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フローティア  作者: ゆらぎからす
4.クオリファイド
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14日目

挿絵(By みてみん)

イラスト:葉月七瀬様


 14日目



「この間なんて雪子の肩にリスが当たり前みたいに乗っかってたんすよ。あれにはマジ驚きました」

「えー、いいなあ。花紀お姉さんの肩にも来てほしいですよ、リスさん」

「だけどほんと、フロートは動物が逃げませんよね。僕、昨日もフェレット見たし……まあ、野ネズミは勘弁してほしいっす。あいつら人が寝てると平気で齧りに来るし……」

「あ……はははは」

 この日の巡回は花紀と千尋、津衣菜と梨乃の四人だった。

 鏡子と美也と日香里がもう一班で、雪子は「定期検査」の日だったのでメディカル担当班――先日、遥と一緒に薬の確認をしていたフロート達の事だ――に預けていた。

「ふっふっふ、ちーちゃん、向伏の山々にいるのは、小動物とフロートだけではないのだよ」

「え、他にも何かいるんすか? 猿とか……まさか、く、熊……」

「いやいや、聞いて驚け。向伏の山奥深くには、何と――チュパカブラがいるのだっ!」

「えー……さすがにそれはないっすよ。姉さん、誰に騙されて来たんです?」

「本当だよっ! 見たって人が何人もいるんだもん。本にそう書いてあったもんっ! 入院中、何度も読み返したもんっ」

 前を千尋と花紀が喋りながら歩き、その後ろを津衣菜と梨乃が黙々とついて行く。

 千尋はいつもよりも屈託なく花紀に懐き、快活に笑っている様に見えた。

 普段雪子を気遣っていた分も、花紀に集中しているのもあっただろうが、後ろの自分を意識しないでいられるからだろうかと津衣菜は思う。

 そして、花紀も楽しそうだった。自分と話している時よりも。

 小柄でボーイッシュな千尋が彼女と並んで笑い合い、ふざけ合ったりしている所は、仲の良い姉弟の様にも見えた。

 自分は花紀の表情を曇らせる事しか言わない。津衣菜にはそんな自覚があった。

 顔を曇らせ、そして、無理に笑顔を作らせる――いるだけで互いが互いを否定する――そんな自分と彼女が離れるのはきっと――

「難しいは伝えるの何かの事だけど、なる事があるのはどうに」

「……どうにかなる、って?」

 唐突に梨乃が津衣菜に声をかけた。津衣菜は後半の意味が何となく分かったので聞き返す。梨乃は無言でこくっと頷いた。

「聞くがあったのは少しのさんの遥から。残念なのは離れるあなたの知るがままに少し」

 分からないようで、単語を頭の中で整理して聞けばそれなりに理解出来た。

 遥さんから少し聞いた。あなたを少ししか知らないまま離れるのは残念だ。

梨乃(りの)……なしの? あんたは私が邪魔じゃないの?」

「良いが呼ぶ名の私はなしの。少ない事の私が伝える、少ない事の私の知る、少しに今の私の見るがない、あなたのその人が悪いの」

 今度は全く意味が分からなかった。嫌われていないという解釈で良いのだろうか。

 しばらく二人は無言のまま歩いていたが、さっきと同じく唐突に、梨乃が小声で言った。

「――津衣菜さんはいい人。みんな本当はいてほしいでいる」

 絞り出す様な、どこか力んだ声。

 黙っていた間、彼女は頭の中で言葉を、一生懸命組み立て直していたのだ。それだけを言う為に。

「色々と読み違い過ぎよ。私はそんなんじゃないし、あんたの仲間もそうじゃないと思う」

 津衣菜がそう答えた時、梨乃のつなぎのポケットからアブラゼミの鳴き声が少しこもって響いた。季節外れのその音は、彼女がポケットから取り出したスマホで鳴っている。

 目覚ましだけでなく、着信音もアブラゼミだとは、津衣菜も今初めて知った。

 着信は、今行く先のグループの子供からの、「今日、なしのん来るの?」という期待を含んだ質問メールだった。

