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フローティア  作者: ゆらぎからす
10.リービング
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192日目(5)

 192日目(5)




 鎖弓達は2階の物置き室で、段ボール箱に詰め込まれていた無数の書類の束や、ファイルを見つけた。

 別荘を定期的に訪れる、清掃業者や機械の点検業者、管理人などの報告日記。

 そう言った書類のコピーが、過去数年分保存してあった。

 それらも取りあえず持ち出す事にした。

「こんな雑多な書類からこそ、尻尾が掴めることもあるわ」

 鎖弓は、インカムつきの無線で退路を確保していた班と連絡を取っている。

 箱のまま、ありったけ持って行くつもりらしい。

「あの……」

「ん?」

 すぐに振り返った鎖弓。

 ソファーに横たえられていた千尋が、鎖弓に尋ねる。

「鎖弓さん達は普通の人間……フロートじゃないんですよね?」

「うん、まあ大体そうかしらね」

「どうして、フロート側になって、生者と戦っているんですか?」

「フロート側になって生者と戦う……ねえ、AAAがそんなオシゴトしていた覚えはないわよ」

 鎖弓は眉を寄せながら千尋を睨む。

「じゃあ、何でフロート狩りや対策部相手に、こんな……」

 少し考え込んでから、鎖弓はスマホを胸に抱きながら千尋を覗き込む。

 その視線に千尋はつい首をすくめてしまった。

「これが出来るかどうかで、私たちの未来が決まってしまうって事よ」

「僕たちの味方になって……未来が?」

「あなた達がどうして生者の敵にならなくちゃならないの? 排除されなくちゃならないの? どうしてこの国では、そんな考えが当たり前になってしまったの?」

「当たり前って……ええと」

 答えに戸惑う千尋から視線を外すと、鎖弓は向かいのガラス壁へと二三歩進む。

 外からの日射しを掌で避け、顔の横の黒いヴェールを目の前に引っ張ってかざした。

 千尋に背中を向けたまま、彼女は言葉を続ける。

「古今東西、それを当たり前にしてしまった社会には、いつも惨めな結末しかなかったのに。いずれは後悔し、自分達を恥じるしかなくなる……なんてのは、まだマシな方で」

「もっと下があるんすか」

「後悔する未来さえ、なくなる」

 鎖弓がヴェールから指を離すと、それは顔の後ろへ揺れながら落ちた。

「これは、死者(あなた)たちじゃなくて生者(わたし)たちの問題なのよ?」

 彼女は、振り返って千尋を一瞥する。

 話しながらも鎖弓や他のAAAメンバーは、各部屋や廊下を撮影し、壁紙や床板の一部を採取したりしていた。

 鎖弓が踵を返し千尋に向き直った時には、さっきまでの様な笑顔に戻っていた。

「と、ここまでが会の基本理念。私たちの最大公約数。あとは各自色々あるでしょ」

「色々?」

「そう……やっぱり気になるのね。行方不明の家族や友達や恋人とかがいたりすると」

 千尋は何かを思い出した様に目を大きく開く。

 その時、男の一人が大きな手ぶりを鎖弓と千尋に向ける。

 他のメンバーの動きも変わり、周りの荷物を持ってあちこち音を立てずに移動し始めた。

 めいめいにロビーのスクリーンモニターや樹木、近くの洋室内、ピアノの裏に隠れる。

 抱え上げられた千尋、そして鎖弓はアコーディオンカーテンと柱の陰に隠れる。

 一人の若い男が廊下の奥の突き当たりから現れ、後ろを気にしながら小走りに向かって来る。

 向こうの階段から上がって来て、反対側の階段へと回り込もうとしているらしい。

 鎖弓は囁く様な小声で千尋に聞いた。

「あれは、スラッシャーかしら?」

「……違います」

 ハンドサインだけで2人程が無言で動き、男を手早く昏倒させて小部屋の一つへ引きずり込む。

「誰に何をされたかも分からないでしょうから、フロートにやられたと思わせておきましょう」

 鎖弓が笑みを浮かべながら言うと、小部屋から顔をのぞかせた仲間の男がニッと笑い返す。

「そして、本当にスラッシャーが出たらスルーね。私達は来た事も知られないようにしとかないと」

「それで、僕らのせいにする訳ですか」

 何度も聞いていたが、彼女達のその思惑には不満を隠せない千尋だった。




 広い吹き抜けのリビングに螺旋階段があり、その途中のロフトスペースから、ボウガンの矢や鉄串が下へと降り注いでいた。

 死角の柱やバーカウンターに美也達は散らばり、フロート狩りの攻撃をしのいでいる。

