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赤瑪瑙奇譚  作者: しのぶもじずり
第七章 企み
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イマナジが、うっすらと笑みを浮かべていた。


その昔、モクドの巫女になる為には、皆、『妖精王の瞳』を身に飾り、真の姿をさらす試練を受けねばならなかったのだ。

いつしかその力は失われていたが、モクドの宝には違いない。

長い戦乱の中で行方不明になっていた宝玉と巡り会えた。

喜びの笑みだった。


だが、占いは やっぱりハズレだ。

ユキア姫には必要ない。

この姫は、自分自身の中に、しっかりした『瞳』をすでに持っている。


人は、誰でも持っているのだ。

(おのれ)自身の瞳の種』を。

見つけて育てる気さえあれば、翠の宝玉が持つ奇跡の力は、万人のものだ。


メギドの末娘は、これから美しくなっていくだろう。

ツクヨリの姿もまた、己が育てたものに他ならない。


「何故、何故だ。後から生まれたというただそれだけで、兄上のような戦馬鹿に、私がことごとく負けねばならぬのだ」

しぼり出すような、恨みのこもった声だった。


「分からん」

カムライの簡単すぎる答えに、ツクヨリは、さらに激怒した。

手首に巻いた首飾りを、むしり取り、投げつける。

反射的に手を出して捕まえたメギドが、慌てて卓の上に置いた。


ツクヨリが、剣に手をかけた。

ユキアを庇うように前に出たカムライが、静かに言った。

「戦馬鹿の剣に勝てるのか」

指摘されるまでも無い。

ツクヨリが、剣でカムライに勝てたためしは なかった。


「うわあ――っ」

ツクヨリが、悲痛な叫び声を残して飛び出して行き、去った。


残された静寂の中で、メギドが力なくくず折れた。

「メギド公、今、配下の衛士が、城に知らせに走りました。覚悟してください。

それから姫、怪しいものをわざわざ口にしないでください」

「どなたが止めるのか知りたくて。でも、あれは一口くらいなら死にません。止める人がいなければ、不味いと言ってやめるつもりでした」

「あの茸をご存知でしたか」


「はい、以前教えてくれた人がいました」

ホジロである。

この庭の隅に生えていたのを持ち帰って見せたら、ホジロに叱られたのだった。

ツクヨダケ。自分と似た名前の茸を、ツクヨリは知っていたのだろう。

この屋敷の庭に生えていることも、おそらくは……。

度々出入りしていた王子の指示に、料理人は逆らえなかったものとみえる。


本当は、食べても意外に美味しいらしい。

しかし、猛毒である。




ツクヨリは夜叉となって、真夜中の闇を彷徨(さまよ)っていた。


準備を重ねた計画が、水の泡となって消えた。

それが、嫉妬に狂っておろかな行動に走った自分が招き寄せたことだと、今は、厭でも解る。


辻斬り騒ぎのせいで、遅くまで外を歩く者はいない。

酒場に閑古鳥が鳴いている という。

人っ子一人いない闇夜を、夜叉が 彷徨う。


二番目の兄を陥れるために、辻斬りもした。

目障りな長兄を殺す為の策略も巡らした。

焦っては身の破滅だと気づきながらも、止められなかった。

生まれる時を間違えたと思ったが、生まれながらに間違えている人間など、いるのだろうか。


『分からん』

兄が言い返した言葉と同じ言葉しか、思いつかなかった。


剣の腕は、もとよりかなわなかった。

足元にさえ及ばない。

ならばと戦略を学んだが、何故か戦果は上がらなかった。

窮地に陥って、助けられる破目にもなった。

やはり何事も兄には勝てなかったミノセが、それでも慕っているのが、うとましくさえなった。


和平の話が持ち上がって、今度こそと思ったのに、ツクヨリの予想に反して、父王の右腕になり次々と 講和に向けて有効な手を打っていく兄は、戦の英雄から、頼もしい平和の(にな)い手になろうとしていた。


何故だ。

何故、私の手には何も無い。

掌をそっと開いてみた。

そこから、ほのかに菊の花の香りがした。


「ツクヨリか。おぬし、何という姿をしている」

低い男の声が、ツクヨリの行く手を遮った。


知らず、町外れに近いところまで来ていた。

林と呼ぶにも頼りない、まばらな木立の生えた手付かずの空き地だ。


眉のように細い月と満天の星が、かろうじて浮かび上がらせたのは、闇よりもなお暗い漆黒の男。

着衣の形は、優雅といっても良い洗練された工夫がなされているが、全て、喪を纏うような黒だった。

長身の逞しい体を持つ男の顔は、見目麗しいとはいえず、端整ともいえなかったが、人を引き付けずにはいられない不思議な魅力があった。


「コクウで、おかしな事件が起きていると聞いて、確かめに出向いたのだが、おぬしの仕業だな。浅はかな。やはり使えぬか。大して当てにもしていなかったがな」

「くっ、」

男に気圧されて、勝手に身体があとずさる。


「もういい。消えろ。おぬしが執心の姫は、俺がゆっくり可愛がってやる。案ずるな」

無造作に大剣を抜いた。

それを受けた剣を、あっさりなぎ払った勢いのままに、ツクヨリの身体を切り裂いた。


「あ……に……うえ」

倒れながら最後に口にしたことばに、自身が呆然として、ツクヨリは事切れた。

優しく、悲しげな死に顔だった。




あくる年、空き地に小さな白菊が咲く。


小ぶりながらも、ふっくらと精緻な八重に咲く花は、中心が淡い翠色みどりいろをしていた。

咲ききれば、花芯は鮮やかな翠だが、ほとんど咲ききることなく萎れるという。


誰言うとも無く、『ツクヨリ菊』と名づけられた菊は、切なくなるほど芳しい匂いを 放った。



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