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フローティア  作者: ゆらぎからす
4.クオリファイド
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17日目

 17日目



「子どもと花紀の件、公開したよ」

 遥からそんなメールが届き、津衣菜は全フロート共有のSNSページを確認する。

『3日前に目撃情報のあった「未確認フロートの子供」は発現していました。生者の一般人への襲撃が何件か起きています。子供を見かけても近付かないようにして、このSNSにて通知して下さい』

『戸塚山1班のグループリーダー環花紀さんが「未確認フロートの子供」を探しに出たまま、一昨日から連絡が取れなくなっています。情報提供をお願いします。以下の班は、指示に従い捜索活動を開始して下さい』

 それらの新情報がヘッドラインに並ぶ。花紀の捜索を指示された班には、戸塚山1班も含まれていた。

 2件の上に、また別の情報が最重要トピックとして表示されている。

『アーマゲドンクラブによるフロート狩りキャンペーン、開始予定は明日0時。向伏関連の最新情報を特設ページで確認下さい』

 津衣菜は、昨日あたりからキャンペーンの事をすっかり忘れていた。限定メンバーのラインを見直すと何度か話題が出ていた。

 フロート狩りのページ入手に成功し、発現者の子供も写真付きで標的にされている事が判明していた。

 連中が「いかにもな凶悪ゾンビです。敏捷で犠牲者も出ているらしいです。怖いけど狩りがいも大でしょう。燃えて来ます」と嬉しげなコメントの添えられた子供の写真は、無残なものだった。

