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フローティア  作者: ゆらぎからす
10.リービング
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191日目(5)

 191日目(5)




 トンネル向こうの人数は、日が沈みかけた頃、急速に増え始めた。

 あちこちで僅かな照明を灯し、暗い中に固まっている彼ら。

 全員がフロート狩りの生者だった。

 アーマゲドンクラブの正式なメンバーは、その中心にいる東京支部や本部を含めても3~4割程度。

 残りは、全国各地のワナビーと呼ばれる正式会員ではない団体や個人。

 現役でフロートを狩りまくっている連中ばかり。

 自制を求められていた筈の『光陰部隊』や『くがやんズ』と言った地元チームの面々も、今ではちゃっかり混じっている。

 林の奥から新たに数人程の集団が現れた。

 彼らは仲間と合流を果たしたと知るや、手に持ったものを掲げる。

 最初暗くてよく見えなかったそれらは、近付くにつれてはっきりと形を浮かべる。

 人間の生首だった。

「やってきましたっ! 伊豆の『アマノムラクモ正義神剣の会』です! 罠もゾンビどもの妨害にも負けず、この通り!」

 生者かフロートかも判別出来ない生首に、複数のライトが当てられる。

 カメラのシャッター音と歓声が同時に上がった。

「おおおおおおおっ! えらいっ!」

「俺らもやって来たぞ! 持って来れなかったけどな!」

「やっぱりトラップだけじゃなくて、隠れてやがったんか。一度も見なかったけどな」

「ちくしょう、うちも戦利品ゲットしとくんだった……耳でも手首でも」

 彼らの後にも、ぽつぽつと新たな合流者が現れている。

 トンネルの中は先が見えない程真っ暗だった。

 だが、その先に多数の死者――第二種変異体のゾンビどもが待ち構えているらしい。

 トンネルの向こうには、アーマゲドンクラブ会長が捕えられている廃駅があるという。

 さっきまで、『会長は既に殺されている』という誤情報が入り混じっていた――恐らく、あの処刑動画と混同していたのだろう――が、それも正しい情報に統一されつつある。

 トンネルの中へ30Wの大型メガホンが向けられている。

 東京支部長の若い女性がそのマイクを手にとり、何度目かの投降勧告を始めた。

「さあ、まだ打つ手はありますか? 無駄な抵抗はやめて生き残った全員でこちらに来て整列し、会長を無事に引き渡しなさい」

 そこまで言うと彼女は言葉を切り、一瞬だけ困った顔を浮かべてから再びマイクに戻る。

「――失礼。全員、もう死んでいました(・・・・・・・・・)ね。まあ、そこまでしてこの世にしがみつきたいという皆さんの気持ちも分からなくはないですが、大人しく会長を渡して下されば、首謀者達数体の首だけで、今回はそれでよしと収めようかなとも思ってます。皆さんの助命嘆願も、温情持って仕切り直したいですね」




