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フローティア  作者: ゆらぎからす
10.リービング
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193日目(4)

 193日目(4)




 集会所の裏手が、お茶やお菓子、酒とつまみ程度の用意は出来そうなキッチンスペースとなっていた。

 流し台の横に大きな窓があり、窓の下はまたげる程低い。

「今更だけど、流し上の窓登るんじゃなくて、良かったぜ」

 高地が静かに窓を開けながら呟く。

 彼は外へ出て更に一歩進むと、日出に繋いだロープを引っ張った。

「右膝、腹まで上げて前―――次、左」

 同じタイミングで、津衣菜が淡々と声を掛ける。彼のかかとを蹴りながら。

 日出は多少ふらつきながらも、転びはせずに姿勢を戻した。

 続いて出た津衣菜と花紀は、日出を引いている高地の代わりに、荷物を手分けして抱え持っていた。

 彼らの車は駐車場にはない。

 何百メートルも先の山道で、路肩の木陰に隠してある。

 窓を出てすぐの雑木林から、そこまで真っすぐ行ける筈だった。

 なるべく足音も立てない様に、彼らは林へ入ろうとした。

「お、おい、今、向こうから足音しなかったか」

 集会所正面から聞こえる、年配の男性の声。

 完全な無音で歩くのは不可能だ。積み重なった落ち葉は否応なしに乾いた音を鳴らす。

 いくら年寄りでも、この辺りの住人が聞き逃すような音ではない。

 複数のせわしない足音が、建物を回って背後に近付いて来る様だった。

「じいさんたち追って来ても攻撃すんなよ。謝ってる暇もねえけど、悪いのは俺らだ。ひたすら逃げ――」

「たあああすけてくださああああああいっ!」

 突然、日出が顔を上へ向けながら絶叫した。

 高地は咄嗟にロープを引いて彼の顔へ手を掛けるが、彼は更に助けを求める声を発していた。

「こおうっちでええええす、来て下さあああい。ゾンビに捕まってまあああす!」

「この野郎!」

 ロープと顔を掴んだ手で、高地は日出を引きずりながら走った。

 津衣菜は荷物で日出の後頭部を殴り付ける。

 裏に回った人々が、日出と津衣菜達を見つけたらしく、背後からの声が更に慌てたものになる。

「痛い痛い、殺される!」

「あれ! あれだ!」

「何だお前ら! ちょっと待たんか!」

「僕は何の落ち度もない普通の日本人です! ゾンビ共に捕まって、喰い殺されそうになってるんです!」

 いい加減な事を喚き立てながら引きずられて行く日出。

 山林に入ってしばらく駆けていると、追って来る声は次第に離れて行く。

 三人とも相当のスピードを出していたらしく、日出が一度樹木にぶつかり鼻血を出していた。

 彼を引きずっていた高地も、津衣菜も花紀も、木に掠って何度も横へ弾き飛ばされている。

 声が聞こえなくなったからと言って、何も安心は出来ない。

 後ろの住民達は自分で追うのを諦めただけで、恐らくしっかり通報している筈だ。

 車に着けてもすぐに出発しなければ、山の中で逃げ道を無くすだろう。

 辿り着いたエルグランドで、高地はようやく呆れた様な声で言う。

「本当やってくれるよな、日出さんよう」

「もう捨てちゃおうよ!」

「そんなワケに行くか馬鹿、こらえろ。ここまでで犠牲になった奴らの事思い出せ」

 津衣菜が日出の後ろ髪を掴んで、高地は彼から離れ、運転席へと向かう。

「ひひひ……ざまあ見ろ。こんな山の中で、警察も対策部も、私の同志もすぐやって来て、貴様らに逃げ場はないぞ……」

 鼻血が止まらないまま嘲笑する日出を、カメラケースで殴りながら後部席に蹴り込む津衣菜。

「余計な事してんじゃねえよ!」

「少し静かにさせてもいいでしょ!? こいつの隣に座る私の身になって」

 運転席から怒鳴る高地に言い返して、津衣菜も乗車する。

 花紀も助手席に乗り、車は急発進して山の上を目指して走った。

「ここからどこへ行くの? 市内方面はまずいでしょ」

「この先の峠を西にずっと行くと、13号線に入れる。そこから酔座まで行くぞ」