 但し、それは昨日未明の情報であり、ページが作られたのも一昨日かそれ以前のものだと言う。

 それ以降の新情報は一向に見つかっていない。情報入手を担当しているフロートらしきアカウントは、そう焦りをこぼしていた。

 津衣菜は農家の車庫に潜んでスマホを見ていた。自家用車と軽トラックと農機が並ぶ暗いスペースで、窓だけが快晴の空を眩しく切り取っている。

 シャッターは下りているが、いつ誰が入って来るか分からない。しかし、彼女の現在いる西部地区では、日中身を隠せる場所がこんな所しかなかった。

「女の子達ももう動いているね。鏡子が半ばテンパりながら仕切ってるっぽいのが、ちょっと不安だけど」

 ラインでそのまま遥に話しかけると、即座に反応が返って来た。

 対策部の警戒網は、駅前から更に拡大しているらしい。半径300メートル、北はテレビ局通りや稲荷神社、南は県庁や総合病院の辺りまで。

「広がった分、薄まってもいるけどね。入らないに越した事はない」

 花紀の捜索も、市中央の小山から北部と西部にかけてが中心だと言う。

「まだ公開していないけれど、西部地区の一番端、山麓温泉エリアのフロートから、花紀らしい子を見かけたという連絡があった」

 遥はそんな事を言い出した。津衣菜もいる西部地区は田畑の続く広大な平地となっていて、フロートの移動や居住に最も適さないエリアだった。

 だがその端は、他と同じく山々の入口となっている。西の山地は標高千数百メートルの活火山を中心に複数の温泉地があり、曲がりくねった何本もの登山ルートが伸びていた。

 その麓を拠点にしているフロートのグループがあり、彼らが市の中心部まで来る事は滅多にない。津衣菜もそんなグループがあった事を今初めて聞いたぐらいだ。

 そんな彼らでも花紀の顔は何となく覚えていたらしい。

「どうして公開しないの」

「気になる所があってね……その子は、彼らに気付いて……逃げたらしいんだ」

「逃げた?」

「うん、だから本当に花紀だったかどうか、彼らも自信が持てないってさ」

 遥のその発言には複数の他のフロートも反応した。高地や曽根木のアカウントも見かける。

 もしその少女が花紀だった場合、まだ子供を探していると言う事はあり得ないだろうという点で、ライン上の意見は一致していた。

「もう見つけている。ひょっとしたら一緒にいるかもしれない――だから逃げたんだ」

「そうだとして、何で逃げるんだ。連絡も取れないままじゃないですか」

「対策部とフロート狩りの動きは彼女も気付いているだろう。その子を保護しようとすれば、市街地からは離れる。そして――僕らからも」

「末期発現者を庇おうとしているっていうんですか。いくらあの人でも、それは……」

「分からない。けど、そう思うしかないんじゃないかって気もする」

 津衣菜は、病院での鏡子の事を思い出す。説得出来るなら発現者でも説得して復帰させ、治療を受けさせる。しかし、出来ない場合は。

 フロート狩りの連中が撮った写真を見る限り、その子供に見込みがあるとは思えなかった。中井と同じかそれ以上に腐敗が進行している。

 あたし達は生きる事を捨ててはいない。

 あの鏡子がそう言って、あの状態の中井に対話を試みようとしたというなら、花紀は。

「まずは見つけてからだよ。あの子が何考えてるかなんて、こんな所で予想してたって時間の無駄だ」

 遥の一言でその話題は打ち切られた。

「津衣菜もそろそろ休んだ方がいい。一昨日からぶっ通しだろ? フロートに眠気はなくても疲れはあるんだから……どこかで休んで、夕方に連絡してくれればいいよ」

「分かった」

 津衣菜は車庫の奥、かなり古そうで錆びついたトラクターの陰に身体を滑り込ませる。万が一、人が来て照明を点けたとしても、すぐには見つからなさそうな位置だ。

 それでも見つかった場合は、頭上の窓から飛び出せばいいだけ。そんな事を思い浮かべているうちに、数十時間ぶりに彼女の意識は遠のいた。


 津衣菜が見た夢は意味のよく分からないものだった。彼女は何度も見たショッピングモールの中にいた。

 通路に沿って並ぶショップの中に一つだけ病室の扉がある。扉の横には札が掛けられ、「たまきかのり」とひらがなで書かれている。

 扉を開けると窓際にベッドがあり、一人の少女が上半身を起こしていた。窓からの光を背にして顔はよく見えないが、彼女は津衣菜を見ていた。

「みんな大好きだよ。わたしにたのしいおはなしをしてくれて、おいしいお菓子やかわいいぬいぐるみを持って来てくれる。やさしくしてくれる。でも、みんなそこから来て、そこから出て行っちゃうの」

 少女は扉の向こうに立つ津衣菜に、いきなりそう話しかけた。津衣菜が一歩室内に入る。

 十何歳ぐらいだろうか、津衣菜よりも、今の花紀よりも幼い感じがする少女の顔は見えないままだった。

「わたし、ずっとここにいるの。治ったら出られるよって先生は言うけど、いつ治るのかな。ここを出てお家に帰りたい、お父さんとお母さんにただいまって言って一緒に暮らしたい。学校に行きたい。お勉強して大きくなって、今度はだれかにやさしくしてあげられる人になりたい。このままじゃ――」

 私、生きているのが分からなくなっちゃう。

 わたしはいきてみたいの。

 暗転。

 津衣菜は目を開く。頭上の窓から見る空は、血の様に赤黒く染まっていた。

 人がいないのを確かめて、窓の一つから車庫を出る。速過ぎず遅過ぎずのペースを保って、何気ない風を装って歩いた。

 南へ1キロ進むと新川沿いに出た。そこから上流、山の方向へ更に1キロ進む。既に空は暗くなっていた。

 津衣菜も名前を知っている大手繊維メーカーの工場の辺りで、河原に腰を下ろし、数時間ぶりにスマホの画面を開く。

 捜索活動は続いていたが、新たな目撃情報は一向にないままだった。

 市内での捜索を一旦中止し、フロート狩りの動きに注意しつつも、活火山天津山(あのつやま)に勢力を集中させようと言う話にまとまりつつあった。

 最も今その近くにいるのは津衣菜だった。そして、西部地区グループのフロート達。

 自分が先行して、まず西部地区グループと合流した方がいいのではないか。津衣菜はそう思った。遥も、他のフロート達も同じ意見だった。

「彼らの協力も必要になるね。あの辺の土地勘だったら、多分どこにも負けない」

 遥がそう発言した直後だった。

「お前、今、新川の紡績工場のとこにいるだろ」

 津衣菜はまだ自分の現在地を教えていない。アカウントは見慣れない名前だった。

「そこを動くな。囲まれて3か所から撮られている。アーマゲの生放送班だ」

 思わず顔を上げて見回す。それらしき人間の姿はどこにも見当たらない。

「きょろきょろすんじゃねーよ。バレてるのがバレる。奴らが持っている生放送サイトの一つを押さえて見張ってたら、さっき突然流れたんだ」

 アカウントは少年グループの一人のものだった。記憶にあるどの少年のものかは分からない。

 その生放送サイトは、一昨日捕まえたフロート狩りの高校生から聞き出したものだった。

「ずっと調べてたけど、ビンゴだった。アーマゲは狩りに直接加わらず、ワナビーの狩りに乱入するフロートの接近や侵入を探しては、隠れて撮り集めていたんだ。こないだの地下駐車場の件も、お前がタゲられてた山の公園でも」

