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フローティア  作者: ゆらぎからす
3.シンク
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11日目(3)

 11日目(3)



 2台の車が陸橋に入りかけた時、フロート狩りの会議ログの様子に新たな変化が現れた。

 追手は東西連絡通路から西口へ出た所で、フロート達を見失ったらしい。

 現場の誰かが、「どっち方向で探せばいいと思いますか」と書き込み、会議室は右か左かもまとまらずに紛糾し始めていた。

「駅前の広場、きちんと探したら? ゾンビ共だってこの時間で広場の外まで出られないでしょ」

「直進だったらホテル方面だろう」

「見つけたとして、どうするんだよ。追い込める地下なんてあるのか。数だって増えてるのに」

 津衣菜の乗るエルグランドの前方で、行き先の定まらないSUVものろのろと徐行運転している。

「もういいや。こっちの行き先は一択だ――奴らが俺らの後に来ればいい」

 高地はそう言ってハンドルを切り、あっという間にSUVを追い越した。

 その時、会議室が突然消えた。「このIDの会議グループは見つかりません」の表示が画面中央にぽつんと浮かんでいる。

「また移動したな。また探して見つけるんだろうけど……」

「こっちはもう見なくていいっすよ」

 陸橋が下り坂にさしかかると、エルグランドは一旦停車し、津衣菜が一人だけ降りて来た。

 歩行者通路に地上への階段、そしてエレベーターがあった。車が走り去り、津衣菜はエレベーターに乗り込む。

 エレベータを降りた津衣菜の目と鼻の先に、複合商業施設「向伏ノワールショッピング」の広大な駐車場エリアが広がっていた。

 津衣菜はスマホに送られて来た地図に従って、駐車場を本館裏手へ向かって突っ切り、外部階段と壁面の凹凸を伝って、三階の鍵が開いている窓からロッカールームらしき部屋に入る。

 部屋を出て従業員エリアの通路を進むと、奥に貨物用エレベーターが3基。そこから地下1階へ降りると、また送られて来た図面で扉が幾つもある狭い通路を進み、機械室みたいな電源盤やモーターの並ぶスペースに出る。

 スペースの奥は更に下の階に繋がる吹き抜けとなっていて、人が二、三人、あるいは荷物を運べる程度のゴンドラがあった。

 そこから更に吹き抜けの下へと降りる。さっきと同じ位狭くて、油汚れが上より酷い通路を進むと、その行き止まりで遥が待っていた。

 彼女は錆びたパイプ椅子に腰かけ、もう一台の椅子にタブレットを立てかけて見ていた。スマホを耳に当て、どこかと電話している。

「今すぐ“パターンE”で2階ロフトへ。0班と合流しろ……予定通りのルートだからって気を抜くな。途中で見つからないように、十分注意するんだよ」

 電話しながらも、津衣菜に気付き片手をひらひらと振る

 津衣菜はタブレットの画面を見てみた。さっき見ていたのと同じ、フロート狩りの生放送だった。だが、何かさっきまでの放送と違う。

 その映像はどこか高い所から、追手達とその周囲を俯瞰する様に撮られている。時折話し声は入るが、さっきまでの様な浮ついたナレーションじゃない。

「これ……あいつらのじゃない」

「うん。こっちで流している放送。奴らと違って完全クローズド、アクセスもチェックしているから、私ら以外に見ているのはいないよ」

 奴らのもあるよと言って遥は画面をスライドさせる。さっきまで見ていた騒がしいライブ映像が現れた。

「いました! ついに見つけましたゾンビ集団! 柵をよじ登っています、ノワールショッピングに……もう閉まってますよね、入り込もうとしています」

 興奮した声に合わせて画面も揺れる。その十メートル以上先で、金網の柵を数人のフロートが登って越えようとしているのが写っていた。さっき見た誘導班と同じ顔触れだった。

「まあ、ライブ感覚と盛り上がりようではこっちの勝ちだね。それはしょうがない、私らのはエンタメじゃない」

 苦笑しながら遥は言うが、津衣菜にそんな事はどうでも良かった。もっと気になる事があった。

「いない……? さっきのフロートも……花紀も」

「連絡通路で奴らの目をくらました時に、二手に分かれたのさ。あの子とおじいちゃん達はもう0班入り(ピットイン)している」

「――来ました! 来ました! アルティメットフォースの伝家の宝刀、東山大佐の制裁バン!」

 ナレーションと共に、追手達の横を追い抜いて行くSUVが映し出された。

「もうちょっとマシなネーミングなかったのかねえ、制裁バンって」

 遥が、ネットの文章なら後ろにwが5個くらい付きそうな感じで、再び苦笑を浮かべる。再びスライドして俯瞰の映像に切り替えると、SUVはスピードを上げ、カラーコーンだけで閉鎖された入口を、それらを蹴散らしながら敷地内へ侵入していた。

