11日目(2)
11日目(2)
「キャンペーン前のプレ・イベント――腕慣らし的なものなのか、あるいは、どうしても今逃したくない獲物を見つけたのか、だろうな」
待ち合わせの場所で数時間ぶりに再会した曽根木は、今回のフロート狩りについてそう分析していた。
「こういう、奴らが力を温存している時期にあえてフロート狩りするなんて、今まではなかったの?」
助手席を譲って後部に移った津衣菜は、曽根木に尋ねる。彼は首を傾げ、興味深げに津衣菜を見て答えた。
「全くないとは言えないけど、大抵は計画性もない超初心者が勢いで始めるものなんだ。今回はそうじゃないっぽいね……前例が気になるのかい?」
津衣菜は思い出していた。先日に花紀の言った忠告を。
今までにない動きがあった時には、十分気を付けて。
その後、曽根木はずっと助手席でタブレットのモニターを見つめ続け、高地は運転席で待機していた。
辺りがすっかり暗くなった頃、こんこんと助手席の窓がノックされる。曽根木が顔を上げると、そこには津衣菜と同じ年ぐらいの少年が覗き込んでいた。さっきの倉庫の中で、彼が他の少年達といたのを見ている。
男にしては少し長めの、千尋くらいの長さの髪に黒のニットキャップ。顎と目の細い顔立ち。背は津衣菜より頭一つ分高く、左腕にギブスを付けていた。
「どうですか?」
「こっちは通ってない」
「タゲられてんのは」
「こっちもまだ――でも多分、もうすぐ特定される」
短く彼は曽根木とやり取りを交わす。
彼は後部座席の津衣菜を見て怪訝な顔を浮かべる。
「戸塚山の女子でしょ……こっち入るんすか」
「言っとくけど、こいつ強えーぞ。多分お前よりも」
高地が少年に声をかける。彼は不愉快そうに少し顔を歪めた。
「大丈夫なんすかね……さっき1時間まるまる奴らのチャット逃したのは、痛かったすよ」
「連中だって今まで散々先回りされてて、同じ所で会議続ける程は馬鹿じゃない。時間を見てチャットを引き払い、別の所で続きをやるって感じで逃げ回っている。だけどこっちだって、あらかじめ連中がキープしている場所は幾つか押さえているんだ」
曽根木は後ろの津衣菜に、今行なわれている情報収集について説明する。
続けて、顔を少年に向けて答えた。
「最悪、連中の車はもう瀬田月地区で確認されている。向かう方向も分かっている……となれば、どこで狩りに入るかも大体絞れてくる。奴らのタゲが分からなくとも、十分追えるさ」
「まあ、俺らは十三号沿いを固めますよ。みんなもうすぐ配置付きます」
「うん、頼むよ」
少年は音もなく夜道を走り去って行った。
「……まいったな」
タブレットの画面に向き直ってしばらくして、曽根木が呟いた。
「どうしたんすか」
「対策部が動いている。どうも、車……アルティメットフォースの東山のだ……これをマークしていたらしい。下手すればバッティングする」
「まじすか」
曽根木の答えを聞き、高地は重々しく呟く。
「来たぞ」
「情報すか」
「いや、奴らの車だ。高地くん、車出してくれ……津衣菜さん、君は画面を見てて。何も操作せず、ただタイムラインを追うだけでいい」
曽根木はタブレットを津衣菜に渡し、自分は前方だけを見ながらどこかに電話をかけ始める。通話の相手が遥なのか他の誰かなのか、津衣菜には聞こえなかった。
「特定されたみたいです。奴らの標的」
津衣菜がモニターを見ながらそう言ったのは、車が走り出してから10分近く経った頃だった。
その間、車は前方を走るメタリックカラーのSUVを追い続け、市中心部に入っていた。
「僕も今聞いた……写真はこっちで見る。高地くんに見せてあげて」
通話を切ったばかりの曽根木は、スマホに目を落とす。
タブレットの画面には、明らかにフロートの、60歳以上と思われる男性が写っていた。
男性は部屋着の様な格好で、商店街の裏を徘徊している。おどおどと怯えた表情を浮かべて、周囲を見回していた。
「記憶にない顔だ。僕らと接触した事は一度もないね」
「つうか、なりたてでしょ、これ。自分がどうなってんのかも分かんねえって顔してんじゃん」
ホルダーに取り付けられた画面を見て、高地が曽根木に返す。
男性の写真の下には撮影者の記したデータが載せられてあった。発見したのは今日の昼前。会社の昼休み、定食屋に行く途中で見つけたという。