 上に陣取っている連中に、経験の少ないワナビーリーグや未経験の大学生はいない様だった。

 恐らく全員が『アーマゲドンクラブ南関東』の正会員、スラッシャーと同格の百戦錬磨の古株だと思われた。

 相手がロフトにいる限り狙えない場所を、美也達は確保していたが、そこから殆ど出る事も出来ずにいた。

 階段にまで肉迫し床の段差に伏せている梨乃も、ぴくりとも動かない。

 その位置からは何を投げても、ロフトには当たらなかった。

 そして、敵が階段に出たなら、彼女は最初の標的となるだろう。

「どうすんだよ! いっそ、あいつら挑発してあそこから動かすか……」

「だめです。階段に出たら梨乃さんが……そして、私達だって」

 測りにくかったが、階段からだと狙い易くなってしまうのは、他のフロート達にしても同様らしかった。

 美也はフナコシの意見に大きくかぶりを振る。

「ちっ、だったら尚更どうにかしねえと……何もしなければ、奴らから降りて来るだろ」

 身を乗り出しかけたフナコシに、突然攻撃が集中した。

「ぎゃあっ!?」

「フナコシさんっ! きゃあっ……」

「みや姉!」

 少しだけ移動したロフトの敵が、狙い易い角度を見つけた様だった。

「ぐ……ぐう……」

 金属製の矢を数本突き立てていたフナコシが、そのうちの一本を引き抜こうとしている。

「大丈夫……ですか?」

「痛くねえつっても……気持ちは悪いんだ……腐っちまった所にも響くしよ……」

「累くんたちも、もみじちゃんたちも、絶対に動かないで!」

「大丈夫……怖くないもん、じっとしていられるもん……」

 ソファーの下に伏せていた累から返事はない。

 一度だけ小さな頭を振って、無言のまま視界の中にいた美也へ目配せする。

 美也は彼に頷き返すと、突然立ち上がって階段めがけて駆け出した。

「お、おいっ! お前!?」

 フナコシの叫ぶ声と、美也の肩や背中に手投げの鉄串が刺さったのは同時だった。

 続けてボウガンの矢も次々降り注ぎ、その中の数本が美也の身体に吸い付く様に突き立った。

 美也は矢や串が刺さる度に衝撃でよろけるが、立ち止まらずに階段下のテーブルへと向かう。

「みやねえっ!」

 彼女の駆けこんだテーブルは、十分に敵の射程内だった。

「ひゃはあっ!」

 そんな嬌声を上げながら、アメリカ大統領のフェイスマスクを被った男が派手なリアクションで身を乗り出し、真下の美也に狙いを定める。

 ひゅっ――がっ

「いてえッ!」

「何だ?」

 ボウガンを構えたまま俯いた九一分けの作り物の顔はすぐ引っ込んで、ゴーグル付き迷彩のマスクがリビングを見回し、ソファーの上に登っていた累を指差す。

「ゴルフボールみたいなのが」

「あいつだ!」

 その声と共にガシャガシャ音を立て、何人かが身を乗り出そうとした時、別の角度から飛んで来た何かが、彼らの目の前の壁に突き刺さった。

「ナイフだ!」

「誰だ!」

「いいから下がれ! 刺される位置だったぞ」

 彼らが再びロフトの内側へ退却していた時、美也はふらふらになりながらもテーブルを回り込んでいた。

 ナイフの一本を咄嗟に投げた梨乃は、再び身を伏せている。

 テーブルの先の柱の所に、銀色の小さなボックスが埋め込まれていた。

 ボックスの下部にはアクリル製の丸いボタンカバーがあり、赤く『非常』と書かれている。

『火災発生時にシャッターを閉鎖する場合は(非常)を強く押してください』

 ボタン上に貼られたシールには、そんな文章が記されている。

 美也はボタンのカバーに、指先を叩きつける様にして押し込んだ。

「げえっ? ま、待てよ!」

 想像以上のスピードで降りて来る防火シャッターに、向こう側から慌てた声が聞こえてくるが、彼らの持っている装備で、閉鎖を邪魔出来る物はなかった様だった。

 あっという間にロフトは吹き抜け側も階段側も隔離されてしまう。

 勿論、扉を使って階段に出て来る事は可能だが、そのタイムラグで反撃される危険を考えれば、恐らく彼らは出て来ないだろう。

 美也は柱に凭れたまま顔を上げて、完全に閉まったロフトのシャッターを見る。

 そして、何でもないかの様に自分に刺さった矢や鉄串を一本ずつ引き抜いて、全て抜き終った時に身体を起こして柱から離れる。

 彼女の足取りは、さっきあれだけ串刺しにされたのが信じ難いほどしっかりしていた。

 そんな彼女をフナコシは無言で凝視していた。

「さあ、彼らが態勢立て直していない、今のうちに行きましょう。『スラッシャー』が雪子さんを玩具にしようとしていた『遊び部屋』は、やはり地下の車庫隣接区画でした。ここで使っている薬品や標本が全てそこにある……そうですよね?」

