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フローティア  作者: ゆらぎからす
11.フローティア
134/150

202日目(1)

 202日目(1)




 『身体が腐る痛み』とはどんなものか。

 傷口や水膨れを深く化膿させた事がある人は、多少想像しやすいのかもしれない。

 腐っていたら痛みを感じない……なんて言うのは間違いだ。

 まだ壊死していない神経は、腐肉の中で、骨の中で、侵食に晒され続ける。

 例えば足に直径2~3センチ程、骨に達する化膿があれば、立ち続けていられない程の鈍痛を覚え、吐き気と寒気を伴う。

 それが全身の大部分を覆い尽くしている、そういう苦痛だ。

 最初の死によって全ての痛覚を失った筈のフロートが、何故その時、痛みだけを取り戻すのか、誰も知らない。

 何故、『生者を喰らえば痛みが消え、救われる』と全ての発現者が思い込むのか、そのメカニズムも謎のままだ。




「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! 」

 しわがれた絶叫が廊下にまで響いている。

 嫌になる程悲鳴のバリエーションは豊富だった。

 低い声で叫んだかと思えば、赤子の様に高い声で泣く。

 痛い痛いと言葉を繰り返したりもする。

 そして、3~4時間おきに何日も続いている。

「いい加減にしてくれよ……俺たちは臨床部門じゃねえんだっての」

 廊下の途中に立っているスーツ姿の男は、交代に来た仲間に疲れ切った声で訴えた。

 頷く交代の男も、無言のまま、疲労で濁った眼を廊下の奥へぼんやり向ける。

 絶え間なく聞こえる苦痛の声に参っているのは、生者だけではなかった。

「どうにか……ならないんでしょうか」

 あまり離れていない別室に収容されている、高齢女性のフロートのグループが遥に尋ねる。

どうにか(・・・・)とは、処分してくれって事ですか?」

「そんなっ!」

 フロートとなりコミュニティに保護されてから日の浅い彼女達は、発現者(マニフェスト)を直接目にした事もないし、ましてその扱いも見た事はない。

 だが、花紀と面識がない訳でもなかった。

 冷たい声で返して来た遥に気色ばむ。

「だってあれじゃ、花紀ちゃんが可哀想過ぎるじゃありませんか……もっと痛みを和らげるような方法とか」

「そっちは全力尽くしています。我々にとってこれ以上『どうにかする』って言うのは、そういう意味なんですよ」

 廊下奥の扉からは、悲鳴に被さる様に様々な声や足音も聞こえている。

 暴れる花紀を押さえて、薬品投与をサポートするフロートの少女達。

 新たに美也と千尋が加わって、一人一人の負担は多少軽くなったかもしれない。

 それでも、室内は廊下以上の地獄だった。


 昨日とも、一昨日とも、その前日とも変わらない光景。

 拘束がちぎれそうな程暴れる花紀を取り囲んで、押さえながらなだめる少女達。

 その背後から様々な『治療』や『投与』を試みる白衣のフロート達。

 部屋の隅で観察している白衣の集団は、マスクを付けている生者達だった。

 それでも、花紀の姿だけは刻々と変化していた。

 シーツから覗く緑灰色の手の、指先は五指とも骨が露出していた。

 白衣のフロートは、シーツと服をまくり上げて、溶けた皮膚の間から覗く肋骨に目をそらさず、ライトを当て脱脂綿を近付ける。

「大丈夫だよ、大丈夫……お願い……じっとしてて」

 一際花紀の悲鳴が大きくなる。

 津衣菜が祈る様な声で彼女に呼びかける。




「大人も子供もない。特に慣れてないなら、フロートだってこれは精神的にきつい」

「私だって限界だ。いつまで続くんだね」

 遠く聞こえる悲鳴を解説する遥へ、高槻はそう言い返した。

 テーブル越しに向かい合って座っているが、部屋の中にいるのは二人だけじゃない。

 遥の後ろには高地と曽根木が立っていて、高槻の後ろに控えている彼の部下数名を睨んでいた。

