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赤瑪瑙奇譚  作者: しのぶもじずり
第九章 マホロバの星
29/30


狙いを定めて放たれた矢は、豪雨を切り裂いて 飛び、上がり始めた炎を、火皿ごと雨の中にはじき飛ばした。


白い煙を引いて地面に落ちてゆく。

あきらめきれないように、手を伸ばして火皿を追う反乱兵の目に、城の兵士たちが、狼煙塔めがけてやってくるのが見えた。




狼煙塔の見える場所にウルクがいた。

炎の上がらぬ狼煙塔を睨み、そして、目を(つむ)った。

「こうなったら、せめてカムライだけでも 殺すか……」


踵を返そうとした時、暗く煙る雨の中に、(おぼろ)に白い姿があった。

ウルクは思わず近づこうと、降りしきる豪雨の庭に足を踏み出した。


「ウルク、あなたを殺すのは、私だ」


整えられもせずに短く刈られた髪、

肌着かと思うほど薄い衣、

長い剣を下げ、がっしりと立つ男だった。

コクウ王国第二王子、ミノセ がそこにいた。


「おまえには無理だ。だが、弟たちの仇、カムライを倒す前に、貴様を血祭りにあげるのも一興だな」

ウルクは、言いながらさらに近づく。

二人の間には、まだ、豪雨が立ちふさがっていた。


「あなたは勘違いをしている。あの戦いを指揮していたのは、この私だ」

ウルクが目を見開いて、ミノセを見た。

「まさか……」


ミノセは、微笑んで 続けた。

「そう、私は何をやっても兄にはかなわない。だから、戦も、負けないように考えた。勝てなくても負けないように」


「ふん、臆病者のやり方だな」

「その通り、私はとても臆病なのだ。勝率は四割そこそこかな。でも、負けても損害は最小限だった。それが私のやり方だ。

あなたのように、辛く悲しい思いは、私には耐えられないことが、自分でも分かっていたから、頭が割れるほどに作戦を考えた。あの戦いは、珍しく大勝利だった」

ウルクが歯軋りをしながら、じりじりと間合いを詰めてゆく。


「でも、駄目だった。一番大事な人を、わたしも(いくさ)で失くした。あなたの軍と戦った時だ。あなたが彼に止めを刺したらしいと、後から聞いた。

恨んでいるわけではない。戦だからね。

でも、悲しくて 仕方がない。

やりきれない。あきらめることなんか出来ない。

だから、あなたの思いを一番理解できる私が、あなたを殺すにふさわしい」


ウルクが、ついに剣を構えた。

「勝率四割が何をほざく。ぶった斬ってやる」

ウルクが剣を振り上げると、腕から大量の水しぶきが飛び散った。

体が 重い。

雨を吸い込んだ衣装と長い髪が、意外な重さでのしかかっていた。


「ふふ、言ったでしょう、私は弱いから、負けないように作戦を考えるって。

何のために長々と話をしたと思っているのですか」

短い髪と薄い衣のミノセが、挑発する。


「この程度で勝てると思うな! 貴様…… こんな生ぬるいやり方で、本当に平和になると思っているのか。三つの国のそこかしこで、どれだけの恨みが今なおくすぶり続けているか、知らぬはずはあるまい。諦めきれない輩は続々と出てくるぞ。三国同盟など机上の空論だ。力で抑えなくては、永遠に平和など来ぬ!」


初めて本音を漏らしたウルクが、渾身の力を込めて斬りかかった。

ミノセは避けない。

ウルクの剣をその身に平然と受け、そして、ウルクの心臓を一息に刺し貫いた。


初めて、損害を覚悟の捨て身になって、勝つことを 選んだ。


「兄……う……え……なら、…………やる」


ウルク、ミノセ、二人が、ともに息絶えた時、雨が止んだ。


勝率四割でも、部下の命を誰よりも惜しんだ王子は、生涯にただ一度の勇姿を見届けられることもなく、庭の隅で 命を終えた。

伝記にも残らず、詩に(たた)えられることのない、英雄の死だった。



 


ほとんどの反乱兵が捕らえられ、雨も上がった時、ユキアの額にかかる『マホロバの星』が一際輝き、晴れ渡った天空の星が、明るく輝いた。

砂をまいたような星の一つ一つが、まるで『マホロバの星』のように、地上を照らし出した。


金剛石が意味するのは『平和』。


城下が襲われることはなかった。

マサゴ王トコヨベの軍が、町外れに潜んでいた反乱軍を一掃していたのだ。

星の明かりが,

それを助け、一人残らず反乱兵は捕らえられた。


   ◇   ◇   ◇


婚儀は、改めて執り行われることになった。


反乱の後始末に一段落がついた ある日、調理場で忙しく働くイヒカの元に、カムライと砦の隊長が来て、外に連れ出した。


「イヒカ、元気か」

「はい、殿下。あっ、隊長さん、お久しぶりです」

「おお、元気そうで何よりだ。今日は、琥珀のことで話しに来た」

「もしかして、持ち主が分かったんですか」

「うん、分かった。だが、死んでいた」

イヒカがうなだれた。


「その男は、装飾としてではなく、お守りに付けていたそうだ。奥さんが、無事に戻れるようにと自分のものを付けてくれた、と嬉しそうに話していたようだ。だが、その奥さんも、すでにこの世にはいない。男には息子がいた。だから、勇敢な戦士だった男の、その息子に渡そうと思う」

「はい。形見だね。よろしくお願いします」


隊長は、イヒカの手を取り、琥珀をそっと握らせる。

イヒカはびっくりして、目をまん丸に見開いた。


「おまえの父親の形見だ。大事にしろ」

琥珀を握り締めたイヒカの目から、大粒の涙が落ちた。

隊長が抱き寄せて、背中を優しくなでる。


しばらくしてぐいと腕で涙を拭い、顔を上げたイヒカは、カムライに言った。

「ねえ殿下、立派な宝玉には名前が付いていますよね。これに名前を付けてもいいかな」

「いいんじゃないか」


「よし、決めた。名前を付ける。うーんと、『天使の……』」

「おお、天使の?」

「茶色いから『天使のウンチ』」

突然、突風が襲った。あたりのものを吹き飛ばす。

「イヒカ、怒っているんじゃないのか。違うのにしろ」

「じゃあ、『天使のおなら』」

暴風が吹き荒れる。

「イヒカー、早く下ネタから離れろ。城下が吹き飛ぶ」


何回か試行錯誤を繰り返し、琥珀が納得した名前に行き着いたのか、風が収まった。



「イヒカ、これからは、幸せになろうな」

「はい」


人間(ひと)は、たぶん、幸せになるために生まれてくる。


穏やかな風に包まれて、コクウの空は青く澄み渡っていた。



  ——— 了 ———

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