「は、はい………」

 美也の元々いたバーカウンター下から、人質の学生が顔を出して彼女の問いに答えた。

「その地下階へは外の車出入口、そしてこの階段の二か所からしか行けない」

 美也の視線の先で、螺旋階段は1階の乗り場の先、床をくりぬいた中を更に下へと伸びていた。

「しかし……本当にそこに……抗体なんてあるのかよ?」

 フナコシが疑わしげに呟く。

「薬が全部あるんだとしても……やっぱ、そんなの用意する奴らに見えねえ」

「そうですね……私も本当は自信がありません」

「何だよそれ」

 気弱げな声で苦笑しながら言った美也に、フナコシは呆れた声を向ける。

彼に(・・)聞いてみた方がいいかもしれません」

 美也がそう言って横を向く。

 フナコシも、梨乃も、子供達も遅れて同じ方向へ顔を向ける。

 彼女達の視線の先、煉瓦壁に佇んでいた20代後半から30前後位の、美形の青年に美也は尋ねた。

「あなたが『スラッシャー』ですね。会うのは初めてみたいですが、何となくそうと分かるものですね」

「また地味な顔ばっかりだね。ゾンビのくせに存在が地味とか、もう死ぬしかないんじゃないの君達」

 嘲る様にそう言った後、一人でクククと抑えた笑い声を立てる。

「もう死ぬしかないって、死人なのに……くくく……でもこれ以上ない位、正論だからねえ……」

 そんな彼へ何を言い返す事も無く、美也は無言で見つめている。

「くくくく……それでえ? 僕に何か聞きたがってたみたいだけど」

「そうですね。まず最初の質問ですが」

 美也はようやく口を開くと、『スラッシャー』に相対した。

 表情を消した、据わった目つきで彼の目を見返しながら、言葉を続ける。

「千尋さんを……雪子さん以外の、あそこにいたフロート達をどうしたんですか」

「ああ、あれ? あそこに放置して来たよ。僕はあんなの興味ないし、何せみんなぺしゃんこだったもの」

「それで……雪子さんは」

「楽しくていとおしい、かくれんぼの最中なんだよ」

 意味ありげに、『スラッシャー』は答えて微笑む。

 こんな状況でなかったら美也でさえ魅力的だと思ってしまいそうな位の、完璧な微笑みだった。

「雪子ちゃん、あちこち動いてるみたいだけど、君たち一度は会えたのかな」

 彼は壁から背を離すと軽やかに踏み出す。

 美也と、その後ろの梨乃から目を離さず、両手をゆらゆらと振る。

 その両手に握られているのは、動物の解体に使う様な刃の長いナイフ。

「この緊張感が大事なんだよ。君たち、雪子ちゃんの輝く美しさの前ではゴミみたいな、地味顔ゾンビも有効活用して、より楽しくしたいんだ」

「雪子さんが美しくて私が地味という所以外は、全然共感できません……」

「おい……」

 躊躇わずに一歩を踏み出した美也の後ろで、フナコシが短く呼びかける。

 フナコシだけでなく、梨乃も彼女の横に来て、何か言いたげな目をしていた。

「分かっています」

 美也は小さな声で二人へ返事する。

「雪子さんからのメッセージ、忘れていません。あのナイフはフェイント……彼の腕に仕掛けの刃がある」




「……あれ(・・)は?」

「あいつです」

「そう……顔が分からなくても問題なかったわね。見るからにそれと分かる禍々しさだわ」

 螺旋階段上、二階バルコニー手前の壁の陰から階下のスラッシャー達を見て、鎖弓はそんな会話の後に身体を引っ込めた。

「……行かないんすか」