 津衣菜の問いに高地が答えると、花紀が少し驚いた顔で高地の横顔を見た。

「酔座……カジさんとじゅんじゅん……ですか?」

「それは分かんねえな。俺らはあいつらを追放したんだ。もの頼める筋合いじゃねえんだよ」

「それは表向きの話じゃないの」

「遥が裏でどんな話したか俺は知らねえ。それに、向こうの新顔(・・・・・・)にもその話通ってんのか?」

「じゃあ、何しに行くの?」

「俺が考えたのは、向こうにも対策部の支部があるって事だ。そこは多分、海老名の手も回ってねえ。アーマゲと慣れ合ってた連中じゃねえ」

 高地はそこで言葉を切り、前を見たまま声のトーンを落として続けた。

「そうだろ、日出さんよ。あそこにアーマゲの支部作れなかったんだよなあ?」

 日出は答えない。さっきまで喚き散らしていた口は、血を滲ませ固く閉じている。

「だけど、あそこで俺らが何かやるってんなら、あいつらに話は通さなくちゃならねえ」

「じゃあやっぱり会いに行くよね。みくにゃんも元気かな」

「だけどよ……俺はあいつらの連絡先知らねえんだ」

「じゃあ、どうすんのよ」

「だから、まだ分かんねえつってんだ。あいつらと話すなら、どのみち遥に聞くしかねえ」




「ヤバいな……ちょっと、これ見て」

 鏡子がメッセージで皆に送ったのは、ネットワークサービス上で交わされている複数のアカウントの会話ツイート。

 向伏には来ていない様だが、どこかの地方でのフロート狩りで、アーマゲドンクラブの支持者達らしい。

 その彼らがやっていたのは、『特定作業』だった。

 花紀と日出の生放送の画面から、建物の内装をチェックし、建物の形までも予想されていた。

 そして、個人の住宅ではなく集会所である事も指摘している。

 続いて彼らは、向伏北部の市町村の集会所をピックアップし、グーグルアースで片っ端から見て回り始めた。

 建物の形が近いもので、候補は三件にまで絞り込まれる。

 そして、『朝に聞こえていた山鳥の鳴き声』から、該当する集会所が一ヶ所しかないと彼らは結論付けていた。

 彼らの友人に、その近くに住んでいたフロート狩りがいたらしく、情報提供されたのだ。

 彼らの特定は、半分以上憶測の結果でしかなかったが、それを数分前から現れ始めた複数の情報が裏付ける。

 『市北部でパトカーが数台、突然サイレンを鳴らして山方向へ向かったのが目撃されている』

 『ゾンビを市外北方面へ探しに行ったバスターズのメンバーが、酔座方面の13号線で、見覚えのあるエルグランドを捕捉した』

 『対策部の車両らしいグレーのバン7台が列を組んで、399号線北から市内へ戻ってきた。そのまま13号線に入り直しそうだ』

「何だよう、あいつらまだインターネットやってやがんのか。もう使えねえつったじゃねえか」

「個人同士での連絡は大体出来るでしょう。予備のチャットやメッセージシステムは幾らも持ってるでしょうし。終わりって言えば終わりなんすけどね」

 電話で聞いて来た丸岡へ、鏡子はやりにくそうに答える。

「それで、奴らは、それ聞いて動き始めるんか」

「でしょうね。今、花紀と日出の放送は注目度がとんでもない事になってるんですから」

「それでよ……場所だけでなく、あいつは特定されねえんか」

「あいつ?」

「環だよお。あいつが生前どこの誰だったか、顔でバレるんじゃねえんかよって」

「もうとっくに出てます……あたしも今まで知らなかった位の情報が、飛び交ってます」

「そうかよう、あいつはそれでいいんかよ」

「花紀も分かってたとは、思います」

「それで、生き残ったフロートは潜伏に徹して、北へ行く奴らを追わねえ。俺とおめえと信梁班だけで、13号線を途中封鎖すんだな」

「はい。場所は不動尊前から向伏小飛行場(スカイパーク)前にかけて。丁度いい車……土砂積んだトラックなんか用意出来ませんかね?」




「くそっ、均衡崩れてから一日以上経っているのに、いつまでかかっているんだ。早く私を助け出せ。あれだけ組織拡大を成し遂げたのに、私一人見つけるフットワークもない無能ばかりだったというのか?」