「この先は、地下駐車場へのスロープだ――奴らのかねて御希望の」

 勢い付けた追手達が、車の後を敷地内に雪崩れ込んだ。遥の電話が振動する。

 遥が出ると、手短に状況を伝える男の声。

「車両、イエローライン通過。6班、蛇行しながら車両をレッドラインへと誘導」

「うん、こちらでも見た。最終確認。別働隊なし。後続隊もなし。あれ単独。元々口だけ君ばっかりの“アフォ”だから予想通りだけど」

 遥が喋っている間に、微かにエンジンの音を津衣菜は聞いた。もう奴らのライブ放送は閉じているにも関わらず。壁の向こうから遠く、人の声と混じって、奇妙に跳ね返って響いていた。

 津衣菜はふと思った、ここは施設のどの辺りなんだろう。

 画面の中では、地下駐車場の入口へ逃げ込もうと(ゆうどう)しているフロート達と、その後を吸い寄せられるみたいに近付いて行く車や追手達が映っていた。

「これが“アーマゲドンクラブ”本隊なら、レッドライン前で引き返せたかもしれないが……“アフォ”アルティメットフォースじゃあ、そんなもん気付かないだろうね」

 車が坂を下り始めた時、三人の男が車から飛び降りてフロート達を追い始めた。それぞれが棒あるいは刃物、何かの凶器を手にしている。

 遥は電話の向こうと同時に、津衣菜にも声をかけた。

「車両がレッドライン通過。2班、3班、4班始め――津衣菜、出番だよ。そこの扉出てすぐだ」

 遥の指さす先には、小さな点検口みたいな扉があった。

「車の前を走って降りてきた奴、適当に一人とっ捕まえちゃって。他は無視して良いから」

 津衣菜が扉が開けると、真っ暗な通路に眩い光が射し込む。

 がらんとした地下駐車場の風景が、津衣菜の視界に広がった。

 彼女が踏み出すよりも一足早いタイミングで、駐車場のあちこちから――柱の陰から、機械の裏から、津衣菜と同様に小さな扉や穴から――何十人ものフロートが現れ、駐車場内に降りて来たばかりの男達や車へと押し寄せていた。

 津衣菜は、フロートの大群よりも速く駆けて彼らの前へ出ると、凍りついて棒立ちになっていた男の一人にタックルして引き倒す。

 他の男達も、津衣菜と同じく前に出た他のフロートに押さえ込まれている。捕まった男には周囲のフロートが群がり、一人ずつ後方へと引きずり込まれて行く。

「畜生! 大佐、お願いします――って、え、おい!」

 捕まった男の一人が背後の車に助けを求めようとした時、車はバックして彼らを置いたままスロープを登り始めていた。

「5班、始め――レッドラインくぐった時点で手遅れだよ――やれ」

 いつの間にかフロート達の中央に姿を見せていた遥が、スマホ片手に指示を出す。

 ざあっという乾いた音が、津衣菜の耳に届き、その音は瞬く間に大きくなった。

 音と同時に、スロープの上から何か黒い靄みたいなものが降りて来て、車の下の路面を覆い尽くした。車は一度大きくバウンドすると下方斜めへと扇を描いて滑り落ち、何度も側壁にぶつかりながら駐車場へと戻る。

 靄が駐車場内に入って来た時、津衣菜はその正体を知った。無数の単三乾電池だった。車は凄まじい音を立ててチケット発券ゲートに激突し、ようやく停まる事が出来た。

「1班転換準備。5班、6班、7班レッドラインへ集結――行くよ」

 何十人ものフロートは、車を包囲した。他の場所にいたフロートも、これから集まるらしかった。隙間なくという訳ではない。急発進やバックに備えて車の前と後ろは避けている。

 駐車場内で一斉に現れた時も、彼らはそんなにスピードを出さず、追手達の10メートル前では歩きに変わっていた。飛びついて捕まえる津衣菜達とは役割が違っている様だった。

 そんな中、凹みまくった車の前方に飛びつき、グローブを嵌めた拳でフロントガラスを叩き割るフロートがいた。いつの間にか合流していた高地だった。甲高い悲鳴を上げる運転席の男を引きずり出す。

