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赤瑪瑙奇譚  作者: しのぶもじずり
第六章 誘拐
17/30

言う事を聞こうとしないメドリを相手に、身振り手振りだけの押し問答をしていると、ふいに、ガタンと音がした。


メドリが、仕切りの中に一つだけ残っていた酒樽の影に隠れた。

ユキアは、顔を隠すように後ろ向きになる。


見張りの交代に来たのだろうか。

どかどかと無遠慮な音を響かせて、降りてきた足音は 二人。

居眠りをしていた男が、あわてて飛び起きた気配がした。

「おい、どうしたんだ。何かあったのか」


「さあ、俺たちも知らない。ここに来いと指示があったんだ」

男たちはそのまま居ついてしまい、何をするでもなく、手持ち無沙汰にごろごろしはじめた。

時折、ちらりちらりと格子の中と地下室の出入口に、視線を往復させる。

男たちもそわそわしていたが、この三人の他に首謀者がいて、そいつがこの場に顔を出すかもしれないと思うと、 ユキアに緊張が走る。


壁に鍵がないことに気がついたら、どうするだろうかとあれこれ考えたが、こうなっては、黙って待つより 仕方がない。

メドリも、出て行くわけには行かなくなった。

隠れているメドリは、ユキアに渡された剣に手をかけていた。


どのくらいそうしていただろうか。

突然、入り口が開く音がした。


男が一人、様子を見に行ったところを切り殺された。

悲鳴が響く。

来たのは二人。

残りの男たちに剣を振るい、たちまちのうちに斬り伏せた。


乱入してきたのは、第三王子ツクヨリと、供の女衛士。

男たちが油断していたとはいえ、二人とも悪くない腕だ。

あっという間の 出来事だった。

犯人たちは、一言も口を開く間を与えられず、無様に横たわった。


「ユキア様、ご無事ですか」

ツクヨリが、格子に駆け寄った。


袖で顔を隠すように覗いていたユキアは、衛士が入り口に向かうのを見て、持っていた鍵を、倒れた男の手元に放り投げた。


「ツクヨリ様!」

鍵が落ちる音を消そうとして、大きな声で叫ぶ。

ツクヨリが、錠前を睨みつけ、少し苛ついたように振り向いて言った。

「鍵は見つからぬのか!」


衛士は、あちらこちらと捜した挙句、男たちの懐を探って小さく舌打ちをし、やっと、落ちている鍵をみつけて差し出した。


格子扉を開いたツクヨリは、ユキアの肩を抱き、微笑んで言った。

「恐ろしい目にあいましたね。もう大丈夫です。帰りましょう」

ツクヨリは、ユキアの手を引いて地下室を後にした。


続いて衛士が出て行こうとすると、見張りの男が、倒れたまま呻いた。

衛士が素早く戻って、止めを刺した。


メドリは酒樽の陰から姿を現し、倒れた男たちを調べてみたが、身元をうかがわせるものは何も無かった。




地上に出ると、離れたところに、二頭の馬が繋いであった。

ツクヨリは馬上からユキアを抱え上げ、横乗りにさせると、片腕を腰に回して片手で手綱を取った。

「姫が怖くないように、ゆっくり行きますからね。安心してください。怖い思いをさせて申し訳なかった。迎賓館の警備を強化させましょう」


警備が甘いわけではない。ユンの姿で出入りするのは大変なのだ。

メドリをどうやって館内に引き入れるか、ユキアは頭が痛いくらいだ。

不埒者が普通に襲ってくる分には、充分の対応だった。

ただ、マホロバからの使いだと堂々と名乗られたのが盲点だった。

国賓の荷物を改めることを躊躇したのだろう。

手落ちというには気の毒なところがある。


「兄上は、何処に行ったのだろう」


馬を並べていた供の女衛士が、ツクヨリの言葉にさりげなく答えた。

「覆面女のところじゃないですか。ユンとかいう……」

「姫の前でそれ以上言うな! ………………わたしが……兄上なら ……良かったのに……、わたしが、姫をお守りします」


切なそうに言われたが、ユキアは居心地が悪かったので、黙っていた。

『来なかったわよ』と言う訳にもいくまい。


(あれっ? どうしてこの女衛士は、そしてツクヨリは『ユン』を知っているのだろう。知っているのはカムライ、メドリ、ホジロの他は、マホロバからの調査団と宿の人間……。カムライと一緒のところを見られたのは、宿だ。あの場に 、誰かいたのだろうか)