 200メートル以上離れたトンネルの反対側まで、トラメガの声ははっきりと届いていた。

「どう思う?」

 トンネル内、出口より2~30メートル付近で、壁際に屈んで様子をうかがっていた鏡子が小声で尋ねる。

「どうって、アホかお前。あんなの、言われた通りに人質渡したら、そのまま虐殺まっしぐらに決まってんだろ」

 彼女の前にいるらしい匠から、呆れた様な声が返ってくる。

「分かってんだよ、そんなの。いちいちナメた事言ってんなよ」

「分かってるう? 本当かよ」

「ムカつく」

「あれでも、会長の身柄気にして腰引けてる状態なんだぜ」

「でも、渡さなかったら突っ込むって言うんだろ……ぱっと見筋通ってそうだけど、助ける事最優先じゃなくて、最終的にはどうでもいいって事じゃねえのか」

「むしろ、こないだの動画みたく俺らに殺されてばいいのにとか思ってそうだぜ……まあ、しょうがねえけどな。あの豚じゃ」

 匠の言葉に、鏡子は知らず知らず目元を曇らせていた。

「あんなクソ豚でも……なんか悲しいな、それ」

 匠は鏡子の呟きには答えず、スマホを出して、アーマゲ側がトンネル向こうで配信している生放送を見ていた。

 やがて、通話を始める。

「今、首はいくつある?」

「7つです。全部、線路沿いに配置していた人らみたいっす」

 トンネル向こうで彼らを林の中から見張っていた、信梁の班員からの答えだった。

「線路沿い……bの1、2、3班の安否は掴めるか?」

「すみません……分かりません。全く連絡が取れないままです」

「クソが」

 通話を聞いていた鏡子が、小声で毒づいた。


「対策部の車、こっちゃ素通りしてっただあ!?」

 無線のインカムから丸岡のダミ声がフルボリュームで響き、鏡子は慌ててつまみの音量を下げる。

「本当です。ここへ来るのに適した降車ポイントは全て通過し、その向こうへ」

「その向こうっつったっておめえ、どこ行くんだよ。この先行く場所なんかねえぞ」

「はい、山の上をぐるっと回って市内へ戻るコースです。もう、折り返しのカーブに差し掛かって――あれ? 停まりましたね。一番海抜の高い付近です」

「んだそりゃ……?」

「こちら蟹沢ポイント。山道入口を対策部らしき車が5台、8台……11台……まだ来ます! アーマゲドンクラブ以上の人数です!」

「んだとおっ!?」

「今度は、対策部の後ろに県警のパトカー数台、そして機動隊のバスです」

「対策部の車列、二百メートル程の間隔で、路肩に停まり始めました」

「去年、俺らが天津山でやったみてえなあれか」

「それ以上の規模です……多分ですが、廃線をまるごと押さ……つ……りで……」

 絞った無線の声は、それ以上聞こえなかった。

 トンネル内に、突如反響し始めた正体不明の轟音。

 鏡子と匠は、咄嗟に駆けるとトンネルから飛び出す。

 彼らの頭上に、4台のヘリが低空で旋回していた。

 2台のサーチライトが執拗に廃駅を照らし、残る2台がフロート達を探す様に辺りを照らし回っている。


 ホーム上に座り込んでいた丸岡は、携帯でどこかに電話している。

 スマホじゃなくガラケーなのが彼らしいと、鏡子は一瞬だけ思った。

「じゃあ、あちらさん(・・・・・)も訳分かんなくなってるってかあ? ん、取り押さえられている奴もいるけど、一緒に突撃してる奴もいるって」

 電話の相手が誰なのかは分からない。

 丸岡は駆け寄って来る匠と鏡子を見ると、電話したまま手首の動かない右手で手招きする。

 自分の傍らにある、電源が消えたままのタブレットを顎で差して、その後あちこちに手ぶりしている。

 どうも、『起動させて、アーマゲ側の生放送を見せろ』と言いたいらしかった。

 画面に映し出されたトンネル向こう側は、かなり混乱している。

 押し寄せる対策部に対し、彼らは当初、『国がとうとう邪悪な死者の掃討に本腰を入れた』と快哉を上げる声が多数だったらしい。

 だが、程なく、『仲間達が何人も捕まえられている』『自分達に矛先が向いているらしい』という情報が飛び交うようになる。

 指示も情報もごちゃごちゃに混じり合い、場は一気に混沌に陥った。

 そんな中を、彼らとは別の黒スーツ姿、機動服姿の男達が割って入る。

 統制された迷いのない動きで、彼らを取り囲み、立ち塞がって行く。

 小グループに腑分けされつつも、彼らの騒ぎは全く収まっていない様だった。

「あん? そりゃ、アフォどもの番組かよお……何、エスのエムの274……」

 丸岡は向こうから言われたアドレスを読み上げながら、また包帯巻きの右手をタブレットに向ける。

 丸岡が言い終るより先に、アドレスを知っていたらしい匠が画面を操作する。

 地元のフロート狩りグループの一つ、『アルティメットフォース』の持っている生放送ページだった。

 そこには『東征開始記念・臨時放送! アーマゲドンクラブ会長の危機に起つ我々』というタイトルで、荒いハンディかスマホの映像が延々と流れていた。

 夜の林の中を早足で進みながら、頭の東山を後ろから追いかけている所らしく、彼の大柄な背中ばかりが写されていたが、時折周囲を映し出していた。

「こいつあ……また……」

 しばらく見ていた丸岡は唸る様な声で呟いていた。

 駆けているアルティメットフォースの面々、その横を作業服姿の男達が列をなして歩いている。

 撮影者の独り言めいたナレーションによれば、どうやら、トンネルとは逆の市内方向、廃駅から二キロ付近の山林内らしかった。

 こちらではフロート狩りの一群が、対策部の職員達と並んでこちらへ向かって来ている。

『こちらは、各種変異症候群対策局準備委員会です。変異発症者へ加害行為を行なっている者は、行為を止め、当局指示に従って下さい。変異発症者グループは拘束者の身柄を当局へ渡し、当局指示に従って下さい』