 筋肉質で見方によっては喧嘩が強そうかもしれない30代くらいの男だったが、高地とは迫力が違い過ぎた。

「よう、東山さん久しぶり、相変わらず馬鹿(おげんき)そうで何よりっすね」

 ドアもこじ開けられ、もう一人後部座席から引きずり出された。40代後半と思われる中年の女だった。

 スロープの上も騒がしい。生放送役を含めた最初の追手数人も、二十人近いフロートに隙間なく包囲されていた。

 地下駐車場の下と上にフロートが集まっていた。更にそれを遠巻きに、騒ぎを聞きつけた警備員や従業員もばらばらと集まり始めていた。彼らはフロートにもフロート狩りにも近寄らず、無線や電話でどこかへ――恐らく警察にも――連絡を取っている。

 引きずり出された運転者も、さっきの追手達も、何人ものフロートへ引きずられ、駐車場内をどこかへと消えて行った。津衣菜が押さえた男も両手両足を掴まれ引きずって行かれた。

 その中の一人が、隙をついて手を振り切りスロープの上へと駆け出した。それを追おうとする複数のフロートが後ろに見える。

「深追いしなくていい! そこで待機してて!」

 遥が鋭く張った声で呼びかけると、追う者達の動きが止まる。命からがらな様子の逃走者は従業員達の横もすり抜けると、さっき自分が追う側として入って来たゲートを目指し走り去った。

 津衣菜の横を男の一人が連れて行かれていた。さっきの生放送で何度も、花紀の背中に楽しげに金属バットを振り降ろしていた男だった。視界の端に映る従業員の集団に向かって、声を張り上げている。

「見えますか? こ、これが……人間とゾンビの戦争の実態なんです! あの、警察呼んで下さい、自衛隊は来ないんですか? 人類が団結して立ち向かわなきゃいけないんですよ、あの、な……何やってるんです? 僕、大量のゾンビに掴まってるんです、助けは来ないんですか?」

 こういうもんだろう。津衣菜の内心には諦めがあった。

 今までの連中の会話を見ても分かり切っていた。

 自分がやる側の時は、正義であり非情なプレーヤーでしかなく、状況が逆転してしまえば、今度は誰かの同情を当然の様に貰える被害者になる。

 自分のやっている事の意味は永遠に棚上げされ続ける。

 別にフロート狩りに限った事じゃない。こんなものは、彼女の知っている世界で、いつも繰り返されて来た風景の一つでしかない。

 だが、理性が諦めれば諦める程、理性の外側からこみ上げて来るものがあった。

「だ、誰も助けに来ないのかよ? 何やってるんです? 僕、このままじゃ本当にゾンビに食い殺されてしまうよ! ちゃんと新卒で大手の支店に勤めているのに! 税金も年金も滞納していないのに! 銀行でも僕の信用度は……」

 本当に――食い殺してやろうか。

「みんな、あんたなんか別にゾンビに食い殺されてもいいんだってさ。残念なことに」

 遥がニヤニヤ笑いながら、男に言い放つ。男は遥を凝視し、絶望の表情を浮かべる。その一言で、津衣菜も我に返った。

「みんな分かってないんだ……これは聖戦なのに……僕は……無能でも空っぽでもないのに……」

 ぶつぶつと呟きながらそのまま男は引きずられて行った。

 車の周りではまだ中年の女性が激しく抵抗しながらも、腕や襟を掴まれ引きずられて行く所だった。口を押さえていた手が外れ、彼女の金切り声が暗い通路に響く。

「触るんじゃねえよ人食いの腐れゾンビどもがあ! 政府が隠したって最終生存戦争は始まってんじゃあ! 生きてる人間は立ち上がったんだよ、てめえらを地獄へ送り返してやるんだよ!」

 口汚く叫びながら闇の中へ消えて行った彼女は、薄い緑色のスーツを着て、セミロングの髪もきっちりセットしていて、黙っていれば上品な感じがしていたかもしれない外見だった。

