一
翌日、迎賓館のユキアの部屋に、迎賓館の係りの者が来た。
「何の用ですか」
メドリが応対する。
「お手紙が届きましたので、お持ちいたしました」
「ありがとう。げっ、おじゃる丸」
手紙を受け取っても、使用人は立ち去らない。
「あの、いつも姫君のお傍近くに居る侍女といえば、あなた様ですよね」
「はい、もちろんそうです。何か……」
「入り口に、カムライ殿下がお待ちになっています。侍女の方にお会いになりたいと仰せです」
「姫様ではなく、私ですか」
「左様にございます。姫君には内密でと仰せです」
メドリは、言われたとおりに手紙をユキアに渡すと、部屋を出た。
入り口にある接客用の場所で待っていたカムライは、破顔した。
「ああ、やっぱりあなただ。昨日はありがとう」
メドリは、しまったと思った。
姫様の顔さえろくに見ていないカムライが、まさか侍女を覚えているとは思わなかった。
「見たことがあると思ったが、やっと思い出したのだ。ユンと一緒にいるところを二度会ったよね。知り合いなのだね」
「……」
こんな誰が何時通るかもわからない場所では、口に出せることに限度がある。
マホロバの姫が、こともあろうに、剣を振るって悪人相手と立ち回りを演じたなどと、おおっぴらにできることではない。
「あの後、二人とも風のように去ってしまったから、お礼も言えなかった。
ホジロが知らせてくれたとか……。ホジロに聞いても要領を得ないのだ。
連絡が取れることもあれば取れないこともあって、昨日は、たまたま連絡がついたとか言っているし、あなたに聞いたほうが早いかと思って、聞きに来た」
なにを聞きに来たのか分かったが、やっぱりここでは言えない。
昨日の事件は、おおごとにしないよう有耶無耶な扱いになっていた。
半端なゴロツキが、皇太子と気がつかずに襲ったあげくに、仲間割れで殺しあったことになっている。
しかし、本当は、明らかに皇太子暗殺未遂事件なのだ。
どんな形であれ、マホロバの姫が関わっていい事ではない。
ここでユンの正体を明かしてしまえば、絶対驚くに決まっている。
感情表現が控えめだとは決していえないこの青年は、下手をすれば大騒ぎをする。
たとえ、傍からは何に驚いているのかがよく判らなくても、カムライが吃驚仰天する姿は、興味を引かずにはおかない。
「面倒なことを聞きたいわけではない。ユンの素性を知りたいだけだ」
そこが 一番面倒なのだ。
「ユンの素性を知りたいだけだ」
「す……じょう……ですか。すじょう、すじょうっと。酢醤油は、ニ杯酢と三杯酢とどちらがお好きですか。例えば、トコロテンにはどちらをかけます?」
「ええ――っ、トコロテン?」
メドリがなりふり構わなくなったところに、通りがかりの男が声を掛けた。
「ほほう、殿下はトコロテンがお好きでしたか、我がマサゴ王国の特産品です。 今度たくさんお送りしましょう」
マサゴから来た役人である。
位が高い人物のようで、迎賓館に滞在していた。
「いえ、特別に好きというわけでは……」
「いやいや、ご遠慮召さるな」
思いもかけず、トコロテン談義になったところで、メドリはそそくさと撤退した。
マサゴの役人が、急に小声になった。
「昨日、事件があったとうかがいましたが、マサゴ側にそれらしい動きは報告されていません。最近になって事態に変化が起きたというのなら、コクウから、新たな動きが出始めた可能性もあるのではないかと。
――――いやあ、嬉しいですなあ。自慢の特選トコロテンを早速手配いたしましょう」
大きな声に戻って、カカカッと笑いながら 行ってしまった。
「だから、そんなに好きじゃないんだってば」
憮然としたカムライが、一人取り残された。
メドリが部屋に戻ると、何の用だったのかとユキアが聞いた。
「トコロテンは、マサゴの名物だそうです」
「メドリは 好きですものね。わたしはそんなに好きじゃないわ」
「えーと、そうじゃなくて、カムライ様からユンの素性を訊かれました。私の顔を覚えておいでになっていたようで、焦りました。