 今度はサーチライトを回しているヘリから、モーター音より少し大きい位の声で、アーマゲドンクラブ会長の引き渡しを要求する声が降り注いだ。




「おう、バリケードは張ったぞ。トンネルの中じゃガキども中心で石投げまくっとるよお」

 丸岡は電話をしながら、鏡子と匠が戻ったトンネル側に目を向ける。

 時計の針は21時を回っていた。

 対策部のヘリが飛びまわり始めてから、およそ2時間近く経っている。

 フロート側はトンネル内数十メートルを最前線として、何層かのバリケードを張り、向こう側から整然と押し出して来る対策部職員達に投石で応戦していた。

 対策部は一旦退却し、その後一時間近く動きがなかったが、さっき再びやって来て巻き返し始めている。

 当たり前だが、こちらのこうした抵抗は想定内だったのだろう。

 何台ものライトとその手前に一列に並んだプラスチックの盾。

 トンネルの幅いっぱいに並んだ横二列の機動服が、合図で二三歩駆け出したかと思えば止まり、またゆっくり歩いたりとしながら、徐々にフロート達との距離を詰めて行く。

 廃駅の向こう側、数百メートル程先の線路沿いでも、フロートと対策部、フロート狩りの集団との小競り合いが起きていた。

 比較的年齢の高めなフロート達が対峙し、石や瓶を投げつけては後ろへ逃げる。

 トラップで人数を削り、投石で威嚇しつつも、こちらはトンネルよりも露骨な退却戦だった。

「まあ、どのみちこうなるってのは織り込み済みだったんだからよう。焦っことなあ、あんまりねえ。こんな沢山、お上とアホが連れ立って来るってのがちっと予定外だっただけで」

