8日目(1)
8日目(1)
市中心街の西外れに建っていたテレビ塔。
その幾らか古びた骨組みは、オレンジ、紫、緑と、目まぐるしく色の移るライトアップに飾られていた。
地上数十メートルの塔の中腹。
遥の背中に津衣菜が呼びかける。
「遥」
「昨日は大変だったね。お疲れさん」
振り返った遥が、薄く笑いながら彼女を労7った。
複雑に交差する鉄骨の上を、津衣菜は前へ進む。
「曽根木さんがね、結構気に入ったらしくてさ。あんたの活躍。また今度こういうのあったら頼みたいって」
「こういうのって……発現者の始末か」
「それもあるけど、つまり――『力仕事』全般さ。何だかんだ言って、五体満足な人少ないからね、私ら」
「私、首と右腕折れてんだけど」
「その代わりに強化されてるじゃないか、針金入りのギブスと鉄筋で」
遥はくっくっと笑う。
顔の左側を走る痣が、テレビ塔の光に色薄く浮かび上がっていた。
『力仕事向きの五体満足な死体』って、彼女式のジョークか何かだろうか。
そんな事を思いながら、津衣菜は訊いてみる。
「それが用?」
「――班のみんなは、どうだい?」
遥からは、今の話と関係なさそうな問いが返って来た。
「しんどいね」
「ほう」
津衣菜が即答する。
遥はそれ以上何を聞くでもなく津衣菜を見ていた。
津衣菜は少し考え込んでから、口を開く。
「無視されるのも慣れてるし……嫌われるのだって今更どうでもいい……何であんな、頭の中お花畑の甘ったれにリーダー任せてるんだ」
「そいつは意外なコメントだな。花紀は頑張ってるし、いい子だと思うけどねえ」
「そりゃ頑張るだろうさ……無理しなけりゃやってけないからな」
「無理させてると?」
「他に何がある? どんなに傷付いても、あいつは泣きも怒りもせずに、他人を傷付けないようにと私や他の奴の顔色窺ってばかりいる。そういうの、見てるだけで辛いんだよ」
「言う事はびしっと言うだろ、違った?」
「それだって無理してだろ。あいつは誰にも優しいけど、本当は自分が、誰からも優しくしてほしいからなんだ」
「津衣菜、あんたはあの子をやっぱり分かっていない。あの子のお花畑を、まだまだ甘く見ているよ……それとも、それはあんた自身の事かい?」
「……」
「まだ思い出せないのかい? 自分の自殺した理由を」
顔を上げた津衣菜と、見下ろす遥の視線が交わった。
「……記憶が抜けているんだ。目覚めた時も、その前の飛んだ瞬間の事もはっきりと覚えている。だけど、そこへ行くまでの数日、何を考えていたのかを思い出せない」
3、4日前、別件で花紀に用があり、遥は山を訪れていた。
その時、ふと自殺の理由を訊かれ、津衣菜は覚えていないと答えたのだ。
その時は、遥も眉を寄せて聞き返していた。
津衣菜は再度、覚えていないと答える。
そこだけ記憶が抜け落ちているんだと、説明していた。
その時と同じく津衣菜は頷く。
だが、次に彼女は目を伏せ、呟く様な声で言った。
「――そうじゃないんだ。しんどいのは……花紀の事もあるかもしれないけど、そんなことじゃない。つまり……あいつらは『生きようと』しているだろう?」
「『フロート』だからね」
「何よりも、あいつらが死を受け入れていないっていうのが、私に合わないんだ」
津衣菜は斜め上に伸びた鉄骨を踏み、その上を登り始める。
遥の横を通り抜けながら言った。
「発現者を目の前で見た。全身が腐って膨らんで、気持ち悪い汁と蛆にまみれて、死体そのものだった。言葉も分からず、生きた人間と仲間の区別もつかず、目の前の奴を掴んで食うことしか頭になさそうだった」
言葉を切って少し登って、津衣菜は言葉を続けた。
塔を飾る照明の色と一緒に、二人のシルエットも変わって行く。
遥と自分の顔が紫色に染まった時、記憶の中にある発現者の顔を重ねてしまった。
「奴に掴まれた時、私は感じてた。これが紛れもない私の同類だと。あれが、私らの本来の姿じゃないのか? 私らは皆、いずれはああなるんじゃないのか……?」
遥は津衣菜を見上げた。
津衣菜は立ち止まったまま、彼女を見下ろしている。