ユキアは不思議に思った。


町中に入ると、通りすがりの人々の視線が、馬上の二人に注がれる。

二人を見ては、ひそひそと互いに耳打ちしている様子が、馬上から丸見えだ。

どうにも目立ってしまっているようだ。

どんな風に見えているのかが気になる。




一人残されたメドリも地上に出て、戻ることにした。

第三王子が一緒なら、ユキアは無事に帰れるだろう。


しかし、自分はこの姿で、警備の厳重な迎賓館にどうやって入ればいいのだろう。

頼りになりそうには思えないが、ホジロにでも相談しようか。

着替えくらいは、何とかしてもらえるかもしれない。


思いついてその場を離れようとした時、やって来る人影を見て、とっさに 焼け焦げた壁の陰に身を潜め、やり過ごそうとした。


足音と気配から、十人ほどと思われた。

運の悪いことに、その一行はメドリの隠れる壁のそばで止まった。


カムライ、ウガヤと、カムライの腹心の部下である兵士たちだった。

ウガヤが地図を見せて、指示を確認する。


「地下室のあった家は、印をつけたところだ。 気づかれないように、出入りの形跡が無いかを調べて報告しろ。たとえ見つけても、くれぐれも勝手に突入はするな。犯人を捕まえるより、姫の安全が第一だ。行け」


兵士たちは頷いて、静かに散っていった。


「殿下、昨夜は何処にいらしたのですか」

「うん、屋敷のいくつかに家宅侵入してみた。

時間がかかってしまったが、居なかったし、不審な様子も無かった。

あれから城下を出る者は、さらに厳重に検閲させているし、配下の調査はことごとく空振りだった。

残るのは、この辺りしかない」


それを聞きながら、メドリはやっと疑問に思い至った。

ユキアとツクヨリは、どうやってあの場所にたどり着いたのだろうか。


メドリを心配して無鉄砲になっていたユキアはともかく、たった二人で来たツクヨリは、犯人たちの様子を知っていたのだろうか。

状況によっては、人質に危険が及んでいたかもしれないとは考えなかったのだろうか。

次々と疑問が湧いてくる。


焼けて脆くなっていた床板が、ミシリと音を立てた。


「誰かいるのか!」

気づかれた。


仕方なく姿を現したメドリは、声質を低く真似て、二人に告げた。

「姫様は、ツクヨリ殿下が救い出しました。今頃は、無事に戻られる途中です」

言い終えるや、身を翻して 逃げた。

これ以上はもたない。


見送ったウガヤが 言った。

「あれが、ユン殿ですか」

「いいや、違う」


「覆面しているのに、どう見分けているのですか」

「姿を見ても、声を聞いても、似ているけどドキドキしないのだ。だから違う」


ウガヤは思った。やれやれ、思ったよりも重症だ。


兵士の一人が 走ってきた。

「殿下、血の匂いがします」




メドリは、ホジロが泊まっている宿に行った。

何かと物騒なことが続いているので、念のためにこっそりと忍び込む。

覆面姿は、出来るだけ人目にさらしたくはなかった。


ホジロから、ユキアが助けに現れた経緯を聞いて、

「ホジロさんて、ぼうっとしているだけかと思ったら、存外頼りになることもあるのですね」

と言って、メドリが褒めた(?)


「あ、ありがとう」

「そこで、もう一つお願いがあるのですが、侍女の衣装をなんとか出来ませんでしょうか。あんなことがあったので、迎賓館の警備がますます厳しくなっていると思います。この姿では帰れません」


「確かにそうだろうね。分かった。僕がユキアのところに行って、貰ってくるよ。

ところで噂は聞いた? 町中すごい勢いで広がってるよ」


「どんな噂か知りませんけど、そんなことより、早く衣装のほうをお願いします」

緊急事態だというのに、町の噂話を始めようとするホジロを、メドリはぎろりと睨んだ。

頼りになると思ったのは、勘違いだったに違いないと思いなおした。


「いいのかなあ、ユキア姫の噂だよ」

ホジロは、めげずに呑気だ。


「ええーっ、姫様の事なら、何でも報告してくれなくては困ります。勿体つけずに早く教えてください」

一転、メドリはホジロに詰め寄った。


聞こうとしなかったのはそっちじゃないか、とぶつぶつ言いながらも、素直に話し出すホジロだった。

「姫とコクウの第三王子ツクヨリ殿下が、相思相愛だって。

馬に二人乗りして、町中を道行してたって大騒ぎさ。

結婚するんじゃないかとまで言われてるよ」


「そんな馬鹿な……」

「ねっ、ビックリだろ」

「……………………」

 メドリは、開いた口がふさがらない。


「これは早く対処しないと、思った以上に面倒なことになりかねないよ。噂って、尾ひれがついてくるから、どんどんややこしいことになるかもしれない。両国の計画にケチがつく」


弟の想い人を兄が奪ったなどということにでもなれば、花火どころではない。

それなら、結婚しないほうがましだ。

そもそも、第三王子との婚姻などありえない。

これは紛れもなく、国と国との政略なのだ。


もしも、ツクヨリが皇太子にでもなれば、話は別だが……。




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