「感謝はしてるさ。あの子の希望を叶えるには、それなりの設備は必要だからね」

「やはり、普通はさっさと楽になりたがるものか。こういう時は」

「ああ。あんたらだって、それはよく分かっているだろ。対策部が面倒を見て来た発現者は私らより多い筈さ」

 遥が聞き返すと、高槻は苦笑しながら頷く。

「まあね。余程強い希望があって、安全性が高くない限り、早めに処置している。そして、わかるな……そんな事例はごく稀だ」

 遥は無言で頷いて、廊下の向こうからの声に耳を傾ける。

 花紀の悲鳴が止み、ぼそぼそと鏡子や日香里、メディカル班のフロートの交わす会話だけが聞こえていた。

 少し経って遥は口を開く。

「ただ、今までだって『最後まで留まりたがった』フロートはいたのさ……そして、私らの所でそれを全う出来たのは、一人もいなかった」

 高槻は無言のまま遥を見て、言葉の続きを待っている。

 彼の後ろの黒スーツの男達も、彼女の話に注意を向けている様子だった。

「やはり楽にしてくれと、頼めるうちはまだ良い。頼む知性もなくなって仲間や生者を襲い始めたのもいたね」

「その始末も自分達だけでってのは、さすがに無理だろう。別に君らを思いやっている訳じゃない。そのケツは結局、生者の社会に持ち込まれるんだって事だ」

「そうかもねえ」

「アーマゲドンクラブ南関東支部、通称『スラッシャー』……県南部にあった奴の別荘と、『新局二』の研究区画で、何を手に入れた?」

 突然話を変えて質問する高槻。

 遥も、室内にいる他の者も特に驚いてはいない。

 これが今回の本題だと、その場の誰もが理解している。

「新局二……ああ、あそこ、そう呼ぶんだったね」

「AAAとも接触したな? あいつらは一体何をしに来た? 感謝していると言うなら……その気持ちを、もう少しこちらに示して貰えないか?」

 高槻の覗きこむ様な視線に、遥は肩をすくめる。

「もっと感謝が必要なのかねえ。身勝手なもんだが、あの子の面倒も見ててほしいけど、その一方で、私らはもうちょいのびのびさせて欲しいというのもあってね」

「本当に勝手だな。彼女以外だって、君らは、いつ第一種変異への移行……君らが言う所の『発現』が始まるか分からんのだぞ」

「脅しているつもりかい」

「脅しでも何でもない。もう少し自分の現実を理解しろと言う、忠告だ」

「私らは、現実離れしてるかね」

「私から見れば。夢見過ぎだよ君らは」

「この世に浮かぶ死者は夢の中にいる。それって当たり前じゃないかな」

「そこが問題だ。我々の定義では、君らは変異したただの人間でしかない……新人類でもなければ、人間以外の特別な種族でもない。勿論、本当の意味での『死者』でさえない」

 高槻はテーブル端に積まれたファイルを遥の前に一冊ずつ投げ出す。

 開いて見るまでもなく、今までの向伏のフロートコミュニティについての調査記録がまとめられているのだと、ラベルで分かった。

「自分達が新しい何かであると仲間を教育している君らは、今は大人しくしてても、ある意味、九州の暴徒化した連中より危険だ」

「あんたらが本当に恐れているのはそんな事じゃないだろ……あんたらは、フロートがこれ以上増える事を、国内人口で生者の1%を越える事を何よりも恐れている」

「同じ意味だ。もしそうなった時、ただの暴徒と君ら、どっちが脅威だね?」

「人喰いゾンビよりも、大人しくまとまって暮らす私らが怖いって?」

「分かってて言っているだろう? それはもう、ただのゾンビパニック(・・・・・・・・・・)じゃない」

 遥は答える代わりに、背後の高地と曽根木に目配せして薄く笑う。

 二人は無表情のまま遥と高槻を一瞥しただけだった。

 遥の態度を睨んだ高槻に、彼女は向き直って口を開いた。

「考え過ぎなんですよ、高槻係長。私ゃそう何でも思惑持ってる訳じゃないし、コントロールしたがっている訳じゃない。私が希望するしないと関係なく、フロートは増えて行く。この国は死へと傾いて行く。そうだろう?」

