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フローティア  作者: ゆらぎからす
10.リービング
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185日目‐188日目

 185日目‐188日目




 7月某日、アーマゲドンクラブの公式サイトでは『LASTWAR-Z 東北征伐』の詳細スケジュールが公開され、全国からの集結ミッションとして大々的に宣伝された。

 ある有名なゾンビ映画のパロディーなのは、その名前だけではなかった。

 タイトルロゴも、公式サイトトップページの画像まで、その映画のポスターのパロディー。

 ――パロディーと言うより、ただの『コラ画像』だ。

 映画のポスターの、煙を上げる街を見下ろす主人公の後ろ姿が、ブラッドピットからアーマゲドンクラブ会長の日出尊人に差し替えられただけ。

 そんな、『権利者の目に止まったらただでは済みそうにない』一品だった。


 その二日後。

 大宮ソニックシティで行なわれた、アーマゲドンクラブの『総決起集会』には、一千人近い参加者があった。

「さあ行きましょう! 皆さんは神話の中の勇士となるのです!」

 高揚した声で壇上の日出が吠えると、そこかしこで拍手が上がる。

 席についている者の大半は、一見普通そうな男女だった。

 だが、ホッケーマスクやガスマスク、覆面で顔を隠している怪しげな風体の者が、少なからず混じっていた。

 更に、日本兵や傾奇者、大昔の豪族や日本神話の登場人物っぽいコスプレをしている者までいた。

 異様な格好をしている連中程、集会が終わっても会場を出ようとせずロビーにたまっている。

 当然ながら、集会を取材していたテレビ局や新聞社のインタビューが彼らへと集まった。

「これで勝つるって感じですね」

「皆ね、真実を知るべきなんですよ。日本が今、ゾンビでヤバイって」

「これはね、日本を死者の国に沈めようって政治的陰謀があるんです。われわれは負けられないんですよ」

 マイクを向けられた彼らは、それぞれに部外者には分かりにくそうなコメントを、得意げに言っていた。

 日本語で喋っているにもかかわらず、自分達と言葉が通じ合っている気がしない。

 インタビュアーの多くもそんな空気を感じて、少し戸惑っている様子だった。

「ええと……ですね、現在、第一種変異体、第二種変異体への『攻撃』『損壊』について、暫定的な基本法で禁止されてはいたんですが、明確な罰則規定はなかったんですよ。今後、来年春に施行予定の改正法では、罰則を明確にし殺人罪や傷害罪なみの重罪として取り扱えるように」