 彼女の喚き方は、もし自分がゾンビの集団に襲われ生命の危機にあると思っているのだとしたら、無理なさそうなものにも見えたが、どこか違和感があった。

 どこか芝居じみた――心の底では、そうでない事を、これが茶番だと、知っている様な。

「それで……あいつらはこの後、どうなるんだ?」

「さあ、どうなるんだろーねえ……殺しはしないさ。ちょっとお話して、お家に帰してやるつもりだよ。車の弁償はしないけど」

 遥はそこまで言ってふと考え込む。

「私らは、そうだけど……今夜はそれで終わらないかもね。彼らに興味しんしんの方々が他にもいらっしゃる様だから」

 遥はスロープを登り、上に残っていたフロート達へ合図を送る。彼らは頷きながら、道の端々に固まって集まった。

 この騒ぎで足止めを食ったトラック運転手らしき男が、遥の前に立ちはだかった。

「ちょっと、あんたもあいつらの仲間か。これは一体な……ん……」

 男は遥の顔を見て硬直する。彼女の顔半分に走る紫色の模様、そして微妙な身体の動きや佇まいは、生きている人間の感覚からすればやはり強烈な違和感があっただろう。

 立ち尽くしたままの男を無視して遥は前へ進む。

「よし、私達も撤収するよ。やっかいなのが近くまで来たみたいだからね」

「奴らの仲間が……また来たのか? それとも……警察が」

「いいや。対策部さ――これだけ時間稼げたんだ、場所変えた甲斐はあったよ」

 その場にいたフロートの全員に緊張が走る。撤収のやり方やルートは各自あらかじめ教えられていた。

 見る見るうちに現場のフロートの数は半分以下になり、更に急速に減少して行った。

 遠巻きに見ている人間たちも狼狽しながら、彼らがどこから逃げているのかと周りを見回している。人間のみならず、津衣菜の目にも、彼らの足取りは全く見えなかった。

「さて」

 残りが数人程度になったのを見届けると、遥は頷いて地面を蹴った。津衣菜は慌てて彼女の動きに注意を集中する。

 彼女はスロープを上へと助走をつけて、欄干へ飛び、そこから更に地上階の仕切り壁の凹凸へ、更に壁面上端へ、その上に姿を覗かせていた樹木の枝と飛び移る。

 津衣菜はスロープを駆け上るが、遥と同じルートを取らず、一番上、生者の人間たちが固まっている所へと突進する。

 その手前まで来ると地面を蹴って、2メートル以上の高さから彼らへ襲いかかる態勢を見せる。彼らは悲鳴を上げて、反対方向へ散らばって行った。

 誰もいない所へ着地した津衣菜は、彼らを追ったりはせずに踵を返し、スロープに沿って方向で地上車路を走った。

 十数メートル走った所で、道の端に立つ外灯めがけて飛ぶ。空中で彼女は外灯の柱を蹴って、その先の遥がいる樹木へと向かっていた。

「フェイントで人払いして、三角跳びか。随分上級者になったじゃないか」

「……」

 無言で少し遥を睨む。どう考えてもさっきの遥の動きの方が高度だった。津衣菜の身体の制御では、ついて行けそうにないと思ったからこそ、今のルートを取ったのだ。

 やがて、津衣菜と遥の見下ろす中、数台のワゴンやレッカー車が敷地内に入って来た。地上の駐車場に一旦停まったそれらの車から、二十名以上のスーツ姿や作業服姿の男女がわらわらと降りて来る。

 現場を保存し捜査するというより、車両を撤去し、その場所で起きた事の痕跡を消そうとしている様にしか見えない。

 施設の警備や担当者らしき人間も連れて来られ、何やら話をしているが、どう見ても警察の現場検証なんかとは様子が違う。

「ただ逃げる訳にも行かないんだよね」

 遥は離れた暗がりの中から彼らに声をかける。

「殺しはしない! 多少絞ってからその辺に置いてく!」

 彼らはめいめいに辺りを見回し、ようやく彼女の姿を見付ける。大半は追いつく事を諦めて呆然と見ているだけだった。

 その中でも何人かはこちらへと向かって来る。スーツ姿の男の一人が立ち止まって、遥へ声を張り上げて質問した。

「何人いた」

「10人だよ。車は1台。8人捕まえ、2人はどこかへ逃げた。それも捕まえるんだったらそっちで頑張んな」

「どこだ」

「アルティメットフォースだ。アタマの東山もいる」

 スーツの男は近くの部下に何事か言う。やがて、対策部の集団は動き始めた。車も何台か、地下駐車場へ向かう。遥やフロート達は放置して、現場の収拾を優先すると決めた様だった。

 遥は、背を向きかけた男にもう一度声を掛ける。

「今月、私達の中の発現者は3だった。これも上に伝えといて」

 それだけ言うと津衣菜を促し、二人同時に樹上から飛んだ。






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