「目先の事に行き当たりばったりで動いてるだけだと言いたいのか?」

「前からそう言ってる。私らはいつも現実の変化の前には無力なんだって……そちらの質問にだってそうだ」

 高槻の肩が微かに震える。

 遥は室内をぐるりと見回しながら、言葉を続ける。

「ここに押し込められている私らじゃ何も知らないし、何も持ち合わせていない。話をここから前に引っ張れるかどうかは、そちらの柔軟さ次第って事」

「やはり……そういう事か。佐久川から戻って来たのが四人しかいないって時点で、おかしいとは感じてたんだ」

「もし全員連れて来ていたら、収容キャパ限界越えてたろ。今ぐらいが限度だった筈。配慮(・・)したんですよ」

「ちっ、ぬけぬけと……」

 舌打ちと共に高槻は呟く。

 いつの間にか、廊下から響く悲鳴は止んでいた。




「あーー……がこ……さん」

 花紀の声は消えそうなほど弱かった。

 周期的に訪れる小康状態。

 傍らの鏡子を割としっかりした視線で見ている。

「よっ、どうだ具合は」

「……おなか……すいたです」

「…………我慢しろ」

 苦笑しながら殊更に乱暴な口調で、花紀のこめかみに拳をぐりぐりと押し当てる。

 顔の右側に痛そうな表情を浮かべつつ、花紀はどことなく嬉しげにはにかんだ。

 鏡子はさりげなく彼女のくるくるの髪を顔の左側に被せる。

 万が一何かに花紀の姿が写っても、彼女自身にその部分は見えないだろう。

「すげーぞ。お前の動画、とうとう100万PV越えちまったんだよ」

「どーが………ひゃく…まん」

「放送は、対策部の圧力で、チャンネルごとバンされちゃったけどね。保存して動画サイトに流した奴が何人かいたんだよ。生者にも、フロートにも」

 花紀の横たわる台を挟んで鏡子の反対側にいた津衣菜が、そう補足する。

「すごいんだぞ、お前。全国の奴らのフロートへの見方を引っくり返しちまったんだから。たった一人で……時代を変えたんだよ」




「放送の影響力はそれ程じゃなかった」

 曽根木の一言に、遥もその前の高槻も頷く。

「ヘッドラインからももう消えたね。忘れ去られる頃合いだ」

「フロート狩りが足を洗うきっかけぐらいにはなっただろうけど、それ以外の所ではちょっと珍しいニュース以上のものではない」

「まともな一般市民にとっては今更だからな。変異体が自分達と同じ人間だなんて事は」

 高槻の返答に遥が首を横に振る。

「そういう事でもないねえ。ちょっと違う連中への微妙な感情は、不自然に煽られた敵意より根深いのさ」

「流れは確実にプランβ(プラン・ベータ)を踏襲している。国神会派(教団)の意のままって感じだ」

「教団とか呼ぶのはやめよう。あくまでも与党の一派閥だ」

 高槻が曽根木をじっと見て咎めた。

 その時、曽根木の後ろに控えていた高地が一歩前へ出た。

「こんな時代に『血筋の穢れ』だの『優生学』だのの復権かよ。モロにカルト教団じゃねえか」

こんな時代(・・・・・)だからだよねえ。それらはもう、大昔の悪習じゃなく、未来の価値観になったのさ」

「分かってんよ。そんな未来があってたまるかっつってんだよ」