 コミュニティの存在もその行動パターンも、かなり奴らに掴まれている。そう少年は語った。小出しにせず、十分な分析を繰り返して、このキャンペーンに備えて準備していたと。

「ローカルの考える手口じゃないね。助言にあった通りだよ。東京の本部が直接指導している……その裏もね」

「裏?」

「アーマゲのケツ持ってるお偉いさんさ。向伏のフロートコミュニティ潰しに乗り気らしい。対策部にも何か含ませたみたいだ」

「それも助言?」

「まあね……予想していた以上に、きついお祭りになりそうだわ」

 この前早口で切り上げていた電話だろうか。遥が誰から助言を受けたのかは分からずじまいだった。そんな事を尋ねていられる場合でもなさそうだった。

「車を回す。そこで待っていろ」

 高地が最後にそう言った。


 堤防の上の道にエルグランドが現れると、一気に斜面を駆け上がってつ衣菜は乗り込んだ。

 車を走らせてから、高地はモニターを目にして呟く。

「奴らも車持ってる。追って来やがった」

 バックミラーを覗くと、一目でそれと分かる黒のプリウスがぴったりと後ろをついて来ていた。

 モニターには、向こうの車内から撮っていると思しき、エルグランドの後部がはっきりと映し出されていた。ナンバープレートから車両番号も読めた。

「ゾンビのくせに車持ってるんですね……でなきゃ、ああいう邪魔は出来ないんでしょうけど」

 あまりテンションの高くないぼそぼそとした声が入る。まだ「準備中」らしいので視聴者向けのナレーションじゃなく、撮影者の独り言なのかもしれない。

「ちっ……この先の運動公園で待ち伏せてるってよ。こっちはハイエースだ」

「まだキャンペーンじゃないんでしょ」

「その前に潰しとこうって腹かもしんねえ……そういう指示でも出てんのか」

 高地はハンドル片手に電話をかける。

「ああどうも。運動公園向かってる。え、来てる? さっすがあ……その三つ前の角ね。分かった。その次から南へ入る」

 彼が電話を切った時、後ろに衝撃。プリウスは追突して来た。エルグランドが速度を上げると、向こうも速度を上げて再びぶつかって来る。

「度胸あんねえ……中にいるのがゾンビなら問題ねえと本気で思ってんのか」

 高地は呟いた。その口元は笑っている。

 信号が見える。赤信号だったにも関わらず、高地は速度を上げた。他の車は1台も見えないそのT字路を突っ切る。

 エルグランドに合わせて速度を上げ、交差点を通過しようとしたプリウスは、横から出て来た紺のクラウンのフロントに衝突した。

 数メートル横に滑って停まったクラウンから、スーツ姿の男性がバラバラと降りて来る。ヤクザとかじゃなさそうだったが、普通の社会人だとしてもプリウスの運転者が無事で済みそうな状況ではない。

「運が悪いねえ」

 そう言って笑う高地だったが、それがただの不運によるものじゃないのを知っている笑いだった。

 その次の交差点で南へ曲がり数百メートル進むと、道の端に誰かが立っている。エルグランドは停車した。津衣菜は立っていた男性を凝視する。

「いやあ、クラウンも盛大に吹っ飛びましたよ。だいじょうぶすかね」

「保険に入ってるから問題ないさ。これで運動公園前通ればいいんだね」

 高地の薄笑いに、柴崎も笑顔で答えた。柴崎の後ろに更に何人かスーツ姿の男性がいる。

 高地と津衣菜が車を降り、柴崎と男達が代わりに乗り込む。

「俺の名前は出して構わないっすから」

「現役ジャーナリストの高地さんですからね……肩書のある人間には彼らは無力だよ」

「こういう時身体張ってくれる所、僕偉いと思いますよ、柴崎さん」

「先生も、これ以上対策部で海老名氏の飼犬に立ち小便されるのは、我慢出来ないそうですから」

「センセもお下品なこと言う」

 ぎゃはははと笑う高地の隣で、津衣菜は肩を震わせた。

 エルグランドが走り去り。津衣菜と高地は歩き出す。

 ラインを見ていると、アーマゲドンクラブではなくワナビー向けのフロート狩りの会議室で、運転手交換の効果がてきめんに表れたと言う。

 待ち伏せ組はワナビーチーム「バスターズ」のメンバーだった。運動公園前で柴崎達の乗ったエルグランドを待ち伏せ組は追跡し、散々追突した後、降りて来た彼らにバットで襲いかかった。