「おかしいでしょ、それえっ!? 死体相手に殺人だの傷害だのって!」

「ゾンビに家族が喰われてても戦わず見てろって法律なんですよ!」

「これが何で人殺しなんですかあ! 駆除作業ですよ!」

「どこが殺人なのか言ってみろよ! 殺人の法的定義、はい!」

 スタジオへ向けて締めの話をしようとしていたリポーターへ、横から複数のアーマゲドンクラブ会員が詰め寄って来た。

「あ、あの、ちょっと。分かります、落ち着いて」

「分かりますじゃなくて、相手が死体なのにどこが殺人だって聞いてんの!」

「あんたら非常時だって意識がねえんだよ、マスゴミぃ!」

 突然囲まれた大学出たてのリポーターは、彼らをいなそうとするが、彼らはますます居丈高に自分の正しさを主張するばかりだった。

 他のイベントで来ていた客も、唖然とした表情で彼らを遠巻きに眺めていた。




「初めてなの?」

「――おお」「そうだねえ」

 津衣菜の質問に、電話の向こうの高地と目の前の遥が同時に答えた。

 スマホはテーブルの上に置いて、全員が彼の声を聞けるようにしてある。

「あいつらが表のメディアでこれ程注目されたのは、初めてだったと思うよ。最初で……多分最後だろうけど」

「取材の子も、『うるせえぞ犯罪者(クズ)ども』位言ってやりゃいいのに。きちんと応対してくれそうな相手にこそ、ああいう態度に出んだからよ、あいつらは」

「あんた、気に入らない取材対象にいつもそういう対応なの?」

 呆れた声の津衣菜に高地は笑い声で返す。

「重要度とか相手とかによるなあ……あんなのはどっちでも最底辺だけどな」

 コンクリートの剥き出しになった柱にタブレットを立て掛けて、アーマゲドンクラブ集会を報じるニュースを見ていた。

「笑えるぜ。『指定変異体』関連のニュースの中で、これの注目度どん位だと思う?」

 高地の言葉の直後に、ヤフーのニュース画面が表示された。

 指定変異体(フロート)で検索されたニュース群。

 プレビュー数順で見れば、その答えは明らかだった。

 トップに並んでいるのは、例の『公園事件』に関する検証や有名人のコメント。

 その次が、対策部――『内閣府政策統括官 第32部局』の存在の公表と、新省庁としての再編に関するもの。

 更にその次が、4年前に一度検討されたが頓挫した、『指定変異担当大臣』ポストの新設を巡る議論。

 アーマゲドンクラブ集会のニュースのプレビュー数は、上位三件の5分の1以下だった。

 ちなみに、九州地方や西日本にいるという『末期発現者に生者を襲わせ、銃撃戦も辞さないフロート集団』のニュースは全くなかった。

「分かるか? こいつが、『NHKニュースだけ見ている奴ら』と、ワナビーやただの支持者も含めての『あいつら全体』との数量差だ」

 しばらく一覧に見入っていたフロート達へ、高地は声をかけた。

「これでもまだ、車で会社に出勤中、歩道にいるのが生者か死者かなんて気にする奴はいない。俺達への関心度なんて、その程度なんだよ」

「そんなもの、文字通り死ぬまで(・・・・)関心ないに決まってるじゃない」

 ぼそっと呟いた津衣菜に、日香里や大人のフロートも注目する。

 遥も顔を上げて彼女を一瞥した。

「そうかもねえ」

 津衣菜はスマホを自分の手にとって、その画面に目を落としながら尋ねる。

「西高訴訟は、結局だめだったね」

「おお」

 何でもない事の様に高地が返事した。

 この日の昼、地裁判決にて西高訴訟は棄却された。

 『高等裁判所への控訴は行なわない』と、原告団学生の代理人である弁護士がコメントしていた。

「これ以上続ければ、本当にヤバい事になる。あいつらについてた大人がそう判断したらしいな」

 一時的な圧力や地元での立場だけではなく、遠方への進学や就職にさえも支障を来す。

 裁判は長期化し、これからの人生の大部分を訴訟に費やす事になりかねない。

 そう言った事情を鑑みて、控訴をしない事に決めたらしい。

「結局、『思い出作り』だったみたいね。いい社会勉強しましたって?」

「それでも、お前より――」

「いいや」

 高地の声を短く遮って、津衣菜はきっぱりと返した。

「今度こそ言う。こんななら、私の方がマシだ」

「へえ?」

 高地は今までと様子の違う津衣菜の返事に、むしろ興味深げに聞き返して来た。

「おう、途中で黙んな。こんなってどんなだよ」

「……『何も変わらない』って既成事実を刻んだだけだ」

「じゃあ、何だ。あいつらも死ねばよかったって事か?」

「……そうね」

 高地の問いに日香里がスマホを凝視し、それへの津衣菜の答えで更に顔を強張らせる。

 他のフロート達も不穏な空気を感じ取ったのか、眉を寄せながら津衣菜を見ていた。

「もし自殺よりもマシな事をって言うんなら、そうだ、あいつらを……せめて、あのババアを(・・・・・・)殺してよ」

「あいつらにそんなこと出来るって思ってんのかよ?」

「そんな事すら出来ないから『思い出作り』だっていうのよ。あいつらをどうにかするって意思がどこにもない。惜しむ程未来がある連中の暇潰しに、未来を失くした奴らが利用された様なものよ」

