一
カムライが花嫁を迎えるために、春の離宮に入った。
マホロバからの一行は、さる高位の貴族の屋敷に迎え入れられ、その屋敷をコクウの護衛兵が 守った。
マホロバから、数はさほどでもないが精鋭がついてきている。
特に屈強な者七人が姫の間近に控え、警護を固めていた。
ホジロもおまけのように一緒にくっついてきたが、馴染みになっていた調査団の使った宿に泊まろうとしていた。
婚礼を翌日に控えて、コクウ国内は祝賀のお祭り騒ぎに沸きかえっていた。
まるで、マホロバにユキアが生まれた時を再現するかのような騒ぎだった。
近隣の民も、あるいは遠方からでも、一目皇太子妃を見ようと城下町に押し寄せていた。
祝賀の催しも盛りだくさんに予定されていて、
三国同盟結成一周年の祝賀記念式典をはるかに凌ぐ賑わいを見せていた。
だから、宿は満杯で、部屋が取れない。
ホジロは 焦った。
「相部屋でも何でもいいですから、一人くらい何とかなりませんか」
粘りに粘った。
「ほかならぬホジロ様ですから、何とかしてさし……あっ、男の方ばかり四人様の部屋が、あと一人なら何とかなりそうです。相部屋をお願いしてみましょう」
根負けした番頭の後ろについて、その部屋に行ってみると、気のよさそうな若い男ばかりの一行だ。
ホジロも、出来る限り愛想よく一緒に頼んでみたが、あっさりと断られてしまった。
「すいませんね。一人神経質な奴がいて、他人様と一緒だと眠れないもので」
がっかりしたホジロは、その場で、さらに番頭に泣きついた。
「布団部屋でも何でもかまいません。そうだ、忙しいでしょうから、お手伝いをします。ゴミ集めくらいなら出来ます」
言いながら部屋のゴミ入れをつかんで、番頭に訴えかけとうとしたが、ゴミ入れは無情にも転がり、中の物をぶちまける結果になった。
あわてて拾い集めるホジロを健気に思ったのか、番頭は見捨てなかった。
「いえ、手伝いはけっこうです。本当に布団部屋しか空いていませんよ。それでもよければ」
ホジロの手つきを見て、かえって使えないと判断したようだった。
「ありがとう、助かります」
部屋を出ようとして、番頭が四人に振り返って 聞いた。
「春の離宮の場所は、お分かりになりましたでしょうか」
「はい、おかげさまで。遠くからチラッと見ただけですが、見物できました」
いかにも、おのぼりさんらしいのんきな会話が終わるのを待って、やっとのことで、薄暗い布団部屋に案内された。
ほっとすると、手にボロ布の切れ端をつかんでいるのに気がつく。
さっきの部屋のゴミ入れに入っていたのを、持ってきてしまったらしい。
自分でうんざりして、捨てようと端を摘んで目の前にぶら下げる。
「あれ、この臭い」
注意深く、ボロ布を広げてみた。
ほんの小さな しみがある。
帳場に戻って、さっきの番頭に聞いた。
「あのう、金魚とかメダカを売っているところは ありませんか」
「はっ? まだこの季節ですから、金魚は出ていませんねえ。メダカなら、裏の池にいると思いますが」
「一匹もらってもいいでしょうか」
「ああ、どうぞ」
番頭は、こいつを泊めても良かったのだろうか と、不安そうな顔をした。
「あのう、まさかとは思いますが、布団部屋でメダカを飼う気じゃないですよね」
マホロバ王国皇太子 ウナサカは、ユキアを護衛する者たちを部屋に呼んだ。
「婚儀にて何も起こらねば、それに越したことはないが、そうも行かない予感がする。
これだけの騒ぎであれば、祝いの見物に混じって、城下に潜入するのは容易かろう。
陛下の命令だ。何かが起こっても、収めるのはこの地の者に任せて、余計な手出しは するな。
わたしは、事があれば、后と隠れることにする。
我が身と后の身は自分で守るが、ユキアまでは、正直に言って手が回らぬ。
タカ、ハヤブサ、ツグミ、カケス、ツバメ、モズ、ミミズク、その方らで必ず 守って欲しい、頼む」
言われた七人は、叩頭した。
代表して、七人を束ねるタカが 答える。
「はっ、必ずや無事にお守りいたします。殿下、ご心痛めさるな。
我が娘メドリによれば、姫様は娘よりもお強いとか、滅多な事にはなりますまい」
ウナサカと后のテフリは、驚いて目を見合わせた。
「ユキアが強いって、いったい、どういうことだ」
「わっ! 殿下にも内緒でござったか。しまった。
……しょうがない、ユキア姫様は、武術に興味をお持ちになられて、剣術、体術、槍術、馬術、近頃は弓もお引きになるとの事、なまじな武人よりもお強くなられたとか。ご心配には及びません」
「んー、それって、安心していいこと なのだろうか。かえって、嫁に行かせるのが心配になってきた」
「カムライ殿下はコクウの英雄、もっとお強いはずです、たぶん。大丈夫でしょう」
皇太子夫妻の尽きない不安をよそに、コクウ城下の町では、にぎやかな夜が更けていった。