「誰かも言ってたけど、私は、フロートではなく“シンク”なのか? 『沈下の日』にフロートと同時に生まれた、『生きたまま死に沈んだ者』が私なのか?」
「私があんたを呼んだのは」
頭上に立つ津衣菜へ、遥は笑みを浮かべたまま言った。
「そろそろ、聞きたい事がまとまった頃じゃないかと思ってね」
いつからこんな事が起きているのか。
津衣菜の一つめの質問に、遥は「はっきりとは分からないけど」と前置きしつつ、数年前からだと答えた。
「自分の身体の異変を病院や警察に相談したフロートも、当時はそれなりにいたらしいね。件数の特に多かった幾つかの地域に対策機関が作られ、それらを統括する対策本部の設置されたのが3年前。48都道府県全てに対策支部と研究セクションが設置され今の対策部になってから、まだ2年しか経っていない」
「それ以前には、いなかったのか」
「分からない。隠されていなかったって保証はないからね……少なくとも、私は見た事も聞いた事もない……ある時点より前からのフロートを」
「ある時点っていうのは“沈下の日”――“生者の世界が死者の世界に沈んだ日”か」
津衣菜は続けて訊ねた。
遥は頷いてから、津衣菜をまじまじと見て感心した様に言った。
「ふーん、その話ももう聞いているのかい。割と耳が早いね」
「その言い伝えの“ある日”って、いつだ」
津衣菜は、訊ねながらもその答えが何となく予想出来ていた。
遥が答えた日付は、津衣菜が予想していた通りのものだった。
津衣菜でなくとも、この国では誰もにとって忘れられない日付。
「西日本海大震災……」
「そう。東海地方から山陰地方にかけての日本海側で起きたM8の地震、その直後に沿岸の町をいくつも押し流し壊滅させた大津波、そしてそれらの最後に起きた高速増殖炉の暴走事故。史上最悪とか言われている、数年前の西日本の大災害の日だ」
「……」
「早合点は禁物だよ」
津衣菜の沈黙を見て、遥が静かに声をかける。
「山陰沖の活断層の歪みがこの世をあの世にも沈下させたと? 死体が動き出すのに、増殖炉から日本中に撒き散らされた大量のプルトニウムが影響していると? そんな科学的根拠はどこにもないよ」
「じゃあ、皆が関係あると思い込んでるだけで、本当は全然関係ないのか」
遥の言葉に、津衣菜は驚きを隠せず顔に出した。内心、梯子を外された気分だった。
フロートという呼び名。フロートと対にあり、フロートからも警戒される「シンク」という存在。それらはこの言い伝えが語源となっていて、言い伝えと共に遥が外から持って来て広めたものだと。
だが、当の遥本人が、それを根拠なんてないと一蹴している。これでは何を前提にして話をすればいいのかも見えて来ない。
「ただ、それでも思いやすいもんなんだよね、人間って。あれだけの事が起きたんなら、この世とあの世が繋がったり、死体が起き上がったりなんて事だって、あるんじゃないのかなって。それに……関係ないと断言できる根拠も今の所、ないんだよ」
じゃあ、何でそんな話を広めて、私たちはフロートだなんて言っているのか。
津衣菜がそんな疑問を頭の中で整理している間に、遥が続けてそう言った。
津衣菜はその疑問を脇に置いて別の質問をする。
「対策部の研究所……」
「ん?」
「フロートを研究しているっていう、そいつらは、本当に何も知らないままなのか?」
津衣菜のその問いに、遥は少し考え込んでから答えた。
「ある種の特別な細胞が活動していて、何らかの代謝や循環を行なって、筋肉組織や脳細胞の機能も維持している可能性がある――というのが、私の知ってる中では最新の、彼らの研究成果だ」
そこで言葉を切って、また少し考え込んでから付け加える。
「それがどんな細胞で、どんな条件下で活動するのか。何を循環して擬似的な生命活動を成立させるのか。そんな疑問の前では彼らも意識するらしいね……死者の世界の存在を。宇宙の研究者がよく神様の話をするのと同じさ」
「つまり、それが“連中もよく分かっていない”の意味か」
「そゆこと」
宇宙が分からないのと同じレベルか。
分からないままで研究し、分からないままで結果ありきの対策ばかり積み重ねているという話もそれなら多少納得出来る。めまいを覚えつつ。