 鼻血が止まってからしばらく経つと、目隠しされたままの日出は苛立った声で毒を吐き始めた。

 市内のフロート狩り達に自分達の車が特定されたという報せは、津衣菜が自分のスマホを使って、高地と花紀に無言で見せている。

「じいさん達が不審がった時点で、そうなるのは分かり切ってんだ。今更慌てる事じゃねえや」

 高地は減速しながら、ダッシュボード前のモニターに文字入力で返事する。

「どれだけ追って来るのか分かんねえけど、もし後ろに奴らが来たら、カーチェイスするしかねえ。そのつもりでいておけ」

「お前らに、この時代の混沌を背負う責任があるか? 前に立って戦い続ける覚悟があるか? どいつもこいつも、後ろで文句を言って、前にいる者の足を引っ張る事が戦いだと思ってる輩ばかり!」

 津衣菜は無言で頷いて、スマホのアプリ表示を変える。

 簡単な音声オンリーの設定で、生放送は再開されていた。

 津衣菜のスマホから伸びていたケーブルは、日出の顔の前のミニマイクに繋がっている。

 勿論、見えないまま喚く日出には何も知らされていない。

「そうだ。私の後に黙ってついてれば何も考えないで良い、自分からは何も始めなくて良いと、思ってる奴らだって、私をこんな所に追い込んだ犯人なんだよ!」

『え、これ、アーマゲ会長?』

『本音トークw 日出さんぶっちゃけ過ぎ』

『自己顕示欲と保身と責任転嫁の悪魔合体だよな、こいつの人格って』

 視聴者数はさっきの半分位残っているし、画面の隅で良く見えないが、反応コメントも頻繁に流れている様だった。

「そうだ、私には、戦友がいない!」

 おもむろに嘆きの声を上げる日出。

「アーマゲに尻尾を振る犬と、私にキャンキャン吠えて噛みつく犬しかいない! 私がゾンビに嬲り殺されるかもしれないって時にはどっちも知らん顔だ! こんなに尽力して来たのに、その結果がこの扱いなのか!」

「上に尻尾を振って見たり、構って貰おうとキャンキャン吠えたりって、全部自分の事じゃねえか。戦友がいねえって当たり前だろうが。誰もてめえを戦友になんかしたくねえんだよ」

 つい、口に出して行ってしまう高地。

「こ、この何を言うんですか、死人に口なしを何だと思ってる、貴様の地獄の向こうは、こちら側の守りに、如何ともしがたき余人の」

 日出は激昂し、ますます意味不明の事を口走り始める。

「ハゲ、邪魔」

 津衣菜は日出のこめかみを打って一度黙らせてから、高地へ一言冷たく言い放つ。

「さっきの覚えてるだろう。あれも晒してやれば良かったのにな。覚悟だ責任だ言って、一人で戦ってる自分アピールしてたって、隙あらば恥も外聞もなく誰かに助けてもらおうとするのがこいつの本性だ」