推定年代、60~70。身長、およそ160センチ。外傷なし。死後1日以内。メモに、「自宅での病死でしょうか。衣服も少し汚く、一人暮らしの高齢者の孤独死という感じです」
写真をスライドさせると、その裏に入手成功したらしい会議のログが、表示されていた。会話内容から見るに、今回の狩りには、最近仲間になった未経験の新人に度胸を付けさせる――殺し慣れさせる――目的があったみたいだ。
津衣菜はその会話を凝視する。男性を「なりたてゾンビ」「Lv1」という言葉で評する中に、「年金泥棒」という単語が何度もログ内を踊っていた。
「生者の世界を守るのはもちろんだが、こんなジジイが生きてる時どころかゾンビになってまで、俺の税金を消費するなんて、ただただ怒りしか覚えない」
そんな発言が書き込まれていた。その発言者は、今夜の狩りにも意気揚々と参加を表明し、“今、車で向かっている”と言っている。
会議室はフロートだけでなく、対策部への恨みや不満でも溢れていた。
俺達の邪魔ばかりする。この前も参加者の一人が連れて行かれ、朝まで尋問された。表に出られない非公然機関のくせに、市民の正当な戦いを邪魔する権利はあるのか。
今回のフロート狩りを主催するらしい、ワナビーチーム『アルティメットフォース』は、フロートに狩りを潰された事も何度かあった。だが彼らは、それを組織的なものではなく、偶発的な自然現象か何かだと思っている様子だった。
こういう現象についてネット調べているんだけど、同じ様な事例が見つからないんだ。やはりアーマゲドンクラブのデータベースにアクセスしないと、分からない事もあるんだよな。
「年金泥棒呼ばわりもひでえが、考えてる手口もえげつねーな」
高地が画面ではなく、前方の車を見ながら言った。
「地下通路から地下駐車場に追い込んで、駐車場内で車で追い回し、出庫しながら駅前通り出口で跳ね飛ばす。その後、大船交差点までの300メートル、金具で引っ掛けて引きずってくんだってよ」
「火は使えないし、地上では車の外に出たくないだろうね――しかし、駅前で、対策部にマークされてて、それだけの事出来るんだろうか」
「それは微妙ですね。知ったこっちゃありませんが……まあ、対策部のマークは外させるそうです。標的も場所も変更させる……奴らじゃなく、こちらの都合で」
高地は口元に薄ら笑いを浮かべる。
「囲み要員、倍必要だな。4班から7班までも待機してもらう……場所は?」
曽根木も笑顔だった。
「ああ、今出ましたよ。西口駅前の向伏ノワールショッピング。地下駐車場も完備ですね」
駅前の人気のない路地に、メタリックのSUVはエンジンを止めず停車していた。
連中の車が視界に入るコインパーキングに、高地達の黒のエルグランドは駐車している。すぐに発進出来る状態ではないが、彼らを追うのにそれ程急ぐ必要もなかった。
「始まったよ」
曽根木が言って、ホルダー上のタブレットを指す。
「うわ、また表で生放送してやがる……一応会員制だけど、意味ねえよな。俺が入会出来る位なんだから」
「どんなに自分の首絞めようと、こればっかりは止められないんだよ」
画面からは、けたたましい笑い声や怒声が響いていた。
さっきの写真に写っていたままの、初老の男性がよたよたと走っている。その後ろ、すぐ手前付近を複数の男女が走っている。
「ゾンビです。ジジイです。楽勝です……これから、我々アルティメットフォースのミッションタイムです。えー、人数少ないですけど、気にしないで」
放送しているらしい若そうな男性の声が、息を切らしつつナレーションしていた。
追跡者側からのリアルタイムの映像だった。
映像の横にはSNSや生放送サイト付属のフォームを用いての、視聴者のコメントがタイムラインで流れていた。「気持ち悪い」「底辺聖戦士」「劣化アーマゲ」「田舎の娯楽」「犯罪じゃねえのこれ」「警察はゾンビの前にこいつら駆除しろよ」など、フロート狩りを馬鹿にするコメントも時おり流れたが、それらを押し流す程の大量の彼らを支持するコメントが流れていた。
「おら止まれクソゾンビ」
「石、石もっと頂戴」
「この、このおっ、これ以上日本を汚すんじゃねえ。反日民族とゾンビは勘弁なんだよ――」