 津衣菜は『そいつ』の顔を思い出そうとする。

 目を閉じた瞼の裏には何も浮かんで来ない。

 二秒程そうしていて、自分が彼女の顔(あのババア)を直接には見た事がないのを、ようやく思い出した。

「何が分からなくたって、この世から消えた方がいい奴が誰なのか、はっきりしているのに」

 そう言って電話を切った津衣菜を、『ふうーん』と呟きながら遥が生温い視線を向けていた。

「何よ」

「いや……あんたにも(・・・・・)、一応あの警告しておくかってね」

 津衣菜は怪訝そうに遥を見る。

「フロートが生者を殺すのは――」

「NGって? それなら何度も聞いてるし」

 つまらなそうに津衣菜が遮って返す。

「今思えばさ、このルールって随分とこっちの都合次第だったじゃない」

 津衣菜の態度に怒る様子も見せず、むしろのんびりした声で遥が答えた。

「そうだねえ、でもさ……もしもあんたがそいつら殺しに行ったら、100%適用されると思うよ」

 視線を上げた遥。

 真紅の、津衣菜でさえ思わず口元を強張らせた程の、冷酷な双眸。

「都合で免除するのは、私だ。あんたは『ルールは絶対』って覚えといた方が良い」





 今日、やっと梨乃がこっちに着いた。津衣菜が一人で連れて来た。

 最近、車も人手も足りないのは知っている。

 今度は誰の車で来るのかと思ってたら、何と二人だけで新幹線に乗って来たという。

 バカじゃないのと思った。

 まあ、化粧を濃くして包帯とかもきちんと巻いとけば、こいつらでも何とか生者に見えない事もない。

 津衣菜は打ち合わせと称して、何か一言二言喋ってさっさと帰ってしまった。

 あの女にまともな『打ち合わせ』が出来るなんて、誰も期待していないが。


 千尋は最近、暇さえあればスパーリングしている。

 旧北部地区班のおっさん相手の時もあれば、一人で木や岩や鍾乳石相手に打ち込んでる時もある。

 やり過ぎて、胴周りの補強金具がむしろ壊れそうになる程だった。

 私達が鍛えても身体が強くなる事など一切ない。

 ただ崩壊を進めるだけの鍛錬に意味などないと私は思うが、あの子は『勘が戻る』という。

 遥にばねを2本追加で頼んで、背中に埋め込むと言っていた。

 詳しい事は知らないが、あまり千尋の身体にとっていい事じゃない気がする。

 でも、この子の全身は今度の戦いに備え、待ち受けている。

 その事だけは、圧倒されそうな程に伝わって来た。

「だって」

 あいつらに来てほしいのか。そう見える。

 スパーリングの合間、半分苛つきながら詰問(メール)したら、口を尖らせて答えていた。

「雪子の宿敵なんだろ? 僕以外の誰がやっつけるんだよ」

 本当に――何を言ってるんだろう、この子は。

 私の宿敵だったら私が倒すんじゃないのか。

 そう言い返す前に、千尋はにぱっと笑いながら重ねて言って来た。

「大丈夫。メインディッシュはちゃんと雪子にとっておく。僕が片付けるのは、それ以外全部(・・・・・・)だよ」

 無駄に爽やかなスマイルを見て、『やり過ぎない様に』忠告する以外もうする事はないと察した。

 今のこの子が本気で蹴ったら、普通の人間の身体はこの子の胴体みたいになるだろう。

 正確なタイミングで打てず威力の半減した攻撃しか出来ないから、今まで誰も死ななかったに過ぎない。

 あいつらは別に死んでも構わないが、その時、この子が変わってしまうのを密かに恐れている。

 私の不安などよそに、千尋は到着した梨乃に目を輝かせている。

 実に分かりやすい。


 美也は冷静に子供達の避難、そして、今後のここでの生活の事を考えていた。

 鍾乳洞から出ないで過ごして行くというのは、正直無理があると思うし、生者と関わらずに私達が存在していけるとも私には思えない。

 彼女の生者への深い不信感は、フロートなら誰でも共感できるものであり、それ故に危うい。

 だけど、私達の平穏と安息を何よりも主軸に置く、彼女の視点は貴重だと思う。

 ここで未来の為に、もうすぐここで始まる戦いが重要だと彼女も分かっていて、場所を作る事で支えようとしてくれてもいる。


 AAAのゴス女も来た。

 何しに来たのか全く分からない。

 私にべたべたと触りながら『支援しちゃうわね』とかほざいていたが、具体的に何をどうするのか一切言わずに帰って行きやがった。

 この辺のいらっと来る所は、津衣菜とも遥とも似ている。


 向伏に残っていた子供達はまだ来ていない。

 だが、アーマゲドンクラブ会長の来る日が分かったので、その前には移動を完了させるという事だ。


 アーマゲドンクラブ神奈川支部、そして『スラッシャー』

 ――あのクソシンメトリー野郎も、まだ来ていない。


「え? 雪子?」

 文字で送ったのだから聞き返す必要などないと思うが、画面を見直さずに私に聞いて来る千尋へ、もう一回送ってやった。

『来るなら来い』

 しばらく経って千尋の元へ戻った時、ちょうど休憩していたこの子は何か不安げに聞いて来た。

「あの、雪子もやっぱり……本当はあいつらなんか来ないのが一番だって思ってた……かな? 僕、雪子に酷い事した宿敵がのこのこ現れるって聞いて、逆に嬉しくなって、つい雪子も同じだと」

