一
「ユキア姫を救い出したのは、ツクヨリだったのか……」
カムライの報告を受けて、カリバネ王は絶句した。
人払いをして、部屋には二人きりだった。
王は苦悶の表情で、カムライはどこか泣きそうな顔で、沈黙が長く続いた。
王の密命を受けた手だれが探しても、一晩以上かかった探索である。
たった一人の衛士だけを伴って、あっさり見つけた意味を、見逃すわけにはいかなかった。
「単にユキア殿が好きになったというだけならまだしも、やり口を見れば そうではあるまい。平気で姫を危険にさらしているように思える」
「……」
「カムライ、おまえが姫を守れ。それしかあるまい」
就寝前にメドリが戸締りをし、廊下の様子も確認しようと扉を開けると、カムライがいた。
「殿下! なんですの、こんな夜遅くに」
「うむ、ユキア姫の護衛をしに泊り込むことにした。向かい側の部屋にいるから、何かあったら、いつでも呼んでくれ」
「殿下がじきじきに護衛ですか。 まあ、昔話でも、姫君を守るのは王子様と相場が決まっていますけど、向かいの部屋は、窓も無いような召使用の部屋ではありませんでしたか」
「寛ぐために泊まる訳ではないから、それでいいのだ」
「では、姫様にもそのようにお伝えします。お休みなさいませ」
「おはようございます。殿下」
「メドリ、なにがあった!」
カムライの部屋を訪れたメドリに、噛み付きそうな勢いで返事をする。
「わっ、大丈夫です。何もございません。朝ごはんがまだでしたらご一緒にどうですか、と姫様が……、是非、お話もございますから」
朝からの呼び出しに戸惑いながら、身支度をしたカムライは、ユキアの部屋に赴いた。
食卓には、すでにカムライの分も用意されていた。
いつもの朝食よりも豪華だ。
イヒカが聞いたらがっかりするだろうが、実は、コクウ王家の食事は、安全が考慮されているだけで、庶民と大して変わらない。
目端の利いた庶民のほうが、むしろ良い物を食べているかもしれないくらいだ。
「今朝は殿下とご一緒しようと思って、いつもより豪華に用意させました」
ユキアが言ったことから、マホロバでも似たようなものなのだろうと察せられた。
食事が始まった。
いつもよりさらに美味しく感じるのは、隣にユキアがいるからだろうか。
太ってしまいそうだ。
カムライの心境は複雑である。
ユキアも意外に健啖家だ。食卓上の物が勢いよく消えていく。
「わはっ、けっこう豪快に食べるんですね」
「殿下は本当に美味しそうに召し上がるから、見ていて気分爽快です」
「そうかい、なんちって」
「あっ、この付け合せの白いのが美味しいです」
「どれ? あっ、美味い美味い」
あほくさいくらい楽しそうな朝食が終わって、カムライが聞いた。
「さて、お話というのは、なんでしょうか」
「内密な話です。メドリ以外の者は下がりなさい」
三人になると、カムライはドキドキしながら、あれこれと考えてしまった。
メドリからユンの事を聞いて、文句を言われるのだろうか。
正直に言ってしまって良いものか、しかし嘘をつくのは下手だし、ばれたら却って怒らせちゃうかもしれないし、どうしよう。
「いくつか気になっている事がありますので、お話しておいたほうが良いかと思います」
冷静なユキアの口調に、思わず緊張してしまうカムライだった。
「お城のお茶会の日に……」
(そら来た。あの手紙だ。どう説明しよう)
カムライは覚悟も決められないまま、ユキアの言葉を待った。
「空き巣に入られましたの」
「えっ、空き巣ですか。取られた物は?」
思わぬ話の展開に、別の緊張が走った。
「殿下は、ほとんどわたしをご覧になりませんでしたから、覚えていらっしゃらないかもしれませんが、祝賀式典と晩餐会で身に着けていた翠玉の首飾りが、盗まれました。他のものは手付かずで残っていますので、首飾りが目的だったのだと思います」
カムライは覚えていなかった。
「首飾りだけが盗まれたのですか」
「はい、大変に失礼な事を申し上げますが、晩餐会の席で、メギド公が、奇妙なくらい興味を示していらしたのが気になっています」
「いえ、失礼ではありません。全然失礼ではありません。あの人は、世の中に宝玉など無ければ良いのに と言った人です。
大勢の娘たちからせがまれて、すっかり嫌になってしまったようだ。首飾りに興味を持つ御仁ではない。 仰るとおり奇妙です」
奇妙ではあるが、理由が皆目分からない。見当もつかなかった。
「事を荒立てないほうが良いと、黙っておりましたが、 殿下にだけは申し上げておこうと思いました」
「配慮して頂き、感謝します。申し訳ありませんでした。 早速調べて探し出し、取り返すよう算段しましょう」
盗ったのがメギドにしろ、ただの泥棒にしろ、困った事をしてくれた というしかない。
コクウの面子が急降下している。
「はい、あと、言い難いことばかり申し上げるようですが、お聞きしたいことがございます。辻斬りの件です」
ユキアは、ちっとも言い難そうではなかった。
「そういえば、被害者を最初に見つけられたのでしたね」
「はい、観劇の帰り道で」
「では、辻斬りが言った言葉というのもお聞きになった」
「はい」
言い難いと言いながら、まっすぐに聞いてくるユキアに、困ったことだが、ますます好感をもった。
ユンのことを訊かれても、言い逃れができそうにも無い。
「戦の最中の事とはいえ、ミノセは一番慕っていた男を、目の前で、無残な形で亡くしています。悲しみから立ち直っていません。
あれは、見かけは強そうに見えても弱い。
しかし、己の弱さもまた良く知っています。そこが、ある意味、わたしより強い。変な説明ですが」
「いいえ、なんとなく分かります」
「一見、今のミノセは、いかにも辻斬りをしそうに見えても、実は一番しそうに無い事だと思っています。何かの間違いか、 あるいは……」
「陰謀……」




