二
コクウの婚礼は、日の入りとともに始まるのが慣例になっていた。
今回ばかりは早めに始めたかったのだが、そうも行かず、少しだけ早められるにとどまった。
大広間に続く控えの小部屋に、支度を終えたユキアがいた。
年若い花嫁らしく、髪は清楚にまとめられ、細い金の冠を載せていた。
きらびやかな冠の中央には、額にかかるあたりに大粒の金剛石が輝いている。
『マホロバの星』と名づけられた名高い石である。
豪華な上掛けには、地色の白に溶け込みそうな淡い色の糸で、華やかな刺繍が施されており、長めの重たげな裳裾が、緩やかな襞を作って流れていた。
左腕には銀の腕輪が、帯にはいつものように金の鎖が下がっていたが、もちろん、その先には赤瑪瑙が付いていて、帯の中に挟み込まれている。
マホロバから付いてきた女官と共に、ウガヤが、この者は大丈夫だからと付けてくれた女官が、支度を手伝ってくれていた。
大広間の様子を覗きに出ていたメドリが、部屋に戻ってきた。
「皆様、ほぼおそろいのようです。モクドからは皇太子ご夫妻がお見えのようですけど、マサゴからいらしている方は、どなたなのですか」
コクウの女官が答えてくれた。
「トコヨベ王の弟君アユチ様です。ご一緒にいらっしゃるのは、ご子息様。噂では、兄君の陛下よりも数段上のやり手でいらっしゃるとか」
聞いていたユキアの顔に、わずかな緊張が走る。
が、メドリはのんきに続けた。
「そうなんですか。見た目もご立派なご様子ですよね。ところで、太政大臣はじめ、大臣の方々の奥様は、体格の良い方が多いのですね」
それを聞いた女官が、くすくすと笑いながら言った。
「奥様方は危険なので、身代わりの者だと思います。多分、女装した兵士が多いのではないかと」
「おやまあ、でも、それに比べてモクドの皇太子妃は、本当にたおやかでお美しい。何か起こっても大丈夫なのでしょうか」
「あら、モクドの妃殿下も、確か、近衛兵が身代わりをなさっていたと思いますよ。近衛隊随一の剣の使い手だとか」
「うそーっ! 私負けてます。もう一度見に行ってみようかしら」
「……………………それは、ちょっと……」
女官があきれたその時、扉を開ける荒々しい音とともに、たくさんの足音と武器の触れ合う騒ぎが伝わってきた。
「やはり、来たようですね」
メドリが扉を細く開けて、大広間の様子をうかがった。
大きく開け放たれた広間の入り口から、押し入ってきた者たちがいた。
ここまで一気に入り込むとは、城内に手引きした者でもいるのだろうか。
意外に人数が多い。
皆、旅人が道中に着るような袖なし外套を羽織っていた。
一人が、それをするりと足元に落とすと、真っ黒い姿が現れた。
「いまさら何が三国同盟だ、和平だ。
俺の可愛い二人の弟はコクウに、竹馬の友はモクドに殺された。
納得など出来るか! 俺は認めぬ。
俺の手ですべてを破壊し尽してやる! まずは貴様らを皆殺しにする」
「ウルク殿下!」
叫ぶように声をあげたのは、マサゴから列席のアユチだった。
反乱の首謀者は、マサゴ王国皇太子ウルク。
ツクヨリを殺し、国境付近でカムライを見つめていた黒い男だった。
ユキアが、するりと扉から姿を現した。
「静まりなさい!」
ゆっくりと歩き出し、正面の壇上に登っていく。
七人の護衛が、守るようにさりげなく位置を変えていった。
「ふん、腑抜けたマホロバのお嬢ちゃんか。そなたには、我が恨みなど到底分かるまい」
ウルクは、値踏みするように真っ直ぐな視線を送った。
その顔に笑みはない。
「分かりません」
あっけないほどさりげないユキアの声は、透き通って広間に響き渡った。
敵も味方も呆気にとられた。
「わたしには、戦で死んだ身内も知り合いもいません。
察することはできても、全くわかりません。それを、幸せなことだと思っています。
ですが、マホロバから来た一部の人間を除いて、この場にいる人々のほとんどは、少なからず、あなたと同じ思いをしたはずです。
恨みは恨みを生み、連鎖して広がり、終わることを拒むのでしょう。
それを押して先に進む決意をした方々の強さに、心からの敬意を表します」
いつの間にか姿を現していたカリバネ王が、ゆっくりと笑みを漏らす。
「ふん、戯言だな。夫になるはずだった男が殺されても、そう言っていられるかな」
ウルクの一言に、広間にざわめきが起こった。カムライの姿が見えなかった。