「死人が未来を語るというのも、悪趣味な冗談っぽいな」

 いつになく感情的な高地の声に、曽根木が淡々と返す。

 遥は大きく頷きながら、高槻に視線を戻す。

「そういうこと。私らは生者の世界がどこに進もうが知った事じゃない。『お好きなように』さ」


「話を戻すが、スキー場撤収と同時に、アーマゲドンクラブ本部の役職数名が緊急逮捕された。会長の日出尊人はまだ逮捕されていないが、秒読み状態だ」

「やっぱり逮捕されるんだ。刑務所……は行かないか」

「執行猶予もあるだろうしね。内輪向けにはかなり余裕そうだよ。ほら」

 言いながら高槻がテーブル上に投げたプリントの一束。

 手にとって目を通した遥は思わず噴き出す。

「ちょ、これ……ひょっとして津衣菜が撮ったやつ」

「だな」

 彼女の声で高地が後ろから覗き込み、肯定の返事を返す。

 スキー場のゲレンデを、大勢の賞金目当ての群衆に追われ、顔を真っ赤にして駆け上がって来る日出の姿。

 その写真の下には小さな文字でキャンプションがあった。

『決起した大勢の戦士達を率いて、死者どもを一網打尽とし、最後の追い込み作戦を指揮する日出会長の雄姿』

「もっと泣きそうな顔してた筈だぜ……かなりいじったな」

「これが信者向けの勝ち組アナウンスか……これだけ見てると凄く余裕そうって言うか……あまり薬は効いてなかったっぽいよね」

「そんな事もないだろ。この一週間、全国での退会者はネットで自己申告してるだけでも500人を越えたし……現に、向伏支部は正式に解散した」

アーマゲは(・・・・・)ね」

 含みのある声で遥が言うと、高槻はもう一束のプリントを投げる。

 どこかの会議室で撮られたらしい元・アーマゲドンクラブ向伏支部長や他の向伏支部役職の集合写真。

 彼らの後ろにあるホワイトボードには『新日本衛生運動 向伏事務局』と青字で大書されている。

「これが、海老名先生の次の受け皿かい」

「ゾンビ狩りみたいな稚拙な違法活動を行なうのではない、第一種変異、第二種変異に対して『予防』『被害抑止』の手段を模索研究する国民運動……だそうだ」

「研究なんてしねえだろ。用意された答えを出すだけなんだから……どこかと同じで」

 高地の揶揄する声に、不快な表情で見返す高槻。

「我々は地道な研究で、きちんと君らに有益な成果を上げて来た筈だがね。君は理解が早い事もあるが、偏見も過ぎるんじゃないのか」

「でも、結局プランβに沿うんだろ。そいつらと足並み揃えて」

「方向変換させられる可能性だって、我々の研究次第なんだ……非協力的な態度はそのままで文句ばかり言っても、そりゃ何ともならない」




「花紀おねーさんの愛されキャラで……また一つ世界……平和が……実現したんだね……」

「言ってろ」

 鏡子はこつんと花紀の頭を小突きながら笑いかける。

「でも、でも……」

「ん?」

 クスクス笑いながらも、顔を天井に向けたまま動かさない――動かせないでいる花紀は、少し間を置いて右瞳を鏡子、津衣菜、その他の仲間たちを探しながら苦しげに口を開いた。

