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赤瑪瑙奇譚  作者: しのぶもじずり
第三章 人質
6/30

目的を果たしたユキアは、単身マホロバの城に帰りついた。


季節の生り物を献上しようと、辺境から来た団体さんに紛れて、城の中に 忍び込む。

目立たない修行を積んだユキアには、造作も無いことだった。


お姫様に戻ってメドリを安心させ、さて次はと、セセナの部屋に行こうとしたが、城内があわただしい。

まずはメドリを()って、様子をうかがわせた。

なかなか帰ってこない。



随分経って、なんともいえない顔で戻ってきた。

「マサゴ王国の第二王子、タマモイ殿下がいらっしゃったようです」

「あら、何をしに?」

「人質になりにいらしたとか……。それがなんともド派手な若君で、ビラビラのわけの分からないお衣装と、みょうちきりんに結い上げた御髪(おぐし)、新装開店の看板みたいな殿下です」


ユキアは絶句した。想像がつかない。

そこに、ふわりと怪しい人影が入ってきた。

「そこまでひどくは無かろうと思うがのう」


「どちら様?」

「新装開店の若君とは、我のことであろう」

ユキアは、メドリの話を理解した。

噂に聞く歓楽街、不夜城の妓楼でもあれば、看板はこんな感じかもしれない。

とんでもない人質が来たものである。

「お早いお越しですね」

婚礼の時期に、という話になっていたはずだ。

「お輿入れの前に、麗しき姫君をつまみ食いできるかと思うて」


こいつが言うと冗談に聞こえない。

「マサゴ王国のトコヨベ王は、英邁(えいまい)な御方と聞き及んでおりましたが、このように風変わりな王子様がいらっしゃるとは存じ上げませんでした」 


対して、一見皮肉にも聞こえるが、そういうまねの出来ないユキアは本音で応じる。

果たして、タマモイ王子は正確に読み取ったようだ。

見た目ほどおバカではない。


「子どもの教育には失敗したようです。あなたが『引きこもり姫』か。なるほど噂とは当てにならないものでおじゃる。ふ―ん」

怪しい流し目を残して去った。


「い、いまどき、おじゃるって……、またややこしいのが……」

メドリが、ひきつけを起こしそうになっていた。


メドリが落ち着くのを待って、セセナの部屋を訪れたが、部屋の主は留守だった。

タマモイ王子に連れ出されたらしい。


「ま、まさか、もうつまみ食い……」

思わず口走ったメドリを、ユキアは、他の侍女から見えないように素早く殴った。

大国の姫君にあるまじき行いである。



風変わりな王子の噂は、宮中を駆け巡った。


ぞろりぞろりと神出鬼没に現れては、意味不明な言動を残して消えるらしい。

よく見れば美しい王子なのだが、よく見ることさえ躊躇(ためら)われる様子に、物好きな女官たちも、手を出しかねているようだ。


ユキアが改めて訪れると、セセナは相変わらず落ち込んでいた。

「ごきげんよう、コクウに行っているホジロから知らせが入ったのよ。カムライ殿下は、別荘の怪我人と同じ方だったわ。良かったわね」


大喜びするかと思ったのに、そうでもない。

「どうしたの、嬉しくないの? セセナ。あなたの言っていた……ン、コホン、谷間の百合よ」


「お姉さま、どうしましょう」

居心地が悪そうに、もじもじしながら続ける。

タマモイを目にしてからというもの、積み上げてきた美意識が大混乱を起こし、いまだ収拾がついていないのだ、と項垂れた。


「カムライ様のお顔が、もはや(おぼろ)です。思い出そうとすると、タマモイ様のお顔が出てきてしまうのです」


「確かに強烈ですものね」

ユキアでさえ、弟のエヒコやオトヒコを思い浮かべるより、タマモイのほうが楽に出てくる。

セセナは、カムライを一瞬しか見ていないのだ。

それで一目惚れするのもすごいが、無理もないかもしれない。

「実際に会えば、すぐに思い出せるわよ。めそめそしないの。セセナは明るく笑っているほうが、何倍も可愛いわ」


ユキアの説得が功を奏したのか、セセナも落ち着いたようで、以前ほどではないにしろ、少し明るさを取り戻したかのように見えた。


そんなある日、ホジロから手紙が届いた。

あの時、カムライたちと別れて、そのままマホロバに帰ってきたユキアは、その後の経過を知らない。

手紙には詳しく書かれてあった。

 

それと、ユキアがいなくなったことを知ったカムライが、ひどく寂しそうで、谷間にひっそりと咲いた儚げな百合の花のようだったと……。



ユキアは書庫に向かった。

が、目指したものは見つからない。

大雑把(おおざっぱ)なものはあるが、欲しいのは詳しく書いてあるものだ。


やはり、マホロバにいては無理かと思ったとき、書庫の隅で熱心に本を読んでいるタマモイを発見した。

「あら」と声をあげると、相手も気づいた。


「引きこもり姫もお勉強でおじゃるか」

「タマモイ様こそ、珍しいところでお会いしますね」

「そんなことは無いぞよ。人質では聞こえが悪いゆえ、一応表向きは留学ということになっているでおじゃる。留学生らしく、たまには勉強もするなり」


言葉使いがめちゃくちゃだ。


「あの、もしかしてコクウの地図を持っていらっしゃいませんか。出来るだけ詳しいものが見たいのですが」

「ふふふふ、良いところに目をつけられた。しばし待たれよ。持って来るでおじゃる」



借りた地図で砦を探す。

コクウ王都に一番近いマサゴとの国境…… あった。

砦も、後から付け加えたように描かれていた。



手紙を思い出しながら、辺りをたどる。

人目につかずに大量の武器を運ぶとしたら、可能性は一つしかない。

川を渡って、マサゴに持って行く。


トコヨベ王は、三国同盟に一番熱心だと聞いている。

王がそうなら、下のものは逆らえない。

となると、王に逆らえるだけの、地位も権力(ちから)もある者か……。


「殿下が早々とマホロバに来られたのは、そして、奇矯(ききょう)なお振る舞いで目立っておられるのは、もしかして御自分のお命を守る為……」

タマモイの目が、すっと細められた。


「マホロバは(あなど)れませんなあ。姫君がこれでは……。何処から情報を仕入れるでおじゃるか。奇矯な云々はよくわからぬが、陛下の命で『おまえは必ず永らえて、いざという時には後始末をせよ』だそうな」


「危険を覚悟なされているのですね」

「心配なかろう。我が父は一筋縄ではいかぬ親父ゆえ、何とかするでおじゃるよ。これはちょっとした保険。平和な国の在りようを勉強するのが主眼でおじゃる。それよりも、我が気がかりなのはセセナ姫なり。あの姫は花火には向かぬ」


「……」


直接関係のない第三者だからこそ、ユキアが砦の事件を冷静に推理できたように、他国の王子こその意見だろう。


いや、カムライは砦の事件のことを、ユキアはセセナのことを、うすうす気付いてはいても、口に出せなかっただけなのかもしれない。



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