「生きてる人間のリソース奪うんじゃねえ! あ、そのバットいいすか」
口々に追手は叫びながら、フロートの老人に投石したり、ダッシュで追い付いて金属バットで殴りつけたりしている。
追手の年齢性別は様々で、若い男も年配もいる様だった。一人いる女性は年齢が良く分からない。
周囲の建物や通行人に遠慮しているのか、投石も殴打も大した威力は出せないらしかったが、老人は少しずつ弱って来ている様だった。
ごくたまに、通りがかって目撃してしまった会社帰りの男女が、呆然とその光景を見送っていた。彼らはそういうものは、全く意に介していない様子だった。
放送されている映像から見るに、駅前東側の銀行通りを、地下歩道入口に向けてフロートの男性と追手は向かっている様子だった。
「連中はもう捕捉済みだ。救出班がそろそろ出る」
映像から目を離す事なく、高地は呟く。
放送の様子が変化したのは、そのおよそ十秒後だった。画面に、ばらばらと複数の新たな走者が出現した。乱入者達は、ほぼ同数の追跡者たちに何をするでもなく、前方のフロートの老人に併走する。
「え、な……何だ何だ? あの、何でしょうか……走って……ますね」
慌てた声で放送者が、尋ねる様な声を上げる。周囲の仲間に訊ねているのか、コメントを返してくれる視聴者に訊ねているのかは、定かじゃなかった。
タイムライン上には「お前らの仲間だろ」「マラソン友の会だよ」「ゾンビの仲間だろ」「何だか知らないけど面白いからもっとやれ」と、役に立たなさそうなコメントが並ぶばかりだった。
「ゾンビの仲間でしょうか……また、邪魔が来たのでしょうか……でも、これで警察だとか言ったら殴っちゃうと……あ」
放送者が混乱しながらナレーションしている最中に、追手の男の一人が、一番後ろにいる併走者の背中をバットで殴りつけた。
殴られた併走者は一瞬よろけるが、走るのを止めない。最後尾で走りながら、老人のフロートにぴったりと寄り添っている。
他の追手達も、ターゲットを老人からその併走者に変更した様だ。投石も、バットや刃物での攻撃も全部そちらに向かっている。
他の併走者が角を曲がって、フロート狩りの予定のルートをずらしたのに、追手達は気付いていなかった。目の前の標的達を誘導されるまま追い続ける。
「え、ええと……地下駐車場には……」
一人、気付いた放送者が少し慌てた声で呟くが、現場の仲間は誰一人聞いていない。
「死ねよ、てめえら死んでんだからちゃんと死ねよ!」
「くせえし、キモいんだよ! ジジイも! ゾンビも!」
「増えたって5、6体しかいねえんだ。まとめて片せます!」
更に甲高くなった罵声と共に、駅前への道を直進して行く追手達。
「行くぞ」
運転席の高地が呟いた。彼の視線は、タブレットから前方の車に移っている。
追手達の仲間の車はヘッドライトを点灯させ、たった今発進する所だった。
曽根木が生放送のブラウザをスライドさせると、画面には新たなチャットログが表示される。表のコメントと違い、こちらではちょっとしたパニックが起きていた。
併走者を仲間のフロートと断定し、さっさと殺せと訴える者。追手達がルートを外れた事を取り上げ、待機している車や他の仲間からの移動先の変更の話。
ログの会話は、たった今フロート達が東西連絡通路に入った事を話題にしている。車の中にいるらしい者が、車を陸橋経由で駅の西側に回すと告げていた。
のんびりと料金を精算して、高地の車はコインパーキングを出る。
津衣菜は、車を見ていない。再び生放送に戻されたタブレット画面を、さっきからずっと凝視していた。
救出班と呼ばれた、標的の老人を庇いつつ囮となって、フロート狩りを誘導しているグループ。
その一番後ろ、老人の背後で何度も石をぶつけられ、ナイフで切りつけられ、バットで殴られている、巻き毛をふわふわ揺らす後ろ姿へ津衣菜は小さく呼びかける。
「花紀……何やってんの……何でそんな所にいんの……?」
「あいつ、救出の時はいつもこうだぜ。一度、背中見せてもらえよ……俺らは傷が治らないって言うのによ」
津衣菜の問いには、画面の中の花紀に代わって高地が静かに答えた。
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