「何で……アブラゼミなの?」

「この音の私にさせる気持ちの私は起きるをするべき。覚えている少しの事のずっとずっとずっとなるのあったこの音」

「起きた時……フロートになった時に、この音が聞こえていた?」

「うん。私は知るの言葉の私はおかしい。違う言葉のずっと前の私の使う。アブラゼミの声でなりかけるの思うに出すは前に何かの私」

「何かを思い出しそうに……なるの?」

「言ったのさんの遥に私のなるは治る言葉の経つ一年か二年……だけど、私の思うのは分かるのないのが私の続くの出来るのがあるか一年」

 津衣菜は彼女の言葉を整理して、おおよそを掴んだ時、何も言えなかった。

 彼女は遥に言われた、一年か二年で彼女の言葉は治ると。だけど、一年も自分が「続く」のかが、彼女には分からない。

 何故遥は、梨乃の言葉が「一年か二年で治る」などと言い切れるのか。

 そして――フロートは一体いつまでフロートでいるのか。

 梨乃がフロートになった時も、その前の、生前の最期の瞬間にも、ずっとアブラゼミの声が聞こえていたという。それは夏の事だったのだろうかと津衣菜は考えた。


 膝まで雑草が生い茂っている、真っ暗な川辺に着いた。

 そこらに散らばっていた子供達の影は、少女達が現れると次々集まって来た。

 梨乃への子供達の反応は様々だった。元気良く彼女に飛び付いて、遊べだの、「なしのん語」喋れだの、おもちゃが壊れたから直せ(梨乃にはそういう技能で評判があるらしい)だの、口々に要求する子供達がいる一方で、少し距離を取って恐る恐る見ている子供も一部いる。

 ぼさっとした外見で無口な所、たまに口を開いても、何を言っているか分からないのも含めて、怖いと思われてもいるらしい。

 一斉に寄って来られて集られる花紀とは少し違っていた。それでも、意外な位に子供に好かれているとは言える。

「――あいつ、どしてる?」

 子供の一人が花紀に訊ねる。「あいつ」とは、先週の空腹を訴え続けていた子の事だ。彼は現在、大人の女性で構成された、市郊外のグループに預けられている。

 疑似食事と呼ばれる、フロート用の内臓洗浄剤を同時に服用させる形で、食事をさせる手段がある。その子には、その疑似食事のイベントが数日後の予定で組まれている。

 疑似食事の話をすると、どこか羨ましそうな顔をする子供も少なからずいた。

 空腹を感じていなくとも、「もう一度、あれを食べたい」とか心のどこかで思っている子供は少なくない――子供に限ったことでもない。


「いいなあちっくっしょう。そのあんぷるじーなんとかっての、もっともらってこいよ。はるねきにいっといて」

 駅前繁華街の狭い裏道、疑似食事について聞いた稲荷神社組からは、そんな率直過ぎるリアクションが返って来た。

「洗浄剤は気を付けて使わないと危ないんだよう……何か、食べたいの?」

 当たり前の様に、自分達でアンプルGCAを飲みながら食事するつもりでいるらしい子供達。花紀が困り顔で窘めつつも尋ねると、彼らは頷き合って答えた。

「じんじゃのまつりのひにみかける、あのやいたわしゃわしゃしたやつとまるいの。みんなでいちどくってみたいっていってたんだ」

「それとふくろにはいったしろいの。はしにさしたにんぎょうみたいなの」

 焼きそばとたこ焼き、それとわたあめ、細工飴。

 花紀と千尋、そして津衣菜は顔を見合わせる。3人が梨乃を見ると、彼女も頷く。

 それらを食べた事も見た事もなかったのか、彼らに訊ねようとする者は一人もいなかった。

「食べても……味しないんじゃないの?」

「ばーろー、あじしなくたってくってみてーんだよ」

 津衣菜が気になって思わず訊ねたが、即座にそんな返答が返って来る。

 馬鹿野郎呼ばわりまでされたが、いまいち子供達の欲求が理解出来なかった。フロートになってから空腹感や食欲もなかったが、何かを食べたいと感じた事さえ津衣菜には一度もなかった。

