった。辺りにくすんだ赤色が撒き散らされる。

 その直後、シャベルを構え直した男の一人を、上から降って来た何かが飛びついて組み敷いた。雪子と同じく崖上から飛んで来た鏡子だった。

「――自殺女ぁ!」

 鏡子の怒声と同時に、空気を切る音を聞いた。津衣菜が半歩下がると、目の前をシャベルがゆっくり掠める。

 スローモーションを見ているみたいだった。津衣菜は前へ跳躍しながら左手で男の顔を掴むと、勢いだけで前へ押し倒す。マウントを取って、押さえた頭を地面に擦りつけた。

「ふざけんなよ、クソゾンビが……離れやがれ」

 縛りかけられていた男がロープを解いて、よろよろと立ち上がる。シャベルではなく鉈を握っていた。

ふらつきながらも大股で、中年男に噛みつき続けている雪子へ近付く。

 その手が急に弾け、鉈が放物線を描いて飛んだ。

「が……痛……」

 いつどこから現れたのか、男の傍らに梨乃が立っていた。その手にはスパナが握られていた。

 梨乃は無言のまま、続けて男の眉間にスパナを叩き込む。鼻血を噴き出してその場に昏倒しようとした男のこめかみに更にもう一撃。

 倒れた男の後頭部にもう一撃を加えようとした所で、鏡子に声をかけられる。

「……殺すなよ?」

 鏡子を一瞥した梨乃は男から離れ、そのままいつもの様にぼーっと佇んでいた。


 全員を縛り上げた所で、鏡子が津衣菜を見る。

「お前を探してたんだ……今の仮の班長はあたしで、お前はまだこっちの班員だ。やってもらいたい事がある」

「何?」

「花紀を探せ」

 鏡子はそう言い、津衣菜もさすがに、こいつは何を言っているんだろうと強く疑問を抱いた。

「今やっている」

「そうじゃない……病院でやった様にだ」

「……病院?」

 津衣菜は聞き返す。そして記憶を辿る。

 10日ばかり前の発現者探し。鏡子の制止も振り切って、考える前に感じ、足が動いていた。

「どんなレベルかは知らないけど、お前には多分、花紀やハルさんと同じ能力がある……あの日の様に、匂いを辿るんだ」

 鏡子はそこまで言うと顔を伏せた。

「あたしは誰よりも……ハルさんよりも先に、あのバカを捕まえたい……あいつが困っていたら助けてやり、間違っていたら懲らしめるのは、あたしの役目だ」

 津衣菜はしばらく無言のまま鏡子を見て、口を開いた。

「やってみるよ」

 鏡子は顔を上げた。

「頼む」

「私は、今までそんな事忘れてた。あの日の様に匂いで探せるなんて、考えてすらいなかった――上手く行くかどうかは分からないよ」

 津衣菜は目を閉じる。辿る前に、思い出すべき事がある。

 あの日感じたフロートの匂い、発現者の匂い、同類の匂い。死にぞこなった、朽ち行く匂い。それだけではない。

 それらとも違う、花紀特有の匂い。どんなだったろうか?

 死体(フロート)のくせに死を感じさせない、干した布団の太陽の匂い、春にはこの高原にも咲き乱れる白い花々の匂い。

 誰よりも生を欲し、光へ向かって飛んでいく魂の匂い――その資格を持つ者の匂い。

 目を開き津衣菜は、一歩を踏み出した。顔を上げ、道の先まで続く崖の、その奥を見据える。

 樹木も途切れ岩肌だけとなった地形の向こうに、噴火口――向伏富士の異名を持つ天津山山頂が、そびえ立って闇に浮かんでいた。






copyright ゆらぎからすin 小説家になろう

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