でも、人目のある場所で言えることではありませんし、 ごまかそうとしたら、トコロテンの話になりました。また聞かれたらどうしましょう」
「そうね、その時はこう言って頂戴。時が来たなら、必ずきちんと話すから、それまでは気にしないで、殿下のなすべきことをなさってください、と」
メドリは、少しほっとした顔になった。
「分かりました。ところで、おじゃる丸は、また何か言ってきたのですか」
ユキアは、黙って手紙を見せた。
『追伸 我が兄ウルクには、決して会ってはなりません。
万が一、接近遭遇しそうになっても、一目散に、逃げて逃げて逃げまくるでおじゃる。
愛しの姫君へ あなたのわたしより』
「相変わらずふざけてますね。追伸だけの手紙なんて、 しかも『あなたのわたし』だそうですよ」
「もはや何でもあり、って感じね。でも、マサゴに行く予定は無いし、大丈夫でしょう。そうそう、今日の予定は特に無いわよね」
「はい、ゆっくりしていただいて結構ですよ。
ウガヤ様からのお使いが見えて、明日、湖の遊覧に案内してくださる予定も変更になりました。事件があったので、外を出歩かないほうがいいだろう、お茶会のお返しに殿下を迎賓館にお招きしては、ということで、随行の者達と相談中です」
「メドリお願い。気になることがあるの。調べたいから、身代わりをやって、ねっ」
メドリは一旦断ったが、断りきれなかった。
その代わり、危ないまねはしないようにと口が酸っぱくなるほどに念を押した。
ユキアは、迎賓館を抜け出した。
覆面姿のユンは、どこかで目をつけられている様子なので、 さらに、日除け布を垂らした笠を被った。
春の離宮は、先日とは違い、工事が再開され、門も大きく開け放たれて、関係者と思しき者たちの出入りもある。
忍び込むわけにはいかないようだ。門の前で思案していると、
「何か用かい」
と職人が 声を掛けてきた。
「いえ、先日通りかかった時に、門が厳重に閉まっていたのに、今日は開いていたので、どうしたのかと見てしまいました」
「ああ、後は内装工事だけだから、開けといても危険じゃなくなったんだ。 俺は大工だから、もう用なしだ」
「へえ、じゃあ、もうじき出来上がるんですね」
「そういうこと」
仕方がない。落とし穴の仕掛けを確かめたかったが、無駄足だった。
町外れの小屋を 見に行こう。
両方を見て比べてみたかったが、小屋のほうだけでも調べれば、何か判るかもしれない。
だが、件の小屋は完全に焼け落ちていた。
警邏の役人が 焼跡を調べていたが、古びた小屋の残骸と穴以外には、何も残っていないらしかった。
すっかり日が暮れてしまったので、あわてて迎賓館に帰ろうと急いだが、 途中の夜道は、まるで人気がない。
と、何処かで悲鳴が聞こえた気がした。
その方向に向かうと、人が倒れているのを見つけた。
近寄るまでもなく死んでいる。首が取れかかるまでに切られていた。
見覚えがあった。春の離宮の門前で話をした職人だ。
少し言葉を交わしただけだったが、いかにも職人らしいざっくりとした人柄に思えた。
こんな無残な最期を迎えるとは、本人も想像さえしていなかったろう。
合掌すると、あわただしい数人の足音が聞こえ、明かりが近づいてきた。
ユキアは素早く身を隠した。
話し声からすると、夜警をしていた警邏の人間らしい。
後は任せて帰った。
これで、死体に出くわしたのは二度目だ。
行く先々に 死体が現れる。
まだ、この国は荒れているのだろうか。
それとも、新たに不穏な事が起ころうとしているのだろうか。
そして、他の二国、マサゴとモクドはどういう状態なのだろう。
気にかかることが次々と頭に浮かんで来た。
遅くなってしまったから、メドリに叱られるかもしれないと思いながら迎賓館に入ろうとして、様子がおかしいのに気がついた。
気配を殺してうかがっていると、なんと、カムライとウガヤまでが居る。
「参りました。予想もしない事ばかりがこうも立て続けに起きるとは……。
まさかユキア姫が、さらわれるなど……」
ウガヤの声だった。




