四
しかし、倒れないのを見て、刺客は予備の吹き矢を慎重に構え、もう一度飛ばす。
首と額に当たったはずだ。外すわけがない。
それでも微動だにしない人影に、四人はうろたえた。
「終わりか」
カムライの声が聞こえるが、四人には、もう毒は残っていなかった。
失敗を悟ってくず折れる。
人に見えていたものが不自然にぐにゃりと倒れ、幹の陰から現れたカムライが、それを引きずって歩き出した。
「危なかったなあ。ホジロ、人形を作るのが上手いね。わたしにそっくりだ」
ゴミ箱一つを片付けられなくても、一晩で生き人形を作れちゃうのが、ホジロという男なのだ。
「実験用に、いくつも作ったことがあるんだ。今回のは、急いだ分、細部に少し納得がいかない」
「何の実験?」
「まだ内緒。それより、結婚式に遅刻するよ」
ホジロが注意を促すと同時に、警備兵が報告に来た。
「殿下、乱入してきた者は、すべて取り押さえました。城へお急ぎください」
結局、ホジロは昨夜、せっかく頼んだ布団部屋に帰れなかった。
大工のアトメに教わっていた仕掛けを動かす作業と、人形作りで、夜なべをする羽目になったからだ。
黒い王子ウルクが片手を挙げて合図をすると、反乱軍が袖なし外套を次々と脱いでいき、兵士の姿をあらわにした。
ウルクがユキアに向かって言う。
「心配するな。俺が嫁にしてやる」
ウルクの声は、のんびりした抗議に遮られた。
「それは困る。ユキアはわたしの后にするからな」
反乱軍兵士たちから死角になってる目立たぬ扉、調理場に続く扉から、カムライが姿を現した。
ユキアに向かって笑い、「遅刻してごめん」と詫びる。
「どういたしまして。どうせ邪魔されましたから、今日は、婚礼を上げるのは無理みたいですし」
ユキアも笑い返した。
「ふん、目障りな奴を先に消しておこうと思ったが、やはり、しぶといな」
ウルクが言い終えるや否や、反乱軍が一斉に躍りかかった。
だが、列席者も事態を予想して、武器を携えていた。
猛然と反撃を始める。大広間は、一転、戦いの場と化した。
若い時には戦場を駆け巡ったであろう大臣たちも、反乱兵相手に、けっこう互角に戦っている。
カリバネ王の合図で、城に潜んで待ち構えていた兵士たちも飛び出し、剣を打ち合う壮絶な音が鳴り渡った。
カムライも兵に指示を与えながら、その渦に飛び込んでいく。
その中から、反乱兵の一団がユキアに向かって迫った。
目的をうかがわせる動きだ。
七人の護衛が、ユキアを背に迎え撃つ。
鉄壁の守りに焦ったのか、ハヤブサに組み敷かれた反乱兵が苦しげに叫んだ。
「姫を死なせてもいいのか! もうじき城は炎に包まれるぞ。離せ! 我らに任せれば、外に連れ出して命を助けられるのだ」
「火を放つのか。何処だ!」
詰め寄ったハヤブサに、反乱兵は不敵な笑みで答えた。
「各所から同時に火を放つ。一箇所、二箇所だけ防いだところで止められぬ。城は燃え落ちる。燃え上がるコクウ城を合図に、町の外に潜んでいる兵たちが、城下にも火を放ち、なだれ込んでくる。皆殺しだ。全てが焼き尽くされる」
それを聞いたユキアが、すっくと立ち上がった。
左腕の青玉を撫でる。
「『人魚の涙』よ、その名に恥じぬ働きを見せなさい。 天の涙を集め、企みの炎を消してちょうだい」
高々と左の腕を天にさし伸ばして、言った。
日暮の迫るコクウ城下の上空に、雲が集まり始める。
みるみるうちに勢いを増し、赤く染まりかけていた空を、黒い雨雲になって覆っていく。
それでも足りぬとばかりに、四方八方から新たな雲が飛ぶように流れてきていた。
突然暗くなった空に人々が驚いていると、一閃稲妻が走り、雷鳴が轟くや、滝のような豪雨が地上を襲った。
