二
そうこうするうちに、モクドの末っ子王子までが人質になりにやってきた。
何故こんなに早く来たのかと問われて、
「マホロバ王国を早く拝見したくて。それと、タマモイ王子がいらっしゃるとうかがい、見物に……」
マサゴの第二王子は、結構な有名人らしい。
モクドの王子はおとなしい少年で、マホロバの王子たちと歳も近い為か、オトヒコと気があったようだ。
以後、目立たない二人が一緒にいるところが目撃されるようになった。
二人とも、独りでいると何処にいるやら検討もつかないので、分かりやすくて良いと好評だ。
が、何をしているかといえば、タマモイの追っかけである。
やはり、たいしたことはしていない。
タマモイは、二人をからかって煙に巻いているかというと、そんな事は無く、案外真面目に相手になっている様子で、追っかけ王子たちは、ますます熱を上げているという。
平和な王宮の風景である。
調査団との連絡が行き交うようになって来ていた。
一部の専門家たちは、すでにマサゴとモクドに入って調査をしていたが、遊軍のホジロは、途中から マサゴに行く予定になっていた。
それを、モクド行きに変更した。カムライの勧めだという。
やはり気づいたのだろう。
好奇心の塊みたいな男を、一人で行かせられない。
もう一方で、結婚の話も極秘の内に相談が進められていた。
知っている者は、当事者とその周りを含め、一部に限られていた。
モクドの末っ子王子でさえ、兄上とセセナ姫が結婚すればオトヒコと兄弟になれたのにと、残念そうに言ったくらいだ。
知らないに違いない。
当人同士が顔も知らないあからさまな政略結婚では、盛り上がりに欠けるだろう。
運命の出会いをして、愛をはぐくんだことにしようと演出が考えられた。
もちろん、極秘で。
姫が、親善のために王の名代としてコクウを訪れ、迎えた王子と恋に落ちるという筋書きだ。
クサイ。
どうせ、重臣の爺たちが考えたのだろう。
しかし、ここに来てやっと気づいたのだ。
セセナの様子がおかしいと。
以前の華やかさが、まるで感じられない。
ともすると、オトヒコやモクドの末っ子と一緒のことも多くなって、口の悪い連中から『壁紙三兄弟』になってしまったなどと言われたりしている。
急激な変化に、皆驚いていた。
父ウナサカと母アリソが、心配して呼び出した。
「セセナ、何があった」
「正気に戻りました」
ひどく落ち着いた声だった。
アリソが目を見張る。本当に変わってしまった。
「わたしたちにも分かるように話してくれる?」
「今まで、『とにかく何が何でも目立つお姫様』を目指して、無理を重ねてきました。でも、タマモイ様も モクドの王子も、エヒコもオトヒコも、ありのままの自分を受け止めた上で頑張っている。わたしは間違えていたような気がしてきました。ユキアお姉さまは、何をしても何処にいてもユキアお姉さまなのに、わたしは、何をして何処に居たのだろうと……。それに、わたしがなりたかったのはユキアお姉さまだったのです。国を挙げての大花火ではありません。嫌なのです。長い間戦に明け暮れていたような国にお嫁に行くなんて」
「だからセセナが、平和の女神の象徴として行くのではありませんか」
アリソがあきれたように言う。
いまさら何を言っているのだ、この子は。
「わたしは、女神にもなりたくありません」
消え入りそうな声で俯き、涙をこらえている。
猶も言い募ろうとするアリソを、ウナサカが止めた。
けっして気が強いとはいえないこの姫が、こうなったら梃でも動かないことを経験上知っていた。
無理に嫁がせても泣き暮らすだろう。
気持ちが変わるまで、十年くらいかかりそうだ。
こうなったらユキアしかいない。
いくら女装させても可愛いからといって、エヒコやオトヒコを嫁がせるわけにもいくまい。
国際問題になる。
実は、気が強いユキアのほうが動かしやすい。
上手く説得できれば、華やかな姫にもなるだろう。
ホヒコデ王に次第を話すと、
「やはりそうなったか。運命じゃ。ユキアには余から話そう」
驚く様子も無く、納得した。
「陛下、ごきげんよろしゅう」
挨拶したユキアをじっと見つめたホヒコデ王は、頷くと、単刀直入に言った。
「コクウに嫁げ」
「セセナのはずではありませんの」
「あれには務まらぬ。余は、はじめからおまえを考えていた。他の者はともかくな。セセナも泣いて嫌がっておるそうじゃ」
ユキアは唖然とした、一目惚れはどうなったのだろう。
王は、そんなユキアをじっと見つめていたが、おもむろに話し出した。
「おまえが生まれた時の騒ぎは聞いておろう」
「はい、うんざりするほどに」
「祝砲の二発目を撃った者は、居らぬのだ」
さすがにはじめて聞く話に、目が点になる。
驚くユキアを見据えて、ホヒコデは冷静に続けた。
「喜びのあまりとはいえ、死人が出た騒ぎになったのでな、責任を明らかにせよと命じたが、ついに判らなかった。祝い事でもあるし、重い罪は問わぬ、その罰も余の初孫誕生の祝いに恩赦にする、とまで言ったのだが、隠したわけでも、ごまかしたわけでもないらしい」
二台目の砲台を指揮した男が、数日前に男子をもうけたばかりだったこともあって疑われたが、慎重な男で、姫という知らせが入った時、念のために砲手を二歩下がらせた。
大砲に手の届く位置に居た者は無かったというのに、二発目の祝砲は鳴り響いたのだ。
ただ、砲台にお守りが落ちていた。
指揮官が我が子のために買ったもので、小さな柘榴石が飾られていた。
柘榴石は「力と勝利」を意味する。
父親から子への祈りが込められていた。
他には何一つ、誰一人無かったのだ。
「ユキア、おまえの運命じゃ。人々から注目され、騒がれる運命なのじゃ」
運命はともかく、セセナが泣いて嫌がっているなら、しょうがないかという気になっていた。
上に生まれた子は、こう言われて育つ。
『お姉さんなのだから、妹や弟には優しくしなさい』
『お姉さんなのだから、我慢できるでしょ』
カムライが夫としてどうなのかは経験が無いから分からないが、少なくともいやな奴ではない。
但し、思いっきり目立たなくてはならないのだ。
運命とやらは、人の努力を一瞬で無駄にするものらしいことに、ちょっと腹が立つ。
三国同盟結成一周年の祝賀記念式典が、各国それぞれにおいて大々的に行われることになった。
マホロバからも、王の名代として、マサゴには赴任中のタヅムラが、モクドにはユゲ大納言が、そしてコクウにはユキア姫が列席することに決まった。
それを聞いた女官たちは、「引きこもり姫」をどうやって王の名代らしくしようと騒然となったが、王も 両親である皇太子と妃も慌てる様子が無い。
「案ずることは無い。我が城には、セセナがいる」
王の言葉が、皆を落ち着かせた。
装いに関しては、セセナは間違いなく凄腕だ。
母のテフリから、一つだけ忠告があった。
「ユキアは まだ若いのに声が低い。えーと、なんというのだったかしら。新入りの侍女に 聞いたのだけれど……。 そうそう、下々では、ドスが利いているというのですって。だからほんの少しだけ、声の音色を高くしてみては。その方が華やかな感じになるわ」
衣装選びと発声練習が始まった。