津衣菜は対策部に感じた眩暈を脇に置いて、再度“彼女へ”訊ねた。
「遥、あんたは何を信じているんだ?」
どこにも正解はない。国の研究機関も何も知らない。生者の世界と死者の世界なんていうものがリアリティを持っている状況。
高地や曽根木は言っていた。遥は何かを考えている。フロートを一つの方向へ引っ張って行く何かを。
そんな彼らでも、フロートという呼び名は自然に受け入れていた。
「“私たちは死から生へ浮き上がった” 私は、あんたがあの言葉を嘘のつもりで言ったとは思えない。だけど、あんたはその言葉と一緒に、自分でも本心から信じてはいないそんな話を広めているという」
遥は笑みを浮かべて、その問いへはすぐに答えた。
「信じていない訳でもないさ。嘘でも本当でもどっちでもいいとは思っちゃいるけどね……私達について今、科学的で合理的な、下らなくない説明を一体どこの誰が出来るって言うんだい?」
強い風が吹いた。
テレビ塔の鉄骨の間で、風は独特な音を反響させる。フロートの平衡感覚でも、何かに掴まらないとかなり危なげだ。
遥は斜めの鉄骨を背にワイヤーを掴んで立っている。遥の頭上にいた津衣菜は、何度もよろけながら膝をつき、鉄骨の縁に手をかける。
「より多くの人が納得していい結果に出来れば、それでいいのさ。求められているのは事実じゃない、今、みんなで持って行ける答えだ」
「――“どこへ”持って行くっていうんだ?」
これも津衣菜の予想通りだったが、遥はその問いには答えなかった。
別に今どうしても知りたい質問ではなかった。津衣菜は次の問いを口にした。
「……“シンク”って一体何なんだ」
「私は、フロートと同じくシンクも本当にいると思っている。だけど、みんなが思ってる通りの形じゃなくね」
やはり津衣菜の感じた事は当たっていた。
遥は何か目的があって、真偽の定かではない噂を全ての始まりとして広めている。だが、それとは別に「死から生へ浮かぶ」フロートと「生から死へ沈む」シンクの存在は信じている。
噂が先にあって、フロートとシンクがあるのではなく、それらに説得力を持たせる為に噂を利用しているのかもしれない。
「誰かが人を死なそうとしたり自殺しようとしているから、そいつがシンクだってものじゃない……それも多少あるけど……誰がシンクだというなら、生者も死者も、誰も彼も皆シンクだ」
「何だって」
「個人じゃなく、集合意識で死に向かっているというのが私の考えさ」
津衣菜は言葉が出ない。全ての人間が死者も生者も問わずシンクだなど、想定外過ぎる答えだった。
遥の言っている事は理解出来ない様でいて、どこか引っかかる心当たりも感じられた。だけどやっぱり理解出来ない。
「一人一人は、大半が誰かを死なそうとか死にたいとか、明確に意識している訳じゃない。だけど、集団になると、より死に向かう価値観や選択肢を選ぼうとして行く」
「よく……わからないな」
「本当かい?」
津衣菜は本心から言ったつもりだったが、遥は念を押す様に訊ねて来た。
「あんたには身に覚えが色々ありそうじゃないかと、思ったんだけどね――まあ、身近な話をすれば、こんな田舎街で私らの仲間、多過ぎじゃないかとは思わなかったかい?」
津衣菜は絶句する。こればかりは遥の言う通りだった。
「フロートにもならず普通に死ぬ子供はもっと多い――児童や困窮家庭、障碍者への福祉予算はこの数年で物凄く削減されたの、知ってるかい。削減は何ら反対もされず進められ、それを批判するメディアも世論もない。今の政府は支持され続けている」
国家予算の話など津衣菜は何も知らない。微かな記憶が横切る、
国ではなく県の話だったが、母が何か言っていなかったか。県会議員とは言え、津衣菜の母はあまり強い立場ではなく、政府の与党に入っている知事や多くの県議とも仲が良くなくて敵だらけだったとか聞いた事がある……気もする。
「勿論それが、ここで死んだ子供に直接関係あったかどうかは分からないけどね。だけど、現状で削減を続けて行けば、結果として虐待や餓死の件数が増えるってのは誰の頭でも分かる。にもかかわらず、それはこの社会全体ではよしとされ続けている」
「それが……死に向かっているって事だって?」
