三
イヒカは覆面の人物の背後に隠れて、気づいた。
女だ。もう駄目だ。
が、意外にも悠々とイヒカをかばう。
もちろんユキアだ。
「大の男が二人がかりで 、子どもをいじめちゃ駄目じゃないの」
呑気な口調を吹き飛ばすかのように、男の一人が詰め寄る。
「おまえ何者だ」
「通りすがりの者よ」
「へっ、よりにもよってこんな場所を通りすがるとはな。何が目当てだ」
男の顔には、不信感しか浮かんでいない。
「砦跡を見に来たの」
「ほほう、ここは立ち入り禁止だ。入った奴はお仕置きしなくちゃならねえな」
「聞いてないわ」
「うるせえ! どうでも入るというなら、おまえも一緒にたたき斬る」
「立ち入り禁止に反したくらいで 斬るの? 穏やかじゃないわね。あなたたち変よ」
「やかましい!」
言って、本当に剣を抜いて跳びかかってきた。
イヒカは目を疑った。
ユキアの剣が一閃して、男たちの帯が切り離された。
筒袴が落ちる。
ユキアはイヒカの手を引いて走り出した。
追いかけようとした男たちがずり落ちた筒袴に足を取られ、 続けざまに転ぶ音がした。
ユキアとイヒカは地面の窪みに身を潜めて、様子を伺った。
あきれたことに、男たちは片手で腰をつかみ、片手に抜き身を持ったまましつこく追いかけてくる。
必死の形相だ。
イヒカは祈った。
死んだ両親、神様、仏様、思いつく限りのもの全てにすがって祈った。
ユキアの胸に下がっている赤い石が、ぼうっと光る。
イヒカの懐がほんのりと暖かくなった。
あたりに不思議な気配が漂い、一陣のつむじ風が走る。
反対側の茂みがまるで誰かが動いているかのように、ざわざわと揺れていた。
追っ手は、茂みに向かって遠ざかった。
イヒカが懐に手を入れて探り、暖かいものを取り出してみると、砦で拾った飴玉みたいな石だった。
「あら、琥珀。随分良いものを持っているのね。それを狙っていたのかしら。もしかして盗んだ?」
イヒカは、一所懸命首を横に振る。
どんなにお腹が空いても、食べ物以外の物を盗んだことは、まだ無い。
「拾った。……なあ、すごい剣さばきに見えたけど、それでも、あいつらにはかなわないのか」
「そんなことは無いけど、事情が分からないから。うっかり殺しちゃったけど間違いでしたごめんなさい、という訳にもいかないでしょ。何があったのかちゃんと説明するのよ。そうしたら親御さんのところに送っていってあげる」
「説明はする。おばちゃん良い人みたいだし。でも、家族は死んで、もう誰もいない」
「お、おばちゃん?」
イヒカに話を聞いたユキアは二人のところに戻るや、急き立てるように砦を離れた。
帰りは途中の町で宿をとった。
ホジロがへたばっていたし、子供連れになってしまったからでもあった。
イヒカを置いてはいけない。
砦の奥にあった扉の中には、大量の、イヒカに言わせるとピカピカの武器が在ったという。
それを聞いたカムライは、宿に着くや否や伝令をとばした。
「マサゴとの講和の条件に、砦の完全武装解除も含まれていた。武器があるなら大問題だ。どのくらいあった」
「奥の部屋にぎっしり、いーぱいあったよ」
「ごめんね。あの怪しい男たちを捕まえればよかったわね。まさか、そんなに大変な事だとは思わなくて」
「いや、気が付いて良かった。明日には撤去させる。イヒカの言うように新品だとすると、後から運び入れたものだろうが、一刻も早く処分して、マサゴに詫びを入れなくては……。一体何者の仕業だ」
行きには陽気だったカムライも、すっかり深刻な様子になっていた。
ユキアの胸に下がる赤瑪瑙をじっと見ていたイヒカが、ポツリと言う。