浮かれ騒いでいた人々が、あわてて雨を避けて走り出す。
が、それでも容赦なくずぶ濡れになるほどの雨だった。
激しい戦いが続いている大広間に、「雨だーっ、土砂降りの雨だーっ!」誰かの大声が 響いた。
おそらく反乱兵の一人だろう。
ウルクの様子を目で追うと、一瞬険しい顔になり、兵に何かを命じているようだった。
「何をするつもりなのかしら」
ユキアが言うのに、ミミズクが答えた。
「狼煙塔に行って、合図の火を……、と言ったようです。唇を読みました」
「便利なことが出来るのね。あら、大変じゃないの。狼煙塔なら、雨を防ぐ屋根もあるはずよね」
ユキアは、豪華な花嫁の上掛けをするりと脱いでメドリに渡し、代わりに剣を受け取った。
上掛けを取ると、一変した姿に変わる。
優雅さを残しながらも、動きやすそうな女剣士の如き出で立ちに早変わりした。
帯に挟んだ赤瑪瑙を取り出して握り締め、呟く。
「みんなを守って、お願いね」
ユキアは、出口に向かって走り出した。
七人も 慌てて後を追う。
「タカ、余計なことはするなって釘を刺されてるのに、大丈夫か、俺たち」
カケスが困ったように聞いた。
「俺らは姫様の護衛だ。姫様が行っちゃったんだから、行くしかないだろう」
乱戦の中を駆け抜けて行くユキアに気づいたカムライが、驚いて近づこうとした。
いったい 何処に行こうとしているのだ。
危ない。
周囲の敵を追い払い、ユキアを追う。
そして目にしたのは、帯に揺れる赤瑪瑙。
「……ユン……」
呆然として 立ち止まる。
カムライの声が聞こえたのか、ユキアが振り向いた。
その姿を見つめて自失しているカムライに、隙が出来た。
反乱兵の一人がその有様に気づき、じわりとにじり寄り、剣を振りかぶる。
一気にカムライめがけて振り下ろされた剣を、飛び込んだユキアが、鮮やかになぎ払った。
一瞬にして気を取り直したカムライが、その兵をあっさり倒して、驚いたままの目をユキアに向けた。
「ユン……だったのか!」
パッカンと音がしそうなほど、満面の笑みが咲いた。
「そんなことより、しっかり働いて頂戴。旦那様」
にっこり笑って見せたユキアは、そのまま飛び出していった。
「ようし、任せておけ! うお――――っ!」
元気百倍のカムライだった。
ユキアがユンなら、何も心配は要らない。
いかにも腕が立ちそうなマホロバから来た護衛たちまで、しっかり後を追っている。
広間では、次々と不思議なことが起こりつつあった。
婚儀のための礼装で身に着けていた宝玉が、カムライたちに味方し始めた。
反乱軍は、光に目を眩まされ、
武器が、いきなり熱くて持てなくなり、
何も無いところで、足を取られて倒れた。
片っ端から城の兵士に捕らえられてゆく。
兵士たちは、カリバネ王の事前の指示に従っていた。
『動けぬ者にとどめは刺すな、投降するものは殺さずに捕らえよ。
戦にはするな。事件として裁きを受けさせる』
だが、広間からウルクの姿が消えていた。
ユキアは、駆け抜けざまに、コクウ初代王イワレの像から矢をはずし、廊下に架かる弓を取り、階段を一気に駆け上る。
七人の護衛が、追いすがる反乱兵を防ぎながら後に続いた。
上階の外回廊を走り、やっと止まったのは、狼煙塔を望む一角。
一人の反乱兵が、まさに、狼煙台の火皿に火を付けようとしていた。
雨は容赦なく吹き込み、回廊を濡らしてゆく。
追いついた反乱兵に、七人が立ちはだかった。
一歩たりとも踏み込ませはしない。
ユキアは弓の筈に弦を掛け、黒曜石の鏃を持つ矢を番えて、呼吸を整える。
肩の力を抜き、気を腹の底に沈めて、ゆっくりと弓を引き絞った。