 半分は当たっている。

 別にもう一度会いたい奴らではない。

 だけど、絶対に会わずに済ませたい、逃げ続けたい様な奴らではない。


 フロートになって目覚めて、最初に見てしまった、あの気色の悪い髪型を思い出す。

 左右で違う表情を浮かべる、あの歪んだ面構えを思い出す。

 異常者らしくもない保身と恐慌に足をもつれさせながら逃げだした、血まみれの背中を思い出す。


「良かった、雪子もそうだったよね」

 私の返事に安心したのか、千尋は笑顔を取り戻し、ついでにまたスパーリングを再開しに行ってしまった。

 その向こうでは早速、梨乃がグローブを両手に嵌めてぬぼーっと突っ立っていた。




 屋上まで来ると、スマホの電波もまるで違う。

 屋内でもエレベーター付近は比較的マシな方だったが、数年来の廃屋の中にWi-Fiはない。

 そんな事を考えながら、津衣菜はSNSのトークルームを開き、花紀を呼び出した。

 しばらく眼下に広がる織子山市の夜景を眺めていると、花紀からの反応があった。


 花紀@再見姉々:ばわし。

 Tsuina:ばわ。夜の挨拶のスタンプが楳図かずおってどうなの。しかもへび女。

 花紀@再見姉々:えーいいべさ。あと、何かゆっきーに似てるよね。

 Tsuina:それ本人の前で言ってみなよ。

 花紀@再見姉々:きっとこうなる。

 Tsuina:やめれ。

 花紀@再見姉々:でも、本当にゆっきーにも会いたい。


 花紀がそう言って、今度は普通に可愛い感じの、イラストのくまの泣き顔がスタンプ表示される。


 Tsuina:よしよし。


 津衣菜は泣いているウサギをもう一羽が頭を撫でているイラストのスタンプを貼ってやった。


 花紀@再見姉々:明日(・・)だね。


 急に花紀がそう話を振って来た。

 急な話題の切り替えに津衣菜は焦ったが、何が明日だと言っているのかはすぐに分かった。


 Tsuina:うん。

 花紀@再見姉々:眠れなかったの?

 Tsuina:そうだね。なんだか落ち着かなくて。

 花紀@再見姉々:わたしもだよ。

 Tsuina:花紀でも、そういう事あるんだ。

 花紀@再見姉々:えー、どういう意味


 また楳図かずおの画像。今度はチキン・ジョージ。

 津衣菜は思わず「ふふっ」と声を漏らし、それで自分が笑顔になっていた事に気付く。

 アーマゲドンクラブを筆頭に全国のフロート狩りが、あと数時間後にここまで押し寄せて来る。

 それは即ち、フロート達にとっての『アーマゲドンクラブ会長拉致』決行の時。

 目の前に差し迫った重大作戦への緊張もあったが、それ以外でも津衣菜には気分をささくれさせる事が続いていた。

 何よりも、その『終わりのなさ』が、彼女にとって苦痛だった。


 Tsuina:そう言えばね、こっちのフロートが結構増えたよ。移動じゃなく、新規で。

 花紀@再見姉々:え、本当に?

 Tsuina:隠れてた筈だけど、どこかで情報漏れてるのかもね。フロート化した人が、ここの事を聞きつけて、集まって来てるんだ。

 花紀@再見姉々:ほーほー、さすが県内一の大都会

 Tsuina:佐久川や更にその南からもここへ来てるから、佐久川の事は知られてないみたいだね。

 花紀@再見姉々:向伏ではあんまり増えてないなあ……


 花紀の言う通り、向伏ではフロートの人数だけでなく増加数も半分以上になったのは、津衣菜も知っている。

 コミュニティーそのものが縮小したにもかかわらず、フロート狩りは(落ち目になったとは言え)活発なままだったからだ。

 フロート狩りの犠牲は以前よりも増えていると言って良い。


 Tsuina:やっぱり、新参が増えないってのもさびしいかな。


 津衣菜は、増えた犠牲には触れない様にしてそう尋ねた。

 新しい顔に不安しか感じない、自分の様なタイプもいるが、花紀はそうじゃないと思っていた。

 きっと、いた仲間が減る事だけでなく、そういう所でも寂しさを感じているかもしれないとは思っていた。


 花紀@再見姉々:違うよついにゃ―


「……え?」

 だから、花紀からの短い返事があった時、思わず口に出して聞き返してしまう。


 花紀@再見姉々:さびしくて会いたくなる人がいるし

 花紀@再見姉々:さびしさを仲間が助けてくれることはあるし、仲間がさびしがっていたら助けたくなる事もあるけど

 花紀@再見姉々:でも、さびしいって、仲間がいないとかそういう事じゃないよ。


 花紀の言葉の意味が分からない。


 花紀@再見姉々:ついにゃーもわかるはず。さびしいと感じた時の事

 Tsuina:よく覚えてないよ

 花紀@再見姉々:うそ。ついにゃーはよく、そういう嘘をつく

 Tsuina:私が嘘を?