「その赤いきれいな石は、なんて言うんだ」
「赤瑪瑙というのよ」
「あいつらから逃げて隠れていた時、ぼうっと光ったんだ。そんで、おいらの懐の中で、飴玉みたいな石、こ、こはく? こいつがあったかくなった。そしたら、つむじ風が茂みを揺らしてくれて、おいらたち助かっただろ。なんか不思議だよな」
カムライが、目を見張った。
「そういえば、小さい頃母方の祖母からお守りにと貰った時、この石は宝玉の精霊を目覚めさせる力を持つ。困った時に助けてくれるからと言われたが、もしかして、琥珀の精霊が目覚めたのか」
「えっ、そんな大事なものだったの。じゃあ返すわ」
「いや、私が持っていた時には、そんなことは一度も無かった。ユンが持っていてくれたほうが役に立つらしい」
返そうとした手を押し戻されて、ユキアは戸惑いながらも自分の胸に再び下げた。
「ねえ、イヒカ、前にいた村に帰るのは危険だわ。このままわたしと一緒にマホロバに来る?」
「我がコクウの大事な民だ。私が何とかしよう。イヒカ、望みはあるか」
「一度でいいから、腹いっぱい食べてみたい」
「わかった。明日私はイヒカを連れて砦に戻る。すまないが、ここでいったん別れよう」
いきなり食べると返って腹を壊すからと、イヒカに用意された宿の食事は子供用の小さなお膳だったが、夢見心地で平らげた。
涙が出そうになる。
「おまえが、自身で望を叶えられるところまで手配してやる。後は自分でがんばれ」
「うん!」
自分の声で、自分の口から出した『望み』に、イヒカのささやかな目的が出来た。
『明日』の形が、鮮やかな姿を垣間見せたような気がした。
翌日、ユキアとホジロの二人と別れたカムライは、イヒカを伴い、駆けつけた一隊と共に砦の奥を調べたが、例の部屋はもぬけの殻になっていた。
イヒカは嘘をついていると思われるのが嫌で、必死に叫ぶ。
「本当にあったんだ! 嘘じゃない!」
「少なくとも、何かがあったことは確実でしょう。きれい過ぎる。他の場所は埃だらけなのに、ここは塵一つ落ちていない」
隊を率いてきた逞しい男が、落ち着いた様子で言った。
やがて、砦の中を調べていた兵士の一人が来た。
「隊長、床板の割れ目の下で見つけました」
差し出したのは、新しくは無いが手入れされた一本の槍だった。
慌てて運び出した時に落ちたと思われる。
「私は、この砦の最後の戦いに加わっていました。撤去する時には複雑な思いがありましたよ。これで平和になる。しかし、共に戦った者たちが、ここで……」
隊長は唇を引き結び、しばらく言葉を失っていたが、次第に怒りに顔が赤らみ始め、
「何者の仕業か知らぬが、許せん!」
吐き出すように言い切った。
イヒカは、じっと見た。
隊長は自分の話を真面目に聞いてくれた。
あいまいなところは鋭く訊きただされ、いい加減な言い方は許さないとばかりに追求されて、少し怖かったが、それでもいい。
真剣に聞いてくれただけでいい。
話を聞いてもらえただけで、少し寂しくなくなった。
自分が心細い思いでいたことに、やっと気がついた。
砦の最後の戦いで父親は死んでしまったけれど、この人と一緒に戦ったのだ。
そう思うと、なんだか誇らしかった。
大事に握り締めていた琥珀を見る。
名残惜しいが、自分も礼節を返さなくてはならないと思った。
「そこで拾った。持ち主に返してやって。たぶん、ここで戦った人の物だろ?」
隊長は穏やかな顔に戻り、きっと探して返すと約束した。
すかさず、消えた武器を追って付近一帯をくまなく捜索したが、行方は杳として知れなかった。
たった丸一日足らずのうちに、大量の武器が消息を絶ったのだ。