 津衣菜に罵声付きの答えを返した子供達は、ふいに思い出した様に言った。

「そういや、おれたちもさっきひとり、こどものみたことないやつをみたぞ」

「あいつもやせてたし、はらへってんじゃねえか」

「――ふえ? ど、どこで見たのかな?」

「すいどうきょくのちかく。おれたちはだっしゅふやしおにのさいちゅうだったから、そのままおいてっちまって、あとでもどったらいなくなってた」

 慌てて訊ねる花紀に、少し気まずげに子供の一人が答えた。

「ごめん……ねえちゃんたちもしらないなら、みつけてやってくれ」

「おれたちもこんどはしれいひとつでさがしにいく」

「う、うんっ――水道局付近だよね、みんなにも聞いてみる」

 答えながら花紀はスマホを出して、今聞いた未確認フロートの情報を市内のフロート全員共通の連絡用ラインに送る。


 稲荷神社組とも別れて、念の為に水道局周りを探してみたが、それらしき子供は見つからずじまいだった。

「これだけ探して見つからないなら、きっと移動してるっすよ……もうあとは別の班に任せましょう。豊玉町のおじいちゃんたちも探してくれるっていうし」

「うん……」

「大丈夫ですって、姉さん。フロート狩りの奴らの動きもないし、すぐ見つかりますよ。心配なのは分かるっすけど」

 花紀は少し微笑んでスマホを片付けた。気分を変える様に、彼女は明るい声を出して言った。

「花紀お姉さんは考えてるんですけど」

「え、何ですか?」

「今度、あの子とごはん食べるのうまくいったらね、今度はみんなでお菓子パーティーしたいなって、その子も一緒だと良いよね」

「――ええ?」

 千尋だけでなく、今度は津衣菜も声を上げる。心なしか、梨乃も目を丸くして花紀を凝視している様に見えた。

「考えてみて、ちーちゃん、ついにゃー、なしのん。この向伏市のフロートには、そういうのが足りない! 新しい事へのチャレンジっ、そして、楽しい事をみんなでやってみるという心がっ」

「いや……そうだけど……そういうの必要かな……」

 ドヤ顔になって何か言ってる花紀に、思わず津衣菜もツッコミを入れてしまう。

「ふふふ、ついにゃー、必要なものしかないというのは、人間の生活には不十分なのですよっ。みんなで集まるのが戦う時や危ない事があった時だけなんて、そんなのは勿体ないんだよ」