 どうしても唇の左側……青く変色し溶けた皮膚、歯も歯ぐきも落ちかけて顎骨まで露出している……は見えてしまう。

 花紀は口の右側だけで声を出している。

「がこさんも、ついにゃも、みんな……も、やるといいんだよ……そうすればもっと伝わるの。ここには……素敵な子がいっぱいいるんだって」

「何言ってるんだ。あたしやこいつじゃ無理だ……マイナスにしかならねえって」

「ちがう……わたしなんかより……ずっといい子たちだもん」

「あんたより素敵な子がどこにいるっていうの」

 津衣菜のかける声に、花紀は右目だけ動かした。

 何故か、首を横に振られた気がした。

「ううん。わたしは……こわいの……いたくて、こわくて……いたくていたくて……くやしくて、また(・・)私は嫌な子になりそうなの」

「――!」

 花紀は津衣菜の絶句に頷いた様な気がした。

「どうして私だけここから消えてしまうんだろうって、がこさんやついにゃーをまた恨んじゃいそうになるの」

「それの何が悪いの」

 津衣菜は即座にそう言っていた。

 花紀は小さく「え」と声を上げて驚いた目を向ける。

「花紀だけがここから消えるなんて、実際おかしいでしょ。私だって何でだと思うよ。こんなの間違っているって」

「ついにゃ……」

「おかしいよね。花紀は悪くない。花紀が消えるなんて間違っている……私が死ねないこの世界で、そんなのおかしいんだよ」




「あ゛―――――――!! あ゛ああ゛―――――! いぎぎい゛い゛い゛い゛いいあ゛あああああ!!」

 言葉少なに会話を交わす時間は、長くなかった。

 再び花紀は長い絶叫と共に暴れ出す。

 叫ぶだけではなく、顔を上に向けたまま嘔吐する。

 泡立つ腐汁と虫を口に溢れさせながら、残っている右目も見開いている。

 嘔吐物を流す為に左頬は、大きく切り開かれてもいた。

「アンプル363だよ! もっと用意してよ!」

 怒鳴り散らす鏡子に、白衣の女性フロートと対策部職員までもが加わって説得する。

「適正量以上の投与に効果はないの!」

「だったら他の持って来いよ! この『酵素BSS2』だって発現者対応だろ?」

「複数の鎮痛成分の併用は危険よ!」

「うるせえんだよ! 花紀が痛いって言ってんだ。どうにかしろ!」

 彼女達に掴みかかろうとした鏡子は、横合いから吹き飛ばされる。

 彼女の腰を手加減なしで蹴り出した高地が、低い声で怒鳴る。

「落ち着けよ、コノヤロー」

「すみません、でも……」

 鏡子が言い訳を口にしかけた時、花紀のものに聞こえないしわがれた声が室内に響いた。

「助けて。おなかをおなかに――おななんかなか――中のものを……食べたいの!」

「か……花紀!?」

「いきてるないぞう……いぶくろ……めだま、ち、した、のうみそ。いたいのがなくなるの!」

「花紀! 花紀!」

「おねがい……たべさせて、にんげんのたべさせて。くるしいのいや……きえるのいやあ……」

 鏡子だけじゃなく、休憩していた美也も日香里も立ち上がって、凍りついたまま花紀を凝視している。

 花紀の絶叫はすぐに止んだ。

 沈黙の中、最初に口を開いたのは高地だった。

「気にすんじゃねえぞ。発現して全身が腐ってきたら、誰だってああ言うんだ…………本心じゃねえ」

 黙り込んでいる少女達へ、睨みつけながら再度聞く。

「分かったかよ?」

「あ、は、はい……」

 かろうじて返事した鏡子へ、高地は近付くと小声でぼそっと囁く。

「そんな事より、ちっとあれ(・・)見てろ」

 高地の指差した先には、無言で花紀の手を握っている津衣菜の姿があった。


「ふふ、花紀さん、あまり動いちゃダメですよ……足、取れちゃったじゃないですか」

 美也はそう言って微笑みながら、殆ど骨だけになった花紀の足首を大事そうに胸に抱えている。

 感情表現がおかしくなっているが、正気を失くした訳ではなさそうだった。

 だが、かなり疲れている様子なのは確かだった。

「スプレー34号とアンプルC579を用意。3センチ削って縛れ」

 高地と同時に部屋へ来ていた遥が、白衣のフロートや対策部のスタッフへ冷静な声で指示を出す。

 花紀を押さえる役目を終えると、台の傍らでずっと祈っている日香里。

「あれが良いアピールだったと、本当に思っているのか」

 鼻と口元を袖で押さえながらも、かろうじて花紀の姿を見続ける高槻が、責める様な声で遥に尋ねる。

「あれっていうのは?」

「彼女のあの様こそ、君らの真の姿だ。君らは特別な存在ではないが、異常なんだよ。生者の様に愛し合う事が双方にとって幸せな事なのか」

「私に聞かんでよ。喋ったのはあの子さ」

「今度は責任逃れか」

 吐き捨てる様な声で高槻が詰ると、遥はトーンを落とした冷たい声で返す。

「逃れるもくそも、私らには常に何の責任もない」

「何だと」

「あんたが言った通り、あれが一秒後の私らだ。だから、何の責任も負いようがないんだよ」




 copyright ゆらぎからすin 小説家になろう

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