二
「参りました。予想もしない事ばかりがこうも立て続けに起きるとは……。まさかユキア姫がさらわれるなどおかしすぎます。
今、マホロバを怒らせては、奴らにとっても困るはず。姫に万が一の事があれば、マホロバどころか同盟を結んでいる国々までもが、ここを先途と攻め入ってくるのは確実。
我が国など、あっという間に消え去ります」
「ウガヤ、もしもの時は、必ずや下手人を捕らえ、 その首と一緒に、我が首をマホロバに差し出せ」
「殿下!」
「何が目的かは知らぬが、おそらく、そうはなるまい。敵がそれほど愚かな行為に走るとも思えぬ。
私も死にたくはないから、なんとしても姫を救い出す」
二人の会話を盗み聞いたユキアは、額を押さえた。
メドリが さらわれた。それしか考えられない。
気配を隠したままで探りを入れていくうちに、全貌が分かってきた。
夕暮れも間近に迫るころ、マホロバから来たという三人の男たちが、一つの大きな櫃を担いで来た。
ユキア姫の滞在に必要な追加の荷物を運んで来た、と言ったらしい。
しばらく後に、同じ櫃を持って出ようとしたので、 せっかく持ってきた物を持ち帰るのかと聞いたところ、不用になったものを先に返すのだと言い、出て行ったと言う。
おそらく、その中に閉じ込められていたのだろう。
はじめから荷物は余分に持ってきている。
追加の必要は全く無いし、予定も無い。
ユキアが出て行けば皆は安心するだろうが、偽者と知られては、メドリの命が危ない。
ウガヤが言うように、ユキアは簡単には殺せないはずだ。
ユキアだと思わせておくほうが安全だろう。
迎賓館を出て、櫃の行方を追うことにした。
しかし、何処を探せばいいのだろう。
城下では物流も盛んになってきたようで、町中を行く荷車や荷馬車は珍しくない。
その中から、たった一つの櫃を追うことが出来るだろうか。
「メドリ、ごめんなさい。でも、絶対に助けるからね」
呟いて、ホジロの居る宿に向かった。
「ねえ、わたしをさらって隠すとしたら、何処がいいかしら」
「ふえ~、今度は何をやらかすつもりなんだ」
部屋に忍び込んで、人目がないのを確認して言い出したユキアに、ホジロはあきれ返った。
メドリが誘拐された経緯を全部説明すると、 しばらく考え込んだホジロは、確かめるように話し出した。
「連れて行かれたのは夕方なんだね。それならまだ城下だと思う。
今日の昼までなら、町の外に出てしまえば何処にでも行けたけど、辻斬りが出たからだろう。警備が厳重になった。
特に夕方からは、城下の出入り口には警邏の役人が見張っている。
日が暮れてから町を出る 大きな荷物や人は、目立つし怪しまれるはずだから、出ていないと思う。
町の中に生きた人間を隠しておくとすると、大きな屋敷かなあ。小さな家では無理だろう。
でもそれだと、ばれた時に、屋敷の持ち主は言い逃れが出来ないから怖いよね。
んー、どこだろう。殿下の事件がなければ、あの町外れの小屋なんか最適だけどね」
「あの小屋は焼けたわ。今日見てきたの」
「そうなんだ。あの辺て、誰もいなかっただろう。幽霊が出るという噂があるんだ。近頃じゃ近寄る人も いないらしい。それもあって、取り壊しが遅れているんだってよ。幽霊が出るんじゃ、新しく家を建てても住めないからって」
「あの小屋以外に隠せるような場所があれば、本当にぴったりね」
「でも、まともな建物は一軒もなかったよ」
ホジロは、自信ありげに断言した。
「地下室は? 地上の部分は焼けても、地下だけ 残っている所はないかしら。
例えば、貯蔵庫とか、甘酒作りの室とか、独活や茸の栽培とかの……」
しばらく考えて 出てきた案に、 ホジロは 目をぱちくりさせた。
「お姫様の癖に、変なことを知ってるんだね」
「本で読んだの。確かめてくる」
出て行こうとしたユキアを、ホジロが止めた。
「今夜は闇夜だ。曇っていて月明かりが無い。
もしあそこに行っても、明かりを持ってうろつけば、こっちが見つかってしまうよ。
落ち着いて。メドリはしっかりしている。 夜が明けてくるまで待ったほうが良いと思う」
町外れに放置された広い土地が もったいない。
有効活用できないか、とほっつき歩いていたホジロは、焼け跡一帯の地図を描き留めていていた。
その途中で、迷子になったイヒカに出会ったのだ。
「地下室があるとしたら、ある程度大きな家のあった場所だよね。このあたりは小さな長屋だったみたいだから外していいと思う。可能性としては、この辺かな。あと、もしかしたらここ」
地図を見ながら、範囲を絞った。
夜が明け始めた焼け跡を、朝靄が覆っていた。
昨夜検討した場所を、ユキアが 音もなく動いては調べていく。
一つの瓦礫の下に、地下に下りる入り口を見つけた。
瓦礫に半ば塞がれているので、可能性は低いと思ったが、下りてみる。
真っ暗なので、入り口の蓋は開けておくしかない。
ひんやりとした地下室には、古びた菰と荒縄が打ち捨てられているだけで何もなかった。
氷室だったのだろうか。諦めて次を探した。
そこから遠くないところに、焼け煤けた床の切れ目を見つけた。
今度は動かした形跡がある。ゆっくりと開けた。
ほんのわずかに明るさがあった。
中で 明かりを灯している証拠だ。
素早く身を滑り込ませて、入り口を閉じた。
酒樽がいくつか積んである。
焼けた建物は、酒屋か酒場ででもあったのだろう。
奥を覗くと、酒樽にもたれて居眠りをしている男がいた。
案の定、そこにぽつんと明かりが点っていた。
さらに奥の隅に、板壁と格子で仕切られた一角があり、格子の扉に頑丈そうな錠前がついていた。
貴重な酒の保管場所だったのかもしれない。
見回すと、地下室の入り口付近の壁に、鍵がぶら下げてある。
それを手に、静かに進んだ。
居眠りしている男は、一度ピクリと身動きしたが、それきり、かすかな鼾をかいて熟睡体勢に入ったらしい。
ゆっくりとした呼吸音が、鼾を伴って規則正しく繰り返されている。
ユキアが日頃の修業の成果を試す時だ。
呼吸を整え、気配を殺して、男の近くを通り抜けた。
男が目を覚ましても、しばらくは気付かないであろうほどの目立たなさだ。
大正解だった。
仕切りの中に、姫の姿をしているメドリがいる。
鍵を開け、中に滑り込むと、格子の隙間から錠前を戻した。
こうすれば、鍵はユキアが持っているから、気づかれてもかえってしばらくは安全だ。
大胆にもすっかり寝入っているメドリを、揺すって起こす。
「あら、姫様」
「しーっ、着替えて」
メドリはまだ 半分寝ぼけているのか、素直に従う。
二人は、音を立てずに着替えて、入れ替わった。
「メドリはここを出て、役人に知らせて頂戴」
その頃になって、はっきりと目を覚ましたメドリは、頑として動こうとしない。
「いいえ、姫様お一人を置いては行けません」