 電話の相手の話に頷いてそんな事を言うと、丸岡は再びトンネル側と廃線側を見渡す。

 廃線側は二百メートル程後退し、トンネルのバリケードも経った今、一つを捨て撤収した所だという。

 ホーム付近へ両側から十人以上のフロートが戻って来ていて、少し密度が増していた。

「おう、焼き上がった(・・・・・・)かよ?」

 撤収者と一緒にトンネルから戻って来ていた鏡子へ、丸岡は尋ねた。

「まだです。で、向こう(・・・)は大丈夫なんすか? ちゃんとやってんすか?」

 鏡子は丸岡の電話を睨みながら聞き返す。

 廃線側ではなく、電話の向こう側の事を聞いているらしかった。

「もう始めたってよ」

 丸岡のその答えに、鏡子の後から戻ってきた匠が表情を変え、駆け寄って来る。

「頃合いじゃないですか。十分ふくらんだ(・・・・・)でしょう?」

「ん、もう少しだな。おうがこ、おめ―はトンネル側退かせろ」

「もう退いてますよ。あたしだってそれで一旦丸さんの所に」

「いや遅えんだよ、もっとよ、急速展開って風に引っ張って来お。バリケード二つ目も潰して良いぞ」

「じゃあ、もう集束かけるっすね。俺らも先に上出るんで」

 匠が横からそう言い残して走り去って行った。




「ふくらんだな」

「ふくらみました」

「焼き上がってんな」

「今にも弾けそうです」

「よし、弾けろ」




 廃線のある付近から300メートル程の所を通る車道。

 その更に1キロ上に折り返しの道があり、山頂近くで一台の車が路肩に停車していた。

 対策部の指揮車となるそのワゴンの中で、高槻は後部のスペースに座ってモニターを見ている。

 画面にはヘリから見下ろした廃線沿いの光景。

 対策部とフロート狩りの混成軍に押されて、廃駅のホームへと逃げて行く数体のフロートが、サーチライトに照らし出されている。

 彼は、あちこちから送られて来る細かい報告に耳を傾けていた。

 急造の稚拙な計画だったが、おおむね予定通りに彼らを追い詰めている様に見えた。

『向伏のフロートを名乗る集団による殺人動画』そして『アーマゲドンクラブ会長、日出尊人の拉致監禁』についての特別調査。

 これが対策部――従来の『第32部局』ではなく、新対策局(・・・・)の準備委員会名義での――今回の大規模作戦の大義名分だった。

 このまま山中のフロートは一網打尽にし、日出会長は救出されるだろう。

 そんな成功図をイメージしつつも、高槻自身の気分は全く晴れなかった。

 『日出を拉致したフロート達がこの山中の廃線沿いにいる』という情報、そして対策部本部からの計画書と作戦のゴーサインを持って現れた柴崎礼二。

 何故、高槻の直属の上司や東北地方担当ではなく部外者の柴崎が、しかもメールや電話ですらなく直接指示書を持って来るのか。

 柴崎は今、誰の意向で動いているのか。

 何もかも、さっぱり分からないままだった。

 そして彼自身は高槻に会った後、ここを出て織子山へ行ってしまった。

「まあ、この書類はきちんと局長と政策担当官決裁済みですから。ご確認下さい」

 こちらからの質問には何一つ答えずニヤニヤとはぐらかすその顔を思い出し、疲労感を覚える。

 この手際のよさから見て、やはり海老名との繋がりがあったのだろうか。



 フロート狩りの焼殺動画がフロートではなく、海老名の手の者だという事ぐらいは、高槻も十分分かっていた。

 『だから言ったのに』彼は心の中で、画面の光景のどこかにいるだろう高地に呼びかける。

 とは言え、あそこまでやる(・・・・・・・)とは高槻も思っていなかった。

 『こっそりと消す』のならまだしも、あんな風に人を殺せるなんて、今の海老名には一体どれだけの権限が与えられているのか。

 それは一介の国会議員である彼の領分を越え、国神会派がとうとう変異体対応に本腰を上げたということだろうか――あるいは岸末首相も含めて。

 それでも、対策部は『フロートによる殺人』案件の疑いがあるとして、『調査』をしなくてはならない。

 フロートのコミュニティを潰し、全員を収容してでも。

 こんなものは規模と騒ぎばかりが大きい茶番だ。

 本心ではそう思っていた。

 しかし、彼らがアーマゲドンクラブ会長を拉致した件の方は、どこの工作でもなく事実の様だった。

 さすがに殺すつもりはないだろうが、『彼らもまたやり過ぎている』とは思っていた。

 トンネル内を進んでいた班から『変異体がバリケードを捨てて後退した模様、奥にももう一つバリケードがありそうです』と報告が入る。

 2か所ほど無線を中継し、高槻に伝えて来たのは下の車道の車だったが。

 廃線側の班は単にフロートを追い詰めるだけでなく、併走するフロート狩り連中を前面に行かせない事にも留意していた。

 そちらからは『カーブを抜け、最後の分岐を図面通り右に通過した』と報告が入っている。

 『廃駅への矢印は左を向いていた』とも。

 殆どの案内図がでたらめに改変されていた。

 そして林や草の中だけでなく、線路の枕木にも何度かトラップが仕掛けられ、十人近く追跡不能となった。

 しかし、それももうすぐクリアされ尽くす。

 線路側を一緒に走っているフロート狩りも、こちらがフロート達を確保した直後に、後ろから来ている警察が何かと理由を付けて拘束する手筈だった。

 フロートコミュニティと共に、この地域のフロート狩りも全滅、あるいは全滅に近い状態となるだろう。

 震災直後の全国的な混乱の最中、ひっそりと、だけど幾つも寄せられ始めた『奇妙な相談案件』に初めて対応してから数年。