「ええ。私はあいつに顔割れてるみたいだし……最初にも言ったでしょ」

 千尋の重い声に、鎖弓はさも当然と言った感じで答える。

「あの……僕を……」

「今のあなたにあそこで何が出来るの? 自慢のキックでも出してみる?」

 言いかけた千尋に、鎖弓から返って来たのはそんな冷たい問い。

「何もするなって言ってるんじゃないわ。雪子ちゃんと一緒がいいんだったら、自分の出番を弁えなさいってことよ」

「意味が分かりません……」

「分かりませんなんて即答しているうちは、何も分かりはしない」

「美也さんもどうして、あそこで前に……梨乃さんだっているのに」

「あいつ相手に後ろの子やあのおじさんじゃ、殺し合いしちゃうでしょ。あの子も分かってるわね。殺さずに進むには、自分が出るのがベストだって」

「え……」

 鎖弓の言葉に、千尋はつい大きめの声が出てしまう。

 すみませんともごもご口の中で謝ってから、再び対峙するスラッシャーと美也を見比べた。

あなたたち(・・・・・)だって、あいつにこんな所で死なれたら困るでしょ? あの子はそこまで(・・・・)思いやっているのよ」




「落ち着いて……もう一度、今回のショッピングセンター包囲の指揮系統がどんなものだったか、洗い直してみよう」

「ああ、そこからだよね……思っていた程にも、向伏支局はタッチしていなかった」

「本庁も、それ程来ていない……彼らの大半は東京じゃなくて、宮城方面と新潟方面に帰って行った」

「これが分かんないんだよ。本庁の仕切りじゃないのに他県の奴がそんな沢山来るとか」

「本庁はきちんとタッチしているさ。だけど、独立している面が大きい……対策部以外の力が働いている」

「うーん、その辺は今更だよね。どこもかしこも海老名(えびな)のテコ入れ入っているし」

「海老名以外の要因も考えよう。他の心当たりだってそれなりにある」

「他の……」

柴崎(しばさき)礼二(れいじ)(もり)椎菜(しいな)

「ああ」

「彼らが味方でいる保証はない。そして高地くんの会って来たという、防衛省関係者や平賀派の議員」

「そうさねえ……でもたかっちによれば、彼らは割と話通じそうだって」

「最悪の場合、高地くんの立ち位置だって疑わなくちゃならなくなるよ」

「ええ……いやまあ、頭では元々分かってるよ? でもねえ」

「遥、君は……以前より弱くなった?」

「え……どうだろう……」

「否定はしないんだね。ここへ来た時の君は、どうしようもない位に一人(・・)だった。君の後ろにはいつも、あの瓦礫の海と死体の山があった。それはずっと変わってないと、僕は思っていた。でも……」

「わたし、変わったかな……」

「僕には分からないよ。君の背負っているものがあの日と違っている気はする」

「そうだ……もう一つ……製薬会社『ルフラー』」

「うん。アーマゲドンクラブを『ルフラー』の人間が直接が煽って暴走させている。今回は、他にもあの企業の影があちこち出ていたね」

 遥がその名前を呟いた時、曽根木が一際鋭く頷いた。

「最初の連行部隊が向かった先に、ルフラーの息のかかった病院や大学の研究施設が、5つあるんだ」

 遥は顔を上げる。

「じゃあ、日香里はそっちに……」

「多分。5つの中から絞り込めるかまだ分からないし、第二陣がどこへ向かったかも不明なままだけど」


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