 怒鳴りながら抵抗する彼らがフロートではない普通の生者だと気付き、待ち伏せ組は蒼白となった。

「どうなってんだばかやろう。車にゾンビいないぞ。県の偉い人が出て来て、怒りながら警察呼ぶと言ってる。車は知人のジャーナリストのものだって \(^o^)/」

 そんな書き込みを最後に、待ち伏せ組の連絡が途絶したらしい。

「いやあ、痛かったけど、痛快でもありましたよ」

 二時間後、数キロ東に戻った新川の橋でエルグランドと合流する。降りて来た柴崎はそう言って笑った。

「じゃあね、津衣菜ちゃんも」

 彼らは別の車を呼んで帰ると言う。彼らを置いて走り出した車の中で、津衣菜はひとりごちる。

「私は柴崎さんを誤解していたのかな……いい人だったのかな」

「そっちの方が誤解だな。この件でどれだけ奴に借り作ったのか考えると、ゾッとするぜ」


 西部地区のフロート達と連絡が取れ、待ち合わせの場所にエルグランドは向かっていた。

 生前から温泉地やその他の山地の集落に住んでいた年配者の多い彼らは、スマホやタブレットも苦手な者が多く、連絡は電話のみで行なわれた。

「もうすぐ0時だ。結局、ターゲット情報を先取りは出来なかったな」

 高地が少し沈んだ声で言う。

「市内は完全に臨戦体制だってよ。もうどこから何が始まるのか分からねえから、とにかく身を隠して、かつ何かあったらすぐ飛び出せるようにって。男も女も年寄りも子供も、フロート全部が」

 そんな彼らの元に、ラインから一報が入った。

 アーマゲドンクラブ経由で、フロート狩りの様々なサイトにキャンペーンのターゲットが公開されたのだと言う。

「こうなる可能性もあるとは考えてました……ただ、確信は持てずにいたので話せませんでした。すみません」

 少年グループのリーダー(さっきのアカウントとは別人だった)がコメントで謝罪した。

「まず見て」

 遥は一言そう言っただけだった。

 入手したと言うページを見て、高地も津衣菜も言葉はなかった。

 津衣菜はそこに映し出された自分の顔を見る。

 遥、津衣菜、鏡子、曽根木、北部地区グループ、少年グループの何人か、その他数人、フロート狩り潰しの主力となって動いた事のある、全てのフロートの顔写真がそこにあった。

「アーマゲドンクラブ認定 向伏限定ボーナスステージ! 生者に反逆し我々の聖戦に挑む、最凶悪ゾンビ集団! 一体倒すごとに通常の30倍ポイント!」

 高地の顔もエルグランドの写真と共にあったが、その上から×が付けられている。横にはこんな一文が添えられている。

「高地音矢 職業:ジャーナリスト 森椎菜県会議員秘書、柴崎礼二の知人 ゾンビではなくゾンビを擁護する生者? 攻撃すれば傷害罪・殺人罪となる恐れあり」

「へっ……」

 高地が鼻を鳴らし、笑いとも自嘲ともつかない声を上げる。

 画面をスクロールする津衣菜の指が止まった。

「エクストラステージ! 市内で何人もの人が襲われた子供型ゾンビ一体とそれを守る女ゾンビ一体! 現在天津山方面へ逃走中! 退治チームには100倍ポイントと特別報酬!」

 どこでいつ撮ったものかは不明だが、そこには発現者の子供を抱えて走る花紀の後ろ姿があった。

 その一枚だけじゃなかった。前から、斜め上から、横から、複数の角度から花紀は撮られていた。花紀の腕の中で、子供は大人しくはしていなかった。もがき、引っかき、蹴り、掴んでいた。花紀の肩には噛まれたらしき痕もあった。

 前からの写真に、俯いている花紀の表情があった。はっきりとは見えなかったが彼女は微笑んでいた。腕の中の灰褐色に爛れた子供へ、微笑みかけていた。






copyright ゆらぎからすin 小説家になろう

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