「あの子達もいつも遊んでますもんね」

「そうっ。ちーちゃん分かってくれたのが嬉しい。あの子達には、花紀お姉さんも学ぶ事が多いんです」

 津衣菜は少し後ろに下がって、それ以上口を挟むのを止めた。

 二人の言っている事が理解出来ないかと言えば、むしろ逆だった。さっきの子供達と同じだ。味覚を失い、味なんてない筈の食事でも、「あれ食ってみたい」のだ。

 あえて無駄な事でもやってみる。やってみたら楽しいかもしれないと思って。

 だが、それは生者の世界の希望だ。

 だからこそ津衣菜には同意出来ないし、これ以上、二人に何かを言う事も出来ない。

 花紀は聞いているんだろうか。私がこの班を離れたがっているのを。

 二人の背中を見ながら津衣菜は思った。

「――噂は本当だったな、二年の女子が失踪してるって」

 突然、耳に飛び込んで来た声。

 津衣菜は足を止めた。周りの少女達の声ではない。少し離れた所からの男の声。

 身体の向きを変え、声の主を探す。道の反対側7、8メートル前を、西高の制服を着た二人組の男子生徒が連れ立って歩いていた。

 この時間でも、部活帰りなら珍しい光景ではなかった。ネクタイの色から、彼らが一年だと分かる。

「今まで入院って事にしてたけど、とうとう学校も公表したか――家の承諾が出たんだっけ?」

「二年って言えば、こないだ学校中に猫や犬の死骸が捨てられてたってのあっただろ? あれも二年の女子がやったらしいんだよ」

「げーっ、うちのパイセン女、色々と怖ぇーよ。その行方不明の奴もそいつに殺されてんじゃねえ?」

「あるな。で、学校のどっかにまだあるんだよ、その女子のバラバラ死体が」

 ないよと口の中で呟きつつも、津衣菜は二人をしばらく目で追い続ける。


 駅前の繁華街エリア。バーや居酒屋の入っている雑居ビルが並ぶ区画で、それらの裏手に面している狭い通路。

 さっき花紀達と稲荷神社組が話していた辺りから、そんなに離れていない。

 生ごみを詰め込んだポリバケツが、激しくバウンドして転がる。

 キィィィィィと甲高い音が響くと共に、隣にあったポリバケツも倒れた。続いてばさばさっと鳥の羽ばたきの様な音を立てて、生ごみが辺り一帯に勢い良く撒き散らされ始める。

 ぐちゃっ、ぐちゃぐちゃぐちゃっ……ばしゃっ、がりがりがり、どんっ!

 数メートル先の、隣のビル前に置かれていたポリタンクと看板も倒れた。その刹那、暗い裏通りの宙空を、何か小さな影が跳ねる。

 影は、看板を後ろへ投げ飛ばし、その下にあったビニール袋を引き裂いて中身を撒き散らす。その中にあった、残飯や肉、野菜くずを無造作に掴み顔へと持って行く。

 ぐちゃぐちゃぐちゃ……きぃぃぃぃぃ……おおおおおおお

 咀嚼音の合間にそれは声を上げる。

「何だこの……おいい、さっきからうっせんだよ……」

 路地の入口にふらふらと50歳過ぎくらいの太った男が現れる。かなり酔っている様だった。

「おいガキかよぃ、何やってんだあ蹴っ飛ばすぞおお……店ん中まで響いて気持ちよく飲めねえんだあ」

 ぐしゃぐしゃぐしゃ……がりがりがり……

 咀嚼音と何かを引き裂き引っかく音。小さな影は男に返答せず、断続的に音を立て続けている。

 だが、さっきと向きが違っている。男にも、それが自分を向いていると何となく分かった。

「無視してんじゃねえ。どこのガキだあ、親ぁどこだあ……きたねくしやがって。くっせえしよお」

 自分に気付いていて答えないそれが、無視していると思ったのか、元々赤ら顔だった男はますます真っ赤になる。

 きゃきゃきゃ……

「がきゃあっ!」

 それの立てた声で、笑われていると思った男は、怒声を上げて裏道へと踏み込んだ。足元のごみやポリバケツを蹴り飛ばしながら、それへと近付いて行く。

 きぃぃああああああああああ!

 それは咆哮し、再び宙に跳ねた。まだ3、4メートル離れていた男に一瞬で飛び付き、押し倒す。

 男は目を見開き、今度こそそれの姿をはっきりと見た。悲鳴を上げるべきだと頭が考えても、声が出ない。

 自分の目が見ているものが、身に起きている事が、現実だとまだ認識出来ずにいた。

 3~4歳の子供の大きさのそれは、灰褐色に染まりぶよぶよに膨らんでいた。白く濁った眼はぴくぴく蠢き、男を見据えている。

 とんでもない力だった。掴まれたジャンパーは引き裂かれ、腕を上げられない。

 辺りを覆う異臭は生ごみの臭いじゃない。死後何日も経った人間の死体の腐臭だった。

 キャアアアアアアアアアア!

 それは夜空に吠え、顎が外れているのかと思う程に大きく開くと、男の鎖骨下の胸肉をジャンパーごと食い千切った。

「ひ……ひぎゃああああああああっ!?」

 男は、遅過ぎる悲鳴を上げた。

「あ、ひゃ……た……助け……やあああああっ」

 押さえる力が緩んだ拍子に男は全身の力で身を起こすと、もんどりうちながらボロボロのジャンパーを、ひっついたそれごと脱ぎ棄てる。

 何度も転びながら駆けて行く男を追いもせず、それはその場で咀嚼を続けていた。

 稲荷神社組の子供達が見つけたという、新しい仲間。

 その子供は発現者(マニフェスト)だった。






copyright ゆらぎからすin 小説家になろう

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