 Tsuina:何言ってるの、花紀。ちょっと意味分かんない


 花紀ってこんな話し方する子だっただろうかと、少し記憶が曖昧になるのを感じた。

 よく思い返せばそうだったかもしれないけど、文字だけで並べられた言葉は、彼女の口を通して聞く声より冷たく、逃げ場のないものに感じられた。


 花紀@再見姉々:思い出したくない事を、思い出せなかった事にする


 忘れていない事を忘れたと嘘つく、自分の癖。

 本当は自覚があった。

 何度も色々な奴からも言われた気がするが、花紀から言われた事があっただろうか。


 花紀@再見姉々:何で私がこうなるの、こんな目にあうのって思った時に感じるんだよ。さびしさって。

 花紀@再見姉々:津衣菜(・・・)は思わなかった? 何で私がって

 Tsuina:何でって  何が?

 花紀@再見姉々:どうしてあの人達が生きてるのに、私が死ななくちゃいけないのって


 津衣菜は思わずスマホを落としそうになる。

 少し失くした筈の平衡感覚のめまいを感じた。

 花紀のその言葉を聞いた瞬間、視界に突然甦ったのだ。

 目の前に迫って来る、あの地面を。


 花紀@再見姉々:私は何度も思ったよ。『どうして』って

 Tsuina:花紀が?

 花紀@再見姉々:だから私は、私のそばにいた人たちに何度もひどい事を言った。

 Tsuina:ひどい事

 花紀@再見姉々:そう。私じゃなくてあんたが死ねばいいのにって


 自分の知る花紀と、今日の会話の花紀との距離を埋められないまま、言葉を反芻する津衣菜に更に驚くべき告白をする花紀。

 だけど、津衣菜の記憶のどこかで反駁する声がする。

 これも自分の知っている彼女の一部だった筈だと。


 花紀@再見姉々:死者はいつも生者をうらやましがってるんだよ。


 だから、この子はここで笑っている。

 いつか帰る日を夢見て、私達を包み癒し続ける。

 数多の死者と生者もどきの中で、本当の『生きる資格』を持つ者。

 そして、津衣菜は花紀の言葉で思い出していた。

 『死ぬべき奴ら』の名前や顔を。


 Tsuina:つまり、殺しちゃえばいいのかな?

 花紀@再見姉々:え? 違うよ! そうじゃないの

 Tsuina:でも、花紀の言う通りだったよ。

 Tsuina:何であいつらが生きてるのか。そう思って、それが分からなくて、苦しくなる事がある


 スマホの画面に反射する金色の瞳。

 花紀が否定する返事を送ってきたが、彼女の言いたい事と違うのは分かっている。

 だけど、はっきりと思い出してしまっていた。

 『思い出せない』の嘘で自分を騙せなくなっていた。

 花紀へ答えながら自分はまだ笑っている事に気付いた。


 Tsuina:生きる資格のない生者がのさばってる

 Tsuina:どうせなら、あいつらの命を使って、花紀を帰してあげられればいいのに。神様なんてものがもしいるなら、そういう調整をしっかりやるべきだって


 津衣菜にとって半分は本心ではなかった。

 花紀はあんな世界に帰るべきじゃない。

 あれこそが、穢れた死者の国だ。花紀にはふさわしくない。

 ここにいればいい、この、私達の生きるフローティアに。

 だけど、資格のある者の生の為に資格のない者の死が必要なら、そうするべきだ。

 それも津衣菜の本心だった。


 花紀@再見姉々:冗談でも、そんなこと言ったらだめだよ。二度と言わないで。

 花紀@再見姉々:ついにゃ―が初めて心の中を話してくれたのは嬉しいけど、それはさびしさの解決じゃないよ


 津衣菜の発言から数分近く。

 時間をおいて、花紀からそんな返事が返ってきた。

 彼女が悲しんでいるのか、怒ったり呆れたりしているのか。

 それも見えて来ない画面を、津衣菜は初めて少しもどかしく思った。



「死者は生者が羨ましい」って台詞、はっきりとした元ネタあった様な気がするな、どこで聞いた言葉だったかな。

書きながらずっとそう思ってて、2日前位にあの漫画だったと思い出しました。

分かった方だけ「ああ」と思って下さい。


今回で会長拉致に突入しようと思ってたら、字数が1万字行きそうなのでここで切って抑えました。

会長拉致や最終決戦(?)は、次回からになります。

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