 市役所の小さな対策窓口が専門部署になり、全国的に統合されて『対策部』となり、厚労省から何度も所属省庁が変わり、最後には内閣府所属となる。

 そんな急激な変遷を経ながらも、奇妙な死者達と関わり続けて来たという矜持が高槻にはあった。

 ネットのヒマ人にも、政府のカルト集団にも、これ以上死者達の問題を引っかき回されたくない。

 それが高槻個人の偽らざる本音だった。

 前者はともかく、後者は彼らの下で働く対策部にはどうにもならない事だし、大きな政変でも起きない限り望むべくもない。

 そしてこの国でそんなものが起きる筈もない。

 ならばせめて、我々は前者だけでもきっちり整理しておくべきだろう。

 彼ら『死者』の存在は、本当に生者にとって重要な問題だ。

 なぜなら、変異が起きるかどうかはおいても、生きている者は皆、あっちへ行くんだから。

 特に今は、そこへの距離はかつてよりも短く―――


「トンネル内より本部。現在、カーブを越えて160メートル進入。二つ目のバリケードを通過します。どうぞ」

 少し物思いに囚われかけていた高槻を、無線の報告が現実に引き戻した。

 順調そのものの報告の一つでしかなかったが、何かが無性に気になったのだ。

「二つ目? 抵抗はないのですか? 回答願います。どうぞ」

「およそ20メートル先を数体逃走中。時折石や鉄の棒を投げつけて来るので、これ以上の接近は危険です」

「抵抗はしているのですか……投降の意思はなさそうですか? どうぞ」

「どう見てもありません」

 無線のトークボタンから指を離し、高槻は顔をしかめた。

「一体なんだ、その中途半端な抵抗は……」

 改めて考えてみて、あまりにもスムースに進み過ぎる事に気付いた。

「会長を人質にとって、自分達の生き残りを掛けて作った状況を、どうしてそんなに簡単に明け渡すんだ……? 諦めたのなら、何で抵抗している。逃げられないと分かっていて、どうして退却する……?」

 高槻はマイクを置くと、手元のタブレットに表示された等高図に視線を落とした。

 入り組んだ廃線を、東西から挟み撃ちにし、北からも次々人員を追加してきた対策部。

 線路沿いだけに留まって、その中央の廃駅付近へと寄り集まって行く死者達。

 さらにそれを追い詰めて行く対策部の各班。

 フロート達は何の手を打つでもなく、こちらへ話し合いを求めるでもなく、ひたすら抵抗し、退却している。

 このまま行けば、全てのフロートがホーム付近に集合する。

 東西を対策部とフロート狩りに挟まれながら。

「彼らはまるで熱したポップコーン、あるいは踏みつけられた風船だ」

 高槻はその時、対策部もフロート狩りも線路沿いだけに集中している事に気付いた。

 しかし、その先をイメージできない。

 『フロート達は廃駅を死守する』という前提から離れる事は出来なかった。


「よし、弾けろ」


 トンネル側の対策部職員達が出口に姿を見せ、線路側の彼らがホームの数十メートル手前まで来た時。

 ホーム周囲まで後退し密集していた総勢40名前後のフロートが、どどどどどと足音を響かせ、廃線南北の山林内へ一斉に駆け出していた。

 山林内に入ると同時に、あちこちから白煙が上がる。

 遠くからボンッ、ボンッという小さめだがはっきりと何かが爆発する音が響いた。

 現場からの映像や無線でなく、高槻のいる車内に直接。

「係長、これ……やばいです。本物の火です」

 モニターを除いていた職員の一人が、慌てた声で高槻に報告する。

 ヘリからの映像では、廃線の南北に広がる黒い林が写っている。

 そのおよそ6~7箇所から上がる小さな火の手が見えていた。

 炎の上げる黒煙は闇の中で見えないが、フロートが発煙筒で撒き散らしている白煙は時折、サーチライトに鮮やかに照らし出された。

「変異体の追跡を……」

「いや、止めろ。一人二人ならともかく、こんな数の山狩りは無理だ……まず消防に連絡を。そして廃駅の中を確認」

「了解」

 嫌な予感は、想像以上の形で現実化した。

 高槻は首を振りながら、モニターに別の映像を表示させる。

 あらかじめチェックしていた、ある生放送サイトの画面だった。

「廃駅駅舎内、確認しました。ロビーにも部屋にも日出会長はいません」

「よく探したのですか?」

 そう聞き返す高槻の声は、思わず震えている。

「はい、きれいなバスタブと幾つものポリタンク、弁当の空箱、いた形跡はありますが……それ以外は荷物も服も残っていません」

「会長が連れ出されたという事でしょうか……一体いつ……連中が押し寄せると聞いてすぐでしょうか」

「いや、ありえない……それでは間に合わない……じゃあ、これは(・・・)一体どこでやってるっていうんだ!?」

 高槻はそう疑問を口にしながら、モニターを指で叩く。

 既に配信の始まっているその生放送では、白壁をバックにアーマゲドンクラブ会長の姿が映っていた。

 激しい身振り手振りで、何事か喚き散らしている。

 彼が議論をする時特有の、どこか興奮した様子。

 彼の向かいには、もう一人、親子位年の離れてそうな少女がいた。

 こちらもオーバーアクションで両手を振り回し、焦った様な表情で何か喋ってる。

 少女は、今の高槻以上に生き生きしているが、肌の色で変異体――死者だと一目で分かった。

 高槻にとっては、かなり見覚えのあるフロートの一人だった。

 くるくるの癖のあるロングヘアと幼い顔立ち。

 傷だらけの肩や腕。

 契里遥から同年代の少女グループを任されているという事も、知っていた。


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