「政治の話だけじゃない。子供のしつけ、学校、職場、どこでも人をより死に追い込む価値観や選択肢が重視され、生きさせる為の選択肢は否定される。そういう傾向が強くなった。虐待やいじめが悪化したのはそういう所にも現れている」
まあ、この辺にしとこうか。あくまでも私はそう思うってだけの話だしね。そう遥は話を打ち切ると、続けて言った。
「話を戻すけど、自殺者や誰かを殺したいフロートが発現しやすいなんて、デタラメもいい所さ。発現は、死因や生前がどうだったかなんて関係なしに、あらゆるフロートに突然起きる。こういう事にシンクを歪めて使われたくはなかった」
ただね。遥は呟く様に続けて言った。
「死を求める意識がフロートに何の影響もないって事でもないんだ。フロートのあり方はどんな形であれ、生前や死因の強い影響を受ける――何がどうなるって、個人差の問題だからはっきり言えないんだけど」
「遥、あんたはいつどこで、どうしてフロートになった」
「直球だね」
風が柔らかくなり、津衣菜は膝を浮かせて軽く飛ぶと、遥の隣に降り立った。
個人差はあるが、フロート同士で互いの死因や生前の事を教え合う習慣はない。津衣菜も同じ班の少女達の事を殆ど知らないし、自分からも自殺者だと見抜かれた以上の事をわざわざ話した事は一度もなかった。
そして、遥について知っている者は誰もいないという。この質問もはぐらかされるだろうと津衣菜は内心思っていた。
だが、遥は少し間を置いた後、唐突な質問を口にした。
「水が燃えているのを見た事はあるかい?」
「水?」
聞き返した津衣菜に、遥は頷く。
「私が目覚めて、一番最初に見たものはそれさ……目の前で海が、何十メートル、何百メートルにも渡って燃えていた」
海が燃えている――実物では多分ないだろうが、津衣菜はどこかでそれを見た事がある様な気がした。
「その後は随分長く景色が変わらなかったのを覚えている。いつから歩き始めていたのかも覚えていない。ずっと……ずっと、ずっと、泥と壊れた物ばかりで、自分ももう死んでいる事は気付いていた。何故とか、ちっとも考えたりはしなかった」
「それって……つまり、あんたは……」
津衣菜はどこでそれを見たのか、思い出す。
数年前、何度もニュースで流れた映像。正確には水が燃えているのではない。水面に浮かんだ色々な物が、燃えながら流されているのだ。
「――きっと私は、最も古くからのフロートの一人なんだろうね」
「やっぱりあの子たちが合わないっていうなら、さっきの曽根木さんの話もあるし、色々と検討してみるよ」
別れ際、遥はそう言った。
二人は別々の方角に鉄骨を伝い降りる。遥の姿はいつの間にか見えなくなっていた。
津衣菜は塔の基部手前にあるテレビ局の社屋から、建物裏を壁の凹凸を利用して細い脇道へ着地し、そのまま何事もなかったようにテレビ局前通りに出ると歩き始めた。
この時間になると人通りは少なかったが、駅前から離れているにもかかわらずお洒落な感じのレストランやショップが並び、まだ営業している所も多かった。
街灯と店からの照明で歩道はかなり照らされている。津衣菜はショーウィンドウに映る自分の姿を確かめた。
季節柄、黒のフードを深くかぶっていても違和感はなく、彼女の肌の色や目、微妙な渇きや質感はきちんと隠されている様に思えた。
一軒の喫茶店の前を通り過ぎてしばらく進んだ時、背後から大きな扉の音がチャイム付きで響き、名前を呼ばれた。
「森さんっ!」
津衣菜は聞こえなかったふりで先を急ごうとしたが、呼ぶ声は駆ける足音と共に追いかけて来た。
「森さぁんっ、森さんっ」
「……なに」
津衣菜は足を止め、振り返らずに尋ねる。知らない声ではなかった。
黄色いダッフルコートを着た少女が、息を切らしながら津衣菜の前に進み出た。
「私です……西高2‐Cの、同じクラスの小川紗枝子です。病気……かなり重いって聞いてましたが、大丈夫なんですか……外、出てても」
「病院に行ってたのよ」
学校では自分はそういう事になっているらしい。本当は初耳だったが、彼女に合わせて嘘を答えた。