「それの何が悪いのかな?」

「あ?」

「……花紀?」

 突然の言葉に、高地の声が変わり、津衣菜も思わず視線を花紀へと移す。

「会長さんは、一人で戦ってるよ。一人で戦ってるから何でも必死なんだよ。さっきのは、ちゃんと耳と口も塞いでおかなかった私たちのミスだよ……」

「何言ってんの、お前?」

「私たちだって、必要な時は誰かの助けを求めるし、そうするのは間違ってない。会長さんがそうするのを責めるのは、違うって思うんです」

「ずっとお喋りしててこいつが友達に見えてんのか? こいつ庇うとか、どんだけ頭湧いてんだ、このガキ」

「庇ってんじゃないでしょ。正論だと私も思うよ」

 キレそうな声で花紀を罵りかけた高地へ、後ろから津衣菜が参戦した。

「ついにゃー……」

「日出は確かにクソだけど、何でもかんでも『こいつがクソだから悪い』じゃ問題が片付かないでしょ。花紀はそれを言ってる」

「ちっ、もういいよ。あんまりお前らと言い合いしたくねえんだ……正直訳分かんねえ事多いからよ」

 舌打ちしながらそう言って、高地は黙り込んだ。


 全長2キロ以上あるトンネルの手前の側道に停車して、高地は一旦車から降りた。

 トンネルに入る前に、梶川や純太への連絡の件で遥に聞いて見るという。

 車内には津衣菜と花紀、そして、今度は(・・・)『停車している間だけ』口にもガムテープを貼られた日出が残された。

「花紀」

 津衣菜が呼びながら、振り返った花紀へ車外へ出る様に促す。

「え、ついにゃー、車に残ってないといけないんじゃないかな。会長さんもいるし」

「いいから、すぐそこだし」

 不安げな花紀をとにかく外に出す。

 数歩だけ車から離れて、津衣菜は切り出した。

「高地にはああ言ったけど、私もどうしたのって思ったよ。さっきの花紀」

「え? うーん、ついにゃーも驚かせちゃったのかな」

「うん、驚いた。本当は私も、花紀があいつに親近感持っちゃってるんじゃないかって思った」

 花紀は黙ったままうつむいている。

 眉を寄せてその顔を凝視する津衣菜に、ふいに顔を上げて見返した。

「ついにゃ、泣きそう」

「そんなんじゃないよ、ちょっと心配になった位で」

「怖かったんじゃないのかな」

「違うって」

「じゃあ、悲しかった?」

 花紀はくすっと笑いながら手を伸ばし、津衣菜の頭を撫でる。

「からかってんの? あんたが言ったんじゃない。私たちフロートは」

「泣けない」

 花紀は津衣菜の言葉を継いで頷いた。

「あの人も、ずっと泣いているのに、泣けないでいる。まるでフロート(わたしたち)みたいに」

「あの人って……日出が?」

「ずっと怖くて、悲しいんだよ。だって……誰にとっても(・・・・・・)、自分で見つけた、自分の辿り着いた場所って、かけがえのない、とても大事なものだもん」

 津衣菜の頭から手を離して、考え込む様に花紀は言った。

「うーん、会長さんに親近感があると言えば、花紀おねーさんはそうなのかもしれません。大事な場所への気持ちが分かっちゃうから」

「それが、あんたなんだから、仕方ないわ」

 今度は津衣菜が左手を伸ばして、花紀の頭をポンポンと叩く。

「えへへ、ありがとう、津衣菜(・・・)

「でも、奴への同情はほどほどにね……奴の泣き言に私達は絶対に付き合えない。あいつの居場所は、私達を滅ぼそうとする事なんだから」

「それも分かってます。悲しいけど」

 悲しいと言いながら、満面の微笑みを見せて花紀は答えた。

 思わず抱きしめたくなって津衣菜が手を伸ばした時、遠くにパトカーのサイレン音を聞いた。

 フロートでなければ聞こえない程微かな音。まだ数キロは離れているだろうが、確実にこの道路をこちらへ近付いている。猛スピードで。

「高地!」

 津衣菜は、電話を掛けている高地の元へ駆け出す。

 向こうも既にこちらへ向かって来ていた。

「何出てんだ、この」

「聞こえたでしょ、今の?」

「おう」

「電話はどうだった?」

「ダメだ、あいつ出ねえ。行くぞ」

 既に花紀は車内に戻っている。

 高地と津衣菜が乗り込んですぐ、エルグランドは軽くバックした後、弾丸の様にトンネル内へ飛びこんで行った。






copyright ゆらぎからすin 小説家になろう

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