「ああ、そうだったんですか……先週、気分悪いって早退しちゃって、そのままだったじゃないですか。その前にも怪我してたし……ギブス、まだ取れてないんですね。だから、みんなで心配だねって――」
「みんなって、誰と誰の事?」
津衣菜の問いに少女は言葉途中で、沈黙した。
小川紗枝子。津衣菜はこのクラスメートの顔も名前も声も知っていたが、記憶にある限り、彼女と話した事は一度もない。
「私がいなくなった事を気にする人達じゃなかったと思うけど」
「やっぱり……森さんも、やっぱり変だと思ってたんですね。学校の人達も先生も、どんどん変になってるって」
沈黙している間に彼女を置いて去ろうとしていた津衣菜は、その言葉で足を止めた。
「何が言いたいの、あなた」
津衣菜は踵を返し、全身で紗枝子に向き合う。自分がどんな顔しているのかよく分からなかったが、相当凄い目で彼女を睨んでただろう事は想像がついた。
一目で分かる程に、紗枝子の表情に怯えが走っている。怯えつつも、彼女は話すのを止めない。
「も、森さんが早退した日、異臭騒ぎみたいなのがあったじゃないですか。急に男子とか臭い臭いって言い出して……森さんも、それで気分悪くなったんだと思うけど」
本当は違う。あれで自分は生者の中に紛れて暮らす事が出来ないと観念して、教室を出たのだった。
このクラスメートは自分のすぐ目の前に立っている。嗅覚のないフロートではない。あの時と同じ異臭を感じないのだろうか。
「あの原因が分かったんです」
「……え?」
「校内のあちこちで……使われなくなったゴミ焼却炉や、排水溝や、消火栓ボックスや天井裏で……切り刻まれ、バラバラにされた動物の死骸が大量に見つかったの」
異臭の原因は津衣菜ではなかった。
「動物の種類は様々で……猫や犬、兎もハムスターも、鶏もオウムも雉も……全部、近所の家や小学校で飼っていて、突然いなくなっていた動物だった。犯人はやっぱり……西高の生徒以外に考えられないって……それも、かなり長い間繰り返して行なってたものらしいって」
紗枝子の心配は別の所にあった様だった。自分の学校にそんな残酷な異常者がいた事に衝撃を受けている様子だ。
津衣菜にしてみれば、そこは大して驚く事じゃなった。あの学校だったらそんな奴だって当たり前にいるだろう。
「一人とは限らないんじゃない? その位一致団結してやるでしょう、協調性豊かな西高生なら」
紗枝子は津衣菜を凝視する。口をパクパクさせ、言葉が出て来ない様だった。
「森さん……やっぱり……まだ覚えてたんですね……忍さんの事」
かろうじて絞り出した言葉は、そんなものだった。
津衣菜はさっきの遥の言葉を思い出す。生から死に沈むシンクとは、集合意識――皆がシンクなのだと。
このお洒落で夜でも明るい通りの中では、いまいち現実感の感じられない言葉だったが、この会話にはぴったりと符合している気がした。
「忍さんにあんな事があったから……同じ小学校だったんですよね」
「誰に何があったの? 学校生活に何の問題もないでしょう。あんな子いなくなったってどうって事ない」
「そんな言い方……学校のあの対応は私も酷いと思って」
冷たく言い放つ津衣菜に、言葉を詰まらせながら紗枝子は反論する。だが、津衣菜はうんざりした様な声で更に畳みかける。
「酷いと思ったら何。どう思おうがあの子はああなったし、私達の生活は変わらない。あなたはそんな酷いいじめや学校に、何をしたの。私は何をしてたかも知ってるんでしょう」
「やっぱり、悔んでいたんですか?」
「もう、関係ない」
「どうしてっ?」
「本当に酷いと思っているんだったら、そこから飛べる? 自殺者でも出れば、もう一度炎上くらいはするかもね。教師も1人2人辞めるんじゃない?」
ビルの屋上を指さした津衣菜に、クラスメートは今度こそ絶句する。
「冗談ではないよ、さあ、どうする?」
何も言えず、自分を呆然と見つめている紗枝子に、津衣菜は手を下ろして言った。
「もう一度言うよ、あの子も私も関係ない。あなたの世界に戻りなさい。私の事なんか気